閑話六:王都へ
「よ、っと」
一人の少女が高速で剣を振る。すると、その軌道上に居た忌種の首が飛んだ。
「終わったか?ま、流石にこんくらいなら余裕だよな」
そう声をかける男の足元には、少女の目の前に有る忌種の死骸と同じような死骸が、もう一体ある。その首は少女の目の前に倒れた忌種より肉体に近い所に落ちていた。
男の方が綺麗に切断したのだろうと言う事まで判断した少女は僅かに悔しげな表情を浮かべ、答える。
「前から余裕だったよ…そっちは大丈夫か?少なくとも死人は出てないよな?」
二人は街道を歩くうち、ほとんどそこでは出くわさない忌種に追われる馬車を発見、臨時で護衛をしていたのだ。
両者共に思わず目を奪われてしまう金髪と美貌を持っている事が災いしたのか、馬車の主は答えを返す際、僅かに吃る。
「あ、ああ。大丈夫だ・…でも、なんでこんな所に【岩亀蛇】が。それも二匹」
「生態系に変化でもあったのか、親から危険な事を教えられてねえのか…それでも人は襲うんだがな、忌種ってやつは」
馬車の主に答えを返したのは、男の方だった。
「ただ、それにしたって若い。小さいし、鱗も柔らかい。生活圏からはぐれて戻って来れなかったんだろ」
「色も同じだし…双子かな?」
商人がその言葉を聞いて倒れた二頭の【岩亀蛇】を見れば、確かに紅い光沢を放つ鱗を、二頭ともが持っている事がわかる。
「と、とにかくありがとうございました、お二人には感謝のしようも有りませんが…そうだ!馬車の中から何でも持っていっていいですよ?
…少数だとありがたいです」
この時、僅かに冷静さを取り戻した商人の脳裏に渦巻いていたのは疑念と焦り。それが向かうのは目の前の冒険者二人組だ。
見た所血縁関係らしい男女は、実戦経験の無い彼からしてもはっきりと理解できるほど高い技巧を誇っている。このあたりの冒険者の性格が悪いという噂は近々聞いておらず、これだけの実力があり、見た目の派手さとしても十分な二人組が盗賊まがいの事をしている、なんてことは限りなくないに等しい可能性だったが…命あっての物だねだと、彼は考える。
契約で結ばれていない冒険者と町中以外で合うということには、僅かな危険が伴うものだと言うこの世界での常識を表す姿でもあった。
だが、彼の予想とは裏腹に二人の対応はあっさりとしたもので、
「あー…いらねえわ。一応、旅というか引っ越しというか、とにかく王都の近くにまで行こうって計画でさ、あんまり重い荷物持つ訳にはいかねえよ」
「引っ越し…?それにしては、随分と荷物が少なくはないか?」
「前の家を引き払った訳じゃないんだ。そこまでやると、いざという時にすっげえ悲しみそうなやつがいるからさ」
「…そうか。よく分からないが長旅お気をつけて」
「ああ、二回も会うとは思えねえが、どっかであったらそん時はおまけしてくれよ」
男女それぞれと会話を繰り広げ、商人は再び馬に鞭を軽く打つ。
彼は自分の想像よりずっと善良だったらしい二人の冒険者自信と、これまで進行をささげた神へと感謝の念を送り―――仕入れたばかりの情報を思い出した
「おーい、お二人さん!」
まだ声の届く範囲に二人はいるだろうかと振り向けば、彼等は殺した忌種のそばで何やら作業を行っているようだ。荷物を持たずの旅である以上、出来る限りの資金は確保しておきたかったという事だろうと辺りを付けて、声に気が付きこちらを見つめる二人の方へと馬を走らせる。
「おいおい、どしたんだ?忌種に追われて随分速く走ったのかもしんねえが、商人は時間が命だろうに」
「いや、助けてもらったお礼に、せめて情報を渡そうと思ってね…いや、警告かな」
「警告?」
少女は首をかしげ商人を見つめる。一度馬を歩かせてから、急いでここまで帰ってきて伝えるほどの警告に、危険のにおいを感じ取りながら。
「帝国と王国の間に、開戦の兆しがあるって話だ」
◇◇◇
「…レイちゃんも行っちゃったし、寂しくなるわね」
大港湾町ロルナンに存在する冒険者ギルドの受付で、その席の主ともいえる女性、受付嬢ミディリア・エリアスは、憂鬱そうに机へ肘をつき、自らの顎の下へと手を伸ばしていた。
傍から見たって情けない姿である。ギルドの顔がこの調子では、当然ながら全員少し、仕事のやる気をなくす。
だが彼女の立場からすればこうなっても当然だろう。多少の歳の差があったとしても、ほとんど唯一といっていいほど珍しい友人だったのだ。異性にもう一人、友人となれそうな冒険者がいたが、数カ月前に海へと沈み、未だ消息不明。
人生楽しくなくなった、とまではいかないにしても、張り合いが無くなったというのは事実だった。
「忌種も暴れないし邪教も出ないし、全く問題が無いのも考えものだわ。仕事に没頭することすらできないとかどういう事よ」
