メイドさんの偏った知識
一日目の行程を終え、夜営の準備に入る頃にはトラムスも機嫌を直し、リアもフィジーから降りて彼の相手をしている。モモもいつも通り、準備している夜ご飯に目が釘付けでヨダレを垂らしかねない勢いだ。
「しかしエルフってのはなんだねえ、聞いていたのと大分印象が違うというか……排他的なんじゃなかったのかね」
ドレンさんが焚き火を見詰めながら誰ともなしに話し始める。僕もその意見には同意だったので、うなずく。
「ええ、まさかあそこまで肉食系だったとは……驚きました」
「まあ、女は貞淑たれなんて、辺境じゃ鼻で笑う話じゃあるけどさ。たくましくないと生きていけないからね。それにしたって、もうちょっと慎みを持った方がいいんじゃないのかねえ……」
僕も生まれて初めてあれだけの美人に取り囲まれたのだが、チャラ男に絡まれる女の人はいつもあんな気持ちを抱いていたんだろうか? 考えてみるとゾッとするな。
火の粉がパチっと弾けた時、リアと遊んでもらい十分に満足したのか、上機嫌なトラムスが焚き火のそばに寄ってきた。
「そろそろご飯だろう! 早く用意してくれ!」
「……トラムス、間違っても道中で暖かい料理を食べたなんて言ってくれるなよ。君が本来食べるのはアレだったんだから」
注意しながら馬車の方向を指差すと、トラムスは上機嫌だった顔をみるみるしかめてどっかりと腰を下ろした。
「解っている! 流石の僕も、あの食事は嫌だ……」
トラムスが詰め込まれていた扉の内側には硬く焼きしめたパンと、塩気の強い干し肉、良くわからない漬物のような食べ物と、水が入っている木箱が詰まっていた。もし僕達が扉を開けていなければ、あれらを食べる羽目になっていたことだろう。
「しかし一日目から随分と豪勢な食事だが……大丈夫なのか? 5日目にして干し肉は嫌だぞ」
お屋敷で暮らしていたという割には、常識的な判断は出来るんだな。ここで給仕がいないとか騒ぎ出したら、即馬車の中へ強制退去させたろう。
「大丈夫、ここだけの話、リアはアイテムボックス持ちなんだ」
「流石は勇者リア! アイテムボックスまで持っているなんて! それに比べてお前はあんまり役に立たないな」
ムカッと来たが、所詮は子どもの戯言だ。僕は大人しく聞いているフリをした。
「さ、もうすぐ料理が出来るよ」
串焼きなどだけで済ませても良かったんだが、それでは栄養が偏ってしまう。なので、僕は自分で野菜を調理してスープを作っていたのだ。出来上がったスープを全員分よそい、僕らは食べ始めた。
「いただきます」
「ん? 勇者、なんだその儀式は」
僕の言葉に反応したトラムスが、不思議そうに首を傾げた。
「これは僕の故郷の食前の挨拶だよ」
「ほーう、珍しい風習だな」
「あら、テレシー国では一般的な挨拶よ? 伝説の勇者様が残した風習だって、歴史学者が言っていたけれど、本当だったのね」
リアの補足に、トラムスと一緒に僕まで驚いた。そうだったのか、今まで僕と合わせてくれていたものとばかり思っていたのだけれど、よくよく考えてみれば手を合わせる事はせずとも、皆いただきますとは言っていた気がする。
「は、早く食べるのです!」
「はは、モモが待ちきれないようだから食べようか」
思い思いがスープに口をつけて、それからちょっとびっくりしたように僕に顔を向けてきた。
「美味しい! 美味しいよこれ、マサヤ、あんた料理出来たんだねえ」
「ドレンさんは僕が、出来もしない料理を作っていたと思っていたんですか?」
心外だ。幾ら野外とは言えそれなりの手際を見せいたはずなのに。
「いやあ、悪い悪い。男が料理って聞くと、どうしても丸焼きくらいしか知らないもんだって思い込みがね……」
謝罪しながらももう一口スープを飲んで、ドレンさんはやっぱり美味しいとご満悦だ。
「マサヤ! お代わり!」
「食べるの早くない!? いいんだけさ、まだたっぷりあるし」
「モモもお代わりなのです!」
「ぼ、僕ももらうぞ!」
それからは皆競うようにスープを飲み、串焼き等の肉類を食べ、食事を終える頃には皆幸せそうに腹をなでていた。
「マサヤが料理当番だと私太っちゃいそうだわ」
「ははは、面白い冗談だ。リアみたいな脳筋が太るわけないじゃないか」
僕も気が緩んでいたのだろう。ついついポロッと本音が出てしまい、リアから殺気が飛んでくる。
「……マサヤ、今何か言ったかしら?」
「なんでもないです」
怖い。するとくいくいと袖を引かれたので振り向くと、モモが複雑そうな面持ちで尋ねてくる。
「マサヤは太っているとモモの事を嫌いになるのです?」
「なるわけないじゃないか! それにモモはまだ成長期と言って、これからどんどん身体が大人になっていくんだから、いっぱい食べても大丈夫なんだよ」
僕の説明に安心したのか、モモはほっと胸をなでおろして笑顔を見せた。
「せいちょーき……。じゃあ、モモもリアやメイドの人みたいにおっきくなるのです?」
はて? メイドさんはそんなに体格の良い人ではなかったような……?
