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モモコ ―小説版・桃太郎―  作者: 坂本小見山
第Ⅰ部 桃子 -Momoko-
2/8

第二回「正義の戦い」

  (五)



 島の北端の岸には、多くの灯が集い、夜の闇に無数の擦過傷をつけていた。モモコたちの船に気付き、「(れい)」たちが集まってきたのだ。

 船が岸から十分に近付いたとき、敵は矢を放ち始めた。だが、船縁の盾がそれらに貫かれることはなかった。敵もそれを解ってか、それ以上の威嚇はしなかった。


 やがて船は岸に至り、盾の一つが内側から外された。そして、金属と金属が掠れ合う重厚な音とともに、船縁の上に小柄な人影が立ち上がった。

 五人いる敵たちの灯に照らされたそれは、鉄色の短甲(みじかよろい)に身を包み、槍を持ったモモコであった。

 戦闘のために製造された、武骨さが形をとったかのような鉄兜から覗く彼の顔は、美しさの目的が美しさ自体にある美術品と同類の自己完結の美に属し、この相反する二者の共存は、あたかも葦原と高天原が一つの地平に立ち並んでいるかのような不条理を呈していた。


 五人の「(れい)」たちは、みな頭から被った布で全身を覆い、その隙間から両腕を出して槍の穂先をモモコに向けていた。


 モモコは、船縁を蹴ると、鎧の重さなどものともせず、敵たちの頭上に飛び込み、槍を振るい、敵がそれを避けてできた空間に着地すると、斬りかかってきた敵の穂先を穂先で払い、背後の敵の胸板を石突で打ち、先程の敵を斬ると同時に右側の敵をも屠った。

 敵がモモコに気を取られているうちに、船から犬、猿、雉が降りてきた。雉は敵の頭を覆う布の隙間に首を突っ込み、嘴で目を突いた。犬は、モモコを守り、襲いくる敵の足に噛み付いた。猿は、戦わなくてよいと言われていたが、一人だけ手を拱いて見ている訳にもいかず、木登りの要領で敵の槍に登り、攻撃の自由を奪ったところで、その体に飛び付いて、首に噛み付いた。そうこうしているうちに、モモコは残り二人の敵に止めを刺した。


 こうして、岸を守っていた敵は全て倒されたのだった。



 四人は、敵の亡骸を岩陰に隠し、陣地を築くべく、荷物を持って山に入った。



  (六)



 翌朝、見張りの兵士がいなくなったことに気付いた「(れい)」たちは周囲を探し、やがて亡骸を見つけ出した。見つけた彼らもまた、布で全身を覆っていた。

「Kapu nakaru ya... Ututaru mo u nangara.

(情けないものだ・・・。五人もおりながら)」

「Nare ndomo, kuturo mono pa tuyokarumbekaru. Womono to upa ndomo Onu wo ututaru mo korosutaru to pa.

(しかし、侵入者は強いのだろうな。下級兵士と言えど、『(れい)』を五人も倒すとは)」

 それは、抑揚のない、キビ語とは雰囲気が異なる言語であった。



 一方、モモコと猿は、山中の陣地で、昨夜の戦いの反省をしていた。勝因は何であったか、敵の弱点はどこと思われるか、改善すべき点は何か・・・などを話し合っていたのだ。

 そこに、犬が帰ってきた。

「只今戻りました」

「お帰り。見つかった?」

 犬は、咥えていた袋をモモコに渡した。モモコがそれを開くと、中には様々な葉が入っていた。薬草であった。

「ご苦労だったね」

 彼は満足そうにそう言って、犬の頭を撫でた。


 そうこうしていると、雉も帰ってきた。

「お待たせしました」

「早かったね。もう調べ終わったの?」

「はい。敵の生態はほぼ掴めました」

 雉の調査によると、「(れい)」の生態は、次のようであった。



 一、簡素な衣服で全身を覆い隠し、仲間同士であっても、決して素顔を晒さない。

 一、肌の色は四種類あり、黒・黄・白・赤が混在している(手の色から判断した)

