俺のバレンタイン事情、幼馴染を添えて。
「はぁ。まったく」
下駄箱を開けたと同時に、いつのまに入れてるのか大量のチョコが、
学園ラブコメよろしく雪崩のように落ちて来る。
そんな光景をまた見て、俺はうんざりしている。
どうやら俺は、世に言うイケメンと言うやつらしく、SNS隆盛のこのご時世に
わざわざ手紙を下駄箱やら机の中やらにねじこむ女子が、
後を絶たない。はっきり言って迷惑なのだが、
そういう態度を取っても、なにゆえかキャーキャーされる。
意味がわからない。
で、今日はいつにもまして下駄チョコの量が多い。
「そういえば、今日はバレンタインだったか」
散乱したチョコをしかたなしに回収しながら、
俺はそんなことを思い出す。
回収したチョコの山は、毎年多少懐に入れつつ、
こっそりと男子連中に恵んでいるんだが、
なにゆえだか一人一人が、一睨みした後に
一掴みほどぶんどって行く。よっぽどチョコに餓えてるらしい。
朝飯を食い忘れてるんだろうか?
幼馴染の奴が、朝から勝ち誇った顔で出かけがしらに、
俺をチラ見してきていたことも、ついでに思い出した。
そういうツラは、どうせなら女子連中に向けろよ。
ウチはこいつのことわかってんだぞ、ってな感じで。
「これで、回収は終わったな」
鞄に詰めても詰め切れないので、ゲッソリと抱えて歩く。
俺がチョコにこんなに迷惑を感じてるのは、至極単純な理由だ。
ーー俺は、甘いものが駄目なのである。
いわゆる辛党と言う奴だ。甘党と辛党で政党ができてたら、
迷わず辛党に票を入れるぐらいには辛党だ。
キノコタケノコ戦争が勃発しても、われ関せずと
メンタイコ味の、うんまいスティックを頬張るぐらいには辛党なのである。
で、そんな俺がなぜ回収するどころか、懐に入れるのか。
身内と幼馴染のおやつとして、ありがたくいただいているのだ。
それに俺は、もらった気持ちを無下に放り捨てるほど
薄情な人間ではないので、もらったものは一応全て目は通している。
答えを自分からは返さないけど。
そんなこんな、主に男子からの冷たい視線を浴びながら教室へ入る。
俺が教室に入ったのに気が付いた生徒が、ザワザワし始めた。
「さて、これ。どうしたもんか」
勉強道具一式を入れるスペースも必要だから、
机にねじこむわけにもいかない。
小学生の、食べきれなかった給食のパン状態になるのも悪いしな。
「よ」
幼馴染が、そんな男友達みたいなノリで声をかけてきた。
「よう。人の気の重さも知らずにサクサク登校してたな」
「いつものことじゃん、それ」
「まあな」
「お昼にいつもの奴、あげるから」
「あいよ」
いつもの奴、と言うのがバレンタインの特別な食べ物であるところは、
我等ながらにスパンの長い『いつもの』だと思う。
義理とか本命とか、そんなのは気にしてない。
儀式みたいなもんだ。特に幼馴染の場合、
よこす物がモノだからな。
*****
「よ」
「おう」
お昼時、屋上である。
背後から声をかけられて、俺は軽く答えた。
勿論幼馴染の声だ。
「昼時の屋上って、なんで人、いないんだろうな。
別にうちの学校、進入禁止になってないのに」
「人の中でガヤガヤに紛れてたいって人たちなんじゃん?」
俺の隣に腰かけて、幼馴染は缶コーヒーのプルトップを開ける。
「っつぅっ」
右手の人差し指を抑えながら、目をきつく閉じている。
「毎度言ってんだろうが、道具を使えって」
「指で開けんの、かっこよくない?」
「知るか」
ズルっとしたテンションのまま、いただきますよっと、と弁当箱を開ける。
「おりゃー」
バリバリっと、ビニール袋を開ける音と同時に、幼馴染が、
さして気合を入れるでもなく、ズルっとしたノリで言った。
そのまま、やっぱりグダっとした空気で食事を始めた。
「で? 今年のは、どんなんなんだ?」
卵焼きを頬張ってから尋ねる俺。
他の人から言わせると、俺が好む塩の具合は辛いのレベルらしい。
「ん? 二個もってきた」
こちらもパンにかじりつきながらだ。
「ふぅん。じゃ、たったとくれ。デザートにするもんでもないし」
「んー」
はーい、みたいな調子で答える幼馴染に、
オッサンか反抗期の男子かよ、と突っ込む。
「ほい」
「あいよ」
受け取ったそれは、銀紙に包まれているが、それ以上の装飾はなし。
形だけを見れば、完全にチョコである。ちょっとデカめではあるが。
「味、違うから」
「めんどうなことしてんな」
「たまたまあったからね」
「ふぅん」
右手に二つ乗っているそれ。その右側の包みを開ける。
口に放り込んで一口。
「……おまえ、これ。甘口だろ」
「たまには、甘い世界も味わってもらおうと思ってね」
「くっそニヤニヤと。甘口ってなぁ、大して味しねえんだぞ」
やけくそみたいな切り返しをしつつ、ペットボトルお茶で喉を潤す。
……甘味がお茶と混じって、なんかみょ~な味だ。
「はい、次次ー」
「次も甘口だったら殴るぞ」
「やだなぁ、流石にそんないじわるしないって」
「ニヤニヤしながら言ってんのが怪しい」
残った一つを口に放り込んでかみ砕く。
噛んだ時に、グニョってなるから、かみ砕く、ってのは正しくないんだけどな。
「そうそう。俺がもとめてんのはこっち。辛口の方だよ」
満足して、またお茶を飲む。
それでもやっぱり、口の中は変な味である。
「しっかし。チョコのかわりにカレールーを食べたがるなんて、
ほんっとかわってるよね。いくら辛党ったって、そんな奴、君だけだよ」
クツクツと、笑いをかみ殺しきれない様子で、幼馴染は言って来る。
「仮にも今日はバレンタインだろ。特別感はほしいからな」
「なら、むしろ普通にチョコ食べた方が、君にとっちゃ特別じゃん。
新天地を恐れちゃ、チャレンジ精神は育たないぞ」
自分で言ったことがよっぽど面白かったらしく、言った本人が爆笑し出した。
「チョコ食って気持ち悪くなったことがあってから、甘い物駄目になったからな」
「それ、君が一人でバカバカ食べたせいじゃん。自業自得だって。
あーっ! あーっやめてお腹痛い!」
「勝手に思い出して勝手に笑っといて、俺のせいにすんな」
「大元君じゃん、だから君のせい」
「まーた笑い出したよ」
けど。こいつのいっそ豪快にすら見える大笑い、見てて気持ちがいい。
俺にかわいく見られようとしてるのか、なにかを押し殺したように接して来る女子らに比べれば、
むしろこの素のまんまなことが、俺にはすごく居心地がいいんだ。
「来年も、頼むわ」
「はいはい、任せて。今度は辛いのがトラウマになるぐらいルー用意すっから」
「極端な方法で俺の味覚を操作しようとすんじゃねえ」
「フフフ。こっちも、お返し、頼んだよ」
「はいはい。お前も辛党にしてやるぜ」
「それはどうかな?」
そうして、まるでバトルマンガのライバル同士のように、
俺達はニヤリと笑い合った。
おしまい。