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お姫様は健全な男子高校生

昔々、というほどではなく、ほんの十数年前のこと、あるところに、それはそれは愛らしい男の子と、平凡な顔立ちの女の子がいました。

男の子は白いすべすべの肌、色素の薄い柔らかい髪、人形のように整った顔立ちと、どこをとっても大変可愛かったので、みんなから「お姫様」と言われて育ちました。

一方女の子は、そんな可愛い男の子が大好きで、お隣同士で同い年の二人は、いつも一緒に遊んでいました。

ある日、二人でお姫様の出てくる絵本を読んでいました。


「ほらハル、おひめさまのそばにはね、いつもナイトがいるんだよ」

「ないと?」


ハルと呼ばれた男の子は尋ねました。


「そう。わるいやつらから、おひめさまのことをまもるの。つよくてかっこいいの」

「そうなんだ」


二人は、絵本のナイトを見て、胸をときめかせました。


「きめた!わたし、ハルのナイトになるっ」

「ちぃちゃんが?」


ちぃちゃんとよばれた女の子は、拳をグッと握って答えました。


「すっごくつよくなって、それで、ハルをわるいやつらからまもるの!!」


そうなのです。

男の子は、あまりの可愛さから、盗撮は日常茶飯事、誘拐未遂など片手では足りないほどの回数が起きていたのです。


「ずっとまもってくれるの?」


上目遣いで、男の子が尋ねました。


「ずっとまもってあげるよ」


女の子は笑顔で言いました。


女の子は、強くなるために空手を習い始めました。元々、運動がとても得意と言うわけではなかったのですが、「ハルを守る!」という使命感に燃えていたため、ぐんぐん上達していき、いつしか黒い帯を締めるまでになっていました。

男の子は、成長すると共に美しさに磨きをかけていき、町ではすっかり有名になっていました。

そして現在、男の子と女の子は、同じ高校の三年生になりました。


-----×-----×-----×-----


「ちぃちゃん、いただきます」

「はい、召し上がれ」


指でピックをつまんで、あーんとミニトマトをかわいく頬張ったのは、ハルこと志田元晴しだ もとはる。高校三年生になっても、小さい頃からの可愛らしさは健在、いや、美しさも加わってますます姫らしく成長していた。ついたあだ名は”ハル姫”。

一方、そんな元晴をにこにこしながら見守っているのが、弁当の製作者、ちぃちゃんこと田中千花たなか ちか。お昼休みはいつも、千花が作った弁当を元晴が食べる。いつの頃からかのお約束なのだ。


