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No.1

よろしくお願いします。

 

  ―――カツンッ


 静まり返った大広間に、華奢なヒールが床を叩く音がやけに響いた。背筋を伸ばして姿勢を正すが、あくまで雰囲気は自然体のままに。焦りや怒りを覚えてしまえば、相手の望み通りになってしまう。余分な力を抜いて、しかし気品は失わずに。いっそ嫌みなほどにゆぅるりと視線を上げ、周囲から思わず感嘆の声が漏れてしまうほどに美しい微笑を口端に乗せる。


 あくまでも自分は、話を聞いてあげる(・・・・・・)立場。この場の主導権はこちらのもの。どうぞ、己の立場を履き違えることのないように。


 私は、侯爵令嬢ルアリナ・ルート・カルマス。


 さあ、準備は整った。



 ***



「ご機嫌よう、アルマス様。」


 略式のカーテシーを見せて微笑を浮かべたその姿は、周囲に今の状況を忘れさせるほどに美しかった。傾国の美女と言うほどに妖艶なわけでも、月の女神と賛美するほどに華麗なわけでも、花の妖精と見紛うほどに可憐なわけでもない。ただ、彼女を取り巻く雰囲気が、話し方が、所作が、瞬きの一つさえ取っても美しかった。容姿と言うよりも、その在り方そのものが美しかったのだ。周囲の視線を否が応でも引き付けるその姿は、流石侯爵家の令嬢に相応しい。


 そんな令嬢の美しさも、恋の盲目さには勝てないのであろうか。アルマス様と呼ばれた男性は、隣でいっそわざとらしい程に体を震えさせている少女の肩を抱き寄せる。それから憎しみも嫌悪も隠そうとせずに、令嬢のことをギッと睨み付けた。


「ルアリナ・ルート・カルマス!今日この場をもって、僕と君との婚約は破棄させてもらう!!」


 水を打ったかのようにホール中が静まり返った。ルアリナは痛みを増し始めたこめかみに眉根を寄せる。それを見て、何を勘違いしたのか。ルアリナの、今のところだが、婚約者である公爵令息のアルマス・セラート・ロワイレナムは、ご丁寧に自分から恥を晒し始めてくれた。


「理由など、この場にいる誰もが承知していることだろう!お前は、自分よりも僕に愛されていることに嫉妬をして、メアリーに数々の醜悪な嫌がらせを繰り返してきた!」


 これでもかというほど、誇らしげな表情を浮かべたアルマス。そして、隣で感激したように目を潤ませるメアリー嬢。ひしと腕にしがみ付くその姿は、仮にも貴族令嬢とは言い難い。


「申し訳ありませんが、私にはメアリー様に嫌がらせをした記憶は一切ございません。確かに、他の生徒がメアリー様に苦言を呈していた場面に遭遇したことはありますが、記憶が正しければ私はそれを諫めたつもりです」


 私が一言反論を告げると、アルマスの顔が怒りで赤く染まる。


「そんなわけがないだろう!!この期に及んで、まだ罪を重ねるつもりか!!」


「そ、そうですよ!私が嘘を吐いたとでもいうんですか!」


 ぷんぷんという擬音が相応しいほどあどけなく頬を膨らませる姿は、幼い子供がするならまだしも、18になる女性がするには少々不釣り合いだ。


 『お花の妖精さん』


 この学園の生徒ならば、この皮肉が利いた呼び名が誰をさしているのかはすぐに分かる。当の本人であるメアリーと、彼女に阿呆にも心酔しているアルマス以外は。


 この国の貴族たちは、13歳になると国営の学園に入学することが義務付けられている。それから5年間の間、この学園において貴族としての在り方や様々な知識を身に着けていくのだ。いくら成人をしていない貴族の令息令嬢たちとはいえ、いずれは各々の家督を継いだり、国を動かしていく重要な役職に就いたりする者が多く通っている。子供だろうが、長男長女でなかろうが、皆貴族の一員である。ならば、その学園内で目も当てられないような粗相を犯せばどうなるか。それを、学園の卒業パーティーというような晴れの場でやらかした場合は。さて、どうなるか。