 一、兵士には、上級と下級の二階級があり、合わせた人数は四十人程度。昨夜倒したのは下級である。

 一、肌の色で階級が決まるということはなく、実力が重んじられる。

 一、男女に戦闘力の差は無く、兵士の半数が女である。

 一、島には神が一人もおらず、そのせいか妖怪がはびこっており、「(れい)」たちは神々ではなく妖怪たちを崇めている。

 一、独自の言語を操るが、その文法はキビ語と大差なく、音韻は頗る単純であるので、少し聞けば容易に理解できる。

 一、島の中央の山の峰に洞窟があり、そこに幹部がある。



 報告を聞いて、モモコはすっかり感心した。

「やるじゃないか!短時間でよくここまで調べたね」

「恐れ入りますわ」

 雉は、自信満々にそう言った。

 猿も感心し、問うた。

「一体、どうやって調べたんだ?」

「簡単よ。彼らの里を、堂々と歩き回るのよ。そして、直接聞き込みをするの。世間話でもするようにね」

 それを聞いて、三人とも驚いた。

「よく捕まらなかったな」

「こそこそしてたら、却って怪しまれるわ。大手を振って歩いている者を、誰が敵の諜報員だと思うかしら?」


 犬と猿は、雉の度胸に慄然とし、モモコは満足気ににっこりと笑って言った。

「全く、君が仲間になってくれて良かったよ!」



  (七)



 その日の昼、「(れい)」の里の二箇所から、火の手が上がった。猿と雉が手分けして、警備の薄い、山と里の際と、妖怪を祀る社に火を放ったのだ。

 下級兵士たちは、消火に奔走せねばならなかった。その隙に、モモコと犬は洞窟を目指したのだ。


 洞窟がある丘の入り口では、襲撃に備えて、五人の上級兵士が待ち構えていた。そこに、鎧と槍で武装したモモコたちが現れた。

 敵は、彼の姿を見て、顔を覆う布の奥から甲高い声を発した。

「Nanu, ko nu ya ara naparu.

(何だ、子供ではないか)」

 モモコは、彼らの言語が俄かには理解できなかったが、すぐにキビ語の方言にすぎないことに気付いた。


 彼は、油断しきっている敵に斬り込み、瞬く間に二人を斬った。

 敵は槍を構えた。

「Tayuma napara. Kora pa tuyokaru.

(油断するな。こいつは強いぞ)」


 モモコは、姿勢を低くし、槍を水平に構え、右手で近くを握った。敵に隙ができるのを待った。

 暫し後、突如、兵士に背後から飛び掛ったのは、里から戻ってきた雉であった。兵士の注意がそちらに逸れた一瞬の機を逃さず、モモコは、跳び上がるような勢いで立ち上がると同時に右手を柄の中心に滑り込ませて右側の敵の腹部を貫き、すぐに引き抜くと、間髪容れず、襲い掛かってくる敵を次々と斬っていった。


 猿が戻ってきたときには、敵は全て倒された後であった。

「遅くなってすみません。下級兵士たちと遣り合っていまして」

 奇襲攻撃は、本来は猿の役目であったが、猿が遅れた場合は、雉が代わりを務める算段であったのだ。


 モモコがふと見ると、猿は左の親指に怪我をしていた。

「指、大丈夫?手当てしようか?」

「こんな傷、何でもありません。先を急ぎましょう」

 猿がそう言うと、モモコは微笑んで、恬淡に

「そう」

 とだけ言った。

 そこに、犬が口を挟んだ。

「モモコさん、少し待ってください。猿さん、手当てしましょう」

 犬は、袋から薬草を出そうとした。だが、猿はそれを断った。

「手当てしている暇があったら、先に進みましょう。背後から援軍が来ますよ」

「いや、しかし・・・」

 モモコは、困った笑いを浮かべながら犬に言った。

「仲間の判断を信頼してあげるのも、友情のうちだよ」

「はあ・・・」

 犬は猿への心配を拭えず、不承々々であったが、一行は先を急いだ。



  (八)



