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第二話「封印された屋敷で」

 ドクン、と。

 わたしの中で『なにか』が脈打つのを感じた。

 目を開く。ぼんやりとした視界が、徐々にクリアになっていく。


「全部、夢オチ……」


 というわけじゃなさそう。

 わたしの目に映るのは、高い天井……ここはインバーテッド家の屋敷だ。

 それより、この感覚なんだろう?

 暖かい光のような『なにか』が、わたしの全身に広がっていくような――

 これってもしかして、光属性の魔力?

 でもこれ外からじゃなくて、明らかにわたしの身体から発生してるよね?

 それは……あり得ないはずだ。

 なぜなら、わたしが生まれ変わった『ルベーリア・オズボーン』が持つ魔力は闇属性なんだから。


『サント・ブランシュ』の世界では、生まれ持った魔力属性以外の魔法を使うことは原則できない。そういう設定だったと記憶している。

 闇属性のルベーリアが、光属性の魔力を持っているはずがない。ないんだけど、でも現に今、わたしの内から溢れてくるのは光属性の魔力だ。

 もしかしてこれって、『わたし』の魔力属性……なんだろうか?

 ルベーリアの属性は闇だけど、前世である『わたし』の属性は光だったとか。

 で、記憶を取り戻したことで光属性の魔力も目覚めた?

 考えられるのは、それぐらいしかない。

 というか今さらだけど……わたし、どうして意識を取り戻したの?

 あのとき、わたしはたしかに意識を喪失した。主人公の封印魔法によって、眠りについたはず。もしかして、なんらかの理由で封印が解けた……とか?

 ……なんらかの理由って、なんだろう。

 思い当たるのは、わたしに目覚めた光属性の魔力ぐらいだけど……それがどう作用してとかは皆目見当もつかない。

 でもとにかく、わたしは意識が戻った。それだけは確かなはず。今こうして起きて、考えているわけだし。


「よいしょ……」


 わたしは上体を起こした。うん、身体も問題なく動かせそう。ちょっと怠い感じはあるけれど。わたしは自分の身体を眺めてみた。まだ光の魔力が溢れているのか、なんか微かに光っているような気がする。

 それはさておき、まずは今の状況を確認しないと。わたしは周囲を見回した。


「……あ」


 まず視界に入ったのは、わたしのすぐ隣で倒れている男性だった。

 そうだ、忘れていた。

 クロウ・インバーテッド。吸血鬼一族の長男。

 主人公の封印魔法が発動したとき、わたしより先に昏倒したんだ。

 わたしは俯せに転がっているクロウに近づく。


「も、もしもーし」


 呼びかけてみるけど……返事はない。まだ意識はないみたいだ。

 わたしは怖々とクロウの身体に触れて、仰向けに転がしてみた。


「う……」


 その端正な顔を顰めさせながら、クロウが小さく呻いた。

 ゆっくりと目を開いたかと思うと、がばっと勢いよく起き上がる。


「……なにがどうなったんだ!?」


 クロウは声を上げて、わたしの方を見た。


「おい、お前……封印魔法はどうなった!」


「さ、さぁ……?」


 わたしは首を傾げる。


「もしかして……失敗したのか?」


 クロウが口元に手を当てながら呟く。

 あ、なるほど。そういう可能性もあるんだ。

 わたしはなんらかの理由で封印が解けたって思い込んだけど……うん、失敗したってこともあり得るよね。ゲームではそんな展開なかったはずだけれど、この世界は色々と違いがあるみたいだし、十分に考えられる。


「……とにかく現状確認だ」


 クロウはひとりごちて、立ち上がった。

 それから、わたしには目もくれず颯爽と歩き出してしまう。

 彼が向かった先は、屋敷の外へ通じる扉の前だった。

 なんとなく、わたしもクロウの後を追う。

 クロウは扉の前に立って、少し思案する素振りを見せてから、屋敷の扉を乱暴に押し開いた。

 開け放たれた扉の外に見えるのは……いや、なにも見えなかった。

 扉の向こうには、ただ真っ暗な空間が広がっているだけ。

 夜の闇……とかじゃないみたい。


「な、なんなのこれ……?」


「ふん、聖女の封印魔法はしっかり発動しているみたいだな」


「え?」


 ちらり、とクロウがわたしに視線を向ける。そして一つ息を吐くと、上着のポケットから一枚の銀貨を取り出した。

 クロウは取り出した銀貨を指で弾いて、真っ暗な空間へと飛ばす。

 回転しながら、銀貨は黒い空間に吸い込まれていって――


「あいた」


 コツンと、わたしの後頭部になにかが当たった。

 金属音を立てて、そのなにかが床に転がる。わたしは後頭部をさすりながら、床に落ちたそれを拾い上げた。


「え……これって?」


 わたしの目がおかしくなっていないのなら、今しがたクロウが扉の外へ弾き出した銀貨にしか見えないのだけど……。


「あ、あの……どういうこと?」


 指で摘まんだ銀貨を差し出しながら、わたしはクロウに説明を求める。


「説明しないとわからないのか」


「あ、はい、ごめんなさい」


 面倒くさそうな表情を浮かべるクロウに、わたしは反射的に謝る。


「戻ってきたんだろう、その銀貨は」


「……戻ってきた?」


 わたしは扉の外に視線を移す。

 この真っ暗な空間に放り出されたはずの銀貨が、屋敷の中に戻ってきたってこと?


