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■17:本心

 夜――入浴を終え、夜着に着替えてから、僕は寝台に座った。

 ランプを持った茨木が、部屋の明かりを消してくれる。そして、ミント入りの水を持って、歩み寄ってきた。受け取って、レモンとミントの風味がする水で喉を癒す。茨木が僕をまじまじと見ていることに気づいたのは、グラスを置いた時だった。


「スミス様」

「うん?」

「心臓に悪いので、今後はご注意下さい」

「茨木でも心臓に悪い事なんてあるんだ?」

「――真面目に心配しているんです。茶化さないで下さい」

「ご、ごめん……」


 僕が謝ると、グラスを消失させながら、茨木が深く吐息した。それから、そっと僕の頬に茨木が指先で触れた。覗き込まれる。


「茨木……?」

「……」

「どうかしたの?」

「――自分でもどうしてこれほど心配しているのか分からず、困惑しています」

「え?」


 茨木は、言葉が響き終わる前に、僕を正面から抱きしめた。驚いて息を飲む。僕は、自分とは異なる体温など、学生時代の身体測定の時に聴診器を当てられたのが直近の記憶であり、世間ではそれは接触には含まれないと知っている。そのため、茨木の腕の温度に硬直した。暖かい。


「私は、スミス様に好意を抱いているのかもしれません」

「僕も茨木の事が好きだよ……?」


 腕の中で答えると、茨木の体に少し力が入ったのが分かった。


「本当に?」

「うん。本当だよ」

「この状況ですが――意味は分かっているんですか?」

「へ?」


 僕が首を傾げると、僕の顎に茨木が触れた。持ち上げられて、茨木を見上げる形になる。すると、茨木の端正な顔が近づいてきた。僕が瞬きをした瞬間――唇に柔らかな感触がした。え……?


「っ」

「こういう意味です」


 呆気に取られて僕は目を見開いた。瞬間的に頬がかっと熱くなる。何か言おうとしたのだが、唇が震える成果しかない。現状理解ができなくて、何度かゆっくりと瞬きをした。そうしていたら、動揺しすぎて涙が浮かんできた。


「勘違いするような反応をしないでください。目を潤ませて、真っ赤になって――誤解します」

「い、茨木……あの……」

「使用人失格ですね。我ながら酷い独占欲だ。明日にでも連盟に連絡して――」

「待って! それ、って、どういう……?」

「スミス様を押し倒してしまいそうだという意味です」

「!」


 思わずビクリとした。率直な言葉に、頬がより熱くなる。僕は……童貞だ。こんな事を言われた事が無いのは……普通僕が押し倒すがわだから良いとしても、誰かと寝室でこういう話をした事が無いのだ。真っ赤になった僕は、震える手で、茨木の腕に触れた。


「茨木、どこにも行かないでね」

「今ここにいたら、貴方を襲わない自信がありません」

「えっ、いや、そうじゃなくて、辞めないで欲しいということで……」

「……」

「……け、けど! ええと! 茨木が、そ、そ、その! ヤりたいの……? そ、そうなんだったら、だから、あの……」


 僕は必死で何かを言おうとしたのだが、自分でも何を言おうとしているのかよく分からなかった。すると茨木が再び僕を抱きしめた。再び硬直した僕は、額を茨木の胸に押し付ける。


「私は遠慮はしませんよ――据え膳は食べる方です」

「っ」


 茨木の言葉を聞いた時、僕は既に押し倒されていた。茨木を見上げ、わなわなと震えるしかできない。茨木の手が、僕の服にかかった。ぎゅっと目を閉じて、僕は混乱する内心を鎮めようと試みる。まずは上半身の服を脱がされた。


 僕が戸惑っていると茨木が言った。


「止めますか?」

「え」

「無理矢理は趣味では無いので」

「っ……い、や、あの……無理じゃないです……!」


 思わず僕が言うと、薄く茨木が微笑した。


 そう言うと、茨木が僕を押し倒した。僕は目を見開く。


「え!? 待って、無理、入らないよ!」

「入ります」

「なんで分かるの!?」

「――フォンスがありますから」

「へ……?」

「フォンスは同性同士の性交渉を旧来と比べて非常に容易にします。なので――F型表現者には、同性愛者……というよりは、性別はどちらでも問題ないという人間が多いんです。例えば、ギルベルト様もそのお一人ですよ」

