悪役令嬢の愚痴はとどまるところを知らない
連載はじめました
『されど悪役令嬢はタヌキに愚痴る』
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前作『されど悪役令嬢はタヌキに愚痴る』を踏まえた展開があります。
ご興味ある方はまずそちらをお読みください↓
『されど悪役令嬢はタヌキに愚痴る』
https://ncode.syosetu.com/n0122gs/
「あの、鍛冶師さん。『令嬢の湯』にはどう行ったらいいですか?」
石炭の袋が肩に食い込んでいた。
僕は今現在、元の肩書を伏せて、鍛冶屋の弟子として働いている。
入門して五年、半人前の僕は親方から槌を握らせてもらえる機会はまだまだ少ない。
そういうわけで、僕の仕事の大部分は研ぎ物だったり、仕事場の掃除だったりする。
中でも重労働なのが火床に使う石炭の調達だった。
石炭と言っても要するに炭化した石だ。
つまり、結構な重量がある。
それを日に何度も担いで往復するのだからたまったものではない。
汗もかくし、疲れるし、第一担いだ袋が肩に擦れて痛い。
仕事が終わる頃には顔は真っ黒になっていて、おかげで「タヌキ」という有り難くないあだ名まで頂戴することになる。
だから僕は立ち止まって、袋を肩から地面に下ろして、額の汗を煤ごと拭いて、彼女の相手をすることにした。
「『令嬢の湯』はそこの道を真っ直ぐですよ」
説明しながら、僕は彼女をしげしげと見た。
この火山地帯では珍しい、人間の少女である。
年の頃は僕よりもふた回りほど歳下、17~18歳ぐらいだろうか。
混血者特有の褐色の肌に、不思議な紫色の瞳。
腰まで伸ばされた黒髪。
かなりメリハリのついた持ち主の凹凸を隠さない大蛇の皮製の鎧。
そして背中に担がれた、どでかい大砲。
その大砲に見覚えがあった。
僕はついつい言わなくてもいいことを付け加えていた。
「『魔弾の弩』だね」
「えっ?」
「君の背中の大砲だよ、久しぶりに見たな」
僕は懐かしさと共に言った。
「銃身に刻んだルーンで魔法弾を射出する武器だ。弩よりも正確で弓よりも威力が高い。そうだろう?」
「驚いたわ。弩のことを知ってる人に初めて出会ったかも」
僕の余計な指摘は彼女の好感を得たらしい。
彼女は驚いたような微笑みを浮かべた。
「あなた、冒険者だったの?」
「そりゃ、昔はね」
僕はその先を濁した。
冒険者には兎角訳アリが多い――そんな傾向を彼女も心得ていたのだろう。
それ以上の追求をしようとはせず、彼女は別の話題を口にした。
「この弩は母の形見なの。私が冒険者になるときに持たせてくれたわ」
「へぇ、凄いお母さんだな。ということはお母さんも冒険者だったのかい?」
「いえ、母は普通の主婦。元は父のものだったらしいわ」
「ってことは、お父さんが冒険者か」
少女は笑みを深くした。
「わからないの」
ほう、そういうことか。
冒険者には兎角訳アリが多い――その傾向は僕も心得ていた。
悪いことを聞いてしまった詫びに、僕は言った。
「『令嬢の湯』では気をつけたほうがいい。そこの湯守の令嬢様は最近機嫌が悪いんだ。機嫌を損ねて入浴料をぼったくられないようにね。あと、貴重品は番台に預けた方がいいよ。その弩とかは特に」
「わかったわ、ありがとう」
少女は両足を揃えてきちんと礼を言い、『令嬢の湯』へ走っていった。
ちなみに、だが。
彼女は実は三十分前から同じところをぐるぐる歩き回っていた。
おかしいわねぇ、とか、このへんのはずなんだけど、とか。
僕が石炭倉庫と鍛冶場をお往復する度にそういう呟きが聞こえていた。
三十分経ったら声をかけてやろう。
そう決めていたのだが、彼女の方から話しかけてきてくれて助かった。
更にちなみに。
『令嬢の湯』はこの通りからならどこへいても見える。
オークが挽き出した一枚板のどでかい看板と、吹き上がる白煙は街の名物なのだ。
それなのに彼女の目にはそれら全てが写っていなかったらしい。
冒険者を自称する人にはなかなか珍しいレベルの方向音痴であろう。
なんだか不思議な少女だった、と思う。
人間としてはかなり珍しい褐色肌や魔弾の弩もそうだが、彼女のオーラ、気配、雰囲気――。
そう言ったものが、なんだか普通とちょっと気がしたのだった。
後で姉さんに話してみようかな。
姉さんは顔が広い上に情報通である。
おそらくこの街の新参についても詳しいはずだ。
ぼんやりそんなことを思いながら、僕は袋を担ぎ上げて鍛冶場へ急いだ。
◆
「豊穣のシェヘラ、ね。多分間違いないわ」
