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召し上げられたん? まおうさま

作者: 深田くれと

ほんまに適当な思いつきで、まさか3000文字も書くとはw

 どこかの空間に存在する、現代とファンタジーが混ざり合ったような世界――リンドランド。

 そこでは、ちょっと変わった住人達が今日も営みを繰り広げている。


「これは要チェックやな。さすがブラックカーペットに出てくる新人さんや。光るもんがあるで」


 黒髪黒目の細見の男が一人、部屋に寝転がってテレビを見ている。その頭は銀髪に覆われ、小さな角が中央に顔を見せている。

 少し離れた場所には現代の薄型には程遠いボックス型の筐体。何が楽しいのか、にやにやと笑みを浮かべて番組を眺めている。

 寝転がっている場所は床だ。

 茶色く変色した畳の上に、ごろりと体を預けている。


「ええやんけ。高得点は間違いないわ。ただ……それも可能となりまんがな、ってどんなカンスー弁や。ここは減点や」


 画面の中で笑いを取る二人組に、独り言をつぶやいた男。

 彼こそ――昔は誰もが恐れおののいた元魔王である。

 この部屋は、魔王領にある魔王城の隠し部屋だ。事情があり、現在はこの部屋だけが彼のプライベートスペースだ。


「けど、これはおもろい……オチはどう持ってくるんやろ」


 期待に胸を躍らせる魔王が、真剣に観賞しようと、むくりと体を起こした。

 ちょうどその時だ。

 魔王はこの空間に近付いてくる気配をはっきりと感じとった。戦いというものからは随分前に離れていたが、これくらいのことは今でも呼吸をするようにできてしまう。

 自分の衰えない鋭敏な感覚を恨めしく思った。


「魔王様、重大なお知らせがございます」


 女性のエルフが、ノックも無しに扉を開けて、ずかずかと部屋に入ってきた。

 後ろには長い耳を生やした兎族の少女が続いている。

 魔王はこれでもかというほどに顔をしかめた。


「……俺の至福の時間を邪魔してでも知らせなあかんことなんやろな」

「少なくともカンスー地方のお笑いを見ることよりは大切なことです」


 不機嫌さを隠そうともしない魔王に、エルフはきっぱりと答える。

 彼女の名はナルハ。

 道を歩けば誰もが振り返るほどの美人だ。彫刻のごとく整った容姿に、誰もが襲いかかりたくなるような魅惑的な体。

 歩くだけで揺れる胸の膨らみは魔性のものと言える。

 役職は参謀。

 魔王に仕える四天王の一人である。

 彼女は呆れて言う。


「……カンスー語は治らないようですね。いい加減に飽きないのですか? もう十年も似たような番組を見ておられるのに」

「飽きるって何やねん。お笑いに終わりはないんやぞ。それとカンスー語やない。カンスー弁や」

「どちらでも同じことです」

「同じやない。全然ちゃうやろ」

「いいえ、私にとっては同じです」

「…………見解の相違やな」

「ですね」


 これ見よがしにため息をついたナルハが、気を取り直して言う。


「まあ、それを楽しめるのも、残りひと月です」

「……なんでや?」

「これをご覧ください」


 ナルハが一枚の茶色い紙を取り出した。


「なんやそれ?」

「ご自分で確認なさってください」

「ちょい待て。それ以上入るな。いくら参謀でも許さんぞ。ここは俺の聖域や」


 土足で畳に上がろうとしたナルハを魔王が止めた。

 ナルハが驚いた顔を見せ、頬を染める。


「なんて卑猥な……こんな真昼間から精液なんて言葉を……」

「せ・い・い・き、なっ! 相変わらずお前のボケは強烈すぎるわ! 何回下ネタ突っ込んだら飽きるんや! 綺麗な顔して言う言葉か! さすがの俺もドン引きやで」

「つっこむ……だなんて」

「もうええっちゅうねん! このビッチが……でかい胸揺らしてセクハラ発言すんな。訴えるぞ」

「それ、セクハラです」

「セクハラ魔人はナルハやろがっ! マリエもなんか言うたれっ、こいつ頭おかしいぞ」


 突然話を振られた無表情な兎族の少女。

 彼女もまた四天王の一人。役職はメカニック兼大工。作品を作り上げることにかけては右に出られる者はいない敏腕技術者である。

 しかし――


「…………ナルハのおっぱいすごい」

「そんだけ引っ張って、マリエも下ネタかっ! 無表情な幼女顔で言うことかっ!? 揃いも揃って、奥ゆかしさってもんを骨の髄まで叩き込んでやりたいわっ! ……はぁ……お前らと話してると毎度めっちゃ疲れるわ……もうええ……はよ、その紙渡せ」


