初めての夜会
遂に来ました、人生初の夜会です。髪型は編み込みのハーフアップスタイルで、侍女のステラがやってくれました。巻き付けた部分に付けてくれたバレッタがとても可愛くて、私の日常スタイルにも追加されました。お気に入りの髪型を幾つか決めていて、その日の気分に合わせてセットしてくれるのです。
「おお、マーネイン伯爵ではないですか。相変わらずお美しい奥方をお連れですな。して、そちらは?」
脂ぎったデブが、お父様に近付いてきます。見覚えがあると思ったら、フロイト侯爵ではないですか。不摂生を続けているくせに、無駄に長生きですね。確か当時、私と同い年の娘さんがいたと思います。今だと三十手前ですし、ご結婚されたでしょうか?頻繁に様子を見に来てくださっていたので、お姉様方からも慕われておりましたね。私も勿論大好きでした。数少ない、同年代のお友達でしたから。あ、考えているうちにお母様が逃げ出しました。ぐぬぬ、壁際に陣取るとは、卑怯極まりないですよ。
「娘のディアンサ・クロード・マーネインと申します。侯爵閣下におかれましては、変わらずご壮健のようで何よりです」
本当はこんな人、挨拶すらしたくありません。五十もの愛人を囲い、しかもその殆どを悲しい目にあわせている女性の敵なのですから。何故処罰されないか?そんなの、理由は一つしかありません。
「ディアンサ、何故彼が侯爵だと?」
「胸元の紋章ですが、財務局の紋章を若干変更した物ですよね?その着用を許されている家系となると、フロイト家以外にありませんから」
噂では法務局長への贈賄によって、摘発を免れているんだとか。いつかとっ捕まえて、今までの悪事を全てさらけ出してしまいたいものです。
「ははは、随分と利発なお嬢さんだ!伯爵、良い後継者に恵まれたな?」
一頻り笑った後、何か言う隙もなく去って行きました。さっさと視界から消えてください、目障りです。
「はは、肝が冷えたよ。ディアンサ、侯爵に何かされたかい?目が笑ってなかったよ?」
「申し訳ありません、お父様。あのような不摂生な体型は、見るに耐えなかったもので・・・」
脂ぎった顔も、開始から間も無いのにお酒臭い息も、私にとっては拷問です。お父様もお母様もお酒は嗜みますが、本当に嗜む程度です。グラス一杯も飲めば良い方ではないでしょうか?社交の場に於いて言えば、もう少し付き合うのかもしれませんが。
「侯爵はかなりの美食家だからね。普段から豪勢な食事をされているし、ご自分では動かない方だから・・・。っと、今来たのはブリング男爵かな?ちょっと挨拶に行ってくるけど、ディアンサはどうする?」
扉を押し開けて入ってきたのは、壮年の夫婦一組でした。下級貴族と侮るなかれ、ブリング男爵家は王国随一の武家なのです。国防軍の直接指揮権を持ち、軍事に関しては国王陛下から一目置かれる方です。佇まいからしても他の貴族とは一風変わっていて、溢れ出るような自信に満ちています。隙が無いというのでしょうか、うっかり失敗なんてやりそうにありません。
「ブリング閣下。この度は領軍への手解き、心より感謝致します。父は本日不在の為、若輩の身ではありますが、現当主としてご挨拶に伺わせて頂きました」
「うむ、マーネイン伯爵か。この老骨を扱き使うとは、そなたの父君も人使いが荒いな。挨拶、誠に忝ない。して、そちらの幼い姫君は?」
チラリと向けられた視線にも威圧感があり、体が竦んでしまいました。周りを見てみたら、大半の人から好奇の視線を向けられています。
「お初にお目にかかります。ディーン・フロイド・マーネインが嫡子、ディアンサ・クロード・マーネインと申します。以後お見知り置き下されば幸いです。ブリング閣下におかれましては、王国内外問わずに響く名声の数々、同じ国民としてとても頼もしく思います」
あの豚にはしませんが、この方を相手するとなれば失礼や粗相をする訳にはいきません。
「奥方に負けず劣らずの、お美しい方だ。社交の場は初めてかね、お嬢様?」
「ええ、先日十三を数えたばかりです。無調法故、何か失礼のあった場合はお見逃しいただき、お教えいただければと思います」
すると男爵は、私の手を取って口付けをしてきました。騎士が主に対して行う、忠誠の証です。何故私に・・・?
「閣下は、初対面の貴族嫡子にはそれを行うんだよ。自分が守るべき相手を、命を賭けて守り抜く、という誓いを込めてね。誰にでもという訳ではなく、気に入った相手に対して、のはずなんだけど・・・」
お父様がそっと耳打ちして、教えてくださいました。つまり、挨拶だけで気に入っていただける何かがあった、という事でしょうか。・・・幼女愛好家とかでなければですが。
「伯爵、心配する必要は無い。幼馴染の小さい頃に、よく似ていてな。私が騎士の道を志したのは、彼女を守る為だったのだ。幸いにも国王陛下に見初められ、その守りは不要となったが」
なんということでしょう。男爵の幼馴染が、今の王妃様だったなんて。というか、本人が近付いてますよ?
「懐かしい話をしているわね。ブリング男爵、本日は急な招待にも拘わらず、ようこそお越しくださいました」
「こちらこそ、お招きに預かり恐悦至極。王国を、そして貴女を護る為の剣として、私はお役に立てているでしょうか?」
「あら、男爵は私や陛下の眼を疑うのかしら?大体、侯爵位への陞爵を毎回断っているでしょう?それこそが私達の信頼の証、そう思っていたのだけれど」
「それこそ、この身には過ぎた地位でありますれば。子爵位であればお受けしますと、毎度ご返答させていただいておりますし」
私達を置いてけぼりにして、王妃様と男爵が話しています。ここは後回しとし、他の参加者の方々へご挨拶に伺うべきでは?そう思ってお父様を見上げると、頷きが返ってきました。どうやら同じ考えだったようですね。
壮年期は現代日本では44歳頃までとされていますが、脳内設定上で50歳頃までとしています。
舞台設定は中世ヨーロッパですが、平均寿命は70前後、社会保障制度は殆ど無い為、各種職業は生涯現役という感覚でしょうか?
体が動かなくなるまで扱き使う、何処ぞのブラック企業ですね!