「あ、うまそう。もーらい!」

「えい」


ぷすっ。


「いってぇ!」

「いつも言ってるでしょマサキ。ちぃちゃんのお弁当は僕の物なの」


弁当に手を出そうとして、元晴にピックで刺されたのは、マサキこと谷口将生やぐち まさき

元晴の中学生からの友人だ。

将生は身長が高く、そこそこ顔もいいため、 一部の女生徒は、実は元晴と将生がデキているのではないかと噂をしている。

元晴は163cmの千花と同じくらいの身長だから、二人が並ぶと絵になるのだ。しかし、その噂は根も葉もない嘘で、二人はただの友達だ。

千花はいつものやり取りにクスクスと笑いながら、自分の弁当を差し出して言った。


「マサキ君もいつも懲りないね。よかったら食べる?」

「ダメ。ちぃちゃんのお弁当を食べていいのは僕だけ」


パクパクと弁当を食べながら、元晴が却下する。


「とんだワガママ姫だな」

「何とでも言って」


将生は肩をすくめると、話題を変えた。


「そうそう、今日のホームルームで、文化祭の出し物決めるからな」

「ああ、マサキ、実行委員だっけ?」

「もうそんな時期か・・・」


千花はぼんやり呟いた。

三年生の自分達にとっては最後の文化祭。

これが終わったら、本格的に受験モードだ。

もちろん、すでに受験勉強に勤しんでいる生徒もいるが、千花はまだ全力投球できずにいた。

最後にできるバカ騒ぎが文化祭なのだ。


「最後だし、思いきったことやりたいね!」

「お、田中、何かいい案あるのか?」

「具体的にはないけど・・・思いっきり関わって、楽しい思い出作れたらいいなって」

「だよな~。最後だもんな~」

「ねえ、ハルは?何かやりたいことないの?」


千花は、静かに会話を聞いていた元晴に話を振った。


「んー、あまり手のこんだことはできないよね。劇とか、練習や準備が大変だし。展示も、お客さんが来てくれるテーマって難しいし。何がいいかなぁ?」

「ま、ホームルームまで考えといてよ二人とも!」


そう言うと、将生は他の生徒のところに行ってしまった。どうやら、同じ話をして回っているらしい。


「最後ねぇ・・・」


元晴はぼそりと呟く。

元晴と千花は、幼小中高と同じところに通ってきた。クラスが別れることはあったが、登下校や休み時間など、ほぼずっと一緒だったのだ。


しかし、大学はどうなるか分からない。

頭のいい元晴は、推薦を受けることが決まっている。

おそらく、受験したら受かるだろう。

千花の成績は中の上くらい。

元晴と同じ大学に行くには、かなりの努力が必要なのだ。

そんなことをつらつら考えていたら、手が止まっていたらしい。


「ちぃちゃん、お弁当の時間終わっちゃうよ?」


元晴の声に、千花は慌てて弁当を掻き込むのだった。




その日のホームルーム、 委員である将生の司会のもと、文化祭の話し合いになった。


「何かやりたいことはありますか?」


クラスはざわつくが、なかなか意見は出ない。


「無ければ俺から。こんなのはどうかな?」


そういうと将生は、ホワイトボードに文字を書き始めた。

きゅきゅきゅっと綴られる文字を見て、クラスのざわめきは一層大きくなる。


「マサキ!何、これ!?」


元晴が叫ぶ。


「がっつり関わりたいって言ってたじゃん」

「それを言ったのはちぃちゃんだよ!」

「そうだっけ?まあ気にすんなよ。最後だぜ。一肌脱げよ!」

「やだよ!」


元晴は反対したが、他の生徒がほとんど賛成したため、将生の案に決まってしまった。


「じゃあ、具体的に詰めていこうか」


にやにやしながら進めるマサキの指差す先には、『ハル姫の王子様コンテスト』と書いてあるのだった。




話し合いにより、細かい内容が決められていく。

コンテストは誰でも参加でき、優勝者にはそれ以降の文化祭の時間、ハル姫とデートする権利が与えられることになった。


「うちのクラスの人は出られないってこと?」


千花が将生に聞くと、


「田中には出てもらわないと!なんせ姫公認ナイト、大本命だからね」


二番人気は誰かな~あと大穴もほしいよな~と、将生は呟く。


「・・・マサキ君、お願いだから賭け事には手を出さないでね・・・」

「ん?なんのこと?」


にっこり笑う将生を見て、千花は諦めた。

これは何を言っても無駄だ。

ともかく、千花はエントリーできるように、コンテスト内容には一切関わらないステージ装飾係になった。

盛り上げるためにも、その方がいいのだろう。


「公認・・・ね」


昔は『自称ナイト』だった。

空手の実力がついて、実績も上がって、いつしか『公認ナイト』と呼ばれるようになった。

この場合の実績とはつまり、元晴に寄ってくる不埒な輩を取っ捕まえてしかるべき場所につき出すことを言う。

文化祭には、学外の人も来る。もしかしたら、ちょっとヤバい人も混じっているかもしれない。

元晴を守らねば!文化祭まで、空手の稽古を増やそうかな・・・。

千花はナイトモードで姫を守るためにできることを考えるのだった。


人気者の元晴といつも一緒にいることで、他の人からの不況を買いそうなものだが、千花はそうはならなかった。

それは千花自身の性格によるところが大きい。

千花は元々、さばさばした性格をしており、また自分が一般の女子よりも強いことを知っていたので、特に女子には優しく親切だった。困っている人は放っておけず、学内外で絡まれている生徒を助けることが数回。元晴にプレゼントや手紙を渡す手伝いなどはしょっちゅうだ。

