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死にいたる万節聖②

ハロウィンの夜の煉獄城(インフェルノ)は、いつも以上の熱気に包まれている。



ホールでは、3人の総代表(リプレ)が一堂に会している。

雷帝の傍に常に控える配下筆頭である球磨(くま)鳴己(なるみ)から見ても、その様は壮観としか言いようがない。


「本日はお招きくださり感謝します、『豪炎の獅子』」


土御門(つちみかど)千聖(ちさと)は、優雅に腰を折った。球磨のメガネの端に、さらり、と純白の紗が揺れたのが映った。


基本的に、総代表(リプレ)同士は同格だ。


しかし、土御門千聖は常に最初に行動し、相手に敬意を払う。それは、能力者(カデット)たち、一般生ども相手でも変わらず、慈愛に溢れた振る舞いを忘れない。


それはまさに、『聖女』と呼ばれるのにふさわしい。


「相変わらず色気のねぇ服じゃねえの、チサ」


燃え盛る炎のような(たてがみ)の獅子は、前髪をかきあげ、その薄い唇に皮肉げな笑みをはいた。むしろ、無礼なのは、ホストであるはずの波々伯部神波の方だ。


ただ、『聖女』はなんら言葉を発しなかった。

包帯の下ではどんな表情を浮かべているのかはうかがい知れないが、あくまで静謐であった。


「そんな、いつも着ている制服とほとんど同じ服なんて、つまらねぇだろ? もっとデコルテやら背中やら出して、彩りを添えるのも、『総代表(リプレ)』の役割だろ」


背後に控えていた『豪炎の獅子』の配下たち、特に女たちがクスクスと笑う。彼女らは彼好みの、半ば下着めいた装束である。


下種め。


球磨は他人事ながら、苦い思いを抱いた。

そう、この『豪炎の獅子』は配下を含めて、いささか品がなかった。


対照的に、土御門千聖の装いは、敢えて自らの異名『聖女』をなぞった出で立ちである。質素、清廉、清かき振る舞いに、美しいシルエットの制服はよく合った。


波々伯部神波は、土御門千聖を下卑た表情で覗き込んだ。「聞いてんのかサチ? 少なくとも『妖精(シルフィード)』なら、そうしたろ?」



さすがに、一瞬でその名に場に緊張が走る。


「獅子殿、いくらなんでも、あまりにも無礼が過ぎるっ……うわああ!!? 熱っ……?!」


『白砂の聖女』が同伴していた細身の男子生徒が、たまらず抗議の声を上げた。しかし、その瞬間、悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。焦げた臭いが辺りに漂った。


「あら、ごめんなさーい?」

「キャンドルに火をともそうと思ったら、手元が狂ったみたぁい。ごめんね」

「服、大丈夫~? 焦げちゃった~? 着替え貸してあげよっか」


『豪炎の獅子』の取り巻きの女子生徒たちが、指先に小さな炎を灯してニヤニヤしている。口先だけの謝罪はミエミエで、恐らく着替えを借りたところで、彼がロクな目に遭わないだろうことは目に見えていた。

嘲笑のさざ波は途切れず、『白砂の聖女』が男子生徒を退出させる最中も続いた。


気分が悪い。

『雷帝』に視線を向けると、真白き美貌の主は、静かに『豪炎の獅子』を見ていた。

刹那、ぱぱぱ、と、目に見えない静電気が飛び散り、球磨の頬を叩く。


指示はなし。しかし、球磨は蛍の意を汲み、膝まづいたまま、進み出てた。


「ーー恐れながら、発言の許可を」


「あ?」


(やつがれ)、『雷帝』の配下が筆頭、球磨鳴己と申します」


「それで?」


「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」


発言を許可された球磨は、優雅に胸に手を当てた。「僕ごときは卑賤の身ではございますが、本日は麗しくも『豪炎の獅子』が万聖節でございますことは見知りおいております。そのような晴がましい場を、『死神』の気配で穢すのはいかがかと」

