第三話「サロンにて」
いきなり勢いよく立ち上がったかと思えば、おもむろに座り直す。
そんなクロウを見て、わたしは、なんか落ち着きない人だなぁと思った。
「ルビィ、次の質問だ」
クロウがこちらに鋭い眼差しを向けてくる。
今度はなんだろう? 正直、色々と訊かれても、わたしは困るんだけど。
「お前、どうして生贄に選ばれた?」
「え? それは……」
わたしは記憶を辿る。『ルベーリア』としての記憶だ。
この世界での父親……オズボーン伯爵は吸血鬼崇拝者だった。と、同時に権力の亡者でもあった。インバーテッドは公爵家だ。オズボーン伯爵としては、ぜひとも取り入っておきたい相手だろう。
わたしは父親と一緒に、何度かこの屋敷を訪れたことがあった。吸血鬼崇拝者たちが集まり、夜会を開いたりしていたのだ。『ルベーリア』が目を付けられたのは、その夜会でのことだ。ゲームにも、そういうシーンがあったように思う。
『ルベーリア』を生贄に選んだクロウの部下は、オズボーン伯爵にその話を持ち掛ける。インバーテッド家に取り入りたかった伯爵は、あっさりと娘を差し出したのだ。なんとも酷い父親だなぁ。というような説明を、わたしはクロウにした。
「……経緯はわかった。お前、魔力属性の確認はされたか?」
「属性の確認、ですか?」
たしか、されたような気がする。
「はい、属性を訊かれたので答えて……実際に魔法も使ってみせたはずです」
すでに精神操作されていたから、ちょっと記憶が曖昧だけど。
「……光属性の魔法をか?」
クロウは、なにやら深刻そうな口調だ。
光属性の魔法……ああ、そうか。あの時はまだ前世の記憶が戻っていなかったから、わたしの属性は闇だったよね、きっと。
どうしよう、前世の記憶……なんて話しても、理解してもらえるかどうかだよね。ここは適当に誤魔化しておこうかな。
「実は……わたし、元々は闇属性だったんです。その、いつの間にか光属性になってしまったみたいで……だから確認の時に見せたのは闇属性の魔法だったかと」
「なんだと?」
クロウが驚いたように目を見開く。
「属性の変化……そんなことがあり得るのか? しかし、そうだとすれば一応、筋は通るが……」
「あの、なにがですか?」
魔力の属性が変わったら、なにか問題でもあるのだろうか?
そういえばさっき、黒の王が逃げたのは、わたしの魔力を吸おうとしたから……みたいな話をしていたけど……
「ああ……お前が光属性なら、そもそも生贄に選ばれるのはおかしいと気づいてな」
……たしかに。闇属性の復活には闇属性の魔力が必要だもんね。
「父上……真祖の吸血鬼にとって、光属性の魔力は毒みたいな物だからな」
「そう、なんですか?」
だから、わたしの魔力を吸おうとした黒の王は苦しげに……
「浴びるだけでも辛いみたいだな。どうやら日光と同じような効果があるらしい」
「へぇ……って、あれ?」
ふと気づく。わたしはテーブルを挟んで目の前にいる相手の顔を、じっと見つめた。
「……なんだ」
「いえ、クロウ……様も、吸血鬼ですよね?」
「もちろん、そうだが?」
なにを馬鹿なことを……みたいな感じで返される。
いや、うん、吸血鬼なんだよね。それは、わかってるんだけど。
「クロウ様は平気なんですか?」
「なにがだ?」
「わたしから溢れ出てる光属性の魔力ですよ」
吸血鬼にとっては毒で、浴びるだけでも辛いなら……クロウも今、その影響を受けているんじゃないだろうか。
……とか思ったんだけど、見ている感じでは、別に平気そうだよね。いや、もしかしたら、やせ我慢しているだけという可能性もある。
「……ああ、俺は真祖じゃないから、大丈夫なんだよ」
事もなげに、クロウはそう言った。
しんそ? そういえば、さっきもそんな単語を耳にしたような気がするけど……
「その間抜け面から察するに、よくわかっていないみたいだな」
「む……はい」
間抜け面とは失礼な。わかっていないのは事実だけれども。
