ハロウィンパーティーと死に装束
気が付けば、くだんのハロウィンパーティーまであと1週間まで迫ってきている。
「とーこちゃん、これはどお?」
「とーこちゃん、これはこれは?」
董子は、両側から押し付けられた衣装の布地のボリュームで、もはや窒息死しそうになっていた。
ハロウィンパーティーが近づくにつれ、学内もにわかにムードが増している。廊下、教室、寮そして≪楽園≫の敷地内にも、オレンジや紫の、こうもりやゴースト、カボチャを模した飾りつけが日々増えていた。総代表が主催するハロウィンパーティーとは別に、ハロウィン自体が≪楽園≫では大きなイベントの一つらしい。
風祭から招待状を渡された董子は、その内容に白目を剥いた。
開催日時、開催場所は、一般的な記載事項だろう。しかしながら、ドレスコードの指定という慣れなさ過ぎてハードルの高い事項が書かれていたことには参ってしまった。
とりあえず、風祭と花怜と杏奈はどうするのかと世間話がてら確認した結果、冒頭に戻る。
董子は風祭と花怜と杏奈と連れ立ち、管理区域――通称、城下町にやってきていた。
城下町は、大通りが石畳で舗装された中世ヨーロッパを模した街並みで、ここが現代日本とは到底思えない。不気味なのは、街を騒がしくそぞろ歩く人々が皆、子供ばかりだという点だ。一番年かさと思われる年齢の子供でも、董子と同い年か少し年上くらいの年代だろうか。≪楽園≫が全寮制の学校であることと、その専用の管理区域なのだから当然のことであるはずが、董子にとっては、≪楽園≫という場所の異常性を際立たせる気がして、少しぞっとする。
そして、花怜と杏奈に引きずるようにして連れてこられたのが、≪楽園≫内で最も人気が高いといわれている衣装店、「ラスティングドレス(死に装束)」というわけだった。
「あ、ありがとう……」
董子は、愛らしく輝く相貌を右側と左側から向けられながら、苦笑いした。
≪楽園≫内の文化――お金持ちの世界と、独特の様式が混ざったものについては、董子より当然双子の方が詳しいはずだ。しかしながら、二人がそれぞれ選んでくれたドレス――それぞれ、ハロウィンらしく猫と魔女をモチーフにした漆黒を基調とした衣装は、董子が着るのはいささかラブリーすぎる意匠だった。もちろん、双子がそれぞれでまとえば、誂えたかのように似合うはずだ。
しかし、このきらきらとした純粋無垢な2対の瞳に抗えるだろうか。
董子は、恭しく2着の衣装を押し頂くと、待ち構えていた店員さんに試着室へと連行された。
「お嬢様は背がお高いし、華奢な方ですから、何でもお似合いになりますわぁ~」
カーテンで仕切られた試着室にて。≪楽園≫の学生は基本的に上流階級の人間が多いため、店自体もだが、試着室も大変豪華である。とりあえず感満載で、とってつけたような営業トークを並べながら、ベテラン感すさまじいお姉さま店員さんが、すさまじい力でコルセットを締め上げる。
「ありがとうございます~……うっ」
ほとんど反射的にお礼を述べつつ、董子は呻いた。慣れない締め上げ感は、ただ苦しい。
あれきり、瀧澤三角とは一度も話していない。瑠可から脅され、真っ青を通り越して真っ白な顔でその場を立ち去った瀧澤。あの時、殺されたという総代表、妖精こと早川たまきのことを董子に教えてくれたが、その死の詳細については何も知らないと言った。一般生である自分は、あずかり知らぬことだ、と。
瑠可から聞いたことと総合すると、弟を庇護していたという総代表は早川たまきだろうか。それとも、弟とよく話していたという瀬野蛍?
