第1話 そして僕は少女の秘密を手に入れる
「あなた、その中身を見たの?」
「い、いや、その……」
クラスメイトも担任も、誰もいない静かな教室の中で僕は、冷たい視線がよく似合う一人の女子生徒に詰め寄られていた。
彼女の視線の先には僕の手、その中に握られている一つのメモ帳がある。
そのメモ帳の題名は『三章プロット』。
「イエスかノーで答えなさい。それ以外の言葉は不要よ」
凶器の如き鋭さを持った視線に、貫かれるような錯覚さえ覚えた。怖い怖い怖い怖い。
「み、見ました。ごめん」
恐怖で声が震えているのを感じながら、僕はなんとか返答する。
どうしてこうなったんだっけ……。
◇◇◇◇
その日の始まりは、別になんてことのないいつもと変わらない朝だった。
六時ごろに起床して、すぐにスマホで日課になっている『小説家になろう』の総合ランキング六種類を見る。
その後すぐに朝食を食べて、今度は更新されたお気に入りの小説を読んだ。
そして、時間が来たら電車に乗って登校。
二年生に上がってからまだ数日なので、3階の教室に入るのはちょっと慣れない。
新しいクラスでの一日は、しかし別にそこまで刺激的でもなく、何となく過ごしているだけで終わっていく。
「よー、白石。一緒に食べようぜ」
昼休み。僕の席にやって来てお弁当を広げたのは、一年の時同じクラスだった楠川。
今は別のクラスだけど、こうしてよく一緒に昼食を摂っている。
「そういえば、何で毎回僕のところに来るの? クラスの友達と食べればいいじゃん」
「 」
「え、なんだって?」
小声でよく聞き取れなかった。
「だから! クラスに友達がいねえんだよッ!」
「……なんかごめん」
楠川、別に一年の頃は普通に友達がいたのに、二年生では駄目だったのか。可哀想に。
確かに、昼食を一人で食べるのは結構勇気がいる。なんとなく不名誉な感じがするし。
うちのクラスにぼっちで食べてる人は一人も……いや、一人だけいるか。
窓際に座っている、黒髪をストレートに下ろした冷たい印象の美少女。成績優秀ですごい人なんだけど、常に放っている『話しかけるな近寄るなオーラ』、別名A.T.フィ◯ルドのせいで大体いつもひとりぼっちだ。
「何、お前彩風のこと気になってんの?」
「い、いや、別に……」
ずっと見ていたせいで勘違いされたのだろうか。
彼女、彩風真由さんは美少女だけど、その雰囲気のせいであまりモテない。
いや、別に人気がないってわけじゃないんだけど。
「やめとけって。あいつ告白して来た男全員即振ったんだぜ?」
そういうことなのだ。もし彼女に告白してもバッサリと冷たく断られるだけ。
実際、一年の初めくらいには1日1回ほどの頻度で告白する人が後をたたなかったんだけど、全て一瞬で袖にしているという噂が広まると、すぐに彼女に想いを寄せる人はいなくなった。いや、正確には片思いをしていても、それを表に出す人がいなくなった、かな。
「そもそも、お前には可愛い幼馴染がいるんだろ。それで満足しろよ」
「いや、みーちゃんはそういうのじゃないよ」
確かにいることはいるけど、恋愛関係に発展はしないって。
その後も、楠川と他愛のない雑談をしていると、あっという間に時は過ぎていった。
放課後。僕はこの学校にしては珍しく部活動に入っていないので、いつもはそのまま直行で帰宅だ。
だけど、今日は掃除当番だったために、ちょっと残ることになってしまった。
僕の班は六人いるはずなんだけど、みんな部活の勧誘とかでどこかに行っちゃって、教室に残って掃除しているのは僕含めて二人しかいない。
僕の他に、僕よりも真面目にやっているのは、クラスメイトの彩風さん。掃除中も相変わらず近寄りがたい雰囲気を放っている。
そういえば、成績優秀な美少女で友達がいないって、ラノベのヒロインにいそうだよね。
そんな微妙にくだらないことを考えつつも、せっせと手を動かして教室を綺麗にしていく。
そのお陰か、二人しかいないにしては意外と早く終わらせることができた。
帰るために、教科書やら宿題やらの荷物をまとめていく。
ドアを開ける音がしたので、彩風さんはもう帰ったようだ。
僕もバッグを背負って歩き出そうとすると、床に落ちている一つのメモ帳が目に入った。
これは……多分、彩風さんのだよね。
掃除した時にはもちろんなかったから、その後に落ちたはずだし。
追いかけて届けてあげないと。そう思って拾い上げると、表紙に書いてある『三章プロット』という文字が目に飛び込んで来た。
三章? それにプロット?
プロットっていうのは、物語の要約のことだよね。それに三章ってことは、小説のか何かかなぁ。
ちょっと気になって、駄目なことだとは理解しつつも中を開いてみてしまった。
「これは……異世界……?」
そこに書いてあったのは、『なろう』でよく見る異世界モノの物語の筋書きだった。
なんでこんなものを彩風さんが持ってるんだろう。この綺麗な字は多分彼女のものだろうし、もしかして自分で書いたのかな。
でも、なんで彩風さんが異世界? しかも三章って地味に進んでるし。
「白石君。あなた、何をしているの?」
「うぇ!? あ、彩風さん!」
急に声をかけられ、ビクッとしながら顔を上げると、彩風さんが僕に向かって絶対零度の視線を浴びせていたのだった。