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「焼き」

作者: 長根兆半

「焼き」


ポンポコ・スッポン

ポンポコポン

ポコポン・ポコポン

スッポンポン


えー、この席をお借りしまして、お付き合いを願います。

焼きを入れると言う事をよく申します。そのスジのお兄さん方が、素直じゃない仲間を、叩きのめす時に、ヤキィーいれたろかい。なんて、怖いですねぇ。

反対に、臆病だったりしますと、焼きが廻ったか、なんていわれてしまいます。

ま、良く言えば慎重になった。このぉ、焼きを入れると言う言葉は、鉄を真っ赤に焼いて、いきなり冷たい水に入れますと、焼く前よりも硬くなるのだそうです。

人にやっちゃあいけませんが、このう、刃物には是非とも必要なんだそうで、鉄を真っ赤に焼いてハンマーで打ち込みますと、鉄の中にあった見えない気泡、傷がなくなっていき、折れたり欠けたりし難くなるんだそうです。

刃物と言いますと、お馴染み包丁、どこの御家庭にも一丁はあります。

包丁のルーツと言いますか、オリジナルというのか、あれはあの、日本刀なんだそうで、言われて見れば、形からしてすぐ納得できます。

日本刀をチャリンと折って、折れ口を見ますと、芯になっている刃金を鋼鉄が包んでいる。これを「割り込み」と言うんですが、研ぎ込んでいきますと、その境目が「乱れ」という模様になってきます。

これを焼いて畳んで打ち込んで、トンテンカン・トンテンカンと刀鍛冶が何度も繰り返しますと、幾重にも乱れが出来、「かすみ」と言う模様になります。

丁度、あのォー練った粉とバターを重ね、何度も延ばして丸め、延ばして重ね、まるめて焼くと、クロワッサンというお菓子が出来るそうですが、あれと同じようです。

さて、こうして出来た日本刀を縦に見て、左右に割りますと、これが包丁というわけです。ですから、日本の包丁の裏は刃金で、表は鋼鉄になっているのが色で分かります。

さらに手元になりますと、軟鉄になって、そこに柄がついている。

もっとも最近じゃ、ステンレス綱とか、石・・・といいましてもセラミック、瀬戸物のえらく固いやつなんですが、それで包丁を作って、百年は研がなくとも使える、なんて云われてる位ですから、乱れや霞など、見ようにも、ない。

西洋のサーベルを始め、刃物がそうですねェ、全鋼と言いますが、全部が鋼、ですから、シャカシャカと超鋼ヤスリで研げるわけです。それでも切れ味が間に合わなくなりますと、グラインダーでバリバリ削るんですから、なんとも荒っぽい。

そこへいきますと、日本の包丁研ぎは丁寧です。荒砥、中砥、仕上げ砥と三種類で研いでいく。普段は中砥で間に合いますが、ウナギ屋さんとか、河豚屋さんになりますと、合い砥、つまり仕上げ砥、カミソリ砥とも言われていますが、欠かせないのだそうです。

と、まァ、こんな話を久次郎親方から聞いたグミ助。

何とか調理師試験にパスし、二年が過ぎたので、いよいよ今度は河豚免許取得へと頑張り始めました。そうしますと、どうしても包丁が欲しくなり、親方に見立てを頼み、日本の台所、築地に来ました。

朝早くから、手を打って呼び込む声が、あちこちから上がり、いかにも活気で盛り上がる。外国の魚屋さんのように腐った臭いはいたしません。海の香、磯の香、魚の香。足元にズラリと並んでいる。大きな白い箱の海水はブクブクと泡を吹いている。そこには生きたアワビや海老、サザエに蟹、ウナギ、アナゴ、と言った生きた魚がグチャグチャ、ニョロニョロガサゴソ、ヒョイヒョイ、ピチピチ泳いでいます。

