30 お引っ越し
「マイさんの宿、なんか凄いメルヘンですね…」
マイさんの宿の前に着いた。
三階建てで木造なのは変わらないが、造りが凝っており、まるで小さなお城だ。全体的に薄いピンク色で塗装されている。
なんだかラブホみたいだ。
「どう?可愛い宿でしょ?」
「そうですね…」
一応頷いておくが、僕なら絶対に選ばないだろう。
「宿の人には、話し通してあるから。その馬も預けられるわよ。」
「あ、助かります。」
これまたピンクの馬小屋に松風を預けた。
松風はちょっと気に入っているようだ。
「じゃあ、私の部屋に行くわよ!」
ゴクッ。
喉がなった。
生まれてこの方女子の部屋に入った事など無い。やっぱ良い匂いとかするんだろうか。
緊張してきた。
宿に入ると、食堂が無い代わりになんと浴場がある。
「凄い!お風呂もあるんですね!」
日本人らしく、僕は入浴が好きだ。
「そうよ。でも残念ね。この浴場、女の子しか入れないの。」
出た。男女差別だ。
世の中は女性に優しく、童貞に厳しい。
これはどこの世界も変わらないようだ。
2階に上がると、廊下には赤いじゅうたんが敷かれている。
僕は一番奥の部屋に案内された。
「何してるの?はやく入りなさい。」
「は、ひゃいっ!しちゅれいします!」
僕はガチガチだ。
逆に息子だけがふにゃふにゃになっている。
「おお…」
そこには、夢にまで見た光景が、広がっていなかった。
玄関を入ると、右にトイレがあり、この先には二十畳ほどの広々とした空間があった。
端の方にベッドが1つ置かれていて、それ以外は何も無い。
一応キッチンもあるのだが、調理機具が無いのでおそらく使っていないだろう。
ちなみに無臭だ。
「マイさん、家具とかあんまり置かないんですね。」
「そうね。ここには寝に帰って来るだけだし。無駄でしょ?」
なんと男らしい。
「そうですね…ちなみに、これから僕はどこで寝ればいいんですかね?」
僕は1つしかないベッドをチラチラ見た。
(僕も一緒のベッドに入れて!)
心の中で念じた。
「あなたの寝床はここよ。」
そう言うとマイさんは入って左にある押し入れを開けた。
ドラえもんかよ!
「あの、これは収納スペースではありませんか?」
「しょうがないでしょ。ここしか空いてないんだから。」
確かにかの傾奇者も畳は一畳あれば良いと言っていた。
しかし、こんな広い部屋で押入れの中に寝る必要はあるのだろうか。
「でも、まだ部屋に寝られるスペース、いっぱいありますよね?」
家具が何も無いので、部屋の端から端まで空いている。ゴロゴロし放題だ。
「……私の事襲わないって、約束出来る?」
マイさんは不安そうな顔をして言った。
何を今さら。
多分あなたの方が強いですよ。
僕は負け戦を楽しむ気はない。
「ええ、約束します。」
「知ってるかもしれないけど、私は獣人よ。約束は命より重いわ。」
「大丈夫です。」
マイさんは何事か考えている。
逆に襲う事は出来ないけど、襲われるのはありだ。
間違いが起こる可能性は0ではない。
「いいわ。そこまで言うなら、信用してあげる。好きなところに寝なさい。」
「ありがとうございます。」
「そうと決まれば、もうあんな怪しい商売は辞めなさい。」
僕も出来れば自転車操業なんてしたくない。
赤字にさえならなければすぐにでも辞める。
「わかりました。まだ配達が終わってないので、今日届けたら足を洗います。」
これでまたネズミ狩に戻る事が出来る。
「あと、ネズミ駆除もやめて。臭いから。」
まじか…
それじゃあ僕はこの先、どうやって収入を得れば良いんだ…
「でも、ネズミ狩りをやめると松風を養う事が出来ないです…」
松風を養うには金がかかる。しかも1日一回走らせに行かないと行けないので、他に短期高収入の仕事を探さなければならない。
体を売るか?
「そんなの、私と一緒に依頼を受ければ良いじゃない。」
はい、簡単に論破されましたー。
めでたしめでたし。