 丘は奇岩が多く、横向きの棒状の岩が、規則正しく蜂の巣状に密集して岩棚を成していた。その岩棚の上では、刃と刃が鎬を激しく削り合う音が聞こえ、その度に火花が散った。

 丘の要所々々に、一人ずつ待ち構える敵を倒しながら、モモコたちは峰を目指していたのだ。



 四人はやがて、台地に出た。

 そこには、槍を構えた五人の兵士が待ち構えており、その奥に、洞窟の入り口が見えた。

 モモコは、槍をくるくると振り回して宙に八文字を描くと、これを中段に構え、顎を引いて面持ちを引き締め、声を上げた。

「攻め破れーっ!」

 叫んだと同時にモモコは地を蹴り、槍を構えたまま走り出し、三人の従者も続いて走り出した。


 敵のうち三人が、同時にモモコに斬り掛かった。モモコは槍を振り回して応戦した。犬は、モモコをその足許で援護した。

 猿と雉は、残った敵を一人ずつ相手にした。


 猿は、苦戦しながらも、敵を首尾よく倒した。そうしている内に、モモコも、敵を一人倒した。

 雉は得意の目突きを繰り出そうとしたが、敵はそれを俊敏にかわし、槍を繰り出した。今にも雉を討ち取らんとしている敵に、背後から飛び掛かったのは猿であった。彼は、敵の頭を覆っている布を掴むと、これを一気に取り払った。

 黒い縮れ毛と、太陽光線をぎらぎら跳ね返すほどに光沢のある濃い栗色の肌に、緑色の奇怪な模様のある、女の顔が露になった。女兵士は眩しさのあまり目を覆った。

 その隙に、猿は、奪い取った槍で女兵士の胸を貫いた。


 女兵士は、崖に間近いところで崩れ落ちると、切歯扼腕の形相で

「Uyasukaro Kibï...

(卑しいキビ人め・・・)」

 と言って息絶えた。


 そのときだった。何者かが、猿を背後から突き飛ばしたのだ。猿はもう少しで崖から落ちるところであった。突き飛ばしたのは、先ほど猿が倒したと思っていた兵士であり、布が外れて素顔が露になっていた。

 瀕死のその兵士もまた女であったが、先の兵士には似ず、短く刈った直毛と、黄色い模様以外は、キビ人と大差ない外見であった。


 猿は、崖の間際で辛くも踏み留まったのだが、次の瞬間、その地面を成していた棒状の岩が、踏ん張った衝撃で折れたのだ。

 崖は崩れ、猿は即座に、岩壁から突き出ている別の柱を掴んだ。だが、里での戦いでついた親指の傷が、彼の左手の握力のいくらかを奪っており、右腕のみに己の体重を委ねざるを得なかった。足でも物を掴める彼は、足で必死に宙を掻いたが、足元の岩肌は抉れたようになっており、掴める柱は一本も無かった。

 突き落とした兵士は、不敵に笑んで息絶えた。


 モモコは、二人の敵と戦いながらも、従者の窮地に気付いた。

「犬、猿を頼む!」

 そう言うと彼は、相手の刃を自分の刃で押し飛ばし、相手の喉を掻き切ると、もう一人の敵に穂先を向けた。


 犬は、倒した敵が持っていた槍を咥えて、猿に差し出した。

「さあ、捕まって!」

 猿は、犬が差し出した槍の柄に捕まった。犬は、柄を引っ張った。すると、犬の足もまた、反動で崖に向かって引き摺られた。猿は、片腕と両足で柄をよじ登り、犬の首に掴まろうとしたが、そうすると、今にも犬は猿と共に落ちてしまいそうであった。

「犬さん、引き上げられそうですか?」

「必ず助けます!」

「どうぞ、正直なところを言ってください。失敗したら、あなたも落ちます」

「今は助かることだけを考えてください!」

 それを聞いたとき、猿は、憂いを帯びた笑みを浮かべた。その笑みは、犬の目にも、手を出せずに見ていた雉に目にも、不吉なものとして映った。次の瞬間、二人の懸念の通り、猿は柄を握っていた右手と両足を離した。

