■19:夜会
クリストフ伯爵邸は、沖縄の離島にあった。島がまるごと一つ、蓮くんの持ち物らしい。その中央に、さながら中世ヨーロッパを彷彿とさせる城がそびえ立っていた。あっけにとられながら、僕は茨木に先導されて中へと向かう。茨木と一緒にいるせいなのか、視線が大量に飛んできて、居心地が悪かった。まだ僕のことがバレているという気配ではない。
通された応接間でしばらく待つと、蓮くんが入ってきた。茨木は僕の隣に立っている。
「久しぶりだね、蓮くん」
「だねぇ。学校いつまで休むの? 俺、寂しくてさぁ!」
どんな反応が来るかと思っていたら、ごくごくいつも通りだった。だが、響いた声に、思わず茨木を見てしまった。
「僕ってまだ、在学中なの?」
「――時々気分が向いた際に、暇つぶしに出席なさるのも悪くはないかと思い、籍は残してあります」
僕らのそんなやりとりを見ていた蓮くんが、苦笑した。
「何も辞めなくても――まぁ、また一緒にお弁当食べような。俺、待ってるから!」
「有難う」
なんだか心が温かくなった。案外僕には、友人が出来ていたのかもしれない。あの高テンションが作り物だったのであれば、蓮くんは実は落ち着いている可能性もある。そう考えていた時、蓮くんがテーブルの上に、手を置いた。すると表面がモニターのように変わった。映っているのは、ニュースでも見た、暴動である。
「――これさ、困っちゃってるんだよね」
「何がどうなってるの?」
「力があるものが正義であり、力の無い華族の圧政を許すな――という主張が、今回の場合だよ。ポイントは、『力の無い』っていう所だから、力のある華族は含まれてない。元々華族内部でも、一般庶民と似たような低いレベルのF型表現者は出て行けという風潮もあったから、ここまで大きくなってる。その風潮――弱者は不要だというのは、俺の派閥。クリストフ伯爵派日本華族。華族は任命された以上特別であるという主張をしているのが、宋伯爵派日本華族で結城総理が代表格――今回琉唯くんを呼んだのは、勿論俺側に立って欲しいというのもあるけど……それよりも、暴動を収めるために、日本国民の保証人になって欲しいんだ。そうすれば、取り急ぎ華族か否かは取り置かれて、日本に生きている以上は安心だという価値観が広がる。平和になってから、また話し合えば良いと俺なんかは思うんだ。どう?」
やはり蓮くんのテンションは、落ち着いていた。僕は難しい内容よりもそちらに感心していた。蓮くんは、じっと僕を見ている。
「だから今夜は、派閥を跨いで人を集めてる。一致団結して、俺派も宋派も、日本国においては、保証人となってもらうスミス公爵様に従うという形で――お願いしようってなってるわけだよ」
「保証人って何をするの?」
「――みんなの前で、『日本を保証します』の一言を貰えれば、それだけで良い。何もしなくていいし、むしろ俺からすると余計な動きはしないで欲しい」
蓮くんがそう言うと、茨木が咳払いをした。
「スミス様の使用人として、動かないで欲しいというご依頼は認められません」
「言葉の綾です。無論、スミス様の行動を制限するといった意図はありませんでした。お詫び申し上げます」
茨木とやりとりする時は、蓮くんはさらに冷静な顔になった。なんだか気まずい空気が流れそうに感じたので、慌てて僕は告げた。
「何もしなくて良いんだよね? じゃ、じゃあ、僕で良ければ!」
「有難う!」
「――スミス様がそう仰るのでしたら、世界貴族使用人連盟にも、日本の保証人となる旨、伝えておきます」
こうして僕は、日本を保証する世界貴族になる事になった。
僕は細く吐息しながら、立ち上がった蓮くんを見る。
「他の連中に話してくる。夜会が始まるまで、ここで待機しててね。本当にありがとうございます!」
そう言った時の蓮くんのテンションは、ちょっと高めだった。
