第十八話「うさんくさい」
わたしがクロウの自室からサロンに戻って来ると……
「やめてっていってるでしょー!」
鳥さんがシャルティアさんの額に嘴アタックをお見舞いしていた。
なに? この状況……
「あっ、おねえさん!」
唖然とするわたしに気がついた鳥さんが走り寄ってくる。
「おねえさーん!」
わたしの背後に回って、鳥さんは怯えた様子で頭をぐりぐりと背中に押しつけてきた。
「おおふ……ど、どうしたの鳥さん?」
「あのきんぱつが、しつこくぼくにさわろうとするんだよ~」
あの金髪とは、間違いなくシャルティアさんだろう。
「よ、よしよし」
とりあえず、わたしは鳥さんの頭を撫でる。
「……わたしが触るのはいいの?」
「おねえさんなら、だいかんげいだよ!」
「そうなんだ。じゃあなんで、あの人は駄目なの?」
わたしは、額をさすりながらこちらを見つめるシャルティアさんに目を向ける。
「あのきんぱつは……なんか、うさんくさい」
たしかに、ちょっと否定できないかも。
わたしが苦笑していると、シャルティアさんが近くまでやってくる。
「あの、シャルティア様……大丈夫ですか?」
「なにがでしょう?」
シャルティアさんは、にこやかにそう返してくる。
いや、なにがでしょうって……
「おでこですよ。鳥さんに思い切り突かれてましたけど」
「はは、まったく問題ありませんよ」
たしかに見た感じ、怪我とかはないみたいだけど……我慢してるふうでもない。
「私は吸血鬼ですから。軽い怪我ならば、すぐに癒えます」
「なるほど」
吸血鬼といえば再生能力ってイメージは、たしかにあるかも。
「それよりもルベーリアさん、兄さんとの『話』は無事に終わりましたか?」
シャルティアさんの口調、どこか含みがあるような。
たぶん、クロウがわたしに血を要求するって知っていたんだ。
まあ、そりゃそうだよね。
「はい、クロウ様はもう大丈夫だと思いますよ」
きっと、シャルティアさんはクロウを心配していただろう。
「……そうですか。ありがとうございます」
シャルティアさんは安堵したように息を吐くと、わたしに一礼する。
「い、いえ……」
わたしは曖昧な笑みを浮かべる。
お礼を素直に受け止められない。
なんというか……よくわからないけど、いけないことをしたような気分が胸にあるからだ。
わたしはクロウに血を吸われた瞬間を思い出して、顔が熱くなる。
あれは……なんか、いけない。背徳感めいたものがあるよね……
わたしは何気なく、クロウに噛まれた首筋に指で触れる。
「ルベーリアさん?」
「あ……はっ、はい!」
シャルティアさんの声で、わたしは我にかえった。慌てて首から手を下ろす。
「ぼんやりしていたようですが、平気ですか?」
「すみません、大丈夫です」
「本当に? 兄さんに血を捧げたのでしょう。しばらく休んだ方がいいのでは?」
たしかにクロウは、結構な量の血をわたしから吸った。最初はちょっとふらついたけど、今はもう平気だ。なぜなら。
「休まなくても平気です。クロウ様から特殊な薬を飲まされたので」
吸血後、貧血と魔力不足で倒れそうだったわたしに、クロウは瓶に入った水薬を与えてくれた。
なんでも彼が研究して、自ら調合した薬らしい。
それは、わたしの首筋についた痕を治すための薬だった。少しだけ、魔力を回復してくれる成分が入っているとかなんとか。
その薬を飲むと、わたしはとりあえず動ける程度には回復した。
で、自力でサロンに戻ってきたのだ。
「ああ……あの薬ですか」
シャルティアさんが納得した様子を見せる。
「ふと思ったんですけど、クロウ様はあの薬で魔力を回復できないんですか?」
「現状、できません。あの薬は『人間』にしか効力がないようです。だからこそ、ルベーリアさんに頼ったわけですし」
たしかに、そっか。
ということは、これからもわたしはクロウに血を吸われてしまうのだろうか。
うーん、それはちょっとなあ……まあ、今は考えるのはよそう。
それに屋敷を出て町を調べたら、状況は変わるかもしれない。
「シャルティア様、町の調査に出発しましょう」
「薬で回復したとはいえ、まだ本調子ではないのでは?」
言われてみると、まだ少し倦怠感がある。
「少し休んでからでも構いませんよ」
シャルティアさんが椅子を勧めてくれる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
わたしはシャルティアさんが勧めてくれた椅子に腰を下ろした。
そこで、ふと思い出す。
「あ」
「どうかしましたか?」
すっかり忘れていたけど、わたしはお腹が空いていたんだった。
「あの……シャルティア様」
おずおずと、わたしはシャルティアさんを見上げる。
「なんでしょう」
「その……なにか食べる物とかないですか?」
「食べる物……ですか?」
「はい。実は、お腹が空いてて」
目を覚ましてから……いや、よく考えると前世の記憶を取り戻して以降、なにかを口にした覚えがない。
「……そういえば、私もなにか食べたいですね」
「ええ?」
シャルティアさんの言葉に、わたしは首を捻る。
「なにか?」
「いやその、気を悪くしたらごめんなさい。吸血鬼もなにか食べたりするんだなって……」
なんとなく、血だけ吸ってればいいのかと。偏見かな。
「ああ……血はあくまで効率のいい魔力の補給ですからね。普通の食事も必要ですよ」
「そうなんですね」
「ええ。私は厨房を見てきます。ルベーリアさんは休んでいてください」
「あっ、はい。わかりました。お願いします」
薄い笑みを浮かべ、シャルティアさんがサロンを立ち去る。
「……あれ、そういえば」
シャルティアさんは、血を吸わなくて大丈夫なんだろうか。
たぶんクロウと同じ純血種……だよね。
それなら、シャルティアさんも人間の血が必要なはず。
もしかしてわたし、シャルティアさんにも血を吸われちゃう……?
でも特に辛そうな様子はなかったよね。今はまだ平気なだけだろうか。
……とりあえず、わたしからはノータッチでいこう。
血を吸われるのには、やっぱりちょっと抵抗があるし。
とはいえ、放置してたら自我をなくしちゃうんだっけ。
うーん、難しいなあ。なんとか血を吸われずに、あの二人に魔力を補給する方法はないのかな……
考えてはみたものの、特に冴えたアイディアは出ないのであった。ちーん。