 今の大広間の空気がその答えだ。


 べらべらとありもしないルアリナの罪を挙げていくアルマス。それに比例して、大広間の空気は益々張り詰めていく。そして、地に降りていく二人の評価。アルマスは公爵家の生まれとはいえ上には優秀な兄が二人いるため、さしてその存在の有無は問題ではない。それもこの惨状を招いた問題の一端なのかもしれないが。とはいえ、初めから努力そのものを放棄して、他人を蔑むことばかりに注力しているような者を庇い立てるほど、空気の読めない貴族はこの場において存在しない。いや、正確にはメアリー以外存在しない。


「わ、私ッ……!謝ってくれたら、ごめんなさいって一言言ってもらえたら!それで、十分です!それで、許しますから!」


「ルアリナなんかとは違って、メアリーは何て優しいんだ!」


 ひしと抱きしめあう二人。うっとりと微笑むメアリーの気分はさながら悲劇のヒロインと言ったところか。砂糖と蜂蜜を混ぜ、さらにチョコレートをコーティングしたような吐き気のする甘さを含んだメアリーの声。アルマスにとって、そんな声で囁かれる自分への拙い愛の言葉は劇薬だったのだろう。


 また、顔がよく、家柄も申し分ない。そんな男性が、婚約者がいるにも関わらず、自分への愛の言葉を返してくれた。なぜだか理由は分からないが(・・・・・・・・・)自分に対して眉を顰める他の人たちとは違って、アルマスは自分を愛してくれる。メアリーたちが現状に酔いしれているのは手に取るように分かった。


 だって、あとは二人の仲を引き裂こうとする、嫉妬に駆られた可哀そうな令嬢を倒すだけなのだから。


 見た目がよければ婚約者がいようがいまいが媚びを売る。それが、アルマスとの仲を深める以前のメアリーの周囲からの評価だ。メアリーのやりすぎた振る舞いを諫めようものなら、それらは全て悲劇のヒロインを盛り上げるためのエキストラのセリフにしかならなかった。


 ルアリナも当然最初の方はメアリーの振る舞いを諫めていた。それが、一般的な婚約者としての正しい行動であり、取るべき行動だった。それに、自分の婚約者の尻拭いをするのは、婚約が決まってからの数年で慣れてしまったから。


 ルアリナとアルマスの間に恋情はない。国内の情勢を鑑みたうえでの、王命で決まった婚約だ。当初は、好きな相手でもないうえに、完全に自分の意思を無視された婚約に涙を流すこともあった。だが、そうは言っていられない事情もあり、所詮貴族の結婚などそのようなものだと割り切ったルアリナ。自分の両親や身近な貴族の夫婦が、幼いながらに強いあこがれを抱くほど相思相愛な姿を見て、自分も将来はと期待をしすぎてしまっていただけなのだ。


 とはいえ、一応ルアリナもアルマスとの関係を努力した時期もあったのだ。アルマスに対して恋をすることは無理でも、家族としての愛情を持つことは出来るかもしれないと思った。幸いにもアルマスの家族とは仲良くできていたから。まあ、そんな希望もアルマスのあまりにひどい態度に早々に打ち砕かれてしまったのだが。


 もう、呆れて何もいう気にならない。今すぐこの場を後にしてしまいたいほどに、肩に重くのしかかる疲労と周囲の憐憫の視線。どうしようかと投げやりになってきた頭を回転させていると、アルマスが歪んだ笑みで再び宣言した。


「もう一度言う!ルアリナ!君との婚約を破棄して、僕は最愛の女性メアリーに婚約を申し込む!!」


 水を打ったように静まり返る大広間。もういっそのこと、この状況をそのままに帰ってしまおうか。そう思った瞬間。


 ―――コツッ


 当事者たち以外、音を立てることすら躊躇われた大広間に、女性のものより力強い足音が鳴らされた。


「ようやく婚約破棄するの?」


 サレンヴァーノ・レミア・カルマス。カルマス家の養子でありながら、カルマス家次期当主。


「姉さん」


 そして、私の義理の弟だ。

 


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