もう一度、瀧澤に会うべきだろう。
と、董子は何度も反芻した結論を、今一度、噛みしめる。
瑠可は瀧澤の首に文字通り、銀の驟雨をつけた。あの様子だと、このまま会わないと瀧澤は遅かれ早かれ、瑠可に始末されてしまう可能性がある。瀧澤としては不本意だろうが、正直、董子は協力者が欲しいところでもある。また、気になることをいくつか瀧澤は口にしていた。
刹那、ドレスショップの店員さんに声をかけられ、董子は思考のふちから復帰した。
「お嬢様、着付けが終わりましたわぁ~! あ」
「あ」
そして、鏡の中の自らの姿に顔面蒼白。後ろから覗き込んできた店員さんも笑顔のまま固まる。
とりあえず、猫をモチーフとした衣装を着つけてもらっていたが、その仕上がりは店員さんと董子本人が絶句した。
ドレスは可愛らしさ重視の、かなり甘いデザインである。ただ、どちらかといえば胸元の露出が大きく、董子ではその個所にボリュームに欠けており、さらにふわりと広がるスカートの丈が、董子には短すぎる。止めには、地味顔と衣装のギャップがすさまじい。
店員さんと董子は、もう1着、試着室にかけてあった同系統の魔女の衣装を、二人して展覧会のように眺める。
――やめておくか。
初対面、30分程度の付き合いの二人の間で、にわかにそんな空気が流れた。
「どうして試着した姿見せてくれなかったの~?」
「見たかったのに~!」
街を歩きながら、董子の両腕にぶら下がった双子がぶうぶうと可愛らしく頬を膨らませている。あれは見せられないよ、公害レベルだよ……と董子は内心ひとりごちて、「あの衣装、どっちも可愛かったけど、わたしには似合わな過ぎたよ」と正直に言った。
「とーこちゃんとお揃いのドレス、着たかったのに!」
「ハロウィンパーティーで一緒に歩きたかったのに!」
わかってはいたが、悪意ゼロ。顔面格差って残酷。
「お前ら、とーこに迷惑かけんなよ。もっと真面目に選んでんのかと思ったら、動機が不純だわ。お前ら、ハロウィンパーティーの意味、わかってんのか?」
軽くため息をついた風祭純心は双子の頭に、それぞれ軽く拳骨を落とす。双子たちと風祭は、いつも通り楽しそうにじゃれあっている。董子はその地味ながらに意外と整った風祭の横顔を見つめた。
ドレス選び中、風祭はきゃいきゃいと騒ぐ女子たちを傍目に、興味がなかったのか近くのソファで静かに書籍に目を通していた。遠目にも、外国書籍だということはうかがい知れる。
――ハイシンシャ。
瀧澤の薄く形の良い唇が紡いだ響きは、いまだに董子の背筋をひやりとさせた。
ハイシンシャとは、やはり、背信者――裏切者。
同時に、董子の脳裏に思い浮かんだのは、アメジストの瞳を持つ猫じみた雨の魔術師の配下・牧瑞季のあの悪夢めいたあの夜の言葉だった。
あの後、3人とお茶をしてから寮の自室に帰ってきた董子は、着替えもせずにベッドにダイブした。
「あー……どうしよー……」
着る衣装も決まらなければ、もう一つの懸念事項――異性の同伴者のこともすっきりとは解決していなかった。
董子は風祭からもらった招待状を広げ、大きなため息をついた。
「……学生のくせに、男女でパーティー参加とかなんだよ、そりゃ~。知らないよ~」
風祭たちには正直に話したが、またもや驚かれてしまった。「ダメもとでよけりゃ、誰か紹介してやるよ。無理そうなら、当日にどこかで捕まえな」と風祭からの言葉は、かなり心もとない。なお、風祭たちに確認すると、3人はすでに相手を確保しているらしい。ひどい。
董子はまだ≪楽園≫にやってきてから日が浅く、そもそも親しい友人自体がほとんどいない。にも関わらず、パーティーに同伴してくれる異性を探すのは、相当難易度が高いと感じてしまう。
「あーあ、貴登が居てくれたら、こんなこと悩まずに済んだのに……」
ぽつりと呟いて、目元がじわりとした。
目的と、手段を逆転させてどうする。貴登の手がかりをつかむために、ハロウィンパーティーに参加するのに、貴登の助けを借りたがってどうする。
董子は瞬きで涙を散らして、自らに言い聞かせた。
「――今できること。衣装と同伴者を探す」
翌日から、董子はあがいた。
授業終わりにラスティングドレスに一人で駆け込み、例のベテランお姉さま店員さんと試行錯誤をする。