 まさにそのときであった。突如、犬の背後から何か長いものが現れ、猿の腕を掴んだのだ。

 掴まれた猿にも、犬と雉にも、最初、なぜかそれが神々しい蛇の姿に見えた。だが、よく見ると、鎧を纏ったモモコの腕であった。

 戦いを終えたモモコが、猿を助けたのであった。


 絶望の直後に希望が現れたのだ。そして、その「直後」という言葉が表す時間差は、限りなく無に近いものであった。これにより、「同時で」ありながら「順番に」起こるという、共存し得ないはずの二つの現象の共存が実現したのだ。

 犬は、そのことの不思議を感じるに至るに先んじて、こういうものなのか、と納得してしまった。

 実際に起こったことは、実際に起こり得ることであったからこそ起こったのである。だから、既に起こったことは何事も不思議なことではあり得ず、当然起こりうることで「あった」ということが事後承諾されるのだ。そのことに、犬はあまりにも慣れ過ぎてしまっていたのだ。

 それよりも、彼の関心は、モモコに土下座して謝礼している猿に、次のように言うことに向けられた。

「なぜ手を離したのですか!」

 猿は頭を上げて答えた。

「二人とも助かることができないなら、あなただけでも生き残るべきだと判断したからです。犬さん、あなたの言い方を借りるなら、『私はあなたを助けたかった』ということですよ」

 その言葉は、実に巧い「翻訳」であった。猿の「知略」を、犬の「優しさ」に沿うように、しかも内容を変質させずに説明したものであった。


 犬は、猿に近付くと、その顔を舌で撫でた。猿は不快に感じながらも、それが理解と尊重を示す、犬なりの方法だと知っていたので、猿もまた、犬の背から徐に蚤を摘み出すという、猿なりの方法で、友愛の情を示したのだった。


 モモコは、満足気に微笑んで言った。

「さあ、行こうか。一人も残さず攻め伏せよう」



 四人は洞窟の入り口に向かった。足許には、先ほどまでモモコと戦っていた兵士の亡骸が横たわっていた。それは、栗色の肌に緑の模様の男兵士であった。



  (九)



 洞窟の奥に、天井が高い、飾り立てられた広場があった。そこに、モモコたちが入ってきた。


 モモコたちの前には、それぞれ離れたところにある石の椅子に腰を掛けた、四人の「(れい)」の姿があった。いずれも、尋常ならざる身の丈であった。

「Iza tamape, marapitö dömö. Asamasik'aro mu nö poto nagara yeku mawit'aro kamö.

(ようこそ客人ども。低級な者どもの分際で、よく来たものだ)」

 四人のうちの一人の女がそう言った。それは、流暢なキビ語であった。


 モモコは、足許に槍を据え置くと、腰に提げていた直刀を抜き放った。刀身は蝋燭の炎を反射して、鋼色に煌いた。

「僕はキビ王国の神官・モモコだ。キビ人の独立と自由を勝ち取るため、お前たちを征伐する」


 すると今度は、男の声が言った。

「Wokasik'ari mö! Na ga möti aro pa kurokana nö katana n'aramu. Kurokana wo u kata wo tutapësi pa ta ni ari tö ka kököröë aro?

(滑稽なことよ!お前が持っているのは鉄の刀だろう。鉄の鋳方を教えてやったのは誰だと思っている?)」

「例え文明を齎したのがお前たちだとしても、今の僕らは自力で文明を制御できる。これ以上、お前たちに支配される筋合いはない!」


 また別の男の声が言った。

「N'arë ba, kurokana wo yöku mötiwiru wo misuru ga yök'aramu.

(ならば、鉄を使えるところを見せるが良かろう)」

「追い詰められたくせに、大きな口を叩くね」

 モモコがそう言うと、今度は最初のとは別の女の声が答えた。

「Tumët'ari tö ya? A dömö wo tupamönö ni oyazik'ari tö omöpubëk'arani ari sö.