「え、ダニエラ姉さん、あの娘の事知ってるの?」
「むしろ知らないの? って話よ。アンタ元冒険者の中の冒険者でしょうよ」
元公爵令嬢であり、この『令嬢の湯』の湯守であるダニエラ姉さんが驚いた顔をした。
二つ以上の物事の同時進行など朝飯前の姉さんなのに、みかんを剥く手が止まっている。
「知らなかったの?」と逆に言われて、僕は真剣に驚き返した。
「いや……知らなかったな」
「ほーん、アンタってもうちょい人生経験とか豊富だと思ってたわ、意外。あんな有名人ちょっといないぐらいなのに」
「いくら大陸中冒険してても知らないものは知らないよ」
「タヌキは意外に世間知らず、っとね……メモメモ」
「ちょ、何書いてるの? なにそのメモ」
「ブラックリストよ。ここに厄介な客の顧客情報書くのが私のささやかな趣味なのよ」
「趣味として不健康すぎる! ……ちなみに、そのリストには何人いるの?」
「アンタ一人だけだけど」
「僕専用のブラックリスト? ひどくない?」
「自衛のための知性というやつよ。……さて、アンタが気になるあの娘のことを教えられるのはここまで。あとはいくら出せる?」
「入湯料払っただろ、8Gも」
「ケッ、そんなはした金、ケツを拭く紙代にもなりゃしねぇよ」
二月ほど前、僕は姉さんを大変怒らせ、それから入湯料倍の刑罰を受けていた。
だが僕は熱心に日夜謝罪と嘆願を続け、今では10Gの入湯料を8Gまでディスカウントすることに成功していたのである。
仕方なく僕は番台の横からコーヒー牛乳を一本取り出し、2Gを番台の上に乗せた。
「今手持ちがなくて」
「よろしい」
姉さんはみかんを剥く手を再開しながら言った。
「大陸では知らない人間がいないレベルの怪物討伐師よ、あの娘。田畑を荒らすモンスターを皆殺しにするから『豊穣のシェヘラ』。あんな若くて美人なのに腕がいいのね。だから色んな国を走り回ってる。ここには仕事で来たわけじゃないって言ってたけど」
シェヘラ、という不思議な響きが気になった。
この国にはない名前の語感であるから、おそらく異国の人間なのだとは思っていた。
だが、まさかそんなに有名人だったとは。
そして自分はそんな有名人を知らずに何年も冒険していたとは。
ん、と姉さんがみかんを半分くれた。涙が出るほど優しい。
みかんのひと房を食べながら僕は言った。
「んで、そんな物騒なもん担いで何しに来たんだ?」
「どう考えても風呂入る格好じゃないから私も驚いたのよ。そしたら私になんて言ったと思う? あの娘」
「なんて言ったのよ」
「ニーベルという人を知らないか――って。ここにいるって風の噂で聞いたんです、って」
姉さんが僕を見た。
予想外の言葉に、僕はビーバーのように歯を剥き出した。
「……なんで」
「先に聞いとくわ。アンタ、あの娘となんか関係あんの?」
「関係とは?」
「そりゃ関係といえば関係よ」
「どんな」
「例えば装備を交換しようとか言葉巧みに誘い出してそのまま持ち逃げしたような関係」
「怒るよ?」
「怒ってみろ茗荷チンポ。あと歯をビーバーみたいにして人の話聞くな」
僕は歯を引っ込め、姉さんは終わりを喋った。
「ちなみにね、彼女結構本気でアンタのこと探してるわよ。しばらくこの街にいるつもりだ、ニーベルが来たら教えてくれ、ってさ」
姉さんはムチャムチャとみかんを食べながら言った。
僕は――というと、みかんを口にしたまま考えていた。
どう思い返してみても彼女と出会ったはずはない。
そして彼女が僕が僕であると気づいた様子もなかった。
僕を暗殺しに来たわけでもないとダニエラ姉さんは言う。
確かに、彼女は先の僕と王国のゴタゴタを知っていた風でもなかった。
ただ、それならばなんだったのだ。
あの肌がひりつくような独特の気配は――。
「アンタいきなりビビリすぎでしょ。ホタルイカになってるぞ」
姉さんに茶化され、僕は自分を見た。
確かに僕の身体がホタルイカのように薄ぼんやりと光っていた。
慌てて身体を叩くと、僕の光は徐々に治まっていった。
「もう一度聞くけど、本ッ当にアンタ、あの娘と関係ないのね?」
「ないよ」
そんなに疑ってるのか――僕はそれがちょっと面白くなくて下唇を突き出して言った。
ダニエラ姉さんの翡翠色の瞳が僕を見た。
嘘はない、と姉さんの目は判断したらしい。
姉さんはフッ、と安心したような顔をして言った。
「ま、信じたげるわ。ささ、修正修正っと」
姉さんはメモ帳に書かれた『極悪人』の『極』に二重線を引いた。
「全部に二重線引いてよ」
