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あの日の君をもう一度

作者: 三鷲野 零

初の投稿です。

あまり自信はないのですが、どう評価されるのかが気になり投稿させてもらいました。


     1


二一〇〇年、「ライフチェンジ」と言う技術が話題を呼んだ。

嫌だった時、悲しかった時など、「選択肢」を間違えたところに戻って間違った選択をしないようにできるという「タイムスリップ」である。



 「庄司優紀様」

ナースのような恰好をした女性が僕の名前を呼んだ。「LC社」この施設の名前だ。日本で唯一ライフチェンジを行っている施設である。

「はい」

「一号機へどうぞ」

僕は「一号機」と書かれた機械に腰を掛ける。見た目はマッサージチェアの少しごついバージョンだった。

「お待たせしました、庄司様。今回、庄司様のライフチェンジを手助けさせていただく、柳と申します。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「今回はどこをやり直しましょうか?」

「中一の夏、、、」

僕は二年前、「ミス」を犯してしまった。

小さい小学校出身の僕は、そのままのノリで中学に入学した。案の定浮いた存在になっていた。小学校時代と周りとの合わせ方が違かったのに対し、違和感を覚えつつ迎えた夏休み。

僕には小学校時代から好きな人がいた。名前は楠佐奈。みんなからの絶大な支持を受けていた超人気者だった。垂れた目、ほのかに赤い頬、つややかな髪、「かわいい」に分類されるであろう人だった。

楠とは幼稚園から一緒だったということもあり、よく話す間柄だった。夏休みに入る前楠に

「一緒に夏祭りに行こう」

と誘われ、夏祭りに行くことになった。

夏祭り当日、いつもと変わらない日だった。楠はちゃんと時間通りに来た。着物姿の楠はいつもとは違う大人っぽさを醸し出していて綺麗だった。僕はこの日でもう()に(・)会えなく(・・・・)なる(・・)なんて考えてもいなかった。

「ちょっと綿あめ買ってくる」

そう言って楠は綿あめの屋台の方に行った。数秒後、爆発音とともに人々の悲鳴が聞こえてきた。音のした方を見ると楠が買いに行った綿あめ屋が燃えていた。「助かっているかな」

と思い、走って向かった。人ごみをかき分けて進むと、倒れている楠を見つけた。

「楠!」

僕は叫び、楠の体を揺らす。だが一向に目を覚ます気配はない。僕は救急隊に押しのけられ、楠は病院へ送られた。あの爆発は綿あめ製造機のショートが原因で起こったものだと後になって知った。楠が死んだと聞いたのは始業式の時だった。