「吸血鬼にも種類があるんだ」
「はぁ……そうなんですか」
「ああ。人間たちには、あんまり知られていないようだがな。で、俺は『真祖』じゃなくて『純血種』だから、光属性には耐性がある」
しんそ……ああ、真祖か。それと、純血種ね。なんか、どっちも吸血鬼モノで見たような気はする。
わたしがプレイした『サント・ブランシュ』には、そういう吸血鬼に関する細かい設定は、ぜんぜん出てこなかった。出てこなかっただけで、設定としては存在したのかも。
「真祖は強大な力を持ってはいるが、その分、弱点も多い。俺たち吸血鬼というのは、世代を重ねるごとに力は弱まるが、弱点も減っていくものなんだよ」
なるほど……言われてみて思い返すと、ゲーム中の『クロウ』も、吸血鬼の弱点とされる物が通じなかったり、特徴が当てはまらなかったり……みたいな展開があった。
ええと、たしか……
「純血種の俺は、日光も平気だし、大蒜も害はない。ちなみに鏡にだって映る」
そうそう、そんな感じ。
「というか、俺の話はどうだっていいんだよ。問題は、お前だ」
「わたし、ですか?」
どういう意味だろう。
「魔力の属性が変化するなんて、一大事なんだぞ。少なくとも、俺は聞いたことがない。なにか心当たりはないのか?」
「それはそのう……」
わたしは言葉を濁す。
心当たりがあるといえば、ある。
前世の記憶を取り戻したから、魔力の属性が変化した説だ。
思い当たる節が他にないだけで、本当にこれが原因なのかは不明なんだけど。
どうしよう。やっぱり、前世の記憶うんぬん、クロウに話してしまおうか。
……やっぱり、やめておこう。なんだか、話しちゃいけないような気がする。
よくわからないけど、秘密にしないといけないような。
「ない、です」
「……本当か?」
クロウは目を細め、わたしの顔を凝視する。
うう、めっちゃ疑ってるよ。
「ほ、本当です」
動揺を隠しながら、わたしは嘘をつく。
うーん、記憶を取り戻す前の『ルベーリア』なら、しれっと嘘が言えたのかも。なんとなく、そう思う。だって、悪役令嬢だし。
「……まぁ、どっちでもいいさ。なんにしろ、俺たちの封印が解けたのはルビィ……お前の魔力が関係している……と、俺は睨んでる」
「えぇ?」
それはいったい、どういうことだろう。
なんかもう、色々とあり過ぎて、訳がわからなくなってきた。
「聖女の封印魔法も光属性だ。それに干渉できるのは、同じ光属性の魔力だけだろう? 光って属性は、特異な魔力だからな」
あー……いや、そんな常識でしょ、みたいな言い方をされても困る。
わたしは必死に『ルベーリア』としての記憶を辿ってみるけど……わからない。
魔法学校では光属性について、ほとんど学ばなかったから。
ついでにゲーム中にも、そんな説明はなかったと思う。わたしが読み飛ばしてなければだけどね。
「ごめんなさい、ちょっとわかりません」
わたしが素直に告げると、クロウは盛大に溜息をつき、やれやれと肩をすくめた。腹立つな。
「なんだ、最近の人間は光属性について学んでいないのか?」
「……はい、たぶん」
少なくとも、わたし……『ルベーリア』は教わっていない。
この世界で光属性の持主は、本当に稀有な存在だった。
何十年に一人、生まれるかどうか、みたいな。
だから、わたしの通っていた魔法学校では、『そういう属性がある』程度しか触れられていなかった。
光属性の持主であるゲームの主人公は一人、特別授業を受けていたんだけど……内容は知らない。ゲームでも詳しくは描写されていなかったし。
なので、わたしは光属性について、ほとんど知らない。
「とにかく、だ。屋敷の封印を解く鍵は、ルビィ……お前にある」
クロウは断定口調で告げる。
「いきなり鍵とか言われても困るんですけど……」
「今からそれを検証してみようじゃないか」
クロウは腰を上げ、わたしにも立つように促した。