「一応よ一応。……なんにせよ、気をつけなさいよ。アンタは今王国中のお尋ね者なんだから。自分から会いに行くようなマネは控えることね」
「わかってるよ」
「本当にわかってる?」
「わかってるさ」
「ふぅんなるほど。わかるつもりないわね、アンタ」
ダニエラ姉さんは諦めたように言った。
僕は「バレたか」というように、小さく舌を出した。
◆
昨日は雨が降ったせいで、丸一日石炭の運び入れが出来なかった。
そんなわけで、僕は相変わらず石炭袋を担いで商会と鍛冶場を往復していた。
その途中で、またあの空気を感じた僕は、そちらの方を見た。
如何にもガラの悪い冒険者でござい、という男たちに囲まれて、彼女――豊穣のシェヘラが壁際に追い詰められていた。
いいだろ? とか、弾むぜ? というような。
如何にもゴロツキでござい、という内容の話が聞こえてくる。
この火山地帯の辺境には人間は少ない。
だから器の小さい人間はここに来ると高確率で威張る。
更に若くて綺麗な人間となると本当に数少ないから当然悪い虫もつく。
大抵は大事になる前にそのへんを彷徨いて親方の威光を振りまいているヤエレクのおやっさん辺りにぶっ飛ばされることになるのだが、生憎おやっさんは三日前から山の奥に木挽に行っていて不在だった。
次に往復してまだいたら声をかけよう。
そう思って工房に石炭を置き、戻ると、まだシェヘラはゴロツキに囲まれていた。
200でどうだ? とか、300でもいい、とか。
何かの競りはまだ続いている。
シェヘラは明らかにうんざりしているのに、男たちは粘り強いようだ。
なんと声をかけようか迷って、僕は結局、冴えないことを言うことにした。
「お取り込み中すみません」
ゴロツキたちが僕を振り返った。
シェヘラが僕を見て、あ、というような顔をした。
「この間の」
「シェヘラ、ちょっと温泉まで戻ってくれるかな? 返したいものがあるんだ」
「誰だよ、おめぇ」
ゴロツキの中のひとりが陰険な視線とともに言った。
僕はゴロツキに凄くいい笑顔で言った。
「僕、彼女の友達なんです。そこの温泉の湯守から、間違って入湯料を多く貰っちゃったから探してきてくれ、なんて言われてて」
嘘である。
何が嘘かと言うと、ダニエラ姉さんが入湯料を間違えることは、ほぼない。
間違えたとしてもダニエラ姉さんはその場では入湯料を返さない。
間違えたら、次にその人が温泉に来た時にコーヒー牛乳を一本サービスする。
だから入湯料の勘定を間違ったことは最初から間違ってなかったことになるのだ。
あくまで敵意なく言ったのに、ゴロツキは不満げだった。
「んなもん、後にしろよ。こっちは取り込み中だ」
「取り込み中でもこの街の湯守が言うことは絶対です。さぁ、シェヘラ」
僕はシェヘラの手を引いた。
あの、と言いかけた彼女を無視して引っ張り出そうとすると、男が言った。
「おい、待てよ……」
男が僕の肩に手を伸ばしてきた。
僕は「触るな」と一喝した。
突然の一喝に固まったゴロツキたちの顔をじっくりと眺め、僕は言った。
「僕の父さんは王都でデカい銀行を4つ、商店を7つ、宿屋を12経営してる大金持ちだぞ。この国の王様とはタメ口でしゃべる仲だし貸しもひとつやふたつじゃないし母さんは大貴族の出身だし兄さんは騎士団長で姉さんはコック長だしおじさんはホモだ。お前ら僕を殴ってタダで済むと思うなよ。お前らをまとめておじさんのところに売っ飛ばすことだってできるんだからな」
まわされちゃうぞ、と僕は言った。
その一言に男たちは明らかに動揺した。
こんな嘘で動揺するくらいなら最初から慣れないマネなんかしなけりゃいいのに。
男たちがまごついている間を縫って、行こう、と僕はシェヘラの手を引っ張った。
◆
「怪我は――ないよね?」
「驚いた。あなたよくあんなとっさに嘘つけるわね。鍛冶師やめてペテン師の方がよっぽど儲かるんじゃないの?」
僕の心配を無視して、シェヘラは屈託なくころころと笑った。
歳相応の、あまりに魅力的な笑顔だった。
僕は――というと、笑えなかった。
理由は二つある。
ひとつは、嘘をついたこと。
僕にホモのおじさんはいない。
ふたつめは、彼女が放つオーラ、である。
この、あまりにも彼女には似合わない、強いオーラ。
そのオーラの凄まじさに、僕は笑えなかった。
結局、僕はまた冴えないことを言った。
「君は無防備すぎるんだ。言っとくが、この街は地獄の一丁目だぜ?」
「地獄の一丁目?」
「そうさ」
僕は念押しした。
「君みたいな娘がここを歩くのは危険すぎる――ひとつ、アドバイスをしてやろう。この街は背中を見せたら撃たれる街だぜ、覚えておいたほうがいい。じゃあまた」
