その4
週末、やっと冬花ちゃんとのデートの日がやって来た。俺達のデートは、いくら冬花ちゃんのお宅に門限が定められていないとはいえ、遅くに帰すなんて有り得ないので、逆に朝早くから出掛けようと決めている。
冬花ちゃんの最寄駅でいったんホームへと降り立ち、彼女が来るのを待つ。時刻表を元に伝えた電車よりも1本早い電車に乗ってこの駅に着いた。稀に遅延が発生する事もあるけど、日本の電車は時間通りに到着する。それでも、彼氏としては彼女が来るよりも早い時間に先に待ち合わせ場所に着いているものだというセオリーを信じての早めの到着。が……。
「ふふっ、おはよう。柊人さん、1本早い電車に乗ったでしょ?」
そんなセオリーどこ吹く風。冬花ちゃんはもっと早くに待ち合わせ場所に着いていたのでした。
「おはよう。やっぱり彼氏としては早く着くに越した事はないっしょ」
「そうなんだ。でも彼女としても少しでも早く彼氏に会いたいって思ってるんだっていうのも、知っておいてね?」
何だよコレ、ラブコメかよ。いい加減にしろ! って主人公は俺と冬花ちゃんだった。いいぞ、もっとやれ。
「楽しみ過ぎて早起きしちゃったんだ」
いつもの制服姿ではない冬花ちゃん。整った顔に主張する胸。背も低くなく、服装も大人びている。細いリムの眼鏡を掛けている事で知的な印象が増しており、とても高校生だとは思えない。
そっと出された手を握り、ギュッと2回力を入れる。ギュッ、ギュッと握り返される。通称ラブノック。恋人達の愛を確かめ合う行為だ。
そう、俺達は恋人同士なのだ!!
「今日ね、お弁当作って来たんだ。水族館で食べよっ」
グサッ! 心に鋭く突き刺さる甘い声。わざわざ耳元でそっと伝えられる、体温を感じる囁き。このコ何者だよ……。まぁ俺の彼女なんスけどね!!!
「めちゃくちゃ楽しみだわ」
「私も、食べてもらうの、楽しみ……」
うわぁぁぁ、その言い方反則ですってばぁぁぁ、ワザと? ねぇワザとなの? 聞きたいけど聞けない件!!
水族館を1周した後、イルカショーが行われる屋外会場の真ん中らへんに陣取って、冬花ちゃんが作って来てくれたお弁当を広げる。次回のイルカショー開催まで時間があり、ゆっくりと食べる事が出来る。
「はい、あ~ん」
噂に聞くあ~んを体感する日が来るとは……、涙で滲んで玉子焼きが見えないや……。
「おいひい」
「んふっ、今日と言う日の為にお料理の勉強してた甲斐があるねっ!」
マジでおいしい。可愛くて、胸も大きくて、頭も良くて料理上手。ヤバくね? こんなコが俺の事好きだって言ってんだよ!? 俺専属天使かよ。何の文句もねーわ。
「柊人さんって朝ごはんちゃんと食べてる? 朝抜いてお昼に大盛りラーメン食べるとか、バランスの悪い事してない?」
うっ、痛い所を突いて来よる。食べるだけにとどまらず、画像付きで投稿するという飯テロまでしております。
「柊人さんが一人暮らしだったら、毎日私がご飯作りに行ってあげるのになぁ~」
「いやいやいや、そんなんダメだよ! 女子高生にそんな事させられないじゃん!!」
え~? と笑いながら、唐揚げを摘まんでお箸を俺の口元へ運ぶ冬花ちゃん。パクッ、ウマッ!!
「オニギリも食べてよ?」
食べる食べるぅ~。冬花ちゃんが握ったオニギリなら何個でもいける。あ、梅だ。うめぇ~な~もう、なんちゃって~。バカだ、俺はバカだ。いいんだバカで。
「あ、付いてるよっ」
俺の口に付いていた米粒をひょいと取って、何の躊躇いもなく自分の口に入れる冬花ちゃん。その唇から目が離せなくなってしまった。
「ん??」
小首を傾げ、冬花ちゃんが見つめ返して来る。ヤバイ、めっちゃキスしたい。けど今はお弁当を食べている。そして公衆の面前だ。公共の場だ。他にも弁当やアイスクリームなどを食べているお客さんがいる。どう考えてもそのタイミングではない。
けど、今を逃したら、また次の機会が来るのはいつになるのか分からない。そして何より今したい! したいけど今じゃない!!
