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モモコ ―小説版・桃太郎―  作者: 坂本小見山
第Ⅱ部 桃子元服姿 -Momoko ga Kagapurisugata-
4/8

第一回「神官モモコ」

「桃太郎は暴力的で有害な童話ではないか」という批判は、古くは江戸時代後期から存在する。

 この部では、「桃太郎元服姿」の翻案を通して、この批判の妥当性・健全性の検証を試みる。

第Ⅱ部 桃子元服姿 -Momoko ga Kagapurisugata-

原作:市場通笑「桃太郎元服姿」



  (一)



 本土最大の国家・Yamatö連合王国(「ヤマトゥ」のように「ヤマト」と発音されたい)の加盟国・Kaputiの田園のあちこちに、広い田への移植を待ちかねて溢れ出んばかりの緑色が詰め込まれた苗代が据えられていた。その緑色の非日常的なまでの鮮やかさは、まさに、「生命力」という、日常を超越したものが宿っていることを表しているようであった。そして、そこを気侭に跳ね回る幼いショウリョウバッタの背から生えた、秋の飛翔に備えて伸び代を凝縮した翅芽(しが)にさえ、かの生命の神秘が漲っている様子であった。

 そのときであった、惨劇が起こったのは。

 巨大な悪意の手が、この幼い生命を奪ったのだ。

 それは、害虫を駆除する少年の手であった。来る秋における収穫のために、同じ秋におけるショウリョウバッタの飛翔が奪われたのだ!

「Nanisö…

(なぜ・・・)」

 少年には、ショウリョウバッタの断末魔の言葉が聞こえた。少年は、それに返した。

「I ga götöki warumusi, sinu bëki nari!

(お前みたいな害虫、死ねばいいんだ!)」

 日常的なものが、非日常的なものを創造することは至難である。それなのに、日常に属する「暴力」が、非日常に属する「生命」を破壊することは、こうも容易く、他愛ないことであったのだ。そして、彼の関心は、すぐにさっきの殺戮から離れて、歩み寄ってきた、大柄な若い女に向けられた。

「Ya, töpi taki kötö areba, yöki kamö?

(もし。訊きたいことがあるんだけど、いいかしら?)」

 そう訊く彼女の纏う、男物のように動き易そうな服装は、長旅と見えて薄汚れていた。だが、彼女に疲労の気配などは微塵もなかった。その四肢は筋肉質であり、顎は力強く、長い髪がなければ男に見紛わんばかりの屈強な外見であった。

「ええ、何でもどうぞ」

「この辺りに、モモコ様という神官がいらっしゃると聞いているんだけど」

「ええ。半年前からこの町にご滞在ですよ」

「どちらにいらっしゃるか、判る?」

「この町の神官様のお宅にお住まいですが、今は出張されています。明日戻られるそうです」

 それを聞くと、若い女は礼を言って去っていった。



  (二)



 この田園地帯を南北に貫く大通りの傍らに、大きな屋敷がある。これは、この町を支配するTubökö一族に属する、神官Sararamimiの邸宅であった。


 翌日の夕刻、このサララミミ邸に、馬に乗った一人の青年が着いた。

 この町は、稲作のみならず、馬の飼育も盛んなので、日常的に馬を目にすることができたのだ。


 下馬した青年は、桃色の長靴を履き、腰には直刀を提げ、水色の袴と衣を身に付け、桃色の帯で腰と二の腕を縛り、結った髪を、水色の地に桃の意匠を施した帽子で包んだ、申し分のない正装であった。

 彼は、出迎えた下級神官に伴われ、サララミミ神官の部屋に入った。

「Mikötö, yurusase.

(サララミミ様、失礼します)」

「Iza tamape, Momoko. Supaya, sugusa ne.