頼まれれば断れないだけで、千花が進んでやっていたわけではないのだが、元晴ファンからはすっかり頼りにされてしまっていた。

何より元晴が


「ちぃちゃんと仲良くできない人とは、僕、仲良くなれないなぁ」


と言っていたこともあるのだが。




文化祭当日。

中央ステージには、老若男女たくさんのコンテスト参加者で溢れかえっていた。

心優しいハル姫は、町中で好かれているのだ。

ステージ上には、美しいお姫様が、豪奢なソファに座っている。


元晴は朝から、クラスの女子で結成された”ハル姫を飾り立て隊”により、どこからどう見ても絵本から飛び出してきたお姫様にしか見えないように着飾られた。

ご丁寧に、中性ヨーロッパ風のドレスに、金髪のかつらまで被せられ、化粧もバッチリしている。

ちなみに衣装もかつらもソファも、演劇部からの借り物であるが、衣装直しをしなくても男である元晴にドレスがぴったりだったのは何故なのだろう。


千花は参加者に埋もれ、遠くから元晴を見る。

すると元晴が、千花に向けて手を振ってきた。


「おい!今、姫が、俺に手を振ったぞ!」

「お前じゃねぇ、俺だ!」


千花の周りの参加者がざわめく。

いや、今のは千花に振ったのだ。

こんなに遠く離れていても、姫は自分のナイトを見つけられるらしい。


(私も、ハルのために頑張らなくっちゃ!)


千花が気合いを入れ直していると、司会の将生がマイクを手に現れた。


「レディースエンドジェントルメーン、ハル姫とデートがしたいかー!?」

「おぉぉぉぉぉぉ!」

「ハル姫を自分の好きなようにしたいかー!?」

「ぅうおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


(マ、マサキ君、煽りすぎだよ!)


千花の心配をよそに、観客の興奮は最高潮だ。


「ようしその気持ち、このコンテストで叶えようじゃないか!さあルール説明だ。第一ラウンドは”ハル姫○×クイズ”!!」


○と×の陣地に参加者が自ら移動するタイプのクイズだ。

結果から言うと、千花は当然全問正解だった。

元晴に関するクイズを解けないはずがない。

しかし、公認ナイトのことを知っている生徒が、千花についてくるようになったため、千花は○と見せかけて×と見せかけてやっぱり○・・・と、フェイントにフェイントを重ねると言う別の労力が必要になった。

第2ラウンドは、借り物競争だった。

お題が元晴に関係するのかと思いきや、『体育倉庫の跳び箱の中にある物』などだ。純粋に体力勝負らしい。

先着順で決勝に進めるとのこと。身軽で足が早く、地の理がある千花には大変有利だ。危なげなくお題の物を持ち帰り、悠々と決勝に進む。

ちなみに千花のお題は、『生物室で飼っているカエルのピョン太郎を素手で持ってくる』と言うものだったが、昔から生き物全般大好きだった千花にとっては訳無いことであった。


決勝戦は、第2ラウンド勝者8名による、腕相撲トーナメント戦だった。三回勝てば優勝ながら、腕相撲は千花にとって有利とは言えない。幸いにも、一回戦の相手は女子生徒、二回戦目は小学生男子だったので、勝つことができた。


(小学生まで、ハル姫にメロメロなんだなぁ。ハルってすごいな)


ツキンと、胸が痛む。


元晴のすごさを目の当たりにする度に、自分とは違う世界の住人だと感じる。小さい頃からずっと、そんな寂しさを抱えながらも、必死に元晴がいる世界にしがみついてきたのだ。


(考えない考えない。私はハルのナイトなんだから)


千花が胸の痛みと戦っていると、歓声が聞こえた。

どうやら、決勝相手が決まったらしい。どんな人かと見てみると・・・


(これは・・・マズイかも・・・)


おそらく社会人の、一般参加者の男性。

何かスポーツでもやっているのか、明らかに体格がいい。

そして元晴を見る目付きがヤバい。

その男は千花をちろりと見て、フフンと見下したように笑った。決勝の相手が、見た目は普通の女子高生と知り、早くも勝った気でいるようだ。


(この人には、負ける訳にはいかない!)


その時、千花の後ろを誰かが通りすぎた。

将生だ。


「さすがに田中が不利だから、ハンデをあげよう。相手の親指を握るようにして、右足を前にして踏ん張ってごらん。期待してるよ、公認ナイト!」


それだけ小声で言うと、将生は司会業に戻っていった。


「さぁお待ちかね!決勝戦の始まりだぁ!」


決勝戦は、姫の目の前で行われる。

千花が元晴をちらりと窺うと、元晴は心配そうにこちらを見ていた。


(大丈夫だよ!ハルは私が守る!)


