第二話B「封印された屋敷で(SIDE:クロウ)」
目の前にいる女……ルビィの身体は薄らと光を放っている。
光の正体は、ルビィの魔力だろう。しかも光属性ときた。
ルベーリア・オズボーン、か。
この俺……クロウ・インバーテッドに対して物怖じしないうえに、稀少な光属性の持ち主とは、ますます面白い奴だ。
見た目もまぁ、悪くない。長くて赤い髪に、やや珍しい黒い瞳。気の強そうな顔立ちだが、整ってはいる。魔力が濃くて、血が美味そうだ。……だからなんだという話だが。
「……おいルビィ、どうしてずっと魔力を出してる?」
「目が覚めてから、止まらないんですよ」
困ったような表情でルビィはそう主張する。
魔力の放出が止まらない……か。なにかあるな、これは。
「そうか……おい、場所を変えるぞ」
「え?」
「こんなとこじゃ、落ち着いて話せないだろうが」
父上や兄弟たちの状況も気にはなるが……屋敷がこの状態なんだ。たぶん、同じく封印されている可能性が高いだろう。
それよりも今、俺が最も知るべきは、眼前にいるこの女……ルビィのことだろう。
聖女の封印魔法が――おそらくだが一部だけ――解除され、俺やルビィが自由に動けている、この現象。その鍵は他でもない、このルビィにあるはずだ。
そう思う根拠は、光属性の魔力。
あの聖女と同じ属性を持つルビィには、なにかきっと秘密があるはず。
その秘密さえ明かせば、屋敷の封印も解けるかもしれない。
「こっちだ、ついて来い」
「わかりました」
ともかく、俺はルビィをサロンにでも連れて行くことに決めた。
そこで、色々と話を聞かせてもらうとしよう。
ルビィを連れ、屋敷二階にあるサロンまでやって来た。
サロンの中央には、テーブルとカウチがある。
俺はルビィと向かい合って座った。
「さて、ルビィ。まず、お前に確認しておきたいことがある」
さっそく、話を切り出す。
「なんでしょうか?」
ルビィが身構える。表情も声色も少し硬い。警戒しているのだろう。
「生贄になるはずだったお前が、どうして生きて、屋敷を出ようとしていた?」
俺とルビィが最初に遭遇したとき、こいつは屋敷の外へ出ようとしていた……と思われる。こいつは父上復活の生贄になるはずだった。
あの時点では、もう儀式は開始されていたはず。いや、すでに父上は目覚めていたはずだ。強い気配を感じたから、間違いない。つまり、ルビィが生きているのはおかしい。生贄になる前に逃げ出した可能性もあるが、それは考えにくい。
儀式を取り仕切っていたのは俺の部下だ。優秀な奴だった。あいつが、みすみす生贄を逃がすとは思えない。
「あのとき、儀式でなにが起きたのか……すべて話してもらおう」
ルビィは頷き、静かに語り始める。
「――と、いう訳なんです」
「なるほどな」
まだまだ不明な点は多いが、だいたいは納得できた。
「要するに、儀式は失敗だったのか……くそっ」
「失敗……なんですか? 黒の王は目覚めてましたけど」
「ああ、だけど暴れ回ったんだろ?」
「はい……それはもう派手に」
「もし正気だったなら、父上はそのようなことはしない」
俺は断言する。世間じゃ『黒の王』なんて呼ばれて恐れられているが、本当は――
とにかく、目覚めた父上には自我がなかったと思われる。だから儀式は失敗だった。
……くそ、なにが間違っていたんだ?
「……あの」
「なんだ?」
「わたしを襲おうとした黒の王は、どうして苦しそうにして逃げ出したんでしょう?」
ルビィの質問を、俺は鼻で笑う。
「そんなの、お前の魔力を吸いかけたからに決まってる」
話じゃ、父上はルビィの首筋に顔を近づけていた。てことは、こいつの血……魔力を吸おうとしていた訳だ。
だが、ルビィの魔力は光属性。父上にとって光属性の魔力は毒で……
「いや待て……おかしいだろ」
はっとなり、俺は思わずカウチから立ち上がる。
父上にとって光属性の魔力は毒だ。浴びるだけでも危険なのに、それを吸ったりなんかしたら……下手をすれば、完全に消滅してしまう可能性だってある。
そんな猛毒を、復活の糧になんて使えるはずもない。
じゃあ、なぜルビィは生贄に選ばれた?
司祭……俺の部下が、属性を確認せずに連れて来てしまったか?
いや、それはない。属性はちゃんと確かめるよう指示していた。そもそも、俺様の部下に、そんな間抜けは存在しない。
「どうかしたんですか?」
ルビィが、黒い瞳で俺を見上げてくる。
俺はカウチに座り直し、ルビィへ新たな質問をぶつけることにした。