No.3
よろしくお願いします。
サレンと弟の共同研究により、我が国は混乱を免れた。長年続いていた隣国の内戦は我が国の貿易にも痛手を与え、徐々に我が国を蝕み始めていたのだ。例えば、自国では栽培の難しい香辛料や果物などの作物。だが、貴族間での需要が高いこともあり、それらに関連する仕事を生業としている者は多かった。もし、それらの輸入品が入手できなくなれば、沢山の失業者が出ることになる。
そんな中、サレンと弟の共同研究により、今まで作物の栽培が困難とされていた地域での農業が可能になったのだ。そのうえ、今まで輸入頼みだった作物が、我が国でも栽培が可能になった。新たな産業の開拓により、失業者が出ることはなかったうえに、他国への輸出まで可能になった。
手紙の前半に書かれていたのは、それらのことに対する感謝の意を示すものだった。国の混乱を防ぐために内々に進められていたようで、当然私も二人の姉でありながら共同研究の内容までは知らなかった。
そして後半は、二人の功績に対する褒賞だ。本来なら、国を挙げてその偉業を称えてもいいところだが、混乱を恐れてひっそりと行われていたこともあり難しい。そこで、二人が望むことを出来るだけ叶える、というのが褒賞になったらしい。
私の弟が望んだのは、学生の身での国立研究所への出入りの許可と、自身の研究への金銭的な支援。手紙には、そのどちらの望みも叶える旨が書いてあった。それどころか、国立研究所への在籍も学生の内から認められた。
そして、サレンが望んだのは、私とアルマスの王命による婚約の解消。王命によって定められたことは、国王陛下自身にしか取り消せない。ただ、王命によって婚約したのが私たちだけだったならまだしも、国にとって需要なポストにいた家は殆どに王命が下っていた。あからさまな特別扱いは出来ない。代わりに提案されたのは、アルマスから婚約破棄を提示された場合にはすぐにそれを受理するというもの。アルマスの私に対する態度は、国王陛下の耳に入るほどには貴族界に広まってしまっていた。そして、アルマスとメアリーの関係も。
アルマスがそろそろ何かを仕出かす可能性が高い、そう判断されたのだろう。私自身としては、望まない結婚をしなくて済んだのはありがたい。だが、貴族界における不穏因子を潰しておくために丁度良い機会だったというのも大きかったのだと思う。きっと今頃、別室に連れていかれた二人は今後の沙汰を言い渡されているだろう。何しろ王命に背こうとしたのだ。良くて平民への降格、悪くて国外追放だろうか。流石に、投獄まではいかないだろう。いずれにしても自業自得。いくら、今回の婚約破棄が半分ほどお膳立てされたものだったとはいえ、最終的に婚約破棄に踏み切ったのはアルマス自身の判断なのだから。
アルマスから婚約破棄をされた場合の受理に加えて、私に自分が望む相手との婚約を結ばせる。そして、第二王子派の勝利により内戦への終止符を打ったサレンの母国、隣国への支援を行うというのが、サレンに与えられた褒賞として書かれていた。
まだ衝撃の抜けきれない私に、伺うようにサレンから声が掛けられる。
「まさか、そんなことはないと思うんだけど。アルマスとの婚約を破棄したこと後悔してる?」
「まさか。それは、絶対にないわ。ただ、想像してなかった展開が怒涛の勢いで起きたから……。まだ、混乱しているだけ」
最近のアルマスの態度や何かと目立ちたがる性格から、そろそろ仕出かすだろうとは踏んでいた。卒業パーティーなどまさにお誂え向きだとも。だから、当然のようにエスコートに来なかったアルマス、彼の代役を務めようとしたサレンを断り、今日が最高の舞台となるよう、独りで、最後に会場へとやってきた。例え自分の評判に傷がつこうとも、侯爵家から勘当されるような羽目になろうとも。侯爵令嬢でありながら貴族としての役目を放り、自暴自棄な思考になるくらいには、アルマスの長年の尻拭いにより精神が擦り減ってしまっていたのだ。
そのため、今日の予想もしなかった展開に対しては、帰路へと付いている今でも頭が追い付いていない。アルマスたちが会場を出た後、サレンのお陰で卒業パーティーは何とか賑わいを取り戻した。だが、あまりに疲れ切っていた私の様子を見かねて、簡単に友人たちに挨拶をした後、サレンはすぐに迎えの馬車を呼んだのだ。
「僕らの弟にはお礼とご褒美をあげなくちゃね」
ぼんやりと窓の外を見やっていた私に、同じく視線を外に向けていたサレンが声を掛ける。
「それなら、貴方もでしょ?二人の共同研究が国を救ったんだから」
「んー、そのことじゃなくてね」
居住まいを正したサレンに視線を向けると、何かを懐かしむような笑みを向けられた。
「カルマス家の後継ぎ問題で揉めてたときに言われたんだ。『僕はあんな馬鹿野郎が義兄になるなんて絶対に嫌だ。使えるものは何でも使いなよ。例え、侯爵家の次期当主としての立場でさえも。サレン兄さんが、そんなに簡単に姉さんのこと諦められるわけがないじゃん。もちろん僕にとっても、兄は今も昔もこれからもサレン兄さんだけだから。』って」
「……我が弟ながら男前ね」
「ね。僕もちょっとときめいた」
堪えきれずにどちらからともなく笑い声が漏れた。
「でさ、そんな風に叱咤激励してもらったおかげで、僕は君を諦めることを諦められた」
静かに伏せられたサレンの視線が再び持ち上がったとき、そこには隠し切れない熱が溶けていた。
「―――ねえ、ルア」
キュッと猫のような目が細められ、頬を、耳を、暗闇の中でも分かるほどに赤く染めたサレン。私の顔も負けず劣らず赤くなるのが分かったが、それすらも気にならないほどに心臓が痛い。
「君が、好きだよ」
頤に手が掛けられ、身を乗り出したサレンが緩く頬を撫でる。
「結婚しよう。今度こそ」
承諾の返事は、柔く重なった吐息の中に飲み込まれていった。
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