僕はその場から立ち去ろうとした。
彼女にあまり深く関わってはいけない。
それはなんとなくわかっていた。
「ふぅん、背中を見せたら撃たれる、ね――」
シェヘラの声が背中に聞こえた。
その瞬間、僕の背中にむんと濃さを増した殺気が突き刺さった。
とっさに、僕は近くに立て掛けてあったモップの柄を手に持った。
手に汗がじっとりと滲んだ。
僕らはほぼ同時に動いた。
シェヘラの魔弾の弩が、僕の額をぴたりと捉えた。
僕のモップの柄が、ぴたりと彼女の喉元に添えられた。
なんて素早い動き――。
有り体に言って、僕は大変驚いていた。
これがガチンコだったら、僕もタダでは済まない速度で彼女は動いてみせた。
『豊穣のシェヘラ』――その二つ名は、全く嘘ではなかった。
シェヘラはしばらくして、驚いたように言った。
「凄い……こんな反応、初めてよ」
「おいおい――これは何の冗談だい? 君は討伐師だろう? 人間は相手にしないはずだ」
「怒らないで。やっぱり、あなたがニーベルなのね?」
シェヘラは魔弾の弩を下ろしながら言った。
僕はモップの柄をそこらに放り捨てた。
「こういう心臓に悪い確かめ方はよしてくれ。だいたい、湯守から聞いてないのか? 聞いてたらなんで直接僕の鍛冶屋を訪ねなかった」
「いいえ、あの人は何も言わなかった。ただ一言、そんなタヌキは知らないって。凄く不自然な感じに」
シェヘラは困ったように笑い、僕の煤だらけの顔を見た。
僕は掌にじっとりかいた汗で顔中の煤を拭った。
姉さんのやつ――僕は番台で肘をついてみかんを食べているだろう姉さんに毒づいた。
ダニエラ姉さんは僕の存在を何故かとにかく隠そうとする。
他の街の人間にとってそれは常識的な話なのに。
まるで僕がそういうものであったという事実をこの世から消したいと願っているかのように。
しかし、それも厄介な話だった。
姉さんは嘘を付くと物凄く挙動不審になるのである。
隠すつもりならもう少し上手に隠してほしいものだ。
シェヘラは再び笑った。
「ねぇ、タヌキさんには仕事のお休みってあるのかしら」
まるでデートのお誘いだった。
僕は「残念だけど」と首を振った。
「この間、色々あって親方に休みを前借りしちゃったんだ。だから今月いっぱいは休みがないんだよ。ちなみにカネもない。アワやヒエ食べて生活してるよ」
「そんなに時間はかけないわ。仕事の後でもいい。とにかく、あなたと話がしたいの」
「随分熱心だなぁ」
僕は正直、ほとほと困っていた。
シェヘラと関わったら姉さんは物凄く怒るだろう。
話をした、なんて言ったら、愚痴どころではなくなる。
だが、話をしなかったらしなかったで、彼女に鍛冶場に日参されても困る。
仕方なく、僕は言った。
「明日の仕事終わりなら開いてるよ。仕事終わりにはだいたい『令嬢の湯』に行くからね」
◆
「バカちん、バカちん」
ダニエラ姉さんは僕の頭を拳でドンドンと2回叩いた。
僕は「仕方ないだろ」と絶望的な言い訳をした。
「か弱い乙女が困ってたんだ。ほっとけるかよ」
「それについては拍手を贈ろう。よくやった、タヌキ。獣の鑑だ」
パチパチパチパチ……と本当に拍手してから、姉さんは言った。
「けれど、よそ者と関わって、挙げ句に会見の会場がこの温泉ってのがマイナス30点ね」
「か弱い乙女を助けた。プラス40点はカタい」
「10点になっただけ。立派に赤点じゃないの」
「0点よりマシだ」
そう言うと、うーん……と、姉さんは卒倒するような声と共に番台に突っ伏した。
「神様、私はタヌキの理解力の低さに絶望してしまいました。あなたは何故私をタヌキ語が喋れない身体に生まれさせましたか……」
「僕は全然隠すつもりないんだよ? だいたい、今は引退してんだから僕は名実共にただの鍛冶師見習いだよ。なんでそんな姉さんが気を揉むんだよ」
「アンタに気を揉むぐらいなら自分の乳揉むわ、ボケ。私はね、アンタに別にそれをを隠せ、って言ってるわけじゃないの。ただもう少し気にせいって言ってんの」
姉さんの愚痴はとどまるところを知らない。
「アンタ、五年前に自分が何したのかわかってる? いまだあいつらの残党はこの世にごまんといるのよ? なんで自分だけは大丈夫だと思えるのよ? 本物の野生のタヌキでもアンタみたいにランタッタランタッタって歌うたいながら表歩かないわよ。用心とか慎重って言葉はアンタの脳みそのディクショナリーには記載がないの?」
「もちろんあるさ。ただ、同じディクショナリーに限界という言葉もある」