こうなりますと、目覚めの悪い腹の虫まで、ググーっときます。

そうこうしてますと、向こうでは冷凍の鮪を電気ノコギリでビィンビィン切っている。

何十人、何百人の駆る子がいったり来たり。客は買い物籠やカバン、袋をそれぞれ手に持って、川水のように場内を流れていく。

珍しがって、うっかり見惚れていると、いきなりどやされたりします。グミ助も初めの頃はこれを経験しましたから、今日は早い。

が、えっと気が付いた。

魚屋さんが、着流しに半纏を引っ掛けた親方を見ると、みな挨拶をする。

親方は軽く左手を上げ、応えている。グミ助、改めて、近寄りがたい何かを感じました。

親方の後を追っかけて、ひょいと入ったのが、まぐろ屋、といいましても、ここは寿司屋。

ヒタッと舌に張り付くような鮪の赤身だけを握っている。せいぜい握っても中トロ。いつか聞きたいと思っていたグミ助が

「トロはないんですか?」

今年還暦の親方、肌艶のいい顔のシワを和らげ

「今じゃ、猫も杓子もトロトロって言うが、昔はゴミさ、二つも食えばゲップが出る」

北海の黒鮪の赤身、下ろしたての生わさびのツンと効いた握りを、合わせ醤油にサッと浸し、モグッというのを見てると、さっき飯食ったのに、又食いたくなりますから、その美味い事。

グミ助、親方の手前、遠慮がちにつまんでいたつもりでしたが、数えたら二十っこもやっていた。粉茶は熱からずさめからず。程よい香をすすって、勘定を終え、外に出る。

いよいよ包丁売り場。近づくと、年配の店番が表に出て、親方に挨拶をする。

店に入り、親方が何か囁くと、店番が奥から宝箱のような箱を抱えて戻ってきて

「板さんにとって、包丁は一生もん、じっくりとお選び下さい」と言って、油紙に包まれた十数丁の河豚引き包丁をズラリとグミ助の前に並べた。

どれも尺物。グミ助、見て驚き呑まれ、親方の顔をそっと見る。

親方、細めた目を包丁に吸い付かせ

「握ってみろ」と一言。

グミ助、恐る恐る一丁ずつ全部握って、又親方を見る。すると親方が

「どれが馴染んだ」

「え?」

「どれが手に馴染んだ?」

「わかりません」

「ん、いいか、そっと握って小指にだけリキ入れて、二三度縦に振ってみるんだ」言われた通りやったが、分からない。

「分かるまでやってろ」言って親方、向こうへ行き、ショートピースに火をつけ、店番と世間話を始めた。グミ助は何度もやっているうちに、握り試しの本数が減ってきて、最後の一丁を何度も握って振っている。

親方の吸殻はすでに六ッこになっていた。店番がグミ助を見て、立つ。

「お気に召す品、御ざいましたか」グミ助、コクッとうなずき、一丁を出す。其れを親方が横から取って耳に当て、切っ先の油紙をはずし、親指の爪で弾いた。

軽く頷くとグミ助に戻し、すっとその場を離れた。

店番がグミ助から包丁を受け取り、丁寧に油紙をはがし、身に付いた油ッ気を拭き、黒檀の鞘に収め、それを桐の箱に収めて包装紙で包んだ。

グミ助、押し頂いて胸に抱く。店先で待っていた親方、スッと背を向け歩き出す。

グミ助、親方の身のこなしの速さに驚きながら、親方の背に張り付く。

と、いきなり止まったグミ助

「あ、金払うの忘れた」すると親方、静かに止まり

「河豚免許パスすりゃ、チャラだ」

「え、じゃ・・・これ」

「ん」

こうなりますと、なんとしてでもパスしないといけません。こういう世界に生きてる人には、余分な理屈や話なんか要りません。ものの三分もすると、向こうに地下鉄日比谷線の駅。フト止まった親方。

「ガム公は、なぜ来ない」

「頼みにいったら、親方に頼めって・・・」

「そうか」と親方が言うと、駅の反対側を目指し、喫茶店に入っていく。

白のワイシャツに黒の蝶タイ、黒のウエストスーツ。黒のズボンに黒い小さなエプロンの店員、軽くエプロンの前で手を組んで

「御注文は・・・」とグミ助に聞く。

「カプチーノ」と言って、親方はと、聞こうとした時には店員が居ない。

「失礼なやつですね」とグミ助が言うと、親方はフフ。

「なんて言ってたガム公?」

「親方が生きてるうちにシャシャリ出るには、修行が足りんと」

「で、今何やってんだい」

「親方も知ってるチョコ坊んとこに居候、その割には結構幅きかせんてんですから」

「そうか、相変わらず、果報者ンだな。ま、これで、少しは角が取れ、焼きが廻るかな」と言って、来た昆布茶をすする。そろそろイップクあらドッコイ。


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