「中学一年生の夏、八月十五日でよろしいでしょうか」

柳さんはそう言った。僕は力強くうなずく。機械が動き出す。

僕が何をしたいか、お気づきだろう。

楠を生かすのである。

爆発に巻き込まれないようにするのである。

機械が少しずつ動き始めた。途端、目の前が真っ暗になった。


     2


 ゆっくりと目を開ける。

「ん、っつ」

体が少しばかり痛む。ぼやけていた視界が鮮明になっていく。

「ああ」

提灯、甘い香り、賑やかな声。この日を忘れたことはない。あの日だ。

僕の服はあの日と同じ服になっている。これもライフチェンジの作用だろうか。

「お待たせ」

声のする方を振り返る。聞いたことがある声。高く透き通った声。

「あ、ああ」

そこには着物姿の楠の姿があった。あの日以来見れなくなった姿、聞けなくなった声。もう見ること、聞くことはないと思っていた。目の前の現実を受けとめられる気がしない。

「どう?似合う?」

楠は手を横にして首をかしげて聞いてきた。あの日もこんなこと言ってたな。

「うん。似合ってるよ」

そういうと、楠は顔をくしゃくしゃにして笑った。僕の好きな笑顔だ。

「よかった」

「行こ」

「うん」

そう言って二人で歩き出す。


 陽が落ちて暗くなってきた。空は藍色と橙色が混ざり合って独特の色を作っている。

「あれ行きたい!」

そう言って楠が指さしたのは射的。

「いいよ行こう」

僕は二年前と違う行動に出た。射的が苦手だった僕は、楠に恥ずかしいところを見せたくなかったから射的には反対した。これで未来は変わるかな。

「はいいらっしゃい!」

「二人分!」

そう言って楠は金を出す。

「お、彼氏さん彼女にいいとこ見せなきゃー」

僕らはカップルだと思われているみたいだ。楠を見る。もう射的に集中しててさっきの言葉は耳に入っていないようだ。

「よし」

僕は銃を構える。彼女にいいとこ見せるぞ。


結果、賞品をとれたのは楠だけだった。僕はすべての球を外し、赤っ恥を描いた。

「かわいー」

そう言って楠は賞品のぬいぐるみを抱いている。提灯に照らされ楠が少し輝いて見えた。

「あ、綿あめ買ってきていい?」

あ、ここだ。僕のミス。鼓動が早まる。

「ん、後でよくない?」

「えー今がいい」

そう言って彼女は行ってしまった。

「待って!」

そう言った時、爆発音が響いた。提灯から火花が出て、屋台は火におおわれている。

ああ、ダメだった。またミスを犯してしまった。目の前が暗くなっていった。


     3


 「おかえりなさいませ。未練は果たせたでしょうか」

目を覚ますと、柳さんが隣で言った。

「いや、無理でした」

「そうですか。それではまたのお越しをお待ちしています」

僕は機械から立ち、LC社を後にした。

また明日行こう。楠を助けなきゃ。見上げた空は少し藍色交じりになっていた。


 次の日、僕はまたLC社に足を運んだ。

「お待ちしていました、庄司様。今日も二年前の八月十五日でよろしいでしょうか」

柳さんはそう言い、機械に案内してくれた。

「はい。どうしても救いたい人がいて」

「そうでしたか。頑張ってきてくださいね」

僕は機械に腰を掛ける。機械が動き出し、目の前が真っ暗になる。


 目を覚ますと、昨日と同じ場所に、昨日と同じ格好で立っていた。

「お待たせ」

昨日も聞いたその声は、何度聞いても飽きない気がした。

僕の体が、今まで何かが足りなかった体が、満たされるような気分になった。

「どう?似合う?」

「うん。似合ってる」

「よかった」

「行こ」

「うん」

昨日と同じ会話をし、歩き始める。


 射的は今回もやった。上達したくて。もし楠が生きてくれたら、また射的をして今度こそいいところを見せたかったから。

「あ、綿あめ買ってきていい?」

僕は何を言えばいいかわからなかった。また昨日と同じようになってしまったらどうしようという不安と恐怖から逃れることができなかった。

「焼きそばも買いに行こう」

「えー」

「行こ」

僕は半ば強引に楠の手を引いた。はじめに焼きそばを買いに行けば、楠が爆発に巻き込まれることはない。その頃の僕はちゃんと頭を働かせていなかったと思う。考えてみればわかることだ。タイムスリップができるのに今まで一回も「パラレルワールド」についての話がなかった。僕はふと思った。


過去は変えられないのではないかと。


「あ、綿あめ屋空いた」

そう言って楠は綿あめ屋に行ってしまった。爆発音とともに僕の視界は暗くなっていった。


 「お疲れ様です。救えましたか?」

柳さんが言った。

「いいや、無理でした」

そう言って僕は施設を後にした。自宅への帰路を辿っているとき、ライフチェンジについて考えていた。

もし、過去を変えることができるものじゃなかったら。

もし、その場所でやり残したことができるなら、、、


     4


そのあとから僕はLC社に毎日行くようになった。楠を救うためにできることを一個一個検証していった。「祭りから離れればいいんじゃないか」と思い、楠に「今日はそこのショッピングモールに行かないか」と聞いてみたが浴衣姿の楠はそれを拒んだ。「浴衣だからだろうか」と思い、事件の前日から始めたが、楠の運命は変えられなかった。