「用例を言ってみろ」
「『あのことを隠し通すのはもう限界だ』」
「ふーん、代わりに言うわ。『私の我慢は今まさに限界を越えようとしていた』」
「なんで」
「わかんないの?」
「こういう風になるのが嫌だから街を出ていくって言った僕を姉さんが呼び戻したんじゃないか。僕はいつ出ていってもよかったのに――」
「おい、ふざけんな」
ついつい言うつもりじゃなかった事を言った、その瞬間だった。
姉さんの放つ雰囲気が殺気に変わった。
はっ、と僕が姉さんを見ると。
姉さんは駄々っ子のような顔で僕を睨んだ。
「それはアンタがよくても、私がよくない」
あ、これはヤバい。
これは本気で怒っている顔だった。
姉さんは長年の付き合いとなった僕にもいまだ全容のわからない人だ。
凄く理不尽なことも我慢するかと思えば、凄く些細な事にも怒る。
なおかつ、今のこの姉さんの顔は本気で怒っている顔だった。
全身に力をみなぎらせ、鼻を真っ赤にし、親の仇とでも言うかのような目で僕を見るのだ。
「――ごめん」
僕が言うと、姉さんは静かに言った。
「私はね、アンタに穏やかに暮らしてほしいだけ。なんでとか、どうしてとかの話じゃない。そんなに余計なお世話? ただでさえ一回アンタに助けられたのに、私はアンタに借りを返したいと思っちゃダメ?」
姉さんは急にしぼんだような口調で、物憂げに言った。
「私――もしかして、アンタに余計なことしてる?」
翡翠色の瞳が、見たことのない色を帯びて、弱気に僕に訊いてきた。
こういう顔はズルい。
姉さんにこんな顔をされたら、僕は何も言い返せなくなるのに。
「もう……悪かったよ、ごめんって。でも、もう約束しちゃったんだよ」
僕が本気の口調で謝ると、姉さんの表情が少しだけ元通りになった。
姉さんはため息交じりに言った。
「明日、ここにシェヘラが来るのね?」
「うん」
「奥の一間貸してくれ、なんて言わないでよ。話せるのは湯船だけよ」
「うん」
「なんの『うん』よ。事実上貸せないって断ってるつもりだけど?」
「なんとかするさ」
「なによそれ。風呂場で文通でもするの?」
「まぁねー」
僕は意味深な一言とともに話を打ち切った。
姉さんは妙な顔をした。
◆
「親方、奥の部屋の壁、壊します」
「おう」
「そこに隠してるもの、持ってきます」
僕が言うと、黙々と槌を振るっていたドワーフの親方は「おう」と言った。
横で石炭を選別していた僕も負けじと寡黙に応酬した。
「すみません、この間直したばっかりの壁なのに」
親方は火ばさみで挟んだ鉄塊を水に突き入れ、額の汗を拭った。
「半人前が生意気言うんじゃねぇ。ドワーフがレンガ積みくらいどうってことあるか、アホ」
じゅぼぼぼぼ……と、鉄塊は物凄い音を立てて水の中で沸騰した。
鉄塊は水の中で急激に冷やされ、無意味な鉄塊から、形ある道具へと変化してゆく。
鉄塊が冷えるにつれて、真っ赤に照らされていた親方の顔も、だんだん闇に沈んでゆく。
僕はひときわ大きな石炭の塊をハンマーで砕いた。
「親方」
「なんだ」
「親父、ってどんなもんです?」
親方は僕に言った。
「何を藪から棒に訊くんだ、おめぇは。まさかおめぇだって木の又から生まれたわけじゃあるめぇに」
当たらずとも遠からず、だった。
僕は0歳の時点で女神の国とやらから召喚された人間だった。
木の又から生まれてたほうがまだ有機物的な温かみがあってよかったのに。
「似たようなもんスよ、僕」
「ケッ、面倒だな。そうさなぁ――よく俺を殴る。よく俺を怒鳴る。よく俺と喧嘩する。頑固、無口、わからず屋、偏屈、そんな人間だったなぁ」
「親方と一緒ですね」
「違いねぇ」
ぼやかれると思ったのに、親方はあっさりと肯定してみた。
「似てるってのは厄介なもんだぜ。嬉しいこともあるけどな」
親方は僕の考えてることを見透かしたように言った。
更に親方は言った。
「妙なマネすんなよ。もうお前は勇者じゃねぇんだ」
「わかってます」
「お互いまだ若ぇし、過去のことは過去のことだ。わかるな?」
「わかってます」
「それでもな、もし万が一、あの娘がそういうことを望むんならな――」
親方は僕の目を見つめて言った。
「そのときは、おめぇが責任持ってやられろ。これはケジメってやつだ。誰がどう言おうと、この決着は男にしか出来ねぇもんだ。堂々と、誰にも文句は言わせねぇようにやられてこい。意地張って張って張り通して、絶対に女に手はあげるな。わかったな?」
「はい」
僕は力強く答えた。
親父ってのはこういうものなのかも知れない。
僕は頭の片隅でそう思った。