(よう帰った、モモコよ。まあゆっくりしてくれ)」

 そう言ったのは、体格は飽くまで逞しく、語気は飽くまで豪宕な、神官と言うより兵士と言ったほうが相応しかろう壮年であった。

 モモコは、腰を下ろし、二の腕の帯を緩めると、サララミミの勧めに応じて杯を押し頂いた。

 サララミミは、モモコの杯に酌をしながら言った。

「どうだった?」

 モモコは、今度はサララミミの杯に酌をしながら返した。

「いやあ、全く聴く耳を持ってくれませんね」

「そうだろう、そうだろう」

 サララミミは笑いながら言った。

「それで、何て言ってやったんだ?」

「異国にヤマトの神々への信仰を押し付ければ、その国に元いた神々が怒り、神霊戦争が起こり兼ねない、あなた方も無用な血は流したくないだろう・・・とね」

「おお、胸の空くことを言ってくれたな」

 そう言って高笑いするサララミミに、モモコは溜息混じりに言った。

「中央政府はどうも、目に見えないものよりも、目に見えるものの方を大事にする嫌いがあるようですね。どちらも同じくらい大事なのに」

「『目に見えるものの方を大事にする』か。お前らしい言い方だな」

「は?」

「普通なら、『目に見えないものの方を軽んじる』と言うところだろう。それらを実際に見ることができるお前だからこそ、そういう言い回しになる」

「見えるのですから仕方ないでしょう。家には家の、土地には土地の神が宿っていて、私に話しかけてくるんです。あなたに、あなたの精神が宿り、こうして私と話しているようにね」

「人間も神々も、お前から見たら一緒ということか。これは面白い」

 そう言って、サララミミは高笑いした。モモコも、一緒に笑った。

「お前は、子供の霊能力と大人の武力とを生かして、幾つも偉業を成し遂げてきたものだ」

「止してくださいよ」

「だがそれらの中で、このヤマトで有名になったのが、六年も前の『(れい)』退治の話だけなのは、どういう訳だろうな?」

「さあ」

「それはな、『(れい)』の支配がなくなったことで、キビの国力が弱まったのが、ヤマトにとって好都合だったからだよ」

 二人の間に暫く沈黙が流れた。モモコは、杯の酒を飲み干して言った。

「つまり、ヤマトの同化政策に抗うのは無意味だと仰りたいのですか」

「なあ、モモコ。反発が全てじゃない。ここカプティも、連合王国に加盟したことで、ある程度の独立を守ることができ、今では技術力で名を轟かせている。もし反発していたら、徹底的に潰されていたかも知れん」

「そのために、カプティ本来の神々は、今では妖怪呼ばわりされています。文化を失って得た発展に、意味があるでしょうか。それにキビは、製鉄の神とともに発展した、ヤマトと互角の一大帝国です」

「その製鉄技術を齎したのは、皮肉なことだが、あの『(れい)』だと言うじゃないか。そしてそれを征伐したのは、これまた皮肉なことに、お前じゃないか」

 それを聞いたとき、モモコの胸に、長年思い続けてきた、「(れい)」退治の意義に対する疑念が、姿を現した。

「もう、止しませんか。折角のお酒です」

 モモコのその言葉が、サララミミには、追い詰められて命乞いをする兵士のように哀れっぽく聞こえた。

 サララミミは、一先ずこの場は引き下がることにし、モモコに酒を勧めた。


 サララミミは、モモコに政治の話を持ちかけるのを、無意識のうちに好んでいた。

 普段のモモコの目には、浮世離れした鋭さがあり、何を考えているのか判じ難く、一種の脅威さえ感じられた。だが、一たび政治の話になると、その瞳は俄かに普通の若者のようになり、皆と同じように悩み、喜び、怒る、人間らしいモモコを感じさせるようになるのだ。その安心感を、サララミミは知らず知らずに求めていたのだった。



  (三)



 モモコが出張から戻ってから、一日と半日が過ぎた。

 モモコは、この町を政治活動の拠点に据えつつ、神官でありながら、農業にも勤しんでいた。彼は、間近に迫る田植えに備え、田を耕し、苗代の苗の世話をしていた。

「Kimi, sö pa nani sö?