「フフ、なら休日でも取ればいいんじゃない?いつも働きづめなのだから」
ミディリアが背後から聞こえた声に視線を向ければ、毎日顔を見るとある女性が立っていた。
その話し方にどこかおちょくるような響きを感じ取ったミディリアは、しかし現状の憂鬱な気持ちで自分から言い返すことに積極的になる事が出来ず、
「…書記の仕事は良いの?筆頭書記官さん。父さんと叔父さんの両方こなさないといけないんじゃあ?」
と、消極的な批判にとどめる。普段なら舌戦を繰り広げる―――最終的に負けるのはミディリア―――事が多かったので、筆頭書記官と呼ばれた女性も肩透かしを食らったように感じていた事だろう。
「部下が頑張ってくれてるわよ。それに、自分に割り当てられた分ならとっくに終わっているのだもの、文句を言われる筋合いは無いわね」
「…悪女」
「大人の魅力ね」
やはり付き合ってはいられない。
そう考えたミディリアは、受付の仕事を擦り付けるように席を立ち、商店の在庫整理を行おうと歩いて行く。
「まあ、有能なら問題は無いって事だろうけど」
「失礼します!」
突然の声と共に、勢いよくギルドの扉が開かれる音。
ミディリアが振りかえった時には喧騒が広がり始めていた。
視線の先に居るのは、どうやら近衛兵らしい。先頭には数か月前にもギルドへと訪れた男の顔も有る。
しかし、彼等は隊列を組んでいるように見受けられる。一瞬、数か月前と同じようにギルド内部の人間に対して何らかの嫌疑がかけられているのかとも考えたが、それにしては動きがおかしい。少なくとも、この時点で目的は話していてしかるべきなのだ。
更に言えば、ミディリアの目には先頭の男は随分と疲れているように見えた。
このまま放置するわけにもいかない。同じようにギルドを代表して出ていける筈の女性が全く動いていないことを横目で確認したミディリアは、小さくため息をついて近衛隊に、より正確に言えばその隊長の元へと足を進める。
「あの、今日はどのようなご用で…?」
「お騒がせしてすみません。非は完全にこちらに有りますので、お気になさらぬよう」
「は、はあ…?」
だとすれば何故近衛が、それも大勢でやってくるのか、ということまで考えたミディリアは、その奥に豪奢な金髪が立っている事に気がついた。
目が合う。
一秒、二秒。
(マズッ!流石に不敬…!)
「あの娘は何処っ!?」
僅かに戦慄したミディリアは、その金髪を振りみだす女性―――この町の領主、ウェリーザ=ロット=ガードン伯爵に詰め寄られ、しかし、想定とは全く違う内容であったことに困惑する。
「あの娘、というのは…?」
「………レイリ・ライゼン」
「レイちゃ…レイリ・ライゼンCランク、及びエリクス・ライゼンBランクは既にこの町を発ち、目下王都方面へとむかっていると思われます」
少し答えに戸惑いながらも、ミディリアは同時に『なるほど』とも感じていた。
この女性はレイリに対して、少なくとも、貴族が冒険者に向ける感情とは違うものを常に抱いているようであった。だと言うのにそのレイリが突然いなくなった物だから、慌ててギルドのまで赴いたのだろう、と。
そうして冷静になったミディリアとは正反対に、動揺、悲嘆にくれているのは伯爵の方で。
「…いれちがい?そんな、でも出立はもっと先だって…探さないと…そ、そうだわ!レイリの知り合いはいないの?」
「知り合い、と言えば…ボルゾフBランクでしょうか?しかし、彼は現在Aランク昇格の為に遠方へと派遣されております。一月ほどは帰らないかと」
ミディリアがそう伝えれば、伯爵はフラフラと一、二歩後ずさり、僅かに体勢を崩した所を近衛兵に抱えられる。
「うう…如何して挨拶をしてくれなかったの…?」
そんな事を呟きながら、近衛兵たちと共に外へと歩いて行く。
最後に近衛隊長がこちらへ振り向き、身体を折るように礼をして帰って行く。
それで、この小さな騒動は終わった。
「…何だったの?」
◇◇◇
仕事も終わったので、友人が住んでいた家へと赴く。
屋敷と家財道具を、人に譲り渡す訳でも無く放置して出て行った二人の号探査にミディリアは呆れかえるようだった。
(そもそも、ある程度の管理と防犯を請け負ったのが間違いだったかしら?)
ともあれ、一度友人と交わした約束だ、違える筈も無い。
「さてはて…タクミ君、生きているのかしらね。その内ひょっこり現れる気もするし、最後まで顔を見ない気もする。…どちらにしても、しっかり仕事はこなさないと」
少しずつ暖かくなってはきたが、まだまだ夜は寒い。
ミディリアはレイリの家を外から見周り、そこに異常の無いことを確認し終えると、寒そうに腕を擦りながら早足で帰路についた。
よく似た二頭の岩亀蛇、とか覚えてくれている人はいたのでしょうか、ともあれ閑話はもう一話。




