(短編完結)勘違い王子と悪徳令嬢。「支度金? はい、利息付きで返します」(3000字で終わる婚約破棄)
軽いノリのコメディです。箸休めにどうぞ。
「レディ・フィーナ。貴方との婚約を破棄する」
王城の夜会、女伯爵フィーナ・アドレインの婚約者ブリアニア国の王太子エドワードは高らかに告げた。
フィーナは金髪碧眼の二十歳。殿下と婚約してから二年、表向き社交界で調子に乗ってるとの悪評がある。
例えば
婚約時、王家から渡された支度金は全てドレスに使ったとか。
数ヶ月後、支度金不足と王家に図々しく請求し、投資を始めたとか。
一年後に投資で成功し、若い男と淫らな行為を出版して儲けている守銭奴とか。
悪役令嬢ならぬ悪徳令嬢とさえ言われ、口にするのもためらうあだ名も付いた。
しかし当のフィーナは気にせず、冷静に元婚約者を見つめている。
王太子エドワード。見目は良いがウェーブの赤髪を腰まで下ろす。精悍な顔立ちは正義感を通り越してややむさ苦しい男だ。キリッとした眉根をよせ、鍛えた肩をいからせる王太子。フィーナは平然と断罪の続きの言葉を待った。
「お前の悪徳は聞き及んでいる! 支度金も全て返してもらうぞ!」
「あ、わかりました。持ってきて」
フィーナは扇子をパチンと鳴らす。美少年風の従者が二人フィーナの前に革鞄を置き、金貨いっぱいの中身を見せる。
「利息もつけてお返しします。35%、元々借りたつもりでしたので。途中請求分も込みです。はい、これが証書」
「は?」
アルフレッドは唖然として証書と目の前の金貨を一瞥し、頬をピク付かせた。
「はっ! 囲った男から巻き上げた金だな。卑しい限り! 怪しい出版業で稼いだ金か!」
フィーナを囲んだ貴族令嬢たちも扇子を開いてヒソヒソと話をしている。
「卑しいのはどちらです。礼も無しですか? 金を返すどころか利息も付けてお返ししたというのに」
「はっ! 我が国の金は皆、我が物だ」
今度はフィーナが唖然とした。
「殿下、国庫を私財化したらマズイですよ。今のセリフは神話時代の王様しか許されない台詞です」
「俺を馬鹿にしたのか?」
「馬鹿にはしていません。臣下臣民に対し恐れを知らぬ台詞を述べた、と言ったまで。支払いは済みましたし、貴方の断罪は終わりました?」
アルフレッドは身じろいだ。
「いやいやまだだ。お前の罪をここで全て詳らかにせねばなるまい!」
「罪ですか? で罪人だったら私を修道院にでも送るつもりですか?」
「修道院送りで済めばいいがな。お前は支度金として与えた金をドレスに作り替え、金が足りぬと言ってせびり、さらに投資で金儲けをして若い男と淫らな行為を出版していると!」
「えーっと答え合わせしますね。私は国営貧困院に来た難民のためのドレスを作りました。男の子の服もありましたけど、圧倒的に女子が多かったんで「ドレスを作った」って言われたんでしょうね」
「やはり! 本来の目的とは違う使い方をしたな!」
フィーナはうなずきつづも、小声で「でも使用目的は契約書に記されていなかったし」とうそぶいた。
「それに結婚式を豪華にするなら、貧困院に資金を回すように私は進言しましたよね? でも貴方は「働かざる者に慈悲は不要」と言いきって寄付を打ち切った。だから私は支度金の費用で投資を始め、基金を作りました」
「基金だと?」
「ええ。投資の利潤で貧困院が運営できるように。とは言ってもそれでは足りないので……」
「男か!」
呆れた顔でフィーナはエドワードを流し目でジロリと見た。
「王族って、人の話を最後まで聞けないんですか? 神話時代の王様でも一応話は最後まで聞くと思いますよ」
痛いところを指摘されてエドワードが頰をピクっとさせる。
「ぐ……続けろ」
「えっと、基金だけでは足りないので、投資を元手に印刷所を始めたんですよ。若い男との淫らな本、と言われたところはまぁ当たらずも遠からずですけど、ハッピーエンドなティーンズラブ小説を出版してるんです。もちろん大人にしか売っていません」
「は? なぜそんなことを?」
「そもそも貧困院に逃れてきた女と子供達は男に虐げられてきた人達。仕事がしたくても男が怖くてできないとか、トラウマとかそういう背景がある。でも貴方は「働けない」と一括りにして寄付を打ち切った」
「じ、自業自得だろ」
会場の女性達の声が一斉にハモった。
「「「はぁ?」」」
王子とその場にいた貴族の令息たちが居心地悪そうに身じろいだ。フィーナは眉間に皺を寄せ、言い切る。
「自業自得という言葉ほど、切り捨てる常套句として最も優れた言葉、ですがそれは思考停止そのもの。自業自得という言葉は自分に向けて使う言葉であって、人様に向けて放つ言葉ではありません。まぁ殿下は今の台詞をご自分に向けて言われたのでしょう、ねぇ?」
「王子に向かってその言い草はなんだ!」
「いいえ、よーく、ご理解されているなとフィーナは感心したのです。そういうことにしておきましょう。でないと次回の夜会から令嬢達とダンスができなくなりますよ?」
いつの間にか令嬢達は王子から顔を背けて、夜会の広間は冷ややかな空気が流れる。エドワードは気まずいのかわざと咳払いした。
「まぁ、お困りならこの本をお読みくださいな。売上は材料費、諸経費除き、全て基金に寄付されます」
フィーナは王子に一冊のペーパーバックを差し出した。
『エリート調教のススメ
〜勘違い婚約者に婚約破棄されそうな私は推しと共に世直しします〜
著フィーナ・アドレイン』
アルフレッドはその表紙に釘付けになった。ムチと棒キャンディを持った悪役令嬢が赤髪の少年の上に跨っている。
「これは……俺を侮辱しているのか?」
伯爵令嬢はこめかみを押さえて頭を振った。髪色が同じだからといって物語の人物ど同一視するなんて勘違い男すぎる。
「いいえ、貴方ではありません。『推し』です」
「なっ。ならば、その金を持ってきた従者のうちのどちらかをモデルに?」
「だ〜か〜ら〜、架空の人物です。私でも生モノではしませんわ。それにこの本売れ筋でして社交界でも特に令嬢達に売れておりますの」
「俺をネタにしているんだろう!」
「違いますっ! だって、殿下は……この表紙の少年とは違って、飴とムチが無くても素晴らしい英断ができる方でしょう?」
そこそこ綺麗なフィーナに真っ直ぐ見つめられ、エドワードの男心がくすぐられた。
「素晴らしい英断?」
「ええ。私がお返しした資金、基金へ寄付していただけますよね。そうすればきっと殿下にダンスに誘われてもいいかなって思うくらいの女性は現れるはずですよ」
フィーナはわざとらしくウィンクして微笑むと、晴々とした気持ちで夜会の広間を立ち去った。
「さーて。次は何を書こうかな?」
伸びをしながらフィーナは貧困院育ちの従者二人を連れて馬車に乗った。
しばらくして書店に『悔い改めたエリートは溺愛の道をかけ登ります』がベストセラーになり、モデルは王子だと噂された。ちなみに従者二人は伯爵家の養子となり、フィーナ印刷を共同経営したという。
なおエドワードは本のおかけで調教されることに目覚め、ムチを打ってくれる結婚相手をまだ探しているという。
完
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