小さく拳をグッと握る。

将生のアドバイスを頭に、戦闘体勢に入る。


(相手の方が力もスタミナもある。私の武器は瞬発力しかない。スタートと同時に・・・決める!)


「それでは決勝戦!レディー・・・ゴー!」

「おおぉぉぉぉ!!!」


全体重をかけて相手の腕を倒す。

千花の叫びと勢いに虚を突かれたのか、男は腕を持っていかれそうになっている。

しかしすんでのところで男は踏みとどまった。


(あと少しだったのに・・・!)


男がニヤリと笑う。

男の腕に、じわじわ力が込められ、千花の腕が少しずつ押し返される。


(どうしよう!負けちゃう!)


その瞬間、


「きゃっ」


可愛らしい声と共に、ぺたんと言う音が聞こえた。

千花は男の攻勢に耐えるのに精一杯で、何が起きたか見ることができない。

ところが急に、男の力が弱まった。


「えいっ!」


男の腕を机につけた千花が息も切れ切れに顔を上げると、男は顔を赤くしてぼうっとしている。

視線の先を追うと、そこには美しい生足をさらして倒れこんでいるお姫様がいた。


「え、ちょちょっと、ハルどうしたの!?」

「ちぃちゃぁん・・・ドレスにつまずいちゃったよぉ・・・」


目に涙をうるうる溜めて、元晴が答える。


「ああもう、泣かないの!ケガない?」

「大丈夫ぅ・・・」

「疲れちゃったのかな?ドレス重そうだもんね・・・」


千花はくるりと将生を振り返る。


「司会さん、私の優勝でいいんですよね?」

「えっ、あ、はい、そうです!」

「じゃあ、姫は私の好きにさせていただきますね」


千花はにっこり笑うと、元晴の手を取り、エスコートしながらステージ上を去った。


「リアルナイトだな、田中・・・」


将生の呟きに、観客は皆うなずくのだった。




ハル姫の着替え専用空き教室に入った二人は、鍵をきっちり閉めた。


「ハル、本当にケガない?」

「うん、大丈夫。ちぃちゃん、勝ってくれてありがとうね」


元晴がにこりと笑う。

この笑顔ひとつで、頑張った甲斐があったなぁと千花は思う。


「でも決勝戦はちょっと危なかったよ。ハルがこけてなかったら、負けてたかも」

「それじゃあ、僕、こけてよかった!」


元晴は金髪のかつらを外しながら、千花を見て言った。


「ちぃちゃん、ドレス脱ぐの、手伝ってくれる?」

「えっ」

「後ろのファスナーが届かないの」


それならば仕方ないと、千花はドキドキしていることを隠しつつ、元晴の後ろに回った。

記憶がないほど昔は一緒に風呂に入ったこともあるらしいが、今となっては、側にはいても、ほとんど接触することはない。手を握ったのも、とても久しぶりだった。

ちきちきちき・・・。

引っ掛からないように慎重にファスナーを下ろすと、白いスベスベの背中が現れた。


(あれ?ハルってこんなに筋肉ついてたっけ・・・?)


「よいしょ。あー重かった!」


元晴はドレスを脱いで清々したようだった。


「ははははハル!早く何か着なさい!」

「えーだって暑い・・・」


ドレスから解放された元晴は、ボクサーパンツ一丁だった。

千花は慌てて、元晴に背を向ける。


「早くっ!」

「はーい」


千花は顔が真っ赤になっているのを感じた。


(もう・・・心臓に悪い!)