しかしながら、ハロウィンシーズンはいろんな場所でパーティーが行われるため、この1週間を切った時期になると、そもそも衣装自体の在庫が、かなり希少となっているらしい。双子が董子と同じ衣装を着たいと考えていた気持ちはかなり本気だったようで、あの試着した2着については、彼女らがわざわざ取り置きの手配をしてくれていたようだった。
子供用の衣装や、かなり奇抜な形の衣装、そもそもサイズが合わない衣装などばかりが残り、取り寄せをしようにもパーティーには間に合わないことが確実となってしまった。
董子はうーん、と腕を組む。
「……例えば、制服での出席っていうのはどうなんですかね?」
「悪くはないとは思いますが、他のお嬢様方が美しく装っていらっしゃるのでしたら、場にはふさわしくございませんわねぇ」
「ですよね……」
二人してはぁ、とため息をつく。そういえば、と店員さんが、長い睫毛をしばたたかせた。
「お嬢様、当日はどのようにお仕度なされますの?」
「え? いえ、普通に衣装を着ていきますけど」
「御髪を整えたり、お化粧などもございますでしょう? あと、ドレスもおひとりでは着られませんわよ」
「え」
「他のお嬢様方は、専属のお仕度係を抱えていらっしゃったりとか、すでに当店も予約でいっぱいですわ……」
凍り付いた董子に、ご存じなかったのね、と店員さんは気の毒そうな眼差しを向けてきた。
まじか……。恐らく、他の学生たちには幼いころから当然でいわれなくてもわかるようなことを、董子はあまりに知らなさ過ぎている。
董子は、店の豪奢な天井を見上げた。「大変ですね、パーティー……。まぁ、そもそも、私、衣装がないんで支度もなにもって感じなんですけど」
「パーティーは社交の花ですし、特にこういった大きなものに関しては戦争ですわね。あ、そうですわ」
店員さんはしみじみと言った後、董子に微笑みかけた。「お仕度、もしよろしければ、わたくしが整えて差し上げましょうか?」
「え、ほんとですか?」
「ええ。正規の時間は予約でいっぱいなのですが、朝一番の時間ならなんとか。いかがです?」
「あ……とてもありがたいです」
「こうして何度も足を運んでくださったのも何かの縁ですし、いろいろと、なんだか、気の毒になってしまって」
お姉さんはうふふ、と眉を下げて笑う。めっちゃ憐れまれとる。
しかし、なんとかしなければならない董子にとっては、一縷の望みの光だった。
「そのためには、衣装をどうにかしないとですね……」
「ですわねぇ。あ、あと装身具や靴といった小物も必要ですわよ、とーこ様」
先は長いですわねえ、と店員さん――美雨は、ほうとため息をついて頬に手を当てた。
衣装とその他小物類については、引き続き美雨と探すことにして、あとは同伴者探しである。
風祭から非常に不安な約束をされ、董子は正直その不確定要素に掛けることはできないと考えていた。そこで、探すべき人物はただ一人。
――瀧澤三角である。
「――おい庶民、こっち来い」
瀧澤三角は、男子寮の入り口前でうろつく董子を目にした瞬間、凍り付いた。
腕をつかまれ引きずられるように、近くの木の陰に移動する。
幾度か探すことを試みてはいるものの、何せこの≪楽園≫は広い。学生の人数自体も得たいが知れない。周りから怪しまれることを避けるため、大っぴらに聞いて回って探すこともできない。
そして、こういう時に限って、雨宮瑠可は姿を現さないのだから、役に立たない。
そこで董子が考えたのは、男子寮の入り口前でのさりげない待ち伏せであった。
「すみません、緊急事態なんです。できるだけご迷惑が掛からないように、さりげない感じを心掛けました」
「どこがさりげないんだ! 堂々と扉の横に立っていたくせに」
あきれたような瀧澤のため息に、董子は首を竦めた。
「……女性が無駄に男子寮の周りをうろつくな。いらない誹りを受ける」
「瀧澤さん、やっぱりいい人ですよね?」
「まぬけか。いい人なら、お前にあんなことはしない。――お陰で、無駄に雨の魔術師に目をつけられてしまった。最悪だよ」
で? と瀧澤はヘイゼルの瞳を眇めた。「なんですか、庶民のお嬢さん?」
「話は聞いてくれるんですね……いい人……」
「どうしてもいい人にしたいのか? 聞かないと命に係わる状況なんですけど?」
