第三回「凱旋」
(十一)
モモコたちは、港町に泊まり、翌日、猿と出逢った山を越えた。そうして、モモコの住む田園にたどり着いたのは、戦いの翌日の昼であった。
稲刈りをしていた農民の一人が、遠くの山道を下るモモコたちの姿を認めると、急いで他の農民を呼び集めた。
モモコが、財宝を積んだ荷車を押す従者たちを伴って町に着いたときには、農民は残らず集まっており、その先頭には、一組の老夫婦がいた。
モモコは、彼らに深々と辞儀をした。
「父上、母上。『霊』を征伐して参りました」
彼がそう言うと、農民たちの中から、大きな喝采が上がった。
猿は、モモコの両親があまりに高齢であることを訝しんだが、詮索は止した。
その夜、村では、財宝を囲んで、勝利を祝う宴会が開かれた。
雉と猿もまた、農民たちと共にキビの独立を喜びあった。特に雉は、自分の武勇を意気揚々と語った。村の小さな子供たちは、彼らの言葉を通訳し、大人たちに聞かせた。
モモコは、宴の中心から少し離れたところで、犬の頭を撫でながら、甘酒を啜っていた。そこに、猿が来て言った。
「どうしたんです?浮かない顔をして」
「『霊』たちのことさ。一体、彼らは何者だったんだろう?」
「邪神でしょう?」
「僕もそう思っていたんだけど、彼らの言葉は、Anduma語に似ていたんだ」
「偶然でしょう。彼らの姿は、アンドゥマ人にも、他のどんな民族にも似ても似つきませんでした。それに、場所だってアンドゥマとキビとでは遠すぎますよ」
「でも、奴らの中には、顔の模様を除けばキビ人によく似た個体もいただろう。その模様だって、刺青かもしれない。もし仮に、彼らが人間だったとしたら、僕たちがやったことは、唯の戦争ということになる。僕は神官だ。兵士じゃない。僕らの戦いは、神事でなければならなかったんだ」
「考えすぎですよ。あれはどう見ても人間ではありませんでした。大人なのに、私たち動物と話せたじゃないですか」
「うん・・・。それもそうだね」
モモコは、尚も釈然としなかったが、祝賀の雰囲気を壊すまいと、議論をやめることにした。
そのとき、黙って話を聞いていた犬が口を開いた。
「そう言えば、モモコさんほどの年齢にもなれば、我々と話せる人は、そういませんよね」
犬の言うとおり、周りで大人たちと動物との通訳をしている子供は、ほんの小さな子供ばかりで、モモコと同年代の少年たちは、彼らから通訳を受ける側であった。
モモコは、訊かれることを予期していたように、勿体を付けて答えた。
「実を言うと、僕は普通の生まれじゃないんだ。何を隠そう、僕は、桃から生まれたそうなんだ」
「何と、桃から!」
犬と猿は、目を見開いて驚いた。猿は、モモコの両親が、実の親ではなかったと知り、彼らが高齢であることへの疑問を解消した。そして、
「お強いのも道理です」
と感嘆したのだった。
彼らは、そんな非日常的な事柄に、別段疑念を持たなかった。だが、それが日常的な事柄であるともまた、考えてはいなかった。飽くまで不思議な、非日常的な事柄として、それを信じたのである。
その後、財宝は一旦キビの国王に献上されたが、国王もそれらをこの世ならざるものと判断し、改めて神官であるモモコが管理することとなったのだった。
第Ⅰ部・おわり
後注:
"Momoko"の"ko"とは、男性名の語尾であり、彼らの言葉で「男」を意味する。これは、我々の言葉でいうところの「太郎」に相当する。