-異世界超紐理論-
ハツキが仰向けで目を覚ますと、澄み切った青空が目の前に広がっていた。
身体は何となく軽く、空気も清々しくて心地よかった。
だが、自分がそこにいる理由がわからなかった。
前後の記憶は無く、どうしてここにいるのか思い出すことができない。
ゆっくりと体を起こすと、彼の目の前には、天使と悪魔が立っていた。
天使と悪魔、という表現が正しいのかはわからない。
ハツキから見て左の方は金髪の髪飾りと真っ白な翼を持ち、陽の光を浴びて光り輝く白いローブに身を包んでいた。
どうみても天使だよな・・・
右の方は逆に赤黒い翼と黒い巻角が特徴で、赤い炎を纏った黒いスーツのようなものに身を包んでいた。
こいつは悪魔だ・・・
目の前の二人の目つきは優しく、だがどこか鋭く、彼を見ていた。
彼らの足元は、白い雲に覆われていた。ハツキは周囲を見渡すと、見渡す限り広がる青い空と白い雲の絨毯が広がっているのを発見した。
その景色は美しく、まるで別世界のようだった。
いや、こりゃ多分別世界だわ・・・
「もしかして俺死んだの?」ハツキは座ったまま両手を上に広げ、大きく伸びをしながら独り言のように尋ねてみた。
天使と悪魔は同時に笑みを浮かべた。
「善悪を問わない魂の安息所、ティルナの地へよくぞ戻ってきましたね」
「善悪を問わない魂の安息所、ティルナの地へよくぞ戻ってきたな」
同時に喋るのかよ!?しかも答えになってねえ!
ハツキはこのイカれた状況に少し眩暈がしたが、なんだ、どこか、聞き覚えも見覚えもあった。
「今なんて」
「「善悪を問わない魂の――――」」
「やっぱいいや!」
ハツキは両手を目の前に大仰に広げて2人?を制止した。
善悪・・・ティルナの地・・・天使と悪魔・・・まさかな。
「「意思と感情と宿命と蓋然と偶然と、自我の弾丸と縄に吊られた操り人形は同じこと。」」
勝手に始めやがった。しかも何言ってるか全然意味がわからねぇ・・・相変わらず。
「「どれが君の本当の姿であろうかはわからない。どれが君の本当の姿であったのかもわからない。」」
そうだな・・・ここに来ることになった理由がわからない以上は彼らの言う通りかもしれない。
ここに来る直前と言えば・・・。
ハツキは頭に人差し指をツンツンしながら思い出してみた。
わけのわからない説明を垂れ流す天使と悪魔は放置。
あーそうだ夕飯係だったのを忘れてたんだよな・・・そんで配達のイナゴピザを取って・・・---に文句を言わ・・・
そこまで思い出すと同時に、体が、心が一瞬にして凍りつき、全身が痺れるような感覚に襲われる。
なん・・・だ・・・これ・・・ついにリアルでクスリでもキメちまったか・・・。
ハツキは震えながら泣きながら笑ってしまった。
何かしらの理由で記憶がロックされているのか?ここに来る直前の記憶に強烈なもやがかかっている。
今のところは思い出すのはやめておいたほうがよさそうだ。
ハツキは思い出すのを諦める代わりに、今のところ冴え渡りすぎて喉から溢れそうになっている「予想」を口から垂れ流してみることにした。
「「灼熱の王のケルディオンが――――」」
「あーっと、おふたり?さん、ちょっと、よろしいかな?」
まだ長々とやってやがったのでハツキが遮る。ふたりという数え方であってるらしい、ふたりが同時に黙る。
「俺には多分リアルの方で色々あって、記憶は封印しとくけど、このよーく見覚えのある世界でしばらくよろしくやっていけよ?ということでござんしょか?」
天使と悪魔は相手を見合わせ、微妙に表情を変えた。
「「君の過去と現在と未来はまだ過ぎ去っていない。存在もしないし、やって来ることもないだろう。」」
話が通じているようで通じてない。やはりただのNPCか。ハツキの予想は当たっていたようだ。
「っし!」
ハツキは突然立ち上がり天使と悪魔と逆方向へ全力で走りだした。体は軽い。どこまででも走れそうだ。
――――5分後
「だめだこりゃ。」
どこまででも走れそうだったのは気のせいで、ハツキは息も絶え絶えになり、目の前に広がる風景にも飽き飽きしてきた。
同じような空の上の景色が延々と続いていて、これ以上先に進める気がしない。
もう疲れたが、そろそろこの空間のデバッグを止めて、ここから先の段階に進まなければならないとわかっている。
ハツキは自分自身に言い聞かせ、諦めの心で振り返った。
天使と悪魔がいた。なんとなく呆れたような顔をしているのは気のせいだろうか。
「朝のランニングにしちゃ随分とハードだったよ。」
ハツキ渾身の皮肉には全く動じず、ふたりはつづけた。
「お前の「あなたの
本来の姿は――――」」
そう、ここで選ぶんだよな。純白の羽だの暗黒の刃だのって選択肢が出て、善と悪を。
ハツキは数秒考えた。たしかゲーム内では悪の方が後半以降の敵との相性はよかったはず。
ならば――――
「俺は悪を選ぶぜ!!」
ハツキは悪魔の方を大仰に指さした。多分上位存在に対してかなり失礼である。
・・・
時が止まった。ように見えた。
「あれ?」
ハツキはまぬけな声を出した。
「もしかしてあの厨2病的な台詞言わないとだめなんすか?」
天使と悪魔は答えず、そのままの表情でこちらを凝視している。
マジかよ。選択肢ウィンドウとか開かねえのこれ?!
ハツキはため息を深くなるべく長く吐いた。NPC相手とはいえ気が乗らない・・・。
「はいはい、じゃあ言いますよっと。ふざけやがって。このチュートリアル作ったやつ覚えてやがれ。」
恐らく相手のいない上空に向かって中指を立て、恐らく誰も聞いていない捨て台詞を吐いて、ハツキは覚悟を決めた。
「暗こk」
ハツキが我慢ならない厨2病的選択肢を口から垂れ流そうとした刹那。
ハツキの足元の雲が無くなった。
「うおっっお??!」
ハツキの短い断末魔が空間に響く。
「「遠い後日ティルナの地に――――」」
そこから先はハツキには聞こえなかった。
唐突に足場がなくなると人間って声出なくなるんだなとハツキは思った。
しかしこの先起こりうることを考えるとハツキは少なからず恐怖と混乱に襲われた。
このゲームって落下ダメージあったっけ・・・。死んだ場合どうなるんだ俺・・・。
ハツキは手探りで周りを探り、何も掴めずに落下する自分を確認することしかできなかった。
風の音が耳を刺し、周りを取り巻く景色は先ほどと打って変わってどこまでも深い闇だった。
身体が揺れ、空気が抵抗する中で、ハツキは自分がどこにいるのか、何が起こっているのかを理解できなくなった。
心臓が高鳴り、混乱し、気を失う直前、最後にこう思った。
「属性無しって、どうすりゃいいんだ・・・」