苦々しい表情の瀧澤に、董子の脳裏にはあの日、埃っぽい部屋で雨の魔術師に絞殺されそうになっていた姿が過る。あの場の、百合の香りと油絵の具の香りが鼻腔に馨ってくる気さえした。
どんな形であろうと、この目の前の瀧澤は瑠可が董子に与えた、よすがのひとつだ。それを手繰ると、きっと貴登につながる――。
「お願いがあります。ハロウィンパーティーに、同伴者として一緒に出席してくれませんか?」
「は? ……えぇ?」
瀧澤は面食らったようだったが、困惑を打ち消すかのように首の後ろに手をやる。
「瀧澤さん、あの時、ハロウィンパーティーに行きたがっていましたよね? 私の同伴者になることは、瀧澤さんにもメリットがあると思うんですが」
「アレは? ――風祭は? 同伴者じゃないの?」
「風祭くんはもうすでにパートナーがいるそうです」
「雨の魔術師は?」
「どうして、瑠可くんが関係あるんですか?」
「なるほどね――」
瀧澤は、色々と思考を巡らせるように黙り込んで、そしてぽつりと言った。「かわいそう、もてないんだ……」
最終的に、普通に失礼だった。
「いいよ。エスコートさせていただく」
「あ……ありがとうございます!」
瀧澤の言葉に、董子は思わず顔を上げる。
「勘違いするな。僕は雨の魔術師の意思に従うだけだ」
「すみません……」
「うっとうしい。まさか、こんな形でハロウィンパーティーに行くことになるとは、想像もしていなかった――」
瀧澤は口元を歪め、自嘲した。
瀧澤に衣装の当てがないか、念のため確認してみたが、あるわけないだろう、なんで用意していないんだど庶民、と一蹴された。
さらに、やぼったいドレスで僕に恥をかかせたら許さない、と念押しをされ、制服でのパーティー出席はさらに困難となった。
そんなこんなで、当日の朝。
「やばい……」
董子は、ベッドからむくりと起き上がり、再び横に倒れた。
衣装の用意もままならないまま、「ラスティングドレス」での、融通を利かせてもらった支度の時間を迎えようとしている。
とりあえず、董子が出来る誠意がある行動としては、美雨の元へ出向き、御礼を言いに行くことだろう。
前日まで衣装や諸々を一緒に探してくれたこと。
厚意で時間を作ってくれたこと。
また、瀧澤には謝罪を入れなければいけない。
無理言って頼み込んだのに、制服しか着るものがない。
董子はのろのろと起きだし、とりあえず、制服へと着替えることとした。
城下町、ラスティングドレスに董子が到着した途端、焦った様子の美雨が飛び出してきた。
「ちょうどよかった! さあ、早くお入りになって! 大変ですの!」
「そりゃ大変ですよ、衣装ないんですから……」
「違いますわ! ドレスが届きましたのよ! あなた宛てに!」
「ええっ!?」
美雨に腕を引かれ、支度室へと連れ込まれる。そこには、トルソーに飾られた1着の衣装があった。
漆黒のドレスだった。形はシンプルなスレンダーラインで、胸から下でスカートが切り替わっている。腕は長袖のレースとなっている。裾は長いが、複雑で繊細なカットが施されているデザインで、シンプルすぎず、あくまで品が良かった。
「美しいドレスですわ。とーこ様は背がお高いし、華奢な方ですからよくお似合いになると思います」
美雨がにっこりした。
ドレスに合わせ、アクセサリーやヘッドドレスや靴も併せて届いているらしく、董子は途端に力が抜けた。
美雨に支度を整えてもらい、鏡に映った自分に董子は目を瞠った。
実際に着てみるとドレスはとても軽かった。足さばきでスカートが優雅に揺れ動き、光沢のあるシルク生地が美しい。漆黒1色かと思いきや、濃い灰色のシルクが重ねてあり、ドレスに陰影を生み出している。
美雨による髪のスタイリングと化粧は見事なものだった。髪はいつもと違い緩く巻かれ、白い生花をヘッドドレスに刺されている。化粧はいつもの地味顔とは打って変わり、本当に別人のように華やかだ。
「屍の花嫁ですわね。とても素敵ですわ」
美雨はこれまた繊細な黒いレースのヴェールを、そっと董子のヘッドドレスに差し込んだ。どうやら、これで完成らしい。
ヴェールを顔にかけられながら、董子は内心気合を入れた。絶対にこのチャンス、ものにする。