扉が閉まるのを見守ってから、僕は茨木に視線を向ける。
「僕は……このあとは、日本の保証人になるとだけ言えばいいんだよね?」
「ええ」
「――みんなって言ってたけど、何人くらいいるのかな?」
「この城には、約八百人が招かれております」
「えっ」
「中継も入りますので、全国民の知る所になるでしょう。テレビ、Webサイト、その他」
「う、嘘!? 僕、え? そんなに大勢の前で話すの!?」
「大した人数ではございません」
「無理無理無理。僕、だって、え!? 一人友達を作るのに苦労するコミュ障が、そんな大多数の前で話せるはずがないよ! どうしよう、緊張してきた……」
「では、撤回なさいますか?」
「それは……――しないけど……緊張が……うわぁ」
僕は頭を抱えた。少し悩んだ末、僕は立ち上がった。扉の前に急ぐ。
「だめだ、緊張しすぎて死ぬ。もっと少数の前にしてくれるように、頼みに行ってくる」
「スミス様。お言葉ですが、今後は、直接数万人の前でお話になるような機会もあると想定されます。ただの緊張が理由であるのならば、今回は、慣れるには絶好の機会です」
「じゃあどうやって緊張を解けばいいの? 慣れるって、どうやって!?」
「慣れは場数ですが――……緊張を取る方法ですか。一般的には、リラックスする事となるのでしょうか」
「リラックス!? それって例えば、茨木とヤって終わった時の、あの、何とも言えない幸せな感じのこと?」
僕は素直に、そして切実に聞いた。すると茨木が息を飲んで、唇を右手で覆った。なぜなのか照れているように見える。
「――幸せ、ですか」
「うん。あの落ち着いてる感じ、ずっとこのままでいたい感じ。あれをリラックスって呼ぶんじゃなくて? リラックスって落ち着いてる事だよね?」
「……」
茨木が黙ってしまった。それから少し考えるように視線を動かした後、茨木が僕に歩み寄ってきた。
「では――リラックスさせてさしあげましょうか?」
「え?」
トンと茨木が扉に手をつき、腕の間に僕を挟む。その時、扉の鍵が閉まったのがわかった。茨木が鍵をかけたらしい。
後ろから、僕のうなじを茨木が舐めた。ゾクリとして、思わず声を上げる。そこで我に返って、慌てて振り返ろうとした。だが、扉に押し付けるようにされて、それはできなかった。
「い、茨木……誰か来るかもしれない……」
「夜会の開始までにはまだ間があります。それに施錠しました」
「けど、声が聞こえちゃうかも……」
「――それほど壁が薄い城には思えませんが……そうですね。誰かに聞こえてしまうかもしれませんね」
「あ!」
茨木が、後ろから僕の首筋を噛んだ。さらに茨木の右手が、僕の下衣の中に入ってくる。いつもよりも性急に撫でられて、僕は震えた。瞬時に体が熱くなる。必死で僕は、両手を扉についた。すると茨木が左手で、白いハンカチを取り出した。
「噛みますか?」
そのまま僕はハンカチを噛み、茨木と交わった。
「――リラックス出来ましたか?」
「……」
思わず僕は赤面した。カッと頬が熱くなった。だから茨木の腕に両手で触れながら、俯いて小さく頷くにとどめた。リラックスも何も、こんな事をされたら、茨木の事しか考えられなくなるというのが正しい。心臓には悪かった……!
その後僕は、夜会の会場に招かれて、みんなの前で、日本の保証人になると告げた。
僕がいるから、誰も日本には、少なくとも表向きは攻撃できなくなる――と、蓮くんが続けて演説していたのだが……僕の耳には、ほとんど入ってこなかった。
帰り際、茨木が僕の隣で溜息をついた。
「迂闊にリラックスさせるものではありませんね」
「――え?」
「貴方は事後、いつも色気を増しますが……今宵は、会場中が貴方の色気の虜でした。久方ぶりに、自分の失態を悟らされましたよ」
そんな話をしながら帰宅し――その夜も、僕達は、同じ寝台で眠りに就いた。