(追い詰めただと?我々を兵士どもと一緒と考えてはならんぞ)」


 四人は同時に椅子からその巨躯を立ち上げ、頭を覆う布を後ろに下ろした。

 一人は、赤らんだ肌に真紅の模様の女であった。

 一人は、栗色の肌に緑の模様、黒い縮れ毛の女であった。

 一人は、黄色い模様以外はキビ人と大差ない外見の男であった。

 一人は、青白い顔、青い模様、青い目、そして黄金色の髪の男であった。

 彼らの顔を覆う模様の奇怪さは、先程の兵士たちの比ではなかった。


 四人の衣の内側から、武器を持った手が現れた。赤ら顔の女はモモコと同様の直刀、栗色の女は長い柄の斧、キビ人に似た男は無数の棘のある鉄の棍棒、青い目の男は両手に一本ずつの鎌を持っていた。

「我が名はAwasoである」と栗色の女。

「我が名はUraである」とキビ人に似た男。

「我が名はAuraである」と青い目の男。

 最後に、赤ら顔の女が一歩前に踏み出し、刀を大上段に構えて言った。

「そしてこのわらわが、最強の『(れい)』、Asoである!小僧。貴様はこのわらわが直々に捻り潰してくれる。光栄に思うがよい!」



 モモコは、アソの巨体に突進し、斬り込んだ。アソは、刀を片手で操り、モモコが繰り出す攻撃を次々と軽くあしらった。


 ウラは、モモコに付こうとする犬の前に立ち塞がった。

「犬、貴様の相手は、この儂だ!」

 ウラは犬に飛び掛り、棍棒を繰り出した。犬は俊敏に避け、その度に、犬の背後の壁が棍棒に砕かれ、部屋全体が揺れた。


 雉はアウラの二本の鎌と善戦し、一進一退の攻防を繰り広げた。雉は羽を散らし、アウラは嘴に突かれて傷だらけになっていたが、互いに寸でのところで急所を守っていた。


 他方、アワソは、斧を凄まじい勢いで振り回し、猿に迫った。アワソの体は、回る斧の壁に守られており、猿は近付くことができなかった。そして、ときとして斧の軌跡は猿に向かって蛙の舌のように伸び、猿がそれをかわすと、背後に置いてあった豪奢な調度品を、触れただけで切り裂いた。

 猿は斧を避けているうちに、犬と背中合わせになった。二人は、ウラとアワソに壁際まで追い詰められてしまったのだ。

「覚悟しろ。じっくりと痛めつけて殺してやる」

 ウラたちは不敵に笑い、犬と猿に迫った。


 一方、モモコの刃とアソの刃が噛み付き合い、二者の顔と顔が接近したかと思うと、二人は同時に刀を押して飛び退いた。

「アソ、やるね」

「笑わせるな、小僧!」

 二人はまたも接近し、鎬を削り合った。


 アウラはというと、片方の鎌を遠方に投げ、もう片方の鎌を雉に向けて叩き付けたが、雉は瞬時に身を翻してこれをかわした。だが、背後から飛んできた鎌が、雉を直撃したのだ。先ほど投げた鎌が、鳥のように宙に弧を描き、迂回して戻ってきたことに、雉は気付かなかったのである。

「不覚!」

 雉は、傷付いた片羽を庇いながら呻いた。

「梃子摺らせおって」

 アウラは先ほどの鎌を拾い上げ、傷付いた雉に襲い掛かった。


 そのころ犬と猿は、ウラとアワソの攻撃から必死で身を庇っているうちに、部屋の端に追い詰められていた。ウラとアワソは、敢えて一撃で仕留めず、細かな攻撃を繰り返している風であったが、ウラがついに、棍棒を大きく振り被った。

