その4
な2の3ち@小説家になりたいな:誰だ今いいね押してすぐ取り消した奴www
しまった、指が触れてしまってなのちさんの投稿にいいねを付けてしまったのを気付かれた! いや、別に気付かれてもいいんだけど少しダメな気もする。
こっそりと3人の会話を覗き見ている罪悪感から、私が見ているという痕跡を残すのは犯行の証拠を残すに等しい。
橘は俺の嫁@デレレテP:鍵の付いてるアカウントからのいいねなら、誰が押したかすら分かんないですもんね
え、そうなの? もし彼の言う事が本当なら、間違えていいねを押してしまったとしても私のアカウントに辿り着く事は出来ないという事になる。すぐに専用のアカウントを作ろう。
彼の投稿閲覧用鍵付きアカウントはすぐに取得出来た。試しに普段使う自分のアカウントに対していいねをしてみると、確かにいいねは1カウントされているけど、誰が押したかまでは分からないのが確認出来た。
積極的に彼の投稿をいいねするつもりはないけど、間違って押してしまっても焦る必要がないので、今後はこのアカウントから見に行く事にしよう。
いやいや、しようじゃないし! 罪悪感ある癖に覗き見を止めるのではなく見つからないようにするとか本当にどうかしてる。自分で自分の行動が理解出来ない。
先日感じた違和感はこれだ。突然男子から受けたナンパのようなモノに対して嫌悪感を抱いたのにも関わらず、全く同じ様な事をしている自分。
いや、あの男子以上に悪質かも知れない。もう止めるべきだと思う。止めなくちゃ、止めよう。
「冬花、ちょっといいか?」
ノックの音の後、兄が声を掛けて来た。この時間に兄が家にいるのは珍しい。
兄は私の4つ年上で、現在医科大学の4年生。父の病院を継ぐ事を目標に、小学生の頃からずっと頑張っている兄を、私は尊敬している。いつもならこの時間帯は大学にいるはずなのに、どうしたんだろう。
部屋へと招き入れると、兄が進学する大学を決めたのか尋ねて来た。理工学部が気になっている事を伝えると、大きく頷いて賛成してくれた。
兄は小学生の時点で父の病院を継ぐ事を自ら決めていた。対して、私は父のように医師に、もしくは母のように薬剤師になりたいという気持ちにはならなかった。
両親は決して強制する事はなく自分のやりたい事を見つけなさいという教育方針だったからだと思う。もちろん病院を子供に継いでほしいという気持ちはあっただろうけれど、早々に兄が手を挙げた為、私は何のプレッシャーも感じず、両親に気を遣う事もなく今までやりたい事を探し続ける事が出来た。
兄が早く帰って来たのは特に意味はなく、ただたまには家族4人でご飯を食べたいというささやかな理由だった。いつもよりゆっくりと夕食を摂り、家族団欒を楽しんで自室へと戻った。
ベッドに横になり、いつものようにスマホで彼の投稿を見ようとしてハッと気付く。さっきまでこんな事はダメだ、止めなければと決意したのを思い出す。思い出すよりも早く彼の投稿が目に入った。
橘は俺の嫁@デレレテP:現実は非情だ
橘は俺の嫁@デレレテP:あ゛ーーーー!!!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー!!! むりむりむりむりもうまじむりしにたいきえてなくなりたいしんどいしんどいあ゛ーーー!!!
ドキッと胸が締め付けられ、背筋に冷たい物が走る。彼に何があったのか。彼の尋常じゃない投稿を目にして、気持ちばかりが焦る。
Mt.フォーチュン改@デレレテP:どうした? 何があった!?
ホントそれ、何があったの!? いつもの彼らしくない投稿。こんなの今までなかった。イライラする、程度の投稿はあったけど、ここまで感情を露わにするのは見た事がない。
橘は俺の嫁@デレレテP:さよなり
えっ!!!? 何なの? 打ち間違いなの? どういう事、どうなってんの、どうしたの? 何してんの!? 頭の中がぐちゃぐちゃになる。いても立ってもいられず、ベッドから起き上がり部屋の中をウロウロしながらひたすらにスマホの画面をグイグイと引っ張り下げながら最新の投稿がないかチェックする。
でも、それ以降の投稿はなかった。改さんもなのちさんも投稿がない所を見ると、別のアカウントでやり取りをしているのかも知れない。そのやり取りを見れないのがとても歯痒い。
どうしよう、私に出来る事って何かあるだろうか。今日の彼の投稿を遡ってみると、どうやらバイトの日だったようだ。彼が回転寿司チェーンのバックヤードで働いているのは知っていた。店舗が分からないので実際に働いている姿を見た事はない。何か特定出来る投稿があればなぁと思っていた程度だ。
投稿を遡ってはリアルタイムの投稿がないかと交互に確認していると、先程の改さんの大丈夫かと問い掛ける投稿に対しての返信投稿が増えていた。
橘は俺の嫁@デレレテP:だいじょぶ~だいじょぶ~
いやいやいや、絶対大丈夫じゃないやつじゃん!!? 余計に心配させるやつじゃんか!!! ホントどうしたの、何があったの、話を聞かせほしいと思うものの、私には彼の投稿に返信する資格がない。
彼のアカウントをフォローしていない、彼に存在すら知られていない私に何が出来ると言うのか。辛い、彼の痛みを知る権利がない現状が憎たらしい。
私では、彼にしてあげられる事など何もないのだと思い知る。
次話は明日7時に投稿予約済みです。
合わせて、よろしくお願い致します。