 僕はまたLC社に足を運んだ。今回は楠を救うためではない。ライフチェンジの用途が分かったからである。

「今回もあの日で」

そう言って僕は機械に腰を掛ける。目の前が暗くなっていく。


 目を覚ますともう見慣れた景色が広がっていた。

三秒後、楠が現れる。

「お待たせ」

五秒後、楠は浴衣について聞いてくる。

「どう?似合う?」

僕は変わらず言う。

「うん。似合ってる」

「よかった」

「行こ」

「うん」

これが僕の最後のタイムスリップだ。


 射的もやった。境内に座ってりんご飴も食べた。悔いの残らないように、一秒一秒をかみしめて過ごした。

楠が立ち上がった。伸びをした三秒後、楠は綿あめを買いに行くと言う。

「あ、綿あめ買っていい?」

「待って。言いたいことがあるんだ」

「何?」

楠は首をかしげる。提灯に照らされた楠の姿はいつもに増して美しく見えた。

「信じてもらえないと思うけどさ、君は死ぬんだ。この後。僕は君を救うために二年後の未来からタイムスリップして来たんだけど、君を救うことはできないんだ。運命には逆らえなかった」

楠は不思議そうにこちらを向いている。真剣な顔で非現実的なことを述べている僕を不思議がっているのだ。僕は話を続けた。

「本当にごめんね。これで最後だって知っているから言うけど、僕は君が好きだ。」

僕の視界がぼやけ始める。

「君のしぐさの全て、言動の全てが好きだ。気持ち悪がられるのは仕方がないと思う。でも伝えなきゃ後悔しそうな気がして」

僕が言い終えると楠が少し笑って言った。

「ごめんね。気づかなくて。」

楠が信じてくれていることに驚いた。

「信じてくれるの?」

「優紀がそんな真剣な顔してるの初めてだったから。私死んじゃうの?そっか。優紀は私がいなきゃだめだからな」

僕の視界は完全にぼやけていた。

「そうだよ。僕は君がいなければ何もできない」

「もし優紀の言っていることが本当なら、ここでお別れなんでしょ?」

「うん」

「じゃあ私も言おうかな。これはね、本当は祭りの帰りに言おうとしたんだけど」


「私も好きだった」


とても嬉しいのに素直に喜べない自分がいた。時が止まっているようにも思えた。このまま時間が進むことなくその言葉の余韻に浸っていたかった。

「今までありがとう」

「こちらこそ」

僕は精一杯の感謝の気持ちを「ありがとう」の五文字に託した。

「綿あめ買ってくるね」

「行ってらっしゃい」

十秒後、爆発音が聞こえた。僕の視界は暗くなっていった。

あの言葉は今でも僕心に残っている。


     5


私には好きな人がいた。その人は嘘がつくのが苦手だった。

だから、あの時噓を言っているとは思えなかった。「私が死ぬ」君はそう言ったよね。

今まで見たことがないような真剣な君の顔に「本当に死ぬんだ」と思っちゃったよ。

君に好きって言ってもらえてよかった。本当に嬉しかった。このまま時間が止まって、君の言ったその言葉の余韻にしたっていたかった。

私は素直に喜べず、足早に綿あめ屋に行った。

「一個ちょうだい」

そう言って代金を出す。綿あめとは違う変なにおいがしたが気にかけなかった。

直後、大きな爆発音とともに私は宙に浮いた。君は嘘をついていなかった。

最後だと知っていて、運命は変えられないと知っていて、あんなことを言ってくれたのだろう。

ありがとう。

また君と夏祭りに行きたいな。

君を好きになってよかった。

天国で待っています。




















僕は楠を救えなかった。


だが不思議とすがすがしい気分だった。


「お帰りなさいませ。あなたはライフチェンジの用途を知ったみたいですね」


「まあ。運命には逆らえないのですね」


僕は機械から立ち上がり、LC社を後にする。


外は少し寒くなっていた。


空はあの日と同じ色。


君が天国で待っていることを祈り、僕は今日も生きる。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

どうでしたでしょうか?

近いうちにまた出そうと思います。

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