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第1話

 魔王が眠りについてから、途方もない年月が流れた。魔王城中枢にある魔王の私室は埃を被り、壁がところどころ欠けていて老朽化が進んでいる。

 そんな部屋の真ん中には今でも魔王が横たわっていた。永遠とも言えるこの時間を美しい容姿、若々しい肌を保ったまま瞳を閉じて過ごす姿はまるで眠り姫だ。

 更に長い時間の流れたある時だった。老朽化に耐えられなくなった魔王城はとうとう崩壊した。ガラガラと崩れ行く魔王城。内部は外界と一体化する。

 以前は密林だった城の周りには砂以外何も無く、城が崩れ落ちたことによりいよいよ一面砂漠となった。

 

 城が崩壊して数日後、魔王の身体から突然光と音が勢いよく飛び散って爆発が起こった。

 魔王はゆっくりと両目を開く。そしてゆっくりと立ち上がろうとするが、むせたのか急に咳が出て再び倒れる。横になってひとしきり咳をすると、次こそ魔王は立ち上がり、喉に手を当てながら声を出してみる。

「あー、あー」

満足したのだろうか、今度は身の回りの確認をはじめた。両手でパンパンと服や顔に付いた埃を払い落としながら、腕の皮膚を引っ張ったりして身体の調子や身につけたものを一通り確認する。暫くポケットを裏返したりしていたがこれ以上は何も無いと判断したのか、大きく溜息をついて手を止めた。

 そして辺りの、足元には瓦礫で一面には砂漠しかないのだが、を見回し瓦礫をどかし始めた。魔王は大きな瓦礫を軽々と掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返して山を削っていく。

「誰かー。誰かおらぬかー?」

瓦礫の下に向かって大声で聞いてみるが返事はない。

 瓦礫の山を平らにして、最終的に何も無いことを確認するとベルトにかかったいくつもの指輪をじゃらじゃらと寂しそうにいじった。

「使えそうなのはこれだけか……」

魔王は数秒の沈黙の後、頭を上げて大きく息を吸い、思い切り吐き出した。

「わしは蘇ったぞ、勇者よおお!!」

もちろん誰からの返事も無いが、当人である魔王の顔は晴れやかになった。

 次に、満足した顔のまま遠くを見つめるように目を細めながら、ゆっくりと辺りをうろうろし始めた。

 魔王城の周りを何周もしながら遠くを見ていたが、何かを見つけたのか視線を固定し、屈伸をした後にその方向へ向かって軽やかに走り始めた。

 暫く走ると、ジャングルの入り口に着いた。

「ここにジャングルなどあったかのお? 逆に魔王城は砂漠になっておるし、余はどうやら相当眠っていたようじゃな」

魔王はジャングルに驚きながらも、一つの高い大木を近くに見つけて登り始めた。身のこなしはとても軽く、まるでサルのようにするすると大木を登っていく。てっぺんのふもとまで来ると大きな枝に乗り、周囲をまた見渡した。

 ジャングルが続くが、更に遠くには街並みが見える。キョロキョロと顔を動かしてうんうんと頷いている時に、森で一瞬何かが赤く光った。

「ううむ……。行ってみるか!」

それを見逃さなかった魔王は、笑顔で光の元へ向かった。

 道のりはひたすらジャングルが続いた。大きな木々の間を縫うように走り抜ける。久しぶりの運動が楽しいのか、光の元に近づくに連れて加速し、木陰に隠れている動物たちなどには目もくれない。

 しかし、魔王は急にピタリと止まった。顔から笑顔が消え、真剣な表情で鼻をスンスンとしながらゆっくりと歩く。小川の元まで来ると、流れに沿って歩く。近くの茂みを上げてみると、子供のサイズのカバンと片方だけの靴が見つかった。

