所詮は子供よのう
風が穏やかである。僕らは国境線を無事に越え(やたらとべたべたとしてくる国境警備のエルフさんに目が釣り上がっていくリアであったが)、最北の町へと辿り着いた。
「今日はここで一晩休んで行こうか」
「賛成! もう野宿はちょっとね……」
僕の提案に、リアが最速で手を挙げる。モモも流石に疲れが溜まっていたのか、若干ぐったりした様子でベッドなのですーとうめいていた。しかし、トラムスだけは神妙な顔つきで否定も肯定もしなかった。
「どうした、トラムス?」
「……ここには、僕が育てられた屋敷があるから。一度帰って事情を聞いた方がいいのかって考えてた」
こんなに素直に心の内を明かしてくれるのは珍しい。それだけ心細かったということなのだろうか。考えてみればトラムスはまだ12歳、エルフでは成人扱いらしいが、まだまだ子供と言っても過言ではない。
「そっか、トラムス、おいで」
「勇者リア……」
そんな彼の心情を察したのか、リアがトラムスをギュッと抱きしめる。トラムスは、それで心底安心したように目をつむり、しばしリアに体を預けていた。
「トラムスも私達と一緒の仲間だもんね。仲間のことは、ちゃんと知っておかないといけないわね」
「勇者リア……!」
リアの言葉に感激しているトラムスは、若干目尻に涙が溜まっていた。そこをモモが目ざとく発見し、声を上げた。
「あー! トラムスがリアに甘えて泣いてるのですー!」
「バッ、バカ! これは違うんだよ!」
「バカって言った方がバカなんですー! モモは賢いから知っているのです!」
「お前だって今バカって言ったじゃないか、バーカバーカ!」
「ムカッ! トラムスの方が言った回数が多いのでトラムスの方がバカなのですっ!」
そこからは聞くに堪えない低レベルな、正に子供の口喧嘩が始まった。いい加減騒ぎすぎて衆目を集めてしまっているので、恥ずかしい。僕はトラムスとモモをなだめすかして、とりあえず今晩は宿に泊まるように促した。トラムスも考える時間がほしかったのだろう、僕の言うことに素直に従い、眠れる子獅子亭へと向かうことになった。
「あらあら! お久しぶり……ってほどでもないけど、また来てくれたんですね! ようこそ眠れる子獅子亭へ!」
宿に入った瞬間、カウンターで何かの書き物をしていたミイさんがすぐさま気付いて満面の笑みで迎えてくれた。
「はは、相変わらずお元気そうで何よりです、ミイさん」
「よろしく頼むわね!」
「勇者リア様も相変わらずお元気そうで! 今日は何部屋何泊ですか?」
「モモもいるのですー!」
「はいはい、モモちゃん解ってるわよ。あ、そうだ。ちょっと待っててね」
自己主張するモモにニコニコしながら頭を撫でるミイさんは、何かを思い出したようにたたっとカウンターの奥へと引っ込んだ。何分もしないうちにもどってきた彼女の手には、パイらしきものが二切れ乗っている。
「へへ、余り物なんだけどね。モモちゃん、アポイのパイ食べる?」
「食べるのです! ミイはいい人なのです!」
食べ物くれるイコールいい人の認識は改めさせておかないといけないな、と僕は固く誓った。でないと変な人に連れて行かれそうだ。
「はい、僕にもあげるね」
ミイさんは、始めてみるであろうトラムスの分まで持ってきてくれていたのだ。だから二切れだったのか。
「僕はもう大人だ! 子供扱いしないで欲しい!」
「あらあら、大人なら尚更人の好意を無碍にはしないものよ? さ、どうぞ」
唸ってはいるが、パイ自体は魅力的に映ったのだろう、トラムスはミイさんとパイを数回見比べてから恐る恐る受け取った。
「ちょっと生意気な所とかも可愛いわね!」
「だから! 子供扱いするなと……もしゃもしゃ。このパイ美味しいな……」
すっかり手玉に取られとる!
すると、その様子を無言で見ていたリアがすっと手を差し出した。ミイさんがその手を見て困惑している。しかしリアは笑顔のまま言い放った。
「私の分は?」
「えっ!? え、えと……ごめんなさい、今ので最後なんです」
「なんですって!?」
「なんですって!? じゃなーい!!」
スパコーン! といい音を鳴らしながらリアの後頭部を叩く。すると、キッと涙目になりながらリアは僕を睨みつけてきた。
「何するのよ! 痛いじゃない!」
「君は仮にもこの子達の保護者だろう! あんまりみっともない真似するんじゃありません!!」
僕がリアに説教をすると、彼女は手をジタバタさせて喚いた。
「私だって食べたかったのにー!!」
「勇者リア……あの、良ければ僕の分を……」
あまりにもあわれに思われたのか、トラムスが気を使ってリアに自分の分を分け与えようとするが、僕はそれを止めた。
「トラムス、それはダメ! 彼女のわがままは聞いていたら際限がないんだから!」
「し、しかし……こう騒がれると」
トラムスが周囲の目を気にしてバツの悪そうな顔をしている。本来保護すべき子供に気を使われる勇者って……。
「解った! 後で食堂で注文してあげるから!」
「本当!? マサヤ、ありがとう!」
一瞬で機嫌の直るリアに、僕たちは一同はため息が出てしまう。
「なんだいなんだい、何を騒いでいるんだい!?」
そこへ、女将さんであるジャスティンさんが現れる。
「あ、ジャスティンさん、今晩お世話になります!」
「おやおや、勇者様御一行じゃないかい! 本当にまた来てくれるなんて、義理堅いねえ!」
「いえ、この宿は居心地が良くて快適でしたから」
嘘ではない。掃除も行き届いていてとても清潔感があるし、ベッドもふかふかだった。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないかい! それじゃ、何泊にするんだい?」
「とりあえずは一泊で。後、まだ食堂は開いてますか?」
「まだ火を落としてないからね、大丈夫さね。じゃあ、部屋でちょっとくつろいでもいいように少し長めに開けとくよ」
「いいんですか?」
正直少し横になって休みたいと思っていた所なので、この申し出は非常にありがたかった。
「いいさいいさ、世界を救う勇者様のためだからね!」
快活に笑う女将さんに感謝しつつ、今回は何とか二部屋確保出来たので、僕とトラムス、リアとモモの部屋に別れる事ができた。リアが若干不満そうに、モモがあからさまに不満そうにしていたが我慢してもらう。
部屋の鍵を受け取り、僕らはそれぞれの部屋へと荷物を置いて、ようやくくつろぐようにベッドへと倒れ込んだ。
「はあー、疲れた。ここのところ動きっぱなしだったからなあ」
「勇者のくせに情けないぞ。それを言うなら僕だってな……」
トラムスが若干顔色を青ざめさせてぽつりと言う。
「ん? 僕たちがダークエルフの里へ行ってる間に何かあったのか?」
「……なんでもない。ちょっとした約束をしただけだ」
彼はそれきり口を閉ざして、僕と同じようにベッドに寝転がる。眠れるほどの疲れではなかったが、体の疲労が解けていくのを感じる。やはり、野宿では少しずつ疲れが残っていたのだろう。
僕達は、リア達が我慢しきれずに部屋に呼びにくるまで束の間の休息を堪能した。
次回は10時更新です