◆
「あれ、ヤエレクのおやっさん?」
僕が言うと、緑色の禿頭が、ちゃぽん、と音を立てて動いた。
「おっ、おう、ニーベルじゃねぇか! 今日は早ぇな!」
「おやっさんこそ。山奥に行って半月は帰ってこないんじゃなかったのかい?」
その指摘に、ヤエレクのおやっさんは顔じゅうの皺を伸ばして笑った。
「んなっ、んなもんはおめぇ、この剛力よ! オークの手にかかりゃ、あんなヒョロ木、切り倒すのに一週間もかかるか!」
「ほーん。凄いね」
つまらない嘘を看破するように、僕はあえて塩対応をした。
なんだか、今日は妙に男湯が混んでいた。
僕が入ってくるなり、みんなぎょっと僕を見て、それからそそくさと洗い場に行ったり、物凄く熱い湯に頭から浸かったりしだしたのである。
「おやっさん、疲れた身体に長風呂はよくないよ」
ドワーフほどでないにせよ、オークも嘘やごまかしが下手である。
僕が橋渡しをしてやると、おやっさんは「おっ、おうそうだな!」と目線をそらした。
「おい、みんな! 疲れた後の長風呂はよかねぇや! 今日は自主的に早仕舞いにするか!」
野太い声でそう言うと、ゴブリンだの半獣人だのが、救われたように顔を上げた。
おっそうだな、とか、そうだそうだ、と白々しい声が上がった。
そのまま、体を拭くのもそこそこに、全員が湯船から上がっていった。
物凄く広い風呂場に、僕だけが残された。
ふう、とため息をついて僕は湯船に身体を沈めた。
そのまま、温泉の端の方に身体を移動させた。
男湯と女湯とを分ける仕切りの所まで来た。
意識を集中させると、彼女のオーラが壁越しにも伝わってきた。
この刺すようなオーラの種類。
時々不穏に高まったり、減ったりする律動。
やはり間違いない。
彼女、シェヘラは――すぐそこにいる。
僕は湯船の縁の岩のひとつに手を掛け、思い切り引っ張った。
ボコッ、と音がして、拳大の岩が外れ、女湯に通ずる小さな小さな穴が生まれた。
のぞき穴――。
それはダニエラ姉さんも知らない、先代の湯守の時代から男たちに脈々と受け継がれた秘宝だった。
一応、僕はのぞき穴に背を向けるようにして背中を壁に預け、ちょっと大きな声で言った。
「シェヘラ」
ちゃぽっ、と音がして、オーラの濃度が急に高まった。
シェヘラの、驚いたような、咎めるような声が穴から聞こえた。
「たっ、タヌキさん……!? どこから話しかけてるのよ! 何よこの穴!?」
「タヌキは本能的に穴を見つけたらほっとけないもんなんだぜ」
「何言ってるの!?」
「まぁ冗談はともかくとして、事情が事情なんだよ。ここの湯守に『湯船以外は貸せない』って断られちゃったんだ。それにここならお互いに丸裸だ。落ち着いて話ができる。色々と昔話もね」
俺が言うと、シェヘラも意図を汲んだらしい。
「それで覗き穴越しにお話、ってわけ? 用心がいいのね」
「あぁ。君にあんな大砲担がれたままじゃ、俺だってまともにお話できそうにない――何しろ、五年ぶりにあの大砲で狙われたからな」
ふぅ、と彼女が浅く息を漏らした。
兎にも角にも納得してもらえたらしい。
まずそちらからどうぞ、の無言を貫くと、シェヘラが言った。
「ねぇ――ヴァルヴァトロスって、どんな男だった?」
俺はしばらく考えてから言った。
「強欲なやつだった」
「――他には?」
「凄く強かった。勝てたのは偶然だと思う」
「それで?」
「でも意外に紳士的なところもあったし計算高いところもあった。俺に『世界の半分をやるから仲間になれ』って言ったよ、当然蹴ったけどね。そういうことを言えるくらいには余裕のあるやつだった」
この一言は、シェヘラにとっては不満だったらしい。
もっと聞きたいことがある、という気配を感じて、僕は言った。
「俺は魔王城に飛び込んで、あいつとほぼ丸一日戦った。あの弩で何発も撃たれたけど、何故か俺は死ななかった。あいつも全身斬られてボロボロだった。俺は最後の力を振りしぼって立ち上がって、あいつの首を剣で撥ねた。真っ黒な血が飛び散って、首は玉座まで転がって、あいつは――砂になって消えた」
俺は一息に言った。
魔弾の弩。
それはかつてこの世の頂点に君臨していた魔王の得物だった。
もちろん、シェヘラが今持っているものとは根本的に異なる、強力なものではあったけど。
俺が「それ」を確信したのは、あの路地で彼女に弩を向けられた時だった。
あの刺すような殺気と、機械的に正確で素早い動き。
俺はあのとき、実に五年ぶりに、魔王の技を見ることになったのである。
すう、と、シェヘラが大きく息を吸った。