「よほど必死に逃げたようじゃの……。そしてとても狡猾な魔獣じゃ、血は川で洗い流したか」

右拳に魔力を込めると、拳に黒い炎が灯った。大きな影が魔王を覆うのと同時に、ゆっくりと後ろを振り向く。

 そこには、魔王の二倍はゆうにある熊が立っていた。口からは大量の涎と僅かに血が垂れており、今にも襲い掛かろうとしている。

「――魔力がだだ漏れじゃぞ」

熊はその大きな右腕を振り下ろしてきた。魔王は後ろに下がり攻撃をかわすが、僅かに胸元の布が裂かれている。熊の手はいつの間にか魔力が具現化して、紫色に爪先が伸びている。魔力によるコーティングを見て、魔王はほうと唸った。

 しかし魔王の切り替えは早く、直ぐに熊全体を観察すると一層右拳に魔力を込める。炎はより濃く密になる。再び熊は爪を振り下ろすが、今度はより早くかわし、腹の真ん中に拳を打ち込んだ。

 その瞬間、熊は散り散りの肉片へと飛び散った。熊だと分かるのは残った頭と四肢だけだ。魔王はふうと息を吐き、しゃがんで熊の肉片を観察し始めた。拾っては裂いたり裏返したりしてじろじろと眺め、捨てる。

 毛皮を一つ拾って触っていると、急に他の皮もかき集め始めた。集めた皮には大きく縫った跡がいくつかあった。それらを集めて暫く何か考えていたが、自分の涎がいつの間にか垂れていることに気づくと、半ば諦めるように皮を投げ捨てた。

 肉片と手ごろな枝ををある程度集めると、一本の枝を人差し指で軽く撫でる。すると、指の跡を追うように火が点いた。枝を木々の塊に投げ込み、まだ焼いてない肉片をぼんやりと眺めながら呟く。

「中もいじられてるようじゃのう。しかし誰がこんなことを……っ!」

素早く後ろを振り向いて遠くを見る。近くの石ころを拾い、振りかぶって投げた。凄まじい速さで飛んでいくが、変化は起こらない。同じ方向をじっと睨んでいたが、また食事に戻った。

 食ベ終えると、再びそこら一帯を、今度はさっきより範囲を広めて探索し始めた。暫く歩いていると、遠くに人通りが見えたため、そちらに向かった。

 その日の夕暮れには目的地に着いた。街灯は灯り始め、夕暮れにも関わらず活気がある。魔王は始めは物陰から静かに人々を見ていた。通りに灯が何本も立ち、それに並ぶお店の数々。行き交う多くの人々は角が生えている人も居れば尻尾が生えている人もいる。人じゃ無い獣人や小さな魔獣まで種族に関係なく歩いていた。賑わう通りとは対称的に、それを見る魔王の眼はほんの少し暗く見えた。

 暫く隠れて覗いていたが、入って行っても問題無さそうと判断したのか人混みにさっと紛れた。

 

 通りを歩いていると、とりわけ大きな人混みを見つけた。

「最後の商品はこのボウズだ。言葉も分かるし大人しいからおすすめだぞ!」

声につられてそちらを見ると、恰幅が良いヒトの男が台の横に立って大声を張っていた。台の上にはボロボロだが、上質な服を来た少年がその身体に似合わない大きな槍を抱えて立っていた。少年は不安そうな顔でキョロキョロとしている。魔王は男に近寄り、尋ねてみた。

「のう、この小僧は何故槍なぞ持っておるのじゃ?」

男は声をかけられて嬉しそうな顔をする。

「お、興味あるのか? 俺も分からねえが、この槍だけは取り上げると暴れ出す。たいそうなもんでも無さそうだし持たせとけば大人しいからこれだけ持たせてるのさ」

人々は少年の整った顔立ちを見ては立ち止まり、男に値段を聞いては立ち去って行った。

 魔王は暫く少年を眺めていたが、誰も買い手が見つからず男が店じまいを始めた。それを見ると、何かが気になっている様子で慌てて少年に近寄り、質問した。

「お主、名前はなんという?」

「……ルミオ。ルミオ=レガリアです」

魔王は名前を聞いて槍を眺めると、槍には見たことのある刻印が刻まれていた。

「レガリア……。そうか! 店主よ、この少年を頂こう!」

「本当か⁉ だが買ってくれるのは有難いがお代はあるのか? 結構高いぞ」

「……」

魔王は口を開けて動きを止めた。

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