■16:兄弟
「ギルベルト様について調べてきたけど、最終目撃情報は、カナダだった――ギルベルト様ならば、十分日本にテレポートできる距離だよ」
蓮くんの声に、二人が動きを止めた。確かに、テレポートは……世界中どこでも多分、やろうと思ったらできるだろう。現に昨日は、僕の部屋に来たのだ。そう考えて、僕はふと思った。何も家に呼ばずとも、この教室には現在僕達しかいないのだから、ここに呼べばいいのではないのだろうか……?
そう考えて、僕は目を伏せた。ここまでに学んだ限り、コスモス能力で、遠距離でもテレパシーのようなものが使えるはずだからだ。ギルベルトさーん、ギルベルトさーん、と、僕は必死に考える。
『ん?』
するとすぐに、脳裏で言葉が返ってきた。これが僕の妄想では無い事を祈る。
『今教室に四人いて、一人が結城くんです』
『――ほう』
『絶好のタイミングではないでしょうか!?』
僕がそう考えた時、横で声がした。
「即日対応感謝する、卒業までとか嘘じゃないか」
「あ」
空いていた隣の席を見ると、机の上に行儀悪くギルベルトさんが座っていた。
正面では三人が絶句している。硬直して目を見開いた彼らは、その後、誰ともなく立ち上がり、床に膝をついた。
「スミス氏。なぜ彼らは土下座を始めたんだ?」
「いや、僕に聞かれても……」
「ああ、なるほど、まさか本当にSランクの俺が来るとは思ってなかった的な感じか。オモテを上げてくれー。俺、土下座文化とか無い所で育ってるから、そういう感じで敬意を表されてもな」
「ギルベルトさん、あれは土下座ではなくて、お辞儀……そうだ! そうか! ギルベルトさんは茨木の上を行く、印籠だったんだ!」
「スミス氏が何言ってるのかよくわからん」
ギルベルトさんの声に、僕は改めて三人を見た。全員、滝のように汗をかいている。呼吸をするのも辛そうに見える。一言で表すならば――絶望感、諦観、そういった、抵抗すら許されないが、する前に気力も潰えたような顔を、三人がしていた。
「とりあえず、移動し――たいと思ったけどな、今俺がスミス氏を連れて行くと、校門で待機している茨木が世界貴族使用人連盟に通告して、俺を誘拐犯として全世界に指名手配する勢いになってるな、どうしような……」
「僕帰ります?」
「「「え」」」
「――俺は別にいいけどな、目の前の三人からすると、お前が命綱だろうから見捨ててやるなよ。お前の正体、もうそこの三人が気づいているのも分かるし。名前がな、そのままだからな」
「僕の正体……!?」
その言葉に僕は青ざめた。二十七歳ひきこもり無職が、高校生のふりをして学園に入学したと……バレている!?
「え、何その奇想天外な内心。いや、そうじゃなくて、俺が言いたいのは、お前が世界貴族のスミス氏だと露見したという話で……へぇ」
僕の心を読んだらしく、ギルベルトさんが複雑そうな顔で笑った。
「とりあえずスミス氏。俺の家にクラスメイトと遊びに行くと茨木に連絡して、日本の俺の七つ目の家に三時間後くらいに迎えに来るように伝えておけ。何とかなるだろう」
「あ、はい!」
スマホを取り出した僕に、ギルベルトさんが首を傾げた。
「何故コスモス能力を使わないんだ?」
「え? なんとなくです」
「ふぅん」
こうして僕が操作を行うのを、一同が見守っていた。
なお茨木からは、先ほど僕が送ったものに関しても返事が来ていて『どこの誰と何時までどこに行くのですか?』とあった。僕は、小学生になった気分だった。茨木からはすぐに返信があり、『同席するので、現地でお待ちします』との事だった。
「過保護だねぇ」
ギルベルトさんに伝えると笑われた。ほぼ同時に、ギルベルトさんの指が、パチンと鳴った。瞬きをしながらその音を聞いたのだが、目を開けると、既に風景が変わっていた。
「お待ちしておりました」
茨木の声に、僕は驚いて顔を上げた。見知らぬ大豪邸の応接間に、僕達四人とギルベルトさんと、茨木――それから、茨木と似た服装の青年が一人立っていた。
「茨木、お茶淹れてくれ」
「――それは私ではなく、八巻さんのお仕事では?」
「あ、はい……ちょ、ギルベルトさん、茨木さんを相手に何言ってるんですか」
八巻さんというらしい青年が、手を二度叩くと、ティセットが出現した。
「よし、じゃ、みんな座ってくれ」
ギルベルトさんは微笑して、八巻さんをスルーしながら、僕達を促した。目で問うと、茨木が僕に座って良いという感じで頷いた。なので僕が座ると、他の三人も座ったのだが、茨木さんと八巻さんは座らない。ギルベルトさんは、一番最初に座っていた。
「スミス氏、俺の事はギルでいい」
「人の頭の中読むの止めて下さい」
「ごめん――それで、会わせたい相手というのは、あー、結城梓くんのご家族です」
それを聞くと、結城くんが目を見開いた。蓮くんと青海くんは、左右から結城くんを見ている。僕が首を傾げていると、茨木がそっと僕の右肩に触れた。
「享、連れてきてくれ」
「はいはいはい」
頷いて、八巻さんが消えた。そして次の瞬間には、一人の少年を伴って現れたのだが――僕はその人物を見て、目を見開いた。