 魔王が疲れ果てて手を伸ばした。

 だが、ナルハは結局畳には上がらない。

 手の届く範囲に紙を置いただけだ。魔王が渋々と重い体を動かして近付いた。


「……指定文化財登録決定通知書? なんやこれ?」

「この魔王城が国の文化財として管理されることになったということです」

「要は観光の名所になるってことか?」

「簡単に言えばそうです。魔王と勇者の最後の大戦の現場を保存するとかの理由だそうです」

「ええことやんけ。懐の寂しい魔王城に観光客の金が入ってくるってことやろ?」


 魔王が悪い笑みを見せる。


「勇者にやられたふりして姿隠して以来、ろくな収入ないからな。昔はどいつもこいつも『魔王様、魔王様』言うて、貢物がひっきりなしに来とったのに」

「それに疲れたとおっしゃって引きこもったのは魔王様でしょう? 国の上層部に裏で話をつけに行ったのもご自身じゃないですか」

「そらそうやけど……まさかこんな貧乏になると思わんかったんや。手のひら返したみたいに魔物が離れていくとは思わんやろ?」

「強さで魅了していた者が誰かに負ければこうなります。本気でもわざとでも同じです。私はこうなると予想できたので引き止めましたけど?」

「…………そやったか?」

「はい。せっかくの契約金を湯水のように使っていらっしゃる時にも忠告いたしました」


 ナルハの本心では笑っていない笑みが魔王に向けられる。


「ま、まあ、俺もちょっぴり解放的になってしまっとったっちゅうことやな……済んだことはしゃあない。それより文化財の件やな。これで金の心配はせんでええってことや。ありがたい話や。ん? ナルハ……そういや残り一か月とか言うたよな?」

「はい。文化財に指定されると同時に、管理が国に移ります」

「……はっ?」

「ですから、私たちもこの荒れ果てた魔王城に別れを告げなければなりません。ですが、良い機会とも言えます。もう管理費も無く、修繕も自分達ではできない状態ですから。由緒正しい魔王城がこれ以上傷むのは見ていられません」

「待て待てっ! それやと俺の住む場所はどうなんねん……」

「王国領に家を借りる予定です。少々古いですが、最低限の設備と部屋はありますのでご安心を」 

「おうこくりょぉぉっ!? 人間の街に暮らせってことか!? この俺が!?」

「そうです」

「そうです、ちゃうねん! そんなら文化財指定なんか蹴ったれ! 観光料なんかいらんわ。断固拒否や! 俺は魔王城に住み続けるぞっ!」

「もう契約済みです。魔王印も押しました」

「……えっ?」


 魔王印とは魔王のみが使用する専用印。

 自身の魔力を帯びた魔法的な効力を有する印――現代で言えば実印――である。

 それを押す――つまり、契約上は言い逃れできない状況にあるということだ。

 魔王がぽかんと口を開けてナルハを見つめる。

 考えがまとまるまでに数秒を要した。


「何してくれとんねんっ! 契約魔法は怖いんやぞっ! いくら俺が強くても魔王印を押した以上は従わざるを得んやんけっ!」

「知っています」

「知っててなんで押しとんねんっ! それでも参謀かっ!」


 怒り心頭の魔王に、ナルハは淡々と答える。


「ガス、電気……インフラの使用料をすでに滞納中です。部下に給料は払えず、今では魔王様に仕えるのは私とマリエのみ。加えて、この魔王城を維持するだけでも日々膨大な資金が必要です。滞納額は雪だるま式に増えています」

「……そ、それがなんやねん」

「すでに、魔王城の差し押さえに税務署が動いています。あそこのトップが馴染みの者だからまだ差し押さえられていないだけです」

「つまり……?」

「差し押さえられて競売にかけられる前に、せめて文化財としてでも、魔王城の存続を私達が望んだのです。誰とも知らない買い手にこの魔王城が好きに使われるのは我慢できません」


 ナルハの起伏の無い言葉が魔王の心に突き刺さる。ぐうの音も出ない。

 だが、最後の抵抗にとか細い声で魔王は言う。


「それは分かった。けど、いくらお前に預けとるとはいえ、俺の魔王印を勝手に押すのはあかんやろ」

「本当に覚えてないのですね」


 ナルハが胸の間から黒い箱を取り出す。

 音声記録装置――今で言うICレコーダー――だ。

 すぐに音を再生した。


『文化財っ? そんなん任せるわ。魔王印? そこにあるから勝手に押せや』

『魔王様……また酔ってらっしゃるのですか? お金は残り少ないのですよ』

『古い友人に誘われたからしゃあないやろ。金なんて心配すんな。困ったら俺がどっかで稼いできたる』

『…………わかりました。そこまでおっしゃるのなら』


 ぷつりと音が途切れた。

 聞こえた音声は確かに魔王とナルハのやり取りだ。

 最低な男は、だくだくと冷や汗を流す。


「そういえば……そんなことも言ったような言わんかったような……」

「いいえ。この通りはっきりおっしゃっていました。ですので、誠に勝手ながら手続きを進めた次第です」


 ナルハが高い位置から、畳に座った魔王を見下ろす。

 見下ろされる男の顔は一向に上がらない。

 代わりに小さくつぶやいた。


「お、王国領かぁ……楽しみやなぁ……」


 目は死んだ魚のようだった。

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