相反する気持ちを胸に抱えながら、何とか冬花ちゃんの唇から視線を剥がし、そしてため息を付く。
「はぁ、好き過ぎてしんどい。尊い。抱き締めたい」
「えぇ!? もうっ、何言ってんの!」
テレッテレな表情の冬花ちゃん。顔を真っ赤だ。はい次、はい次と、照れ隠しなのかどんどんおかずを食べさせてくれる。早いよ、早いってば!
そんな冬花ちゃんからお箸を取り上げ、たこさんソーセージを摘まみ、彼女の口元へと運ぶ。
「え、ええっ!?」
え、じゃないが。ほらお口を開けて?
「あ~ん」
さらに真っ赤になった顔で俯き、意味もなく眼鏡をクイッと上げる冬花ちゃん。何だ、恥ずかしがるんだ。ちょっと安心。決して疑ってる訳じゃないけど、初心な表情を見れて俺氏ご満悦。
「あ~~ん」
チラチラッとこっちを見て、また俯く。ヤバイくらい可愛い。小動物のような可愛さ。今すぐ家に持ち帰って保護したくなる。
「ほら、あ~~~ん」
ふと我に返る。何やってんだ俺。めっちゃ恥ずかしくなって来た。真昼間からバカップルが! リア充爆発しろ!! ほんの少し前の俺であればそう思っていた事だろう。
そんな爆発案件を、他でもない俺がしている。俺からしている。周りにいっぱい人がいる。見られているような気もするし、嘲笑されている気もする。
『ちょっと見て! あのコ超可愛いのに彼氏ヤバくね!?』
『うわぁ~、あんな可愛いのに何でアレなの!?』
『脅されてんじゃね!?』
『助けた方が良くね!?』
そんな声が聞こえる、気がする。向けられているかどうかも分からない視線が気になる。心にトゲトゲした異物感を覚える。
それでも、俺は冬花ちゃんから目を逸らしてはいけない。
『柊人さんは私が好きな人の事を否定するんですか!? 私は柊人さんが好きなんです。顔も、話し方も、仕草も、私を気遣ってくれる優しさも、全部好きです。好きになってから知った柊人さんも好きです。実際に話してみたら幻滅したとか、そんな事はありません! 信じて、くれませんか……?』
俺を好きだと言ってくれる、冬花ちゃんを信じる。そう決めたんだ。だからもう一度言う。
「ほ~ら~、あ~~~~~ん」
「あ、あ~~~~~ん」
上目遣いで俺の目を見たまま小さく口を開け、たこさんウインナーをパクッと食べる。モグモグと口を動かし、それでも俺から目を逸らさない。俺の左手を両手で掴み、食べかけのオニギリを口元に運ぶ。パクッ。
「んふふっ♪」
だぁぁぁぁぁっ!!! 可愛過ぎるだろう!!!!
キスしたいキスしたキスしたいキスしたいキスしたキスしたいキスしたいキスしたキスしたいけど耐えろ俺!!!!!
は? 何で耐える必要がある? 冬花ちゃんは俺の彼女で、俺は冬花ちゃんの彼氏、オーケー? 何の問題もない。繰り返す、何の問題もない!!
よし、キスしよう。今しよう。そうしよう。
グイッと身を乗り出し、冬花ちゃんとの距離を詰める! と、ガコンッ!!
「あ~、お茶ひっくり返っちゃったよ?」
な゛ん゛で゛た゛よ゛ー!
な゛ん゛て゛そ゛う゛な゛る゛ん゛た゛よ゛ーー!!
「ご、ゴメン! お茶どころじゃなかった!!」
訳が分からない謝罪を口にして、冬花ちゃんが持って来てくれた水筒のコップを拾う。幸いそれほどお茶が入っておらず、床が水浸しになるほどではなかった。
はぁ……、勢い付くとすぐにこうなる。先ほどの燃え滾るような情熱は引っ込み、つられて何やってんだよ俺、という焦燥感に変わる。またも周りの視線が気になり始め、聞こえもしない噂話が……。
「後でね」
「えっ?」
「後で、ねっ?」
何が後でなのかなんて聞き返さないよ絶対。
この後に控える俺達の一大イベントを前にして緊張と吐き気、そして口臭の有無に気を取られてその後のイルカショーは全く楽しめず、ほとんど何が行われたのか覚えていないのだった。
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次話投稿は7月9日月曜日、朝8時の予定です。