「そう。そうやって死んだのね、ヴァルヴァトロスは」
他には? という無言を貫くと、シェヘラはそれ以上質問を重ねず、代わりに言った。
「私の母は――病で死んだ。苦しい暮らしだったけど、母は一度も父の悪口は言わなかった。でも、きっと父を恨んでいたと思う。一度、こっぴどく叱られたことがあったわ。父のものだったあの弩を持っていって兎狩りにいった時。母は私を泣きながら叩いて、二度とこんなことをするな、お前まであんな奴と一緒のことをするのか、って」
あいつ、兎狩りなんかしてたんだなぁ。
妙な関心を覚えつつ、俺は黙って聞いていた。
「母は――きっと父が迎えに来てくれるのを待っていた。私がこんな肌の色をして生まれたからかも知れない。母は、私を見る度に父を思い出していたんだと思うわ。だから私は家を出た。病が治る見込みのない母にこれ以上、父の面影がある自分を見せるのが辛かった」
俺は彼女の顔を思い浮かべた。
魔族との混血者特有の、褐色の肌。
それは普通の人間であっただろう彼女の母とも、周りの人間とも、はっきり異なっていたに違いない。
シェヘラは少し迷ったような沈黙の後、おずおずと訊いてきた。
「ねぇ、タヌキさん――ヴァルヴァトロスって、私に似てた?」
少し考えてから、俺は言った。
「あんまりそうは思わないなぁ。だいたい、あいつは君みたいにふふふって笑ったりしなかったしね」
「ふーん。どんな風に笑ってたの?」
俺は思い切り大声を出した。
「フゥーッハッハッハッハッハ! 愚かな人間どもめ! ――って、こんな風に笑ってたよ」
しばらくして、シェヘラはアハハ、と実に面白そうに笑った。
「やっぱり魔王ね」
その声はやっぱり、父親には似ていなかった。
似たのはオーラだけ、か――。
この、そばにいるだけで人を射殺してしまうような、純粋で奔放なオーラ。
これなら並の獣などは、彼女が近くにいただけで固まってしまうことだろう。
俺は安心したような、寂しいような、妙な気持ちとともに湯に浸かり直した。
俺はごつっ、と、湯船の壁に後頭部をぶつけた。
「他には? 俺に何を聞きたい? 遠慮なく言ってくれ。仇討ちしたい、でもいいぜ。君とは戦いたくないから抵抗はしないつもりだ」
「仇討ちなんて」
シェヘラはちょっと戸惑ったように言った。
「それだけ聞けたら十分よ。はっきり言っておきたいんだけど、私はあなたを恨んでいない。恨めるわけがない。何しろ、私は父の顔さえ覚えてないから」
その言葉に俺が無言でいるのが面白くなかったのだろう。
シェヘラは半笑いの声で付け足した。
「湯守さんにも言われたしね。アイツに手出したら、あんたを殺して私も死ぬから、って」
ずる、と湯船の中で尻が滑って、俺は少しの間溺れた。
それを気配で察したのか、シェヘラは笑ってから言った。
「ただ――母の墓前に言ってやりたかったのよ。あなたと私を捨てた男はこんな風に死にました、ってね。ただそれだけよ。それだけなのに――この街の人たちをヘンに緊張させちゃったわね、ごめんなさい」
ああ、やっぱりこの娘はいい娘だ。
その言葉に、俺は大きなため息をついて、手の中にあったものを握り締めた。
物凄くごつい大きさの、ただの金無垢の指輪だった。
俺は指輪越しに、かつてのライバルに向かって語りかけた。
なぁ、ヴァルヴァトロス。
お前、魔王で本当に幸せだったかよ。
お前は俺に言ったよな。
「世界はこうあるべきだという理想が、何故私の理想であってはならんのだ」って。
やっぱお前は間違ってたよ。
その先の世界に本当にお前の理想があったのかよ。
理想なんか最初からなかったんじゃないのかよ。
お前が自分の巣穴を捨てて出ていった時。
古巣にはもう帰れないと悟った時。
もう自分の世界の中にはなにもないと気づいた時
お前は巣穴ごと世界を滅ぼそうとしたんじゃないのか。
可愛い娘を捨てて行った世界に、本当にお前の理想なんかあったのかよ。
俺は「それ」を、覗き穴から女湯の方に放った。
ぽちゃん、と音がして、それが女湯に沈んだ。
「あいつの形見だ。君に渡すつもりで持ってきた」
俺が言うと、ちゃぷ、という音が聞こえた。
俺は随分迷ってから、言った。
「ヒルダさん、って、君のお母さんか?」
シェヘラが息を呑む気配が伝わってきた。
俺はため息をついて、湯で顔をごしごしと洗った。
「俺の勇者はやっと終わった――魔王との約束が果たせたからな。魔王のやつ、何も言わなかったんだぜ? ただ、この指輪をくれてやる、ヒルダの指輪だ、って……聞いた時は意味がわからなかったけどね」
俺は大声で言った。