そんな千花の後ろ姿を見て、元晴はシャツとズボンを身に付けながら、口を開いた。


「ちぃちゃんさぁ」

「なっ何!?」

「あんな人と手を繋いで・・・」

「はい?」


何の話かとうっかり元晴の方に振り向くと、元晴はすでに学ラン以外を着たところだった。


(手?繋ぐ?ハル以外と繋いでなんか・・・)


「あんなにガッチリと・・・長時間・・・」

「え、もしかして、腕相撲のこと言ってるの?」


元晴はこくんと頷く。


「あんな人とばっかりずるいよ」

「いやあれ、腕相撲だし・・・遊びだし・・・」

「じゃあちぃちゃん。腕相撲しよ。で、僕が勝ったら、僕のお願い事聞いて!」

「・・・いいけど、じゃあ私が勝ったら私のお願い事聞いてね」


突然の申し出に少し驚いたが、元晴と腕相撲して千花が負けるわけがない。むしろ、ケガをさせないように加減しなくては。特にお願いすることもないけど、買ったら何かおごってもらおうかな、と軽く考える。

寄せてあった机を持ってきて、二人は向かい合った。


「レディー・・・ゴー!」

「えいっ」


ぱたり。


「えっ・・・」


気付いたときには、千花の手は机についていた。


「僕の勝ちね!」


嬉しそうに、元晴が言う。


「待って待って、ハルに負けるなんて・・・」

「さっきの疲れが出たんじゃない?でも勝負は勝負だからね」


(そうだとしても、あんなに簡単に?ずっと鍛えてる私が、ハルに?)


元晴は、考え込んでいる千花を覗きこんで言う。


「あのね、僕、食べたいものがあるの」

「何?」


よかったそんなお願いか、と千花はほっとする。


「あのね、食べたいのはね・・・・・・ちぃちゃん!」

「えっ!」


千花の心臓が一瞬止まった。


「ハル、まさか・・・」


千花の手は、ぶるぶると震えている。


「その美しさの秘訣は、若い女を食べることだったのね!」

「えっ」


千花が発した言葉に、元晴は固まった。

が、千花は止まらない。


「おかしいと思ってたの。昔っからずっとずっと綺麗なまま!何か秘密があるに違いないと思っていたら、夜な夜な女の生き血を啜ってたのね!」

「ちょ、ちぃちゃん・・・」

「ハルのためなら、腕の1本くらいあげてもいいけど・・・ううん、私よりももっと生け贄向きの綺麗な女の人がたくさんいるよ!わかった今から2、3人適当に見繕って来るから・・・」