(モモコさん、それは何です?)」

 農民の壮年の女が、そう訊きながら指したのは、畦に積まれた、何本かの苗であった。

「虫たちにやってるんですよ」

 見ると、なるほど、積まれた苗に、まだ若いカメムシやバッタが群がっていた。

 女は、眉を顰めて言った。

「勿体無い。どうしてそんなことを?」

「見てください、苗床の苗を。虫なんて一人もいないでしょう。苗床の苗を食べないように言って、代わりに、何本かくれてやったんですよ」

「ああ、なるほど」

 女は納得し、改めてモモコの能力に感心した。

 モモコは、自分の霊能力に感心されるのを快く思わなかった。非日常のものと対話する能力は、本来、子供だけのものである。それをこの年齢まで持ち続けていることで、彼は人々の役に立っているのだが、それは同時に、その点においては子供のままだということをも意味していたからだ。



 モモコは、農作業を一旦休止し、サララミミ邸の敷地内の小さな茅葺の小屋に戻った。これが彼の住まいであった。

 彼は、穂先が布で包まれた槍を手に取り、川に向かった。

 川辺に着くと、彼は布を外して穂先を露にし、それを両手で構え、稽古を始めた。稽古は、先ほど味わった言い知れぬ屈辱感を忘れさせてくれた。

 無駄のない、洗練された槍の動きは、六年前の少年時代に比べて更に練達していた。だが、彼が本当に欲していたのは、単なる武芸の習熟ではなく、命を賭しても悔いのない大義のために戦い、名を上げることであった。

 そんな功名心が、モモコの中に生まれたのはいつであったか?それは、あのアソとの決闘のときであった。その後もモモコは様々な敵と戦ってきた。悪霊、妖怪、猛獣、更には異国の邪神・・・。だが、「(れい)」の場合は、それらとは、一点に於いて決定的に違っていたのだ。「(れい)」は、邪神でありながら、「非日常」ではなく「日常」に属する気配を湛えていた。言うなれば、人間に限りなく近かったのである。その中で最強であったアソと一戦を交え、これに勝利したとき、モモコは、霊能力と無関係な仕事を成し遂げる快感を知ってしまったのだ。

「霊能力と無関係な」。これが要であった。畢竟、武芸とて一つの手段に過ぎず、手段が他にあるなら、それを用いるに越したことはないと、彼は考えていた。


 モモコは、槍術の型に従って、空想の敵を薙ぎ倒し、向きを変えた。そのとき彼の目は、少し離れたところの川辺に倒れている人らしきものを見出した。彼は稽古を中断し、穂先を布でくるみながら、そこに歩いていった。

 それは、動き易そうな服装の、若い女であった。モモコは彼女に駆け寄り、声をかけた。女には意識があった。モモコは彼女を助け起こした。そのときに触れた彼女の二の腕が、若い女とは思えぬほど筋肉質であったことを、モモコは意外に思った。

「すみません。長旅で、水も米も底を尽きてしまって。水を飲みに川まで来て、力尽きてしまったのです」

 女はモモコの腕の中で、力なくそう言った。


 モモコは、彼女の腰から瓢を取り、川の水を汲んで飲ませてやった。そして、小屋に招いて食事を与えた。ここへきて漸く女は人心地が付いた様子で、平伏して礼を言った。

 女によると、彼女の故郷は疫病神に滅ぼされてしまい、残った住人は移住の地を求めて散り散りになった、ということであった。

「神官様、厚かましいお願いですが、良ければお傍で働かせていただけませんでしょうか」

「ええ、構いませんよ。もうすぐ田植えの時期で、人手がいくらあっても足りなくなりますから」

 こうして、女はモモコの下女となった。女の名はKiyomeといった。



 キヨメは、心の中で密かに、計画の端緒が開けたことを喜んだ。

 キビの神官を拷問して聞き出したところに依ると、「(れい)」の島の財宝は、モモコが身辺に置いて管理しているという。ということは、モモコに近付くことが、財宝の在り処を知るための必要条件なのだ。

 財宝を奪い返し、親の仇を討つ手掛かりを掴んだのだ。冷酷で残忍なモモコによって惨殺された、母・アソの仇を!

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