「「凛?」」
僕と結城くんの声が重なった。え? と、思って僕は結城くんを見る。あちらも驚いたように僕を見たのだが、それから鬼気迫る感じで、連れてこられた白衣の少年に視線を戻した。
「凛なのか?」
「――そうだよ」
「生きていたのか?」
「うん」
「やっぱり生きていたんだな」
その声に、青海くんが続いて息を呑んだ。
「まさか――結城が言っていた、双子の兄の……?」
結城くんが頷いている。僕はそれを見ながら、混乱した。ちっとも似ていない。いや、言われてみれば顔立ちは似ているのだが、色彩が全く違うのだ。
それから――凛が僕を見た。僕は慌てて笑顔を浮かべた。
「久しぶりだね」
「それは、そうだけど、ちょ、ちょっと待って。え? 凛は、結城くんの双子の兄弟なの?」
「うん」
「会えて良かったね……――ええと、けど、どうしてここに?」
「僕も聞いていい? どうして琉唯は、高校生の制服を着てるの?」
「ぐはっ、ダメ、聞かないで! 聞かないでくれ!」
僕は恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。すると茨木さんが溜息を吐いた。
「スミス様、何度か凛様からはご連絡を頂戴しております。ただ、ご家族からの連絡は、お繋ぎしなくて良いと承っておりましたので」
「……っ」
「家族? どういう事だ?」
すると結城くんが怪訝そうな声を上げた。それを聞いていた凛が、変わらない淡々とした声で答えた。
「――僕はギルと享に助けてもらって日本に来て、その後、施設に入ったんだ。その養護施設から僕を引き取ってくれたのが、琉唯のお祖父ちゃんで、琉唯のご両親の戸籍に僕は入れてもらった。だから、琉唯は僕の法的に兄であり家族だよ」
「そうだったのか」
法的でなく血の繋がった兄弟らしい二人のやり取りを見ながら、僕は胃痛に耐えた。
凛が僕の弟になったのは、三年前である。凛が十四歳の時だ。そのすぐ後に祖父は亡くなった。両親は、引き取った凛を非常に可愛がっている。実を言うと、この両親であるが、僕とも血縁関係には無い。僕もまた養子だったのである。だからこそ、祖父が亡くなってからは、僕は実家には戻る気にならない。決して仲が悪いわけではないのだ。ただ、僕には何人か血の繋がらない兄弟がいて、両親は学力や運動能力、芸術的才能に恵まれた兄弟をより愛しているのが伝わって来るため、無職になってからは尚更、顔を出しにくくなったのである。
「――世界貴族の兄が、高校の制服を着ていたら、驚くよな」
ポツリと青海くんが言った。僕は硬直した。違うのだ――実年齢の問題である……そう思っていたら、驚いたように凛がこちらを見た。
「……世界貴族?」
「あ、そ、の……」
僕がしどろもどろになると、凛が腕を組んだ。
「ギル……僕は、梓が可哀想だ。世界貴族に囲まれて一人……僕が梓の立場なら、ここには決して来ない」
「――いやぁ、俺も予想外だった。サンジェルマン伯爵の性格が悪いのは知ってた」
すると――僕にはよく分からない話の流れになった。首を傾げて、僕は沈黙している蓮くんと……ニヤリと笑った青海くんを見た。
「今の俺は、侯爵だからな」
その声に、結城くんが驚愕したように視線を向ける。僕もポカンとした。だが、蓮くんには、驚いた様子が無い。
「伯爵様は、そこで帰りたそうにしてるだろう」
「――高杉も世界貴族だったのか?」
「……クリストフ伯爵と名乗ってる」
蓮くんの声に、僕は頭痛がしてきた。すると茨木が呆れたように吐息した。
「言ったではありませんか、学校は社会の縮図だと。そしてスミス様とお近づきになりたい者が多いという事も」
「えっ、ちょ、茨木は知ってたって事?」
「いいえ。今日知りました――が、何も不思議はありません。そこの二名など、実年齢を大幅に偽っているのですから、スミス様も何もお気になさる必要はありません」
「う……」
茨木の声に僕が呻くと、結城くんが目を据わらせ、凛が眉を潜めた。
「つまり、琉唯は、高校生として、梓と同じ学校に通っているという理解でいい?」
「……先日編入してきたのが、彼だ。そして彼は、凛の兄であると?」
「うん、そうだよ……なるほど……」
僕は、結城くんと凛の声に、胸が痛くなった。抉られた気分だ。
「――スミス様。そろそろ帰りましょう」
「う、うん……」
茨木が助け舟を出すように言ったので、僕は必死で頷いた。
また明日と言おうかと思ったが……明日から学校に行ける気がしなかったため、僕は何も言わず、帰る事に決めた。ただ、最後に凛を見た。
「元気そうで良かった。な、何かあったら言ってね!」
「――うん。有難う。梓に会わせてくれた事も感謝してる」
その言葉にホッとしてから、僕は帰った。帰ったといっても、茨木が指を鳴らした結果、家にいた。
考えてみると、この、指をパチンとする仕草は、ギルと茨木でよく似ている。
それは二人が元々一緒にいたからなのだろうか?
夕食は、美味しいイタリアンだった。