「モモは早く大きくなりたいの?」
「なのです! 早く胸を大きくしてマサヤを悩殺するのです!」
「モモ! そんな事どこで覚えてきたんだ!?」
思わずリアを睨むが、彼女は焦ったようにブンブンと首を横に振った。
「わ、私じゃないわよ!?」
「ははっ、男は大きい胸が好きだからねえ」
ドレンさん、お願いだから今は余計な事言わないで! 後、その割と立派なものを押し上げるようにわざと腕を組むのもやめてください!
「マサヤもおっきい方が好きなのです! おとこはみんなそうだって、メイドの人が言ってたのです!」
公爵の所のメイドの仕業かーっ!? いや、テレシー国のメイドの可能性もある……どちらにしろ、余計なことを僕の可愛いモモに吹き込んだことは許さないぞ。
「僕は胸の大きさで人を好きになったりはしないから、心配しなくても大丈夫だよ」
なるべく平静を装って、真剣にモモに答えると、モモは何か悩んだような顔つきをしてうーうー唸ると、ぱっと顔が輝いた。子どもはコロコロ表情が変わるから見ていて飽きないなあ。
「ならマサヤは今のモモの胸も好きなのです?」
「だから胸の話はもういいの! モモはそのままのモモでいてくれたらいいんだから!」
「えっ!? ま、マサヤあんたまさか幼女趣味……」
リアの言葉に、リア自身どころかドレンさんやあろうことかトラムスまでもが引いたように少し距離を開ける。
「誰がそんなこと言った!? 僕は普通に同年代が好きだよ!!」
「えっ……」
今度はリアが顔を真赤にして、俯いてしまった。考えたら、このパーティで同年代ってリアしかいないじゃないか!?
「ひゅー、お熱いねえ、あー焚き火のせいだけじゃないねこりゃ。あー熱い熱い」
ぐっ、ドレンさんがわざとらしく煽ってくるが、僕は我慢してリアの方を向いた。
「リ、リア。今のはその、なんていうか……リアの事が嫌いなわけじゃないけど、リアの事を……その……ええと……」
どうしても“好き”という一言が出てこない。その様子を見てイライラしたのか、ドレンさんが喚いた。
「男らしくないねぇ!! 好きなら好きだってハッキリいいなよ!!」
「いや、それってこんな所じゃ言えるわけないでしょ!」
僕の言葉に反応して、リアが耳まで真っ赤にしたままちょっと潤んだ瞳で僕を見つめる。
「それなら、こういう所じゃなかったらちゃんと気持ち聞かせてくれるの?」
待て、話の方向がおかしい。どうしてこうなった!? そりゃ、リアの事はパーティの一員として信頼しているし、好感を抱いているのは確かだ。しかしこの雰囲気はどうしたってそんなものじゃない。これじゃまるでリアが僕のことを――いや、考えるのはやめよう。どツボにハマりそうな気がする。
「リアの事はパートナーとして信頼してるし、好感も抱いているよ。今はね!」
よし、これがパーフェクトな回答だろう。そう思ったのだが、ドレンさんは呆れたように吐息をはき、トラムスは蔑むような目で僕を見ていた。モモはよく解っていなくていつもどおりだ。
「勇者、お前……いくらなんでも今のは無いだろ」
「ないわね」
「ないのですー」
モモ、解ってないのに便乗するな!
「ふ、ふふっ……。あははは、もう、本当にマサヤはバカなんだから!」
あんなに顔を赤くしていたリアは、今はもう本当におかしそうに笑って、スッキリしたような顔で告げた。
「いいわよ。そのうち嫌でも気付かせてあげるんだから!」
「な、何をですかね」
「私の魅力ってヤツをね!」
宣言してウィンクしてきた彼女は、僕が今まで見た中でもとびきりの笑顔で……僕は、鼓動がドキリと跳ねたのを感じた。
次回は13時更新です




