表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

玩具箱の卵

作者: 時輪めぐる

「箱」のお題で書きました。


「何だろう、これは」


 タカシは、古い玩具箱(おもちゃばこ)の底に、それを見つけた。




 有休を利用して、実家の荷物の整理に来ている。両親と祖母が鬼籍に入り、長く空き家になっていたが、行政指導があり、解体することになった。ずっと気になっていたけれど、仕事に追われ、空き家の処分を考える時間は無かった。


 有給休暇を消費する旨を伝えた。有休は労働者の権利なのだから、問題ないだろう。入社以来、有休を取ったことは、一度もなかった。取れるような状況ではなかった。会社の携帯端末は置いて来た。


 何はともあれ、仕事を完全オフに出来るのは、どの位ぶりだろうか。




 子供部屋の押し入れには、幼い頃の玩具箱がそのまま残っていた。何でも大切に取って置く祖母の顔が目に浮かぶ。


 当時人気だったキャラクターの人形、怪獣、大型戦闘ロボット、ガチャガチャのカプセル、カードゲームのカード。


 皆(なつ)かしく、手を止めてしまうので、作業は遅々(ちち)として進まない。懐かしさばかりでなく、売れるだろうかと考える自分に気付いて、タカシは一人苦笑した。




 仕分けし終えた箱の底に、それはあった


 何だろう。これは、何だったのだろう。銀色の卵を平たく(つぶ)したような形。小型の育成ゲーム機だろうか。しかし、どこにもボタンもディスプレイも無い。つるりとしたフォルムから、これが何だったのか、どう遊ぶ物だったのか思い出せなかった。


 手に取ってしげしげと眺めていると、少し熱を持って温かくなってきた気がする。


 携帯カイロなのだろうか。


 不意に、タカシは思い出した。これは。





 ――両親は、タカシが小学三年生の時に交通事故で亡くなった。(あお)り運転による追突事故の被害者だった。祖母と留守番をしていたタカシは、訳が分からなかった。


「お父さんとお母さんは、悪い事したの?」


 日頃、祖母から因果応報(いんがおうほう)の話を聞かされていた。自分のしたことは、(めぐ)り巡って返ってくると。良い事をすれば良い事が、悪い事をすれば悪い事が。


 世の中に理不尽な事が(あふ)れていることを、まだ知らなかった。祖母は静かに涙を流しながら、首を横に振った。


 理解不能だった。タカシは家を飛び出した。


 走って、走って、家の裏手にある小さな神社に辿(たど)り着いた。


 そこは、鬱蒼(うっそう)とした森に囲まれ、地元の者だけがお参りする(さび)れた神社だ。


 両親と散歩がてらに立ち寄ったり、秋に催されるささやかな祭を楽しんだりする場所だった。




 しゃくり上げながらタカシは、無人の本殿の階段に腰掛けた。


 何故なんだ。両親は何も悪い事をしていないのに、命を奪われてしまった。今日も遠方にボランティア活動に行っていた。良い事をしに行ったのに。いつもお参りしていたのに。どうして神様は、護まもってくれなかったのだろう。顔を膝に押し当てる。膝は、止めどなく流れる涙で濡れていった。




 どの位経っただろうか、気配を感じて顔を上げた。ぼんやりと涙で(かす)む瞳に、小さな銀色の何かが映る。それは人型をしていたが、人間では無かった。背丈は幼児ほどで、耳も鼻も無く、つるりとした体表と、大きな二つの黒い目を持っていた。


 神様だろうか。


 不思議と怖くなかった。それから感じ取れる波動のようなものが、温かで友好的な気がしたからだ。


『ドウシタノダ』


 と訊かれた気がした。


「お父さんとお母さんが、死んでしまったんだ」


 口に出すと、それは、より現実味を帯びて、悲しみと喪失感で()(つぶ)されそうになった。


 銀色の()()は、タカシに近付くと長い指を伸ばして、涙を拭ぬぐった。指は三本しかなかった。


『コレハ ナンダ』


「……涙」


『ドウシテ デルノダ』


「……悲しい、から」


『コノ ミヲ フルワス ハドウガ カナシイ トイウコトカ』


 銀色の()()は、波動に共鳴したように黒い大きな瞳から涙をぽろぽろ(こぼ)した。


『カナシイ カナシイ カナシイ……』


 それは、物理的な共鳴だったかもしれない。


 しかし、悲しみを分かち合う相手を見つけ、タカシは、()()を抱き締めて(むせ)び泣いた。


 ()()は、宇宙の彼方から来たという。


 そして、タカシが再び、どうしようもなく悲しくなったら手に取れと、この謎の物体をくれたのだった。





 両親の葬式や、その後の生活に(まぎ)れてしまっていたが、当時の悲しみを正面から受け止めてくれた()()を忘れていたとは。


 改めて、手にした物体を見る。


 どうしようもなく悲しくなったら手に取れと言われたが、今はその時なのだろうか。


 悲しいというより、今は、どうしようもなく苦しく辛い。


 アパートに寝る為にだけ帰るような生活で、心も体も悲鳴を上げていた。


 一日の殆どを仕事に注ぎ込み、努力しているにもかかわらず、成果は思うように上がらなかった。上司や同僚に叱責(しっせき)され、評価を得ることも出来ず、職場での居場所は無くなっていった。


