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彼女は僕に、小説家になろうと言った。  作者: 宮野遥
第1章 あなたのファンになりました
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第2話 深窓の令嬢の嗜み

「あなた、その中身を見たの?」


「い、いや、その……」


 ど、どうしよう。すごい剣幕で睨んでくるんだけど。


 全身から嫌な汗が噴き出ているのを感じる。


「イエスかノーで答えなさい。それ以外の言葉は不要よ」


 ここは、やっぱり素直に謝るしかないよね。もしかしたら普通に許してくれるかもしれない……いや、それは無い気がするけど、嘘をつくよりはマシなはず。


「み、見ました。ごめん」


 正直に答えると、彩風さんはその吊り上がった眼をより鋭くさせた。


「白石君。人のものを勝手に見てはいけないと習わなかったのかしら」


「い、いえ、駄目なことだと理解しています。すみませんでした……」


「違うわね。知っているのにやってしまうということは、理解しているとは言えないわ」


 一言一言に怒気が込められていて、本当に恐い。


 もし言葉が物理的な攻撃力を持っていたとしたら、僕はもう死んでいるんじゃないだろうか。いや、今でも結構死にそうだけど。


 僕が黙り込んでいると、彩風さんは一度溜息を吐き、少し間をあけてから口を開いた。


「とりあえず、返してもらえるかしら、それ」


「あ、うん。どうぞ」


 やはり彩風さんの持ち物だったのか。


 だけど、なんでそんなものを持ってるんだろう。


「本当はこのまま帰りたいところだけれど、中途半端な情報を言いふらされても困るわね。白石君、少し私に付き合いなさい」


 そう言って、彼女は歩き出してしまった。ついてこい、ということだろうか。


 階段を降りて二階に行き、空中廊下を渡る。


 そして、彼女は一つの教室の前で止まり、中に入っていった。


「ぼさっとしてないで、あなたもさっさと入りなさい」


「は、はい」


 ここは21教室。確か、文芸部の部室だっけ。


「それじゃあ、白石君。適当なところに座って」


「いいの? ここって、文芸部が使ってるんだよね。怒られたりしない?」


「私が、その文芸部員なのだけれど?」


 あ、そうなんだ。彩風さんって部活に入ってたんだね。クラスの誰とも交流がないせいで、彩風さんの情報って出回らないから知らなかった。


 文芸部かぁ。なんとなくイメージ通りだ。


「でも、やっぱり部外者を入れるのはマズいんじゃないの? 先輩とかに何か言われるんじゃ」


「問題ないわ。ここに来る人間はいないもの」


「え、他の部員はみんな休みってこと?」


 それは普通に大変な状況なのではないか。


「いいえ。この部活には私一人しかいない。三年生……今の大学一年が抜けてからは部員は一人だけよ」


「えぇ!? それ、部活として成り立ってるの!?」


「成り立っていないから、今月中に部員数が三名を越えないと廃部になるのだけれど、今はそんな内部事情は関係ないわ。本題に入りましょう」


 いやいやいや、結構重要な話を聞いちゃったんだけど。え、そうなんだ。廃部寸前なんだ。


 でも、確かによく考えてみれば、同級生に同じ部活の人がいなかったせいで、彩風さんがどの部に入っているか誰も知らなかったのだろう。


「そうね……。白石君、あなた『小説家になろう』というサイトを知っているかしら」


「あ、うん。勿論知ってるよ」


 アニメやラノベが大好きな僕にとって、無料で人気作が読めるあのサイトはまさにパラダイスだ。知ってるどころか、毎日利用している。


「そう。それなら話が早いわ。私はそのサイトに小説を投稿しているの。あのメモ帳は、投稿中の小説のプロットよ」


「あ、そうなんだ」


 彩風さんはなろう作家だったのか。なんというか、とても意外だ。


 なろうでは、『君に心臓をあげたい』のような一般文芸もないことはないが、基本的にはライトノベルが主流だ。


 プロットに書かれていたのも、思いっきり異世界系ラノベだったし、優等生然としている彩風さんがそんな物を書くとは。


「……笑わないのね?」


「え?」


 何の話だろうか。


「正直、この話をしたら嘲笑わらわれることも覚悟していたのだけれど。普段お高く留まっている私がそんな低俗なものを書いていたのよ?」


 自嘲気味にそんなことを言ってくる彩風さん。


 ……ふざけているのだろうか。


「笑う訳ない。物語を書くっていうのは難しいことだし、書き続けることはもっと難しい。三章のプロットっていうことは、ある程度は既に書いてるんだよね。それは本当に凄い、尊敬に値することだと思う」


 それに。


「ラノベは低俗な物なんかじゃないよ。彩風さんがどう思っているのかは知らないけど……ううん、ラノベを書いてる彩風さんだからこそ、そんなことを言っちゃ駄目だ」


 ふと彩風さんの方を見てみると、僕の勢いに気圧されたのか、驚いた表情で固まっている。


「書いてるってことは好きなんだよね、ラノベ。好きなものを貶しちゃあ駄目だよ、彩風さん」


「――ッ、そ、それもそうね。まさか白石君に諭されるとは思わなかったけれど……」


「あはは、余計なお世話だったかな。まあ、とにかく、意外だとは思ったけど悪感情を抱いたりはしないよ。それよりも、彩風さんが書いたっていう話、読んでみたいな」


「人に見せるような出来の良い物では無いのだけれど、そうね。あなたになら見せてもいいかもしれないわ」


 彩風さんが微笑みながらそう言った。


 彼女が笑っているところを見るのは初めてで、多分クラスメイトにも見たことがある人はいないと思う。


 そんな貴重な彼女の表情は、やはり想像通り妄想通りに、とても可愛らしいものだった。

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