「……嘘……――!」


 雑談をしていたら、キスをされた。


「もっとも、閨で他の男の名前なんて、私は聞きたくないですが」

「茨木が自分で名前出したんじゃ……っ」


 すると再びキスをされた。頭がじんとする。


「――気持ち良いですか?」

「うん、うんっ……あ、なにこれ……っ」

「スミス様の、『気持ち良くなりたい』という無意識の思念と、私の『気持ち良くさせたい』というフォンスが混じっている結果です」


 こうして僕達は抱き合った。事後僕はぐったりと寝台に体をあずけた。そのまま僕は眠りに落ちた。


 朝、目を覚ました時、僕は視線で茨木を探した。

 ――茨木は、そこにいた。僕を抱きしめるようにして、目を閉じている。

 その端正な寝顔に、気づくと僕は見惚れていた。形の良い唇に、目が釘付けになる。

 気づくと僕は、キスをしていた。


「ん!」


 すると後頭部に手が回り、深々と口づけられた。舌を絡め取られ、口腔を蹂躙される。必死で僕がそれに応えると、少ししてから唇が離れた。


「おはようございます、スミス様。まさか寝込みを襲われるとは」

「……っ、おはよう」

「私が襲う予定だったのですが」

「!」


 それから、もう一度キスをした。

 僕はそれが終わってから、茨木の腕に頭をあずけて、必死で呼吸を落ち着けた。

 茨木はそんな僕を抱きしめる。


「思ったよりも、綺麗でした」

「思ったよりもって、何?」

「どちらかというと、放っておけないといいますか――馬鹿な子ほど可愛いという感情だと思っていたのですが……スミス様の艶と色気で、自分を抑え切れませんでした。こんな経験は初めてです」


 赤面して、僕はきつく目を閉じた。

 その後、手袋をはめてから、茨木が朝のお茶を用意してくれた。

 起き上がり、僕はクローゼットへと向かう。シャツを手に取りながら、昨日の事を思い出した。


「ねぇ、茨木……学校、行かないとダメかな?」

「SEXする度に休んでいたら、あまり良くはないかと。体がお辛いとは思えませんが」

「っ、ち、違う! そういう事じゃなくて! 世界貴族だってバレちゃったし、気まずいかなって……」

「――問題ないでしょう」

「なんで分かるの?」

「結城梓には周囲が口止めしています。場合によっては、世界貴族に会った記憶さえないでしょう」

「え?」

「世界貴族――中でもスミス様、ギルベルト様、サンジェルマン様の個人情報は機密中の機密です。クリストフ伯爵はまだましな価値観をお持ちの世界貴族ですので、口止めや記憶再編成を、礼儀として行っていると思います。介入している国の華族の件ですので」

「じゃあ結城くんは、凛のことも覚えてないの? それに凛は、俺のことは……?」

「凛様のことは、ギルベルト様の意思が会わせたいというものですから、結城梓も覚えていると思います。また、凛様は、世界貴族のご家族となりますので、クリストフ伯爵も手出しはできません」

「――とすると、どうなってるということ?」

「学校は昨日までと何ら変わりがないということです。スミス様が、サンジェルマン様とクリストフ伯爵について知った点を除けば」

「青海くんと蓮くんが……信じられないよ。ギルもそうだけど、見た目、ごく普通の人だよ? 気配とかオーラとか何もないし。僕にも無いけど」

「いくらでも偽ることは可能です」

「やっぱり僕、学校に行きたくない……」

「彼ら以外と友人関係になれば良いではありませんか」

「僕は、茨木がいてくれたらそれで良いよ……」


 何となく呟くと、茨木が硬直した。何事かと思って視線を向けると、若干その頬が赤かった。


「――私で良ければ、いつまでもおそばに」

「うん。茨木がいてくれたら良いから……学校にはもう行かなくても良いかと思うんだ」

「……かしこまりました」


 こうして――僕の学校生活は終了した。そして僕は、魔法の言葉を覚えた。

 『茨木がいてくれたら、それで良い』である。

 これを口にすると、茨木の機嫌が良くなることにも気がついた。

 だけど。

 この言葉は、僕の本心である。その後長きに渡り、僕はこの言葉を口にすることになる。





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