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No.1.5

よろしくお願いします。

「―――ねえ、ルア」


 私のことを「ルア」という愛称で呼ぶのはサレンだけだった。両親も仲の良い友達も。サレン以外の人達は、皆「アリナ」という愛称で呼ぶ。


 私とサレンの出会いは学園に入学する一年ほど前。私の母親とサレンの母親が親戚で、一応私たちも遠いながら親戚ということになる。隣国の高位貴族に嫁いだサレンの母親と、私の母親は親友で頻繁に手紙をやり取りする仲。なかなか里帰りが難しかったサレンの母親とその夫。それから、こちらの学校に留学という形での入学が決まっていたサレンが侯爵家を訪れたのはそのころだった。


 母親たちが連日お喋りに花を咲かせる中、私とサレンは毎日のように遊んだ。本を読んだり、庭を駆け回ったり、厨房に忍び込んでお菓子を摘み食いしたり。不思議と馬が合った私たちは、沢山の話をして沢山のことを経験した。学園に入学するころには、お互いにお互いのことを、胸を張って「親友」と呼ぶほどに。そして、私の中で少しずつサレンへの感情が、違うものへと変化していったのもある意味当然のことだと言えるだろう。


 そんなある日のこと。


「―――ねえ、ルア」


 今よりも幼く、一見少女のようにも見える美少年だったサレン。そんな彼がおもむろに私の名前を呼んだのは、庭の大きな木の下で二人並んで本を読んでいるときのことだった。ちらりとこちらを伺ってきたサレンは、うーだとかあーだとか、何やら口をもにょもにょと動かして小さく唸る。


「なあに?もしかして、花瓶を割ってしまったの?それとも、何か無くした?」


「なっ……!?そんなんじゃないって……ッ!」


 きょとんと首を傾げて目を瞬かせる私に、サレンは口元を手で隠しながらぽそりと呟く。


「ルアは、僕のこと、……好き?」


「…………えっ!?」


 サレンの言葉を理解した瞬間、鏡など無くても私の顔が真っ赤に染まったのが分かった。その様子をぽかんと眺めていたサレンの顔も、私に負けず劣らず真っ赤になっている。


「―――そ、っか。ふーん。そう、なんだ……」


 何度か瞬きをしたサレンは、緩む顔を隠しもせずに何度か呟いた。


「ルアは、僕のこと好きなんだ?」


 ニヤニヤと得意げな表情で私の顔を覗き込んできたサレンに、ぷいと顔を背けながら噛みつくように言い返す。


「……そうよ!!悪いかしら!?」


「ッ……!?」


 しんと静まり返ってしまったことに不安になり、恐る恐る顔の向きを戻す。すると、普段の澄ました表情からは想像もできないほどに破顔したサレンがいた。


「―――ねえ、ルア」


「な、なに?」


「僕も好きだよ」


 ***


 私たちが顔を真っ赤に染めていたころ、お互いの親たちの間でも私たち二人を婚約させたいという話が上がっていた。勿論子どもたちの意思を尊重させるのは絶対条件。私の両親もサレンの両親も、貴族でありながら珍しく恋愛結婚をしていた。そのため、確かに家柄などは配慮が必要なものの、基本的に子どもたちの意思を尊重しようと考えていたのだ。そんな両親たちの仲睦まじい様子は私にとって憧れの姿で、自分もいつかは愛する人と温かい家庭を築くのだと信じて疑わなかった。そして、その密かな夢をサレンとともに叶えられるということがとても嬉しかった。


 学園に入学直前だったことや、当人の私たちが婚約に乗り気だったもののこの先どうなるかは分からない。婚約破棄をすることになどなってしまえば、評判に傷がつくのは私の方だ。もっと仲を深めてから、婚約を結んでも遅くはないのではないか。そう提案してくれたのは、サレンのお父様だ。確かにサレンと両思いだったことは嬉しかったが、正直展開の速さに混乱気味だった私は、サレンのお父様の提案に感謝した。サレンは非常に不服そうだったものの、これから参加することになるお茶会やパーティーなどで、必ずサレンにエスコートを頼むという約束のもと納得してもらえた。そして、私の一か月後に誕生日を迎えるサレンが15歳になったとき、正式に婚約を結ぶことになったのだ。