「千花」


突然発せられた低い声に、千花の動きが止まる。

声のする方向にいるのは、美しいお姫様。


「今の声・・・え・・・ハル・・・?」

「千花ったら、ひどいな。俺の言葉の意味、分かっててやってるでしょ」


元晴は一歩、千花に近づく。

千花は反射的に、一歩後ろに下がってしまった。


「意味って・・・?え、ハル、その声、どうしたの?」

「どうしたも何も、ずいぶん前からこうだよ。姫に相応しくないから、普段は作ってただけ」


一歩、また一歩。

元晴は千花との距離を詰め、千花は元晴と距離を取ろうとする。


「それより千花。本当に分かんないの?」


千花の足が、背後に置いてある机に当たる。これ以上は下がれないところまで来てしまった。

元晴は、さらに千花の方に進んでくる。

低い声、相手を飲み込むような雰囲気の元晴は、千花の知っている元晴ではない。知らない男の人を前にしたような恐怖に襲われる。


「分かんないよ・・・分かりたくない!」


元晴の左手が、千花の右側を通って机に置かれる。続いて、右手も。

囲われて動けない千花に、元晴は言った。


「やっぱり分かってるんじゃん」


嬉しそうに笑って、千花に顔を近づける。そして、いつものような、可愛らしい笑顔と声で、元晴は言う。


「ちぃちゃん、いただきます」


千花は何も言えない。

混乱と恐怖と、なんだかよく分からない感情がない混ぜになって、動きが止まっていた。


「やだなぁ、いつもみたいに、『はい、召し上がれ』って可愛く言ってよ。まぁ、言われなくても召し上がっちゃうけど」


そう言うと、元晴は千花の左耳をパクリと食べた。


「ひ、あっ」

「ちぃちゃんって耳弱いよねー。あとはどこが美味しそうかな?」


楽しそうに元晴は言い、千花の首筋をペロリと舐めあげる。


「やっ・・・ハル、やめて・・・」

「やだよ。お願い事、聞いてくれるんでしょ?」

「あっ・・・や・・・ぁ・・・」


今度は右耳を食べ、舌で耳殻を舐める。

潤む目で元晴を見ると、元晴は満足げな表情をしていた。


「ずっと、そういう顔が見たかった」


そう言って、千花の唇に自分のそれを重ねる。

千花は驚き、何とか元晴から距離を取ろうと両腕で元晴を押すが、元晴は簡単に千花の細い手首を握り、自由を奪ってしまう。

ちゅっちゅっと、元晴は何度も何度もキスを繰り返す。千花は呼吸するタイミングが分からずに息を止めていたので、だんだん苦しくなってきた。

ようやく唇が離れたので、千花が口を開けて息を吸おうとすると、元晴がもう一度唇を重ねてきた。


「ん・・・ふっ・・・」


元晴の舌が千花のなかに入り込む。

歯列をなぞり、上顎を舐め、千花の舌に絡み付いていく。千花は背筋に何かがかけ上がるのを感じた。

元晴は千花をじっくりと味わうように、口中をくまなく舐める。

少しずつ元晴への恐怖が薄くなり、千花はこのまますべてを委ねたい気がしてきた。

千花だって、元晴が好きだったのだ。

ずっとずっと、昔から。

こんな関係にはなれないと一人で決めつけて、ナイトとして支え続けようと切り替えていただけなのだ。


「・・・ふ・・・ぁ・・・ぁん・・・」


鼻にかかった声が漏れる。

元晴のキスはとても気持ちよくて、千花は意識を失いそうだった。

元晴はようやく唇を離すと、千花のシャツのボタンをはずした。

華奢な鎖骨に口づけると、千花が小さく声を上げた。

更にその下の、胸の膨らみに手を伸ばそうとしたとき・・・


どんどんどんどんどんっ!


「おい元晴ー!ハル姫人気がすごいから、握手会やることにしたぞー!もう一回、姫の格好で出てきてくれやー!」

「マサキ・・・あの野郎・・・!」


元晴は無視してやろうかと、千花に向き直すが、


「おーい元晴ー!ハル姫ちゃーん!はーやーくー!!!」


どんどんどんっとドアを叩いて急かされてしまった。

元晴は大きくため息をつくと、服を脱いでドレスを着てかつらを被る。出ていこうとドアに近づき、思い直して千花の方に戻ってきた。

そして顔を近づけたかと思うと、低い声で言った。


「その顔のまま外に出んなよ」


そのまま、シャツから露になった千花の心臓の上あたりを強く吸って、その出来に満足し、教室を出ていってしまった。


「一人で、着替えられるじゃん・・・」


千花の呟きは、元晴には届かなかった。




「マサキ、わざと邪魔しやがったな」


廊下をずんずん進みながら、元晴は横を歩く将生をにらんだ。その声はいつもの可愛らしい姫ボイスだが、口調は少々荒い。


「んーだってあのままじゃヤバかったっしょ」

「あ?」

「声。漏れてた」


ピタリと、元晴の足が止まる。


「だって小窓開いてたもん。換気用の。そりゃあ漏れるよねー」

「聞こえたの?」

「おう」

「・・・千花の声も?」

「ちょ・・・元晴、素の声に戻ってる・・・」

「聞こえたの?」


ゆらり、と元晴は、将生に近づく。

その表情はかつらの金髪がかかって見えないが、発している雰囲気は暗く重い。


「あー・・・まぁ・・・」


だんっ!


「も、元晴、タンマタンマ!」


音を聞き、何事かと文化祭に来ていた客が見ると、美しい姫が両手で男子生徒の胸ぐらをつかんで壁際に追い詰め、締め上げているところだった。


「あんな可愛い千花の声を聞いたなんて・・・聞いたなんて・・・聞いたなんて・・・」

「自業自得だろ!きちんと確認しなかったお前が悪い!!」


将生のその言葉に、ようやく元晴は手を緩めた。


「・・・二度と同じ愚行は犯さない・・・」

「そうしてくれ。こっちの身がもたん」


ごほごほっと咳をして、将生は答えた。


この行動は、後に、麗しきハル姫のご乱心として、学内新聞の一面を飾ることとなったのだった。


-----×-----×-----×-----


こうして、お姫様はナイトの前では開き直るようになり、ナイトはお姫様への気持ちを自覚したのでした。

お姫様の願いが叶い、ナイトとお姫様が身も心も結ばれるのは、もう少し先のお話だということです。

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