「あいつ、首だけになってから俺に宿題残しやがった。まったく素直じゃねぇよ、あいつ。前言撤回だ。あいつ、似てたよ。君とさ――」
見えないだろうが、きっとどこかで聞いているだろうアイツ。
その影に向かって、俺は当てつけるように言った。
「そうやって妙に人のことを気にするところがさ――似てたよ」
シェヘラの声が震えた。
「えぇ、そうね――」
シェヘラはそれから長く沈黙した。
そのまま、彼女が彼女として過ごした十何年分が溶け出してゆくかのように。
彼女は隠さず泣いていた。
辛かったんだろう。
苦しかったんだろう。
とにかく――彼女はいろんなことを我慢してきたのだろう。
そう思わせるほどに――彼女の嗚咽は長く続いた。
僕は湯船の壁からそっと離れた。
去り際に、嗚咽の中から、たった一言だけが聞こえた。
「よかった」
◆
僕は脱衣所を出た。
まずはじめに、番台にいたダニエラ姉さんと目が合った。
姉さんは法被の袖を捲く上げ、どこから調達したものか、両刃の剣を持っていた。
僕はその様を見て、思わず言ってしまっていた。
「何考えてたの」
姉さんは努めてなんでもないような口調で言った。
「脱衣所にゴキブリが出たのよ」
「ウソつけ」
僕は次に、ヤエレクのおやっさんに視線を移動させた。
おやっさんの手には物凄くデカい斧が握られている。
きっと山からこれだけ持ってここに駆けつけたに違いなかった。
コボルトだの、獣人だの、ゴブリンだの、エルフだの。
この温泉の顔馴染みたちは何かしら手に手に武器を持って僕を見ていた。
僕が呆れて順々に顔をにらみつけると、おやっさんたちは何故か照れたように笑って、武器を後ろ手に隠した。
「ゴキブリが出たんだよ――なぁ?」
「そうさ。物凄くデカイやつだ」
「見たことないぐらいな」
全く――どいつもこいつも大馬鹿だった。
とそのとき。女湯のドアが開き、中からシェヘラが現れた。
みんなが一斉にシェヘラを見た。
シェヘラは居並んだ面々を見て、すべてを察したらしかった。
あはは、と、シェヘラは本当に可笑しそうに笑った。
「あなたたち――本当にタヌキさんが好きなのね」
その笑顔に、はぅ、と誰かが声を上げた。
さっきまでかなり本気で彼女を狙っていたというのに。
あまりに可愛らしいシェヘラの表情と声に、その場にいた全員が一瞬にして魅了されてしまったようだった。
シェヘラはひとしきり笑うと、次にダニエラ姉さんを見た。
「ねぇ、湯守さん」
「あ――あによ」
「私、この温泉が気に入りました。また浸かりに来ていいかしら?」
そのあまりに屈託のない声に、ダニエラ姉さんも戸惑ったらしい。
お、おぅ、と、よくわからない声を枕詞に、姉さんは言った。
「いつでもかかって来い」
姉さん、それ戦うときの台詞だよ――。
僕が呆れている間に、シェヘラはにっこりと笑うと、そのまま涼やかな足取りで温泉を出ていった。
しばらく、その場にいた全員が視線を錯綜させていた。
アレが本当にその、アレなのか?
全員の顔がそう言っていた。
姉さんは一体こいつらに何を吹き込んだのか――。
僕は今更ながらにバカバカしくなって、番台の横の椅子に座り込んだ。
「あ――あの娘、大砲忘れてった」
ややあった後、姉さんが思い出したように言った。
彼女の得物であった魔弾の弩は番台の横に立てかけられたままだった。
僕は「いい、また来るって言っただろ?」と、番台から腰を浮かした姉さんを止めた。
姉さんは不審そうに僕を見た。
「今度取りに来たら、コーヒー牛乳奢ってやればいいさ」
「でも、あの大砲無けりゃあの娘――」
「必要なくなったんだよ」
僕が言うと、姉さんは不審そうに僕を見た。
「結局、何しに来たのよ、あの娘」
さぁね、と僕も首を傾げた。
「世界を変えてみたくなったんだろ。親父みたいに」
僕はそう言いつつ、夜に消えてゆくシェヘラの背中を目で追っていた。
せめて今日だけは、彼女が迷わず帰る場所に帰れるように。
僕は少しだけ祈ることにした。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ただただ温泉に行きたい。
頭から浸かりたい。
そう思って妊娠したこの話も二作目。
ぜひ連載で、と言ってくれた方がそこそこおられましたが、連載では面白くないので短編での連作としてみます。
もしお気に召しましたら、評価・ブックマーク等よろしくお願いいたします。
【VS】
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