あえて、先ほどの『事故』には触れなかった。

基本的に、他の元素(エレメンタル)同士のいざこざには干渉しないこととなっている。


「筆頭だから、それがどうだと言うんだ? たかが配下風情が」

「よくも、我らが『総代表(リプレ)』に痴れ言をほざく」

「『雷帝』の腰巾着のくせに」


吠えるな、下品な愚昧ども。

さざめく場に、球磨は頭を垂れたまま、姿勢を崩さなかった。


しばらくの沈黙の後。

つまらなさそうに鼻を鳴らしたのは、波々伯部だった。どうやら、興が削げたらしい。


「ーー瑠可は?」

「『魔術師』様はご出席と伺っておりますが、遅れると先ほどご連絡が……」

「ったく、あいつはどうしようもねえな~」


大勢の自らの配下とともに遠ざかっていく波々伯部の声に、球磨は冷や汗がどっと背を流れ落ちるのを感じた。

一瞬で焼かれても文句は言えなかったが、なんとか不興は買っていない、らしい。


波々伯部の背中が見えなくなったところで、音もなくそばに寄ったのは土御門千聖だった。


「蛍、助かりました」


蛍は返事の代わりに、無言でそっぽを向いた。

相変わらずの主に、『聖女』が包帯の下で微笑んだ気配がした。


「あなたもありがとう、鳴己」

「とんでもないことにございます。それにしても、今日のあれはあまりにもーー」


苦言を呈しかける球磨に、土御門は黙って、とでも言いたげに、細い人差し指を静かに立てることで制する。「いいのです。その言葉で充分」


「あなたは礼を失していないではないですか。何より、『妖精(かのじょ)』はあなたとは特に親しくあられた。それを当て擦るような真似などーー」


「ーー球磨、そこまでや」


「蛍さん……」


『雷帝』が一歩進み出て、土御門に向かってくいとその形の良い顎を傲岸に上げた。「……千聖(ちさと)、同伴者の代わりは?」


「お察しの通りです。諸事情で配下数名に同伴を指示してはいたのですが、皆、あの者以外は今日を前に『事故』にあってしまってーー」


「なんという暴挙だ。先ほどの配下たちのやりようといい……」

「そこまでに。私が不甲斐ない『総代表』であることは、理解しています。しかし、今回だけはおさめていただけないかしら。私たち『土』は学究の徒です。荒くれの多い『炎』を相手に、『(あなたたち)』まで巻き込んでの事の荒立ては本意ではないですわ」

「『聖女』よ、平和主義は良いことですが、それはいささか卑屈なのでは?」


球磨の領分を超えた指摘に、土御門が困ったような微笑を浮かべた気配がした。蛍が無言ながら呆れたように溜息をついた。

彼女はいつもこうだ。誰よりも高潔なことは明白なのにも関わらず、卑屈を抱えている。

『雷帝』から球磨、と呼ばわれ、心得ていた球磨はそっと自らの腕を土御門に差し出した。「卑賤ではございますが、今宵は僕がエスコートさせていただきます」


「まあ、光栄なことだわ。でも、あなたはとても素敵だから、パートナーがいるのでは? それに鳴己ーー」


「いえ、今回のパーティーは元々、僕に同伴者はいないのです。総代表の護衛にあたる配下の筆頭ならば、それが許されますからね。並の能力者(カデット)なれば、寄せ付けぬという自負があります。お守りいたします、『聖女』様」


「まぁ……さすが、『雷槍』ね。頼もしいわ」


しかし、初等部から付き合いのある土御門千聖にはとっくの昔にバレている。


ーー球磨が本当にエスコートしたい相手には手が届かないことも、彼女はきっとわかっている。


「ではーー」


土御門は、球磨に優雅に繊手を伸べた。「お願いいたしますわ」


共に育ってきたはずの幼なじみたちは、五大元素(エレメンタル)の縦割りの中で、いつしか疎遠となり、敵対するようにすらなってしまった相手もいた。

それでも、『妖精(シルフィード)』がいた頃ならば、まだ調和があった。

『あいつ』が、たまきを弒すまではーー


「鳴己?」

「いえ……」

球磨はメガネのつるに手をやると、身の内を駆け回る『雷』の昂りを押さえ込んだ。


ホールでは何やら、催し物の準備が進んでいる。

近頃の波々伯部神波は、球磨がよく知る頃よりも頓に粗暴が増した。

何も起こらなければいい、と、心から平穏を願うのも、球磨鳴己の性質であった。



一方、ホールの端。

「ーーなんですか? 今なんか、向こうの方で男性の叫び声しませんでしたか? それに、何か焦げたみたいな臭いが……」


「こちらからはよく見えないな。そこの君、失礼ーーなんと」


瀧澤が近くの男子生徒を捕まえ、話を聞いてきた。


「どうも、『白砂の聖女』のご同伴者が、体調(・・)不良(・・)で退席されたらしい。その代理を買って出られたのが、『雷帝』の筆頭配下であらせられる、球磨鳴己様だそうだ」

「はあ」

「はあ、じゃないだろう」

瀧澤は他人から見えない位置で、董子の頬をつまみ上げた。「庶民、お前は運がいいと言ってるんだ」

「はあ?」

「これだから……いいか。何度だって言う。これから始まる催し、何をするのか知らないが、絶対ものにしろ。そして、『白砂の聖女』と球磨様に近づけ。そのお二人なら、庶民のお前相手でも親身に話を聞いてくださるはずだ」

瀧澤の真剣な表情に、董子はようやっと思い出す。

ーー球磨鳴己。ハンティング部部長でもあり、温厚篤実な瀬野の配下。貴登と親しかったという瀬野に近づける千載一遇のチャンス。



『さぁて、皆さま、たぁいへんお待たせしました! 日もとっぷり暮れて、宵も宵、すばらしーい万聖節(ハロウィン)日和でございまぁす!』


音楽が途切れ、スピーカーのスイッチの入る音とともに、軽快な女子の声が頭上から降ってくる。


『ハローハロー! こちら、煉獄の獄卒DJごずめずちゃんでぇす! 今宵、煉獄城(インフェルノ)にお集まりの、大変幸運なみなさぁん! これから始まる、たのしいたのしい、ハロウィンゲームの始まりですよぉ』


上、上だ、と周囲からざわめきが上がった。

つられて宙空を見上げると、いつ降りてきたのか、簡易的なゴンドラの上で、てらてら光る漆黒の衣装の女生徒ーー煉獄の獄卒DJごずめずちゃんが跳ねている。


『今日のゲームは3つでぇす! 頑張ったみなさんには、獅子ぴょんからゴホウビありますからねぇ! ふぁいと!』


煉獄の獄卒DJごずめずちゃんは、両手を高くあげた。『まずは、ガッコのこと、もっともーっと知りたぁい! 地獄マルバツげぇむ!』


刹那、天井から低い音を立てて、白く巨大な壁が降りてくる。どうやら、スクリーンのようだ。


そこに映し出された、『地獄マルバツげぇむ☆』のポップな文字に、隣の瀧澤が悪趣味だ、とばかりに眉を顰めた。

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