「どうしてそんな?」


「この屋敷が封印されてるからじゃないか? 外の世界と隔絶されているんだろう」


「は、はぁ……」


 なんとなく、わかったような、そうでもないような。


「この扉以外から出られたりは……」


「無駄だろうな。窓の外を見てみろ」


 言われるがまま、わたしは近くの窓から外を眺める。


「あ……」


 そこには扉の外と同様、真っ暗な空間しか見えなかった。


「この屋敷は間違いなく封印されてる。それなのに、お前と俺は何故か目を覚ました」


「そう、みたいですね」


「要するに、お前と俺の封印が解けた訳だが……」


 ふと、クロウが言葉を止める。


「ところでお前、ずっと平然としているが、怖くないのか?」


「いや、怖いですよ。屋敷、封印されちゃってるんですよね?」


 外の世界と隔絶されているなんて……この先どうすればいいんだろう。


「もしずっとこのままだったら、水とか食べ物とか、どうやって調達したらいいのやらですし……」


「そっちじゃない」


「はい?」


「俺だ、俺」


 クロウは親指で自分を示す。なんだろう。オレオレ詐欺かな。


「俺は、お前を生贄にしようとした吸血鬼だぞ。怖くないのか?」


「ああ、そういう……」


 そういえば、そうだった。すっかり忘れてた……っていう訳でもないけれど。

 なんだろうか。改めて言われてみると、わたしはクロウに対して、あんまり恐怖を感じていないみたいだ。どうしてだろう。

 うーん……自分の中ではゲームのキャラクターっていう認識だから、っていうのもあるような気はするけど……たぶん、それだけじゃない。

 クロウに、わたしへの敵意とか悪意みたいな物を感じないから……とか?


「どうなんだ、俺様が怖くないのか」


「まぁ、怖くはないです」


 わたしは端的に述べる。するとクロウは、驚いたように目を瞬かせた後、柔らかな笑みを浮かべた。


「お前……おもしろい女だな」


「――ぶふっ!」


 クロウの台詞に、わたしは堪え切れず吹き出してしまう。


「な、なんだ……なにがおかしい?」


「あ、いえ、ちょっと……」


 まさか実際に「面白い女」と言われる日が来るとは夢にも思わなかったよね。

 これで恋愛フラグが立ったりして……なんて、ないない。あるはずがない。


「ちょっと……なんだ?」


 怪訝そうなクロウに、わたしはなんとか真顔を作って答える。


「なんでもないです、ごめんなさい」


「……まあいい。ところで女、お前、名前は?」


「ええと、……あ」


 反射的に前世の名前を口にしかける。危ない危ない。

 まあ、名乗っても別に問題はないのかもしれないけど……今のわたしはルベーリアなのだし、そっちを名乗るべきだよね。


「ルベーリア・オズボーンです」


「オズボーン? どこかで聞いたな……」


 クロウが腕を組んで考え込む。


「……駄目だ、思い出せない」


「そ、そうですか」


 オズボーン家、印象に残っていない模様です。


「ああ、そういえば……俺はクロウ。クロウ・インバーテッドだ。知ってるかもしれないけど、一応、名乗っておく」


 うん、知ってます。


「特別にクロウ様と呼ぶことを許す」


 これはまた随分と偉そうだなぁ。実際、偉いのかもしれないけど。


「ところで、だ、ルベーリア」


「はい、なんでしょう」


「あー……長いな」


 長い? なんのことだろう?


「ルビィでいいな」


 わたしが不思議そうにしていると、クロウがそう言い放った。


「ルビィ?」


「ああ、お前の名前だ。ルベーリアは長いだろ。だからルビィと呼ぶ。いいな?」


「はぁ……いいですけど」


 断っても呼んできそうだし。

 でも、たしかに『ルベーリア』は長いと思う。

 ルビィ……ルビィか。うん、なんか可愛いし、むしろいいかも。


「で、ルビィ、ずっと気になってるんだが……」


「なんですか?」


「お前……なんか光ってないか」


「……ですよね」


 この光は、わたしの魔力が溢れ出している物だ。

 目覚めてから止めようとはしているんだけど、なんか出続けてる。

今更ながらの指摘に、わたしはただ曖昧な笑みを浮かべるのだった。

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