表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第三章:暗中の白、浄化の光
96/283

第三章エピローグ:出立と再会

「頃合いを見て、浄化の力で瘴気が混ざった食品を浄化できるのかを実験する、ということになるな…タクミ君、ここが何処なのか分かるか?」

「いえ…海が南側だ、ということは俺が前