「それ、とどめだ!」

 そう叫ぶと、ウラは傷だらけの犬と猿を目掛けて、棍棒を一気に振り下ろした。

 間一髪、犬と猿が離れたため、棍棒は二人の間の壁に当たった。

「しゃらくさい!」

 ウラは棍棒を振り回し、アワソと共に猿を再び追い詰めた。

 犬は隙を突いて逃れると、あることを思いつき、一目散に走り去った。ウラは犬に構わず猿に迫り、アワソは逃げ口を塞ぐように立って棍棒を構えた。アワソの斧は、空気を切る音を立てて高速で回転し、猿に迫った。

 そのとき、犬が戻ってきた。ウラはそのことに気付いたが、猿を挟んで丁度反対側であったため、犬を倒しに行けば猿を逃がすことになってしまう状況にあった。

「アワソ、後ろだ!」

 ウラは叫んだ。それに従って、アワソは、猿をウラに任せるつもりで、犬の方を顧みた。そのとき、アワソの斧は弾き飛ばされてしまったのだ。犬が、モモコの槍を咥えて戻って来、それでアワソの斧の回転を止めたのであった。弾き飛ばされた斧の刃は、ウラの腹に命中してしまった。ウラは低く呻き、目を剥き、地に膝を付いた。それでも、棍棒は放さなかった。アワソはウラの名を叫んだが、ウラはもはや返答せず、やがてその場に倒れた。アワソは、ウラを諦めて犬に向き直り、斧を振り上げた。

 そのとき、追い詰められていた猿が、傷付いた体躯に残る全ての力を振り絞り、アワソに飛びついた。そして、その岩のように硬い首に噛みついたのだ。アワソは断末魔の絶叫を上げた。


 モモコとアソの攻防は一進一退であったが、モモコは疲労し、無数の硝子玉のような汗に覆われ、白い肌は上気していた。

 そしてできた彼の一瞬の隙を見逃すアソではなかった。

 モモコは、アソの右腕から繰り出された不意の一撃をかわすことに気を取られ、腹に更に大きな虚ができてしまった。アソは、刀を持っていない方の左拳を、鉄鎚のようにモモコの胴甲に叩きつけ、モモコの体を投石のように吹き飛ばせて壁に激突させた。洞窟中に振動が走り、モモコが地に落ちたあとの壁には、彼の形なりに罅が入っていた。

 一刹那、モモコは正体を失くしたが、すぐに、軋む関節を動かして身を起こした。彼の胴甲は、アソの拳の形に凹んでいた。

 アソは、勝利を確信してほくそ笑んだ。

「我々に楯突いたことを後悔するんだな。所詮、貴様らは、我らの支配なしでは何もできぬ、無力な虫けらに過ぎんのだ!」

 その言葉が、モモコの闘志に火を点けた。

「違う。僕らは、虫けらなんかじゃない」

 モモコは刀を構えた。身体が如何に傷付こうと、彼の内には勇気が揺らぐことなく充ち満ち、体のあちこちの苦痛を掻き消していた。

 彼は壁に叩きつけられる前と変わらぬ軽やかさをもってアソに飛び掛った。刀と刀は再び切り込み合い、幾合かを経て再び二人は離れた。

「諦めの悪い小僧め!」

「諦めなんて、僕にはない!あるのは、お前達を退治する意志だけだ!」

 モモコは雄叫びを上げ、アソに斬り掛かった。アソは今まで通り、それを防ごうとした。だがそのとき、モモコの太刀筋が俄かに変じたのだ。不意を突かれたアソは、モモコの一撃をかわし損ねた。彼女の口から落雷のような悲鳴が上がると同時に、その右腕が地に落ちた。


 一方の雉は、執拗に迫るアウラの鎌をかわしていたのだが、相討ちを覚悟し、アウラに向かって矢の如く飛んだのだ。アウラの鎌が、雉の羽に当たった。それでも雉は構わず飛んだ。そして、彼女の嘴が、アウラの眉間に突き刺さった。


