勇者リアの過去
まだ少し元気がない状態のリアと、それを心配そうにしているモモを引き連れ、客室へと移動する僕ら。三人が腰を落ち着けたところで、僕は切り出した。
「それで、リア。今回の事に関して、何か心当たりがあったようだけど……話しを聞いても?」
「そうね、マサヤとモモには知っていて欲しい、かな」
そしてリアは、古い記憶よ、と断りを入れて思い返しながら語りだした。
「昔ね、私がまだ6歳位の頃だったかな……あれは、いつものように城の中庭で、剣の稽古をしている時だったわ」
「待って」
「何よマサヤ、水をささないでよ」
「6歳から剣を振っていたの……?」
恐れを含みながら訊ねると、リアはまるで常識を疑う人間のような反応を示した。
「だって私は勇者なんだから、当然でしょ?」
「リアはのーきんなのです!」
「モモ!? そんな言葉どこで覚えてきたのかしら!?」
リアがモモをアイアンクローで持ち上げてしまう。
「はぎゃー!?」
「リア、子供の言うことだから許してあげて!?」
「そ、そうね、私としたことが冷静さを欠いていたわ」
君の沸点低すぎるんじゃないですかね、とは思っていても口には出さない。モモとは比べ物にならない暴虐が待っているからだ。リアはモモを解放すると、ふーっと長い溜息をついて、続きを口にした。
「その頃の私は、既に王国最強の騎士団長ルッケインに匹敵すると言われていて、かなり増長していたの」
「そ、そうなんだ。その年齢で……」
ルッケインさんの地獄の特訓を思い出して、若干遠い目をする。
「そんな時、魔族の刺客が王城に攻め込んできたの。圧倒的な戦闘力で、城の兵士はことごとく倒されてしまって、私とルッケイン団長だけが奴と対峙したわ。私とルッケインなら、この魔族なんて一捻りだなんて、甘い妄想をしていたの」
そこには、悔恨の念が伺える。
「でも、奴は圧倒的だった。私とルッケイン団長では全く刃が立たなかった」
「良く生きていたね……?」
「それは、ここから先の事になるんだけど」
リアは語る。
「ルッケイン! もういいわ、逃げなさい!」
「何を仰います、姫様! このルッケイン、姫様を守り散る覚悟等とうに出来ておりますぞ!」
満身創痍の二人。それに対して魔族は全くの無傷だった。冷徹で、仮面のように無表情な瞳で路傍の石でも眺めるように私達を見詰めていた。
「人間族の勇者と聞いていたから多少は骨はあるかと思ったが、所詮は子供か……」
「こいつの狙いは私よ、あなたは関係がない!」
ルッケインだけでも、この場から退いてくれたら。その願いは彼自身によって打ち砕かれる。
「ぬおおおお、姫様、お逃げくだされえええぇぇぇ!」
「ルッケイン!!」
策も何もない、正面からの真っ向勝負。ルッケインは魔族に突っ込んでいき――。
「くだらん、忠義故に滅びの道を選ぶか」
魔族の剣が、ルッケインを貫く。
「ルッケイーーーン!!」
私の絶叫が中庭に響き渡るが、助けは来なかった。それもそうだ、本来駆けつけるはずの兵士達は全滅してしまっているのだから。
「ぐぶふぅ……ふふふ、魔族、これを知っているか?」
身体を貫かれて尚、口から吐血しながらもルッケインは懐から玉のようなモノを取り出す。私はそれに見覚えがあった。
「ぬ……!? その異様なマナ、貴様それはなんだ!」
ルッケインはそれに答えることなく、更に自分から魔族の剣を腹に押し込んで、魔族を羽交い締めにした。
「は、離せ! 貴様一体何をする気だ!」
「姫様にお使えしてより6年分のマナを込めたこの爆裂球、その身を以て味わうがいい!」
そう、それは万が一の時に王族を身を挺して守るために側近や重臣達が持たされている自爆アイテム。ルッケインは、こちらを振り返ると、脂汗塗れの顔で穏やかに笑った。
「姫様、どうか立派な勇者になられますよう……」
「ルッケイン! 死ぬ事は許さない! やめて! お願いよ!」
「その泣き虫グセは、お治しください。あなたは人類の希望、勇者なのですから」
「ちくしょう、離せ! たかが人間ごときに、何故このような力が!?」
魔族の男は冷静さの仮面を脱ぎ捨て、憤怒の形相でもがいているが、命を賭したルッケインの腕から抜け出る事は出来なかった。
「姫様、さらばです!!」
「やめろおおおおぉぉぉぉぉ!!」
「やめてえええええぇぇぇぇ!!」
三人の絶叫が折り重なった瞬間、そこでリアの記憶は途切れる。そこから先は、生き残ったルッケインから聞き出した状況であると断りを入れて、話を続けた。
「ぬあ、なんだ!? ひ、姫様……!?」
その時、ルッケインはリアから放たれる光の余りの眩しさに、目を眩ました。その隙を魔族は見逃さず、すかさず強烈な掌底を放ってルッケインを自身の身体から引き剥がす。
「ぐはっ! し、しまったあぁ!!」
「死ね、勇者!!」
吹き飛ばしたルッケインには目もくれず、今だ燐光に包まれて、ぼーっと立っているリアへと魔族が斬撃を見舞う。だが。ガインっと音がしたかと思うと、リアは魔族の剣を自らの剣で受け止めていたのだという。それも、一切無駄な動きをせずに。その神速には、歴戦の猛者であるルッケインにすら軌跡すら追うことが出来なかったそうだ。
「オートモード移行。ユニット名“勇者リア”を保全するため、自動迎撃へと移ります」
「リ、リア様……!?」
ルッケインは今までに聞いたこともない、一切感情の乗っていない無機質なリアの声に戦慄した。
「な、なんだこいつは!」
「敵性ユニットを確認、“排除”します」
「何を言っている、貴様!」
そして繰り出される魔族の連撃。その練達の攻撃を、その場から一歩たりとも動かずに右腕だけがまるで“自動的に”防いでいるように、ルッケインの目には写った。
「お、おかしい、何なのだ、何なのだお前は! 魔族一の剣客で私の、攻撃をこうも簡単に……!」
魔族の顔に焦りが浮かぶ。リアは相変わらずの無表情を維持しながら、一歩、踏み出した。それだけだった。
「えっ……?」
それが、魔族の達人の最期の言葉となった。魔族は、たった一歩踏み込まれただけでリアに細切れにされ、バラバラとその亡骸を散らした。
「ひ、姫様……?」
ルッケインの呼びかけにも応えず、返り血で真っ赤に染まったリアは、再度独り言を呟く。
「敵性ユニットの排除を確認。オートモード終了。ユニット名“勇者リア”の意識を浮上させます」
それから程なくして、急にリアはへたり込むように倒れた。そして気がつけば、王宮の自室でベッドに寝かされていたのだという。
「……これが私の身に起こったことらしいの」
リアは沈痛な面持ちでそう締めくくると、胸に溜まったものを吐き出すように、長く細い吐息を漏らした。
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