 私たちは両思いだと分かっても、お互いを「親友」と評するのは変わらなかった。だが、学園に入学したことで新たな関係もできた。侯爵令嬢として幼いころから、ありとあらゆる勉強を行い、興味関心の赴くまま多方の分野に手を伸ばしていた私。そして、隣国の生まれながらも、同じく高位貴族の令息として勉学に励み、自分自身を磨くことに余念がなかったサレン。学園の定期テストでは、常にトップを争い合う結果となった。そうして、新たについた「ライバル」という関係。


 私はサレンを、サレンは私を。「親友」と呼び、「ライバル」と呼び、お互いを一番に信用、信頼していた。そして何より「初恋の相手」。正式に婚約は結んでないものの、お互いが将来の相手だと信じて疑わなかった。


 学園に入学して一年が経つまでは。


 私たちの学年が一つ上がったころ、サレンの両親が亡くなった。隣国での派閥争いの渦中に巻き込まれたのだろうと、表情の読めない顔でサレンが呟いていたのを今でも覚えている。


 サレンの母国である隣国では、数年前から派閥争いが活発になってきていた。王家の直系でありながら、王の器としては不安の残る第一王子を王座に据え、自分たちが裏で国を牛耳りたい第一王子派。妾腹でありながら、王としての素質を備えた聡明な第二王子を玉座に据えたい第二王子派。サレンがこちらの学園に入学してきたのも、彼の両親が何の憂いもなく伸び伸びと勉学に励んでほしいと願ったためだ。


 隣国の激化する派閥争いの影響はこちらの国にも及んだ。私とアルマスの婚約が良い例だ。自国の繋がりを強固にしようと考えた国王陛下により、王命が各家に下ったのだ。他の家々の婚約は、王命が下った家ともともと婚約する予定だったり、お互いに婚約をまだ結んでいなかったりしたため、比較的スムーズに行われた。


 だが、私は口約束と言え、サレンとの婚約を約束していた。そのうえ、婚約相手として挙げられたアルマスは、あまり学園でも評判が良くなかったのだ。彼の両親もお兄様たちも公爵家の人間として非常に立派な方なのに、何故かアルマスには受け継がれなかったようで。王命と分かっていながらも嫌だと涙ながらに繰り返す私に、サレンは陰のある大人びた笑みを見せた。両親がなくなった今、自分の後ろ盾となってくれる親戚はおらず、自国も戦火の渦。そんな自分が、いくら評判が良くないとはいえ、王命によって選ばれた相手に敵うはずがないというのを分かっていたのだ。


 そうして、結ばれたアルマスとの婚約。婚約が結ばれるまでは憔悴しきっていた私も、侯爵令嬢として婚約を結んだからにはと、自身を奮い立たせて婚約者としての役目に務めた。


 天涯孤独の身となってしまったサレンは、私の両親がせめてもの罪滅ぼしとして養子に迎え入れた。こうして、「親友」であり「ライバル」であった「初恋の人」は、「親友」であり「ライバル」の「義理の弟」へと変わったのだ。サレンは義理の弟になると、自身を戒めるように私のことを「姉さん」と呼び始めるようになった。それでも「親友」であり「ライバル」としての関係を継続できたのは、ひとえにサレンの配慮のお陰だった。


 アルマスの家、ロワイレナム家に嫁ぐことが決まった私には、本来ならカルマス家を継ぐはずの弟がいた。だが弟は、なぜ自分よりも当主となるのに相応しい義兄がいるのに、直系だからという理由で自分が継ぐことになるのか、そう言い放ったのだ。実の姉ながら恐ろしくなるような雄弁さで周囲を丸め込んだ弟は、今は学園に通いながら生き生きと趣味の研究に没頭する毎日を送っている。そんな弟には、流石のサレンも敵わなかったようで、二言三言何かを囁かれた後には苦笑とともに後継ぎとしての立場を受け入れていた。とは言っても、サレン自身は弟が望めば、いつでもその立場を返上する気でいるようだが。わだかまりもなく、非常に仲良く過ごしているサレンと弟は、つい最近も共同研究に取り組んでいた。


 そうして変わってしまった、私とサレンの関係。アルマスと婚約を結び、いつかは自身を捧げなければいけない身でありながら、心までも捧げることは一生できそうにない。そんな私のほうが、堂々と浮気をするアルマスよりもよっぽど不誠実なのかもしれない。


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