 こんなはずではなかった。もっと、出来ると思っていた。意欲に燃えていた入社当時を想い自嘲(じちょう)する。


 幼かったあの日、タカシは理不尽を知った。


 そうだ。こんなものなのだ。


 どんなに努力しても報われることはないのだ。




 そんなことを考えていると、掌の上のそれは微かに発光し始め、突然、室内は真っ白になるほど強烈な光に包まれた。


 光と共に瞬間移動したのだろうか。


 タカシは、空を移動する乗り物の中にいる。


『カナシイノカ?』


 あの日の銀色の()()が隣にいた。


 驚きより、懐かしさが勝った。


「今は、……苦しい、辛い、かな」


『ミガ ヨジレルヨウダ ツブサレルヨウダ』


 タカシの心の波動を感じ取って、()()は苦しそうに胸に手を当てた。


『コレガ クルシイ ツライ』


 記憶に刻んでいるようだ。


『ドウシタノダ』


 ()()は、十四年前と同じ事を訊いた。




 タカシは、仕事に追われ心身共に余裕の無い生活をしていることを話した。新卒採用で第三希望の会社に滑り込めたが、思うように成果が出ない。職場に自分の居場所は無い。


 しかも、自分の心の拠り所であった実家も解体することになり、自分には、もう帰る場所が無くなる。そう口に出して理解した。自分が実家の処分が出来なかった理由。


 勿論、時間的余裕も無かったのだが、帰る場所を失うのが怖かったということを。


『オマエハ ナイトイウガ アルデハナイカ』


「えっ」


『ワタシノホシハ ホロビテシマッタ ドウホウハ チリヂリニナリ ユクエモ ワカラナイ』


 十四年前、タカシと遭遇(そうぐう)した頃、母星は全面戦争状態になり、滅んでしまったのだという。異星人の感情をサンプリングしていたが、集め回ったサンプルも、もう使われることはないと言った。


 そして驚くことに、銀色の平たい卵の様な物体が、この乗り物なのだという。


 どんなテクノロジーなのか、タカシには想像もつかないが、各所にある卵に同期し、搭乗出来るようだ。


『ワタシト トモニ イクカ?』


 ()()の言葉に孤独の波動が共鳴する。


 共に命尽きるまで、未だ見ぬ宇宙空間を彷徨(さまよ)うのも悪くない。どうせ帰る場所もなく、天涯孤独(てんがいこどく)の身だ。過重な仕事や(わずら)わしい人間関係を打ち捨てて行っても良いのではないか。自分がいなくなっても大した影響はなく、誰も困らないのではないか。


 タカシの心は揺れた。




 空飛ぶ乗り物は、富士山の上空を(ゆる)い速度で通過した。雲海に(そび)える様は(おごそ)かで身が震える光景だった。


 この星は、まだ存続している。世界のどこかで戦争は起きているが、それでも美しい風景や人々の営みは、絶えることなく続いている。


 タカシの仕事は、この星にとって何ということもない事なのかもしれない。それでも、誰かの役に立っているのだと思いたい。


「いや、俺は、もう少しこの星で頑張ってみるよ。今の環境で駄目なら、他の道を探してもいい。貴方の星のように滅びない為に、自分の出来ることをする」


『イノチハ ツキタノニ マダ ガンバルノカ』


 抑揚(よくよう)のない言葉だったが、悲しみの波動を感じた。


「尽きた?」


『オマエハ 20xxネン 3ガツxニチ ゴゼン0ジ 38プンニ シボウ シタ』


 一週間ほど前の日付だった。


「俺が死んだ?」


 タカシは、笑い声を上げた。


 そんな馬鹿な。


『カイシャデ カロウシ シタ』


 タカシの笑う口は次第に閉じられた。




 そうだ。俺は一人、会社で終わらない残業をしていた。走馬灯のように、自分の死までの映像が俯瞰(ふかん)視点で、脳裏を巡った。既に魂は体から離れてしまっていたのだろうか。


 照明を落としたオフィスに、タカシのパソコンのディスプレイだけが明るい。


 コンビニ弁当の殻と、飲み干したコーヒー缶が散らばる机の上。頬がこけ、目の下に(くま)を作ったボサボサ頭のタカシは、キーボードの上に突っ伏すように息絶えていた。




「そうか。俺は死んだのか」


 自分の両手をじっと見ると、少し透けていた。


 気掛かりだった実家に、魂は飛んで来たのだろう。


「報われない人生だったな」


『オマエハ ウチュウヲ エイエンニ タビスルコトガ デキル』


「確かに」


 笑いたくなった。


 宇宙飛行士でなく、普通のリーマンだったタカシは、今、大気圏(たいきけん)を飛び出そうとしていた。


「一緒に連れて行ってくれ」


 苦しく辛かった気持ちは、いつの間にか(ほぐ)れ、晴れ晴れとした澄み切った気持ちになっていた。




 銀色の卵の様な物は、古い玩具箱の中から消失していた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