正義011・天才魔法少女
何の職業もないと思っていたところに、【主人公】という職業が付いていた。
エスにとってもまさかの事実である。
ポロの反応から予想はできていたが、彼女も初耳の職業だという。
主人公というのは本などの中心人物を指す言葉らしく、演劇や執筆に役立つ職業かもしれないと言っていた。
だが、そのような類の職業は他に存在しないとのことで、あったとしても【演技師】や【作家】のような名前になる可能性が高いそうだ。
総括すれば『何も分からない』という話であり、しゅんと落ち込むポロを気にしないでと慰めた。
エスとしてはどんな職業でも構わないし、体感として前の世界にいた時と変わった感じはない。
ただ、ベテランのポロでも想像がつかないということは、エスが前にいた世界が関係していそうだ。
どのみちエスが考えても分からないので、「まあいっか!」と流すことにした。
――そして、それからの2日間。
エスは引き続きロレア達の調査に同行した。
最初の邪獣狩りは学びが多かったので、あと2~3日は共に動きたいと頼んでいたのだ。
エスの実力がはっきりしたこともあり、『ロズベリー大丘陵』を深いポイントまで進んでいき、計3回の調査でエリア内の探索はほとんど終わった。
「草原に異常はなかったので、次は本命の森――『ロズベリー森林』の調査に移るつもりです。私達は依頼なのでさっそく明日から向かいますが……エスはどうしますか?」
3度目の調査を終えた日の夜。
皆と【龍の鉤爪亭】で食事していたエスは、ロレアから尋ねられる。
「うーん……明日は一旦別で行動しようかな!」
「わかりました。もし何かあれば、遠慮なく声を掛けてくださいね」
「エス君ならいつでも大歓迎だよー」
「おう、皆歓迎するぜ!」
「ま、また機会があれば……」
「皆! ありがとう!」
「調査に出ている時以外は連合かこの宿にいますので」
ロレア達が滞在している宿の名前を教えてもらい、エスは皆と別れる。
明日の調査に同行したい気持ちもあったが、エスはあくまでも付き添いにすぎない。
いつまでも甘えるわけにはいかないので、ひとまず1人で動いてみることにした。
翌朝、初日から泊まっている宿のベッドで目覚めたエスは、宿を出て連合へと向かう。
(何かクエストを受けるのもいいけど、まずは資料室に行ってみようかな……)
道すがら買った串焼きを食べながら、今日のプランを思案するエス。
本当はもう少し早く資料室に行くつもりだったのだが、億劫で足が遠のいていたのだ。
ロレア達からある程度の情報は得ているが、逐一尋ねていてはきりがない。
そんなわけで資料室に行こうと決心し、連合の扉を開ける。
「おい、あの妙な恰好! あれが噂の……」
「初日からDランクの邪獣を1人で倒したんだって?」
「聞いた話じゃ、複数体の邪獣を一気に倒したとか……」
「俺も聞いたぜ。昨日なんて……」
中に入ると冒険者達の視線を感じる。
エスは3日間の活躍でちょっとした有名人になっていた。
――期待の天才が現れた。
そんな噂がロズベリー支部内に広がり、その独特な外見もあって冒険者達からの認知も厚い。
エスを知らなかった冒険者達も他の冒険者から教えられ、噂は今なお広がっている。
「ええと……資料室にはどうやって行くんだろ?」
冒険者達の視線を浴びつつ、カウンターの前で立ち止まる。
(カウンターで手続きするって言ってたけど……適当に並んで訊けばいっか!)
そう思い、再び歩きはじめた時。
「――待ちなさい!」
背後から甲高い声がする。
「ん?」
振り向いた先にいたのは、ブロンドヘアをツインテールにした少女。
(俺のことじゃないのかな?)
知らない人だったので勘違いかと思って振り返るが、エスの後ろには誰もいない。
「俺?」
「アンタよ! 他に誰がいるっていうの?」
「さあ……? だけど俺、君のこと知らないし」
「は、はあ!? この私を知らないっていうわけ!!?」
「うん!」
「……っ!!!」
少女は衝撃が走ったように目を見開く。
よく通る少女の声に、「どうしたんだ?」と冒険者達の視線が集まっていた。
「それで、どうしたの? 震えてるけど大丈夫?」
わなわなと震える少女にエスは言う。
具合が悪いのかと心配したがそうではないようだ。
震えを止めた少女は「ふっ」と笑ってエスの目を見る。
「まあいいわ。私の優しさに免じて許してあげる!」
「……? ありがとう?」
「……っ! 調子狂うわね! それはそうとアンタ、エスで合ってるわよね?」
「うん、そうだけど」
「アンタ、期待の天才新人として噂になってるみたいじゃない」
「そうだね。なんかなってるみたい」
「ふっ、余裕の態度ね。だけどそんな顔をしていられるのも今の内だわ」
少女は不敵な笑みを浮かべると、自身の胸に手を当てて言う。
「いい? 私の名前はユゼリア。弱冠15歳にしてAランクに達した神童……『ライトナムの天才魔法少女』とは私のことよっ!!!!!」
声高らかに胸を張る少女、ユゼリア。
今にもドンッ!!! という効果音が聞こえそうな態度だ。
「アンタには気の毒だけど、同じ場所に天才は2人もいらないの。この際どっちが真の天才か白黒はっきりさせる必要があるわ!」
「え? いや、うーん……」
エスはユゼリアの勢いに押され、困惑の表情を浮かべる。
これが悪人ならスルーしているところだが、正義眼で感じる彼女のオーラは善良だった。
それにユゼリアを見ていると、なんとなく親近感が湧いてくる。
エスは無自覚であったが、彼の職業【主人公】が彼の本能に囁いているのだ。
――目の前の少女から〝ツッコミ担当〟の匂いがする、と。
「そう、考えることは同じってわけね」
エスの沈黙を肯定の意と受け取ったユゼリアは、ビシリと指さし高らかに言い放った。
「エス、私と勝負しなさい!!!」




