第五話「無茶振り」
封印から目を覚ましたシャルティアさんを連れ、わたしたちはサロンに戻ってきた。
クロウはテーブルを挟んだ向かいのカウチにシャルティアさんを座らせる。
わたしとクロウは、反対側のカウチにそれぞれ腰を下ろした。
「さてシャル、よく目を覚ましてくれた」
クロウが話を切り出す。
「まず今の状況を簡単に説明するが――」
と、クロウはここまでの経緯をシャルティアさんに語る。
「そうですか、屋敷が聖女に……ところで兄さん、そろそろ教えて欲しいのですが」
「うん?」
シャルティアさんが、わたしを見る。
「そちらの女性は何者なんです?」
「だから説明しただろう。こいつはルビィ。たぶん、封印を解く鍵になる女だ」
「ええ、それは聞きました。私が知りたいのはそういうことではなくて……」
たぶん、シャルティアさんは、根本的にわたしが何者なのか知りたいのだろう。クロウは、わたしについてざっくりとしか説明しなかったし。
生贄になるはずだった女だけど、なんだかんだで今に至る。みたいな。
そして聖女と同じ光属性の魔力を持っていて、彼女が施した封印を解ける……たしかに何者だって感じだよね。残念ながら、わたし自身もその答えを持っていないんだけれど。
「じゃあ、どういうことだ?」
「まったく兄さんは……たとえば、彼女の素性とかですよ」
シャルティアさんは苦笑まじりにそう返す。
「面倒だな、おいルビィ」
「はい?」
「お前、シャルに自己紹介でもしてやれ」
えぇ……なにその丸投げ。でもまぁ、自己紹介は必要だよね。
わたしは居住まいを正し、シャルティアさんと向き合った。
「シャルティア様」
一応、そう呼んだ方がいいかなと思って。
「わたしは、ルベーリア・オズボーンといいます」
それから……なんだろう? うーん、これ以外に思いつかない。
わたしが困っていると、
「オズボーン……もしや、オズボーン伯爵の娘さんですか?」
「あ、はい、そうです」
どうやらシャルティアさんは、オズボーン家のことを知っているらしい。
「なんだシャル、こいつの家を知ってるのか」
クロウが意外そうな声を上げる。
「ええ。インバーテッド家の協力者は、すべて把握していましたから」
「ほお、さすがはシャルだな」
クロウの言葉に、シャルティアさんは照れくさそうに咳払いをした。なんか、ちょっと可愛い。
「……ルベーリアさんのことも覚えていますよ」
「え、そうなんですか?」
わたしの記憶では、シャルティアさんと会ったことはないはずなんだけど。
「ああ、顔を合わせたのは、今回が初めてですよ。ただ、父上の生贄候補に名前があったのを覚えていただけで」
「な、なるほど……」
それは、あんまり嬉しくない記憶のされ方だなぁ。
「ところで……」
シャルティアさんが、わたしに向けている目を細めた。
「急に光属性の魔力が発現した、という話でしたが、本当に心当たりはないのですか?」
こちらを見透かそうとするようなシャルティアさんの目つきに、わたしはたじろぐ。
心当たり、あるにはあるんだけど、黙っておくと決めたしなあ。それに確証もないし。
「あ、ありません。本当に、わたしも訳がわからなくて……」
「そうですか……」
ぜんぜん納得していない様子だけど、シャルティアさんはそれ以上、わたしを追求してこなかった。
「まぁ、どうして急に光属性が発現したかは、今はどうでもいいんじゃないか」
いや、どうでもよくはないと思うけど……クロウの発言に、わたしは内心で呟く。
「重要なのは、どうやらルビィは聖女の封印を解けるらしいという点だ」
「私としては理由も気になりますが……兄さんに同感です」
なんとなく、二人が言いたいことは、わたしにもわかっている。
なぜか、わたしは聖女の封印魔法を破ることができる……らしい。
屋敷ごと封印されたクロウやわたし、そしてシャルティアさんが目覚めたのも、その力によるもの……なんだと思う。
そして今、このインバーテッドの屋敷は聖女の封印により、外界と隔絶されている。
おそらくクロウも、シャルティアさんも、こう考えているはずだ。
わたしになら、屋敷の封印も解けるのではないか――と。
クロウとシャルティアさんが、じっと、わたしを見てくる。
なんなの、この無言の圧力は。
「おいルビィ」
「はい、なんでしょう……」
「屋敷の封印を解け」
「無茶振りだよ……!」
クロウのいきなりすぎる命令に、わたしは思わず声を荒げた。
そんな急に屋敷の封印を解けなんて言われても困る。いやまあ、流れ的にやらされそうだなとは感じていたけれど。
そもそも、わたしには封印の解き方なんてわからない。なにをどうすればいいのやら。
「無茶か? 俺はそうは思わないがな」
クロウの言葉に、わたしは首を捻った。なにを根拠に?
「お前はすでに三つの封印を解いてる」
「それは……」
たしかに。わたし、クロウ、シャルティアの封印。これで三つだ。
「なら、屋敷の封印も解けるだろう」
そんな、お気軽な調子で断言されても。
「あの……屋敷の封印を解けと言いますけど、具体的にはどうやればいいんですか?」
わたしは、ストレートに疑問をぶつける。
するとクロウは、意外そうに目を瞬かせた。
なんだろう。わたし、なにか変なこと訊いたかな?
「お前……間抜けか?」
「……はい?」
さすがにイラッとしたわたしは、声に棘が混じるのを抑えられなかった。
やれやれといった具合に首を振りながら、クロウは口を開く。
「シャルの封印を解いたとき、お前はなにをした?」
わたしがシャルティアさんの封印を解いたとき……思い返してみるけど、特別なことはなにもしていない気がする。
クロウに言われて、棺桶の中で眠るシャルティアさんの肩に触れただけだ。
「……シャルティアさんの肩に触っただけですけど」
「そうだ、つまり……そういうわけだ」
――いや、わかんないよ。
クロウは、ドヤ顔で「理解しただろ」みたいな雰囲気を醸し出しているけど……わたしには、まったくわからない。
「つまり、ルベーリアさんが触れれば、聖女の封印は解除される……と?」
シャルティアさんが口を開く。
「ああ、簡単な話だろう?」
ええー……触れるだけ?
わたしは、自分の手をまじまじと見つめた。
この手に、本当にそんな力があるんだろうか?
でも実際、シャルティアさんの封印は解けたし。そう、わたしが触っただけで……ん?
ふと疑問に気がつく。わたしは小さく挙手しながら、疑問を口に出した。
「あの、いいですか?」
「なんだ」
「わたしが触れたら、聖女の封印は解除されるんですよね?」
「ああ、おそらくだが……まず間違いないだろう」
「それなら――屋敷の封印を解除するには、どうすればいいんでしょうか?」
触れば封印が解けるというなら……もうすでに解除されていないとおかしい。
だって、わたしは屋敷のあちこちに触れているんだから。
「起点を探せばいい」
わたしの疑問を、クロウはなんでもないといった風に一蹴する。
「……起点、ですか?」
「ああ、封印には起点になってる場所、あるいは物があるはずなんだ」
そうなのか。よくわからないけど。
「そこ、あるいはそれにお前が触ったら屋敷の封印は解ける……というか、解けなかったら困る。そういうわけで、だ」
クロウが立ち上がる。
「さっさと封印の起点を見つけ出すぞ、シャル、ルビィ」
「そうだね」
「は、はいっ!」
わたしたちは起点の捜索を開始した。