正義027・巣と魔法陣
探索を再開して約30分、エス達は昨日鬼熊を倒した場所を通過した。
「改めて見るとすごいわね……」
巨大な溝を横目に見つつ、こめかみに汗を流すユゼリア。
そこからさらに1時間半ほど進むと、邪獣の出現頻度がぐっと上がった。
「恐らく、巣が近いわ。邪獣もCランクの割合が多いし」
邪獣の種類自体は大きく変わらないが、上小鬼、森狼、牙大蜘蛛、怪木等の割合が増えている。
ユゼリアが開いた地図を覗き込むと、実際に巣まであと少しだということが分かった。
巣の近くにあるという目印の大岩が、遠くにポツリと見えている。
そうして、大岩まで数分の距離まで進んだところで、体長3メートルほどの邪獣が現れる。
「グオオォォッ!」
「こいつは……!?」
「鬼熊よ! これが普通サイズなの!」
どこか見覚えのある邪獣だと思っていると、ユゼリアが杖を構えて言う。
昨日のものよりも随分と小さいが、これが通常の鬼熊らしい。
「貫け――【風矢】! 切り裂け――【風刃】!!」
「グオォ……!!」
ユゼリアが風の魔法を数発食らわせると、鬼熊はあっさりと絶命した。
「まあ、こんなもんね」
「さすがだね、ユゼリア!」
「ふふん」
ユゼリアは久々のドヤ顔で鬼熊の魔核を回収する。
「本来は魔法数発で倒せるの! 昨日の奴が異常だっただけ」
「そうなんだね」
たしかに、先ほどは通用していた風の刃も、昨日の鬼熊は黒い魔力で容易く防いでいた。
昨日のような迫力も感じられなかったし、スピードも数段下だった気がする。
「それに普通は、これぐらい巣に近いところで活動するはずの邪獣なの。黒い魔力で狂っていたのが分かるでしょ」
「うん」
ユゼリアと共に爪等の素材を回収した後、再び大岩のほうを目指す。
その時、それまで大人しくしていたジャスティス1号が、「ジャス」と怪しむような鳴き声を上げた。
「ジャスティス1号、どうした?」
「……ジャス!」
「え、本当?」
「どうしたの?」
ユゼリアがエスに尋ねる。
「正面……巣の方向から、微かに嫌な気配を感じたって」
「……っ! そうなの?」
「ジャス!」
ジャスティス1号がユゼリアの言葉に鳴く。
「ジャス! ジャスジャス!!」
「ふむふむ……」
「何て言ってるの?」
「えっとね――」
ジャスティス1号の話によれば、昨日森で感じた嫌な気配と似た雰囲気があるとのこと。
方向を惑わせるような感覚も同じくあるが、距離が近いからかぼんやりと方向が掴め、昨日よりは分かりやすいということだ。
「……やっぱり、巣に何かあるのかしら」
「どうだろう……とりあえず巣のほうに急ごう」
「ええ」
エス達はジャスティス1号を先頭にして、巣のある方向へと急ぐ。
大岩のポイントを抜け、木々の間を進むこと2~3分、目の前に開けた円形のスペースが現れた。
「これが巣よ」
「そっか。これが……」
巣の直径は、目測で100メートル程度。
道中の休憩で使った開けたエリアとは異なり、不自然に地面の土が露出している。
外縁部にはまばらに生えた植物も見られるが、円の中心に向かうほど地面が黒ずみ、植物も一気に数を減らしていた。
「邪獣の数も多いね」
「ええ。最近巣に到達した冒険者はいないみたいだから、そう考えると妥当な数ね」
エス達は木の陰から観察しながら言葉を交わす。
さすがは邪獣が生まれる場所というだけあり、至るところに種々の邪獣の姿がある。
種類は森で出会った中でも高ランクのものがほとんどで、中心付近には数体の鬼熊もいた。