 右腕を切り落とされたアソは、左腕で刀を拾い上げると、切り落とされてもなお刀を握り締めたままの右腕に噛み付き、歯の力でこれを引き剥がした。

 そこに、アウラがよろめきながら現れた。

「アソ様・・・」

「ええい、不甲斐ない!」

 そう言うと、アソは、瀕死のアウラの首を無碍に斬り落としてしまった。

 モモコは、アソに切っ先を向け、アソの目をしっかりと見据えた。そこに、傷だらけの犬と猿と雉が駆けつけた。

「おのれ、未開の土人どもめ!」

 アソはそう叫びながら、左腕で刀を振り回した。犬と猿と雉は、狙いの定まらない敵の刀をかわして飛び掛り、攻撃を加えた。アソは満身創痍になりながらも、モモコを見据えて、刀を大きく振り被った。モモコも刀を振り上げると、犬たちは一斉に飛び退いた。モモコの切っ先が空中に弧を描いてアソの左脇側に入り込むと、アソの刀が振り下ろされる前に、脇を貫いた。

 アソの手から刀が落ちた。彼女はよろめいたが、それでも倒れはしなかった。

「れ・・・『(れい)の島』が、土人の小僧と畜生どもに潰されるなんて・・・信じ・・・」


 モモコはアソの首を斬って止めを刺した。彼女の胴体が、徐に平衡を失った。

 次の瞬間、モモコたちは、地から足が浮くのを感じた。アソの体が、山をも揺るがさんばかりの地響きを伴って後方に倒れたのだ。それは、彼女の威風が彼女の体を離れて黄泉の国に墜落した衝撃のようであった。

「アソ、お前は強い剣士だったよ」

 モモコはそう呟いた。



  (十)



 里の消火を終えた下級兵士たちが山を登って来たとき、モモコたちが丁度洞窟から出てきた。その姿を見て、兵士たちは、四人の幹部が倒されたことを知った。

 モモコは、これから立ち向かい来よう残党と一戦を交える心積もりでいた。

 だが、敵兵が自ずから一斉にひれ伏したので、拍子抜けしてしまった。



 兵士たちは一言も喋らず、港に続く大通りを往くモモコたちに付き従った。里に住まう「(れい)」たちは皆、道の脇でひれ伏していた。

 港の手前のところで、突き従っていた兵士たちが止まったので、モモコたちも歩みを止めて振り向いた。するとそこには、大人の背丈ほどの大きな箱が置かれていた。兵士たちは、その観音開きになっている蓋を左右から開いた。

 モモコたちは中から何が出てくるのかと警戒していたが、箱の中身を見ると、忽ち心を奪われてしまった。


 それは、目にも鮮やかな四つの財宝であった。

 見る目なき者にもそれと判ろう純金の高貴さを以って煌く巨大な金塊。

 大きな金剛石で作った部品を組み合わせたものと思われる、七色の光を放つ透明の土偶のような偶像。

 いま時分の紅葉さえ斯くもあるまじきほどの、真紅の珊瑚。

 そして、人がそのままの姿で凝固したかのような、恐ろしいほどに精巧な大理石の等身大の彫像。


 それらの中で、モモコは特に彫像に心を奪われた。それは美青年の裸体の形をしていた。

 人が何かを模して物を作るとき、その写実性には限界がある。そのことの虚しさを心得ているからこそ、埴輪職人は決して写実性などではなく「模造品としての美しさ」を追及するのだ。

 しかるに、この彫像ときたら、美青年「を模した」彫像ではなく、美青年「の形をした」彫像であるではないか!

 模造する者が追求できるものが「模造品としての」美しさでしかないというのなら、「本物としての」美しさを成し得るのは、その「本物」を作った者だけではないだろうか?しからば、この彫像は、魔法か何かで「本物の人間」を彫像に変えたものか、そうでなければ、人間を作り出した何者かが創ったものなのではないか。どのみち、この像の成り立ちが非日常的なものであることに変わりはあるまい。モモコはそう思い、

「これは、この世のものではないね?」

 と兵士に訊いた。だが、兵士は依然として口を利かなかった。



 それら戦利品を、モモコたちは、岩陰に隠してあった船に積み込み、出航した。日は既に赤味を帯びていた。

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