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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ただ抱きしめる

作者: 藤沢 太郎

愛してる


それが、私が斬った人の最期の言葉だった。

その人の血飛沫と、歓声と怒号を浴びる。一方は勝利に、一方は旗頭を喪った怒りに。

手から剣が落ちる。

膝を付き、伏したその人の顔を抱き締める。

私の、最愛の人。私が殺されるつもりだった。私の半歩足りない踏み込みに、その人は半歩踏み出した。

覚悟の違い。

斬られよう、半端な気持ちで振るった私の剣に、その人は踏み込んだ。

その人の血はまだ温かく、最後の温もりが私を濡らす。

背中に衝撃が伝わる。

矢が、私の肺腑を貫いた。

その人を抱いたまま覆うように倒れこむ。

虚ろになりゆく意識の中に、味方と敵の声が響く。


戦いは終わらない。




私とその人は士官学校で出会った。

士官学校は軍事で名高い国にあった。学校は戦争が無くなり十数年が経った今、各国から定数の留学生を受け入れることにした。その枠に、私とその人は組み込まれた。

私とその人は敵国同士の生まれだった。それでも今は戦争もなく、睨み合いながらも一定の交易と交流を保ち、平和な時代だった。

だからだろう。互いに敵国同士と言う意識はあれども、それよりも学友としての意識が先立った。厳しい訓練と座学を共に乗り越え、剣撃を交わし、議論しあった私とその人はいつしか互いの力を認め、意気投合し、無二の親友となった。そして、私は密かに恋心も抱いていた。その人も私に恋していたのだろう。直接、その言葉は交わさないけれど、互いの気持ちは分かる。それほどに親密だった。


私とその人は首席と次席で卒業した。

次にまみえるのは戦さ場だろう

そんな冗談を交わして互いを見送った。


初の留学制度で好成績で卒業した私は軍の中でもそれなりの地位が与えられた。若輩ながらも小さな部隊を率いて盗賊の征伐など、平時ながらの武勲をたて将来を嘱望された者として扱われていた。

敵国の中にも若いながらも頭角を示す者が居ると風の便りでも聞いた。きっとあの人のことだろうもう会う事もなくなった人の勲しを己の事の様に喜んでいた。


そんな折だった。

戦争が始まった。戦争の切っ掛けはなんだったか。些細な貿易摩擦。文化の違いの些細な言い争い。誰もいない土地の所有権。そのような小さな事が積み重なっていたのだろう。切っ掛けなどどうでも良かったのだ。ただ気に食わない。互いの国の為政者がこの一点でのみ意見の合致を見た結果、小さな小競り合いを端緒に互いに宣戦布告した。


私も小さな騎馬隊の指揮官として戦場に赴いた。

私は、私の部隊は頭一つ抜けた戦果を挙げた。古臭い戦術で互いの兵をすり潰し合う戦場、その中での立ち回りを士官学校で習った通りに動けば敵が崩れた。単に横から突撃するだけ。それでも密集して長槍を一方にだけ向けている歩兵の群れの横っ腹を蹴り飛ばすのは有効だった。密集し過ぎて穂先の向きを変えられないのだ。それだけだった。それだけだったはずなのに、気が付けば、私は常に先陣を切り、勝利を挙げる指揮官として祭り上げられた。


そして、あの人も、別の方面で同じように祭り上げられていた。私の国も結局は同じ戦術をとっている。であれば、あの人が此方の軍勢を蹴散らすのは容易い事だろう。同じなのだから。


戦争は、広範に渡っていた。私がいる方面が進むと、他方面であの人が此方の国を脅かす。

互いに決定打にかけ、一進一退、膠着し、兵は減り国は疲弊し始めた。


そしてついに、私とあの人が同じ戦場に立った。私も勝利の旗頭として担がれ、あの人も同じように担がれている。ただ、理由もなく、昔のまま殺しあう戦場に若輩者が2人。新たな、しかし当然の戦術で局地的勝利を重ねただけで祭り上げられた2人だ。


国境線の緩衝地帯だった平野。両軍共、距離を取りにらみ合う。このままぶつかれば互いに傷を負う。平野でのぶつかり合いは互いに大きな損耗が出る。両軍の指揮官はそれが分かっているために初手を躊躇っていた。何か、契機が必要であると。


私のところに伝令が来た。一騎打ちの命令。敵国の英雄と戦い、勝て。と、それだけの命令だった。

私は軍の中では目の上のコブだっだのだろう。政治的に祭り上げられているものの、古参の各級指揮官にとって、若輩者の台頭は邪魔であったのだ。私が勝てば士気が上がり、そのままの勢いで突撃、私が負ければ弔い合戦だと突撃。古い頭はそのように考えているのが明白だった。

しかし軍の命令である。

私は一騎、味方の最前線に敷かれた馬防柵の隙間をぬい、平野に立つ。


そして一騎打ちを所望する旨を宣言する。

暫くして、敵陣から出てきたのはあの人だっだ。


互いに名乗りを挙げる。互いに誰よりもよく知った名だ。誰よりも親しみと愛を込めて呼びあった名だ。

その名が、両軍の有象無象に響きわたる。


同時に馬を走らせる。

かつて何度も手合わせしてきたのだ。互いの手はよく知っている。

剣が交差し、馬がぶつかり合う。何度も交差する。馬上のすれ違いざまの一撃同士では決着が付かない。どちらからともなく、馬を降り、互いに向き合う。


その人を見る。正眼に構え、剣先を私の喉元に向けている。顔を見る。きつく真一文字に結ばれた口元からは私を敵として見ている決意が伝わる。


私はこの人を愛している。

だから私には、この人は斬れない。

私が斬られよう。


互いの手はよく分かっているのだ。いつ、手を抜けば私が斬られるか分かる。だがあまりに手を抜けば侮辱となる。私はこの人をよく知っている。何事にも一本気で、手加減というものを嫌う。だから全身全霊で打ち合い、その瞬間だけ、気付かれないように緩め、斬られよう。そう決めた。


そして、何合か打ち合い、私があの人の剣先を逸らし、袈裟斬りに斬りかかる。いつもこの時に私の剣先を交わして、胴抜きが来る。腹を切られるのは、即死しないから痛そうだな。などと思いながら踏み込みを浅く、空振、当たった所で致命にならない所で振り下ろす。私は目を閉じた。そして私は斬られるはずだった。


愛してる


微かに、しかし確かに聞こえた。私の手に人を斬る感覚が伝わる。思考が、体が、切っ先止めることもできず最愛の人の体を斬り裂く。


いつもなら避けられる剣先。かつ半歩浅くした剣撃。それなのに、この人は踏み込んだ。


愛してる


今までずっと言えなかった思いを囁き、私の剣を受けた。

この人にも私は斬れない相手だった。

互いの手は良く知っている。

私が斬られようとしているのも多分、伝わっていたのだろう。

私がいつ緩めるかも分かっていたのだろう。

そして、踏み込んだのだ。

私を生かすために。自分が斬られるために。


私はただその人の顔を抱きしめる。虚ろに開いた目は私を見てくれない。薄く開いた口から、もう2度と言葉が紡がれることはない。

ただ抱きしめる。


そして


私の背に矢が突き立つ。


背中に。



戦いは終わらない。

名前も性別も時代も設定してないよ。寝つけないから書いてみたよ。

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