「このまま突撃する?」
「待って! まずは大規模な魔法を撃ちこむわ。遠くからある程度数を減らすのが巣に入る時のセオリーなの。まあ、エスには関係なさそうだけど……」
ユゼリアはそう言いながら、巣に向けて杖を構える。
「炎よ、真紅の輝きを纏い、我が前に現れん。紅蓮の炎は花弁となり、渦巻く花弁は大輪となる――」
大魔法の詠唱なのだろう、ユゼリアは呪文のようなものを唱えて、杖の先端に魔力を集めていく。
「咲き誇れ、勇壮たる炎よ。どこまでも猛々しく、赫々と燃えて殲滅せん――【獄炎花】!!」
ユゼリアが魔法名を唱えた直後、杖の先端から真っ赤な炎が射出され、巣の中心部に着弾した。
着弾した炎は瞬く間に膨れ上がり、直径数十メートルの巨大な花を作り上げる。
炎の大輪は渦を巻きながらエリア内の邪獣を燃やしていった。
「おお! すごいね!」
エスがこれまで見た魔法の中でも、1番派手で高威力だ。
「ふふん、上級炎魔法の【獄炎花】よ。詠唱に時間がかかるのが欠点だけど、こういう場面では使えるわ」
「へえ。なんて言ったっけ……短縮詠唱? は使えないの?」
「そうね……今の私の技量じゃ厳しいかも。悔しいけど」
ユゼリアは首を横に振って言う。
上級魔法は扱いが難しく、ただでさえ難しい詠唱の短縮を取り入れるのは至難の業なのだそうだ。
また、消費する魔力も莫大なため、連発するのも難しい。
「まだまだ修練が必要ね」
ユゼリアはそう言うと、魔力を回復させるという魔力ポーションをぐっと呷る。
「じゃ、行きましょう」
「オーケー!」
突入の準備が整った後、いよいよ巣に足を踏み入れる。
先ほどの魔法で約半分の邪獣が死んでおり、残る邪獣も手負いのものがほとんどだ。
エス達はサクサクと討伐していき、巣の中心部に辿り着いた。
「見た感じは一般的な巣みたいね」
「そうなの?」
「大体こんな感じよ。ここから一定周期で邪獣が生まれるの」
ユゼリアは頷きながら言う。
巣の中心部は地面全体が黒ずんでおり、植物の類が一切生えていない。
「ただ……おかしいわね。普通ここまで近付いたら主邪獣が現れるはずなんだけど……」
「そっか!」
エスは先日の資料室で学んだことを思い出す。
巣には守護者的なポジションである主邪獣が存在し、近付くと出現するという話だった。
そうしてユゼリアと話していると、ジャスティス1号が奥のほうを指で示して鳴く。
「どうした?」
「ジャス!」
どうやら、そちらのほうから嫌な気配を感じるらしい。
彼のあとに付いていくと、エスもわずかな気配を感知する。
(ん? これは……?)
エスが何かを感じたのは、中心部の中でも一段と黒ずんでいる部分。
地面に顔を近付けると、薄っすらと模様が描かれているのが分かる。
「ユゼリア! これって……」
「ええ……魔法陣ね。特殊な形のようだけど……これが異変の原因?」
ユゼリアはエスの隣に膝を突き、魔法陣を観察する。
「複雑でよく分からないわね……一体どんな効果が――」
彼女がそう言って首を傾げた時、ふいに紋様が黒く発光する。
「ジャス!」
「「……っ!!」」
警戒の鳴き声を上げるジャスティス1号と、咄嗟に飛び退くエスとユゼリア。
紋様の光は血管のように広がっていき、その先々に黒い魔力溜まりが発生する。
そして、次の瞬間――
「「「ギィィィ!!」」」
「「「ヴォォォ!!!」」」
「「「グオォォッ!!」」」
そこら中に出来た魔力溜まりから、黒い魔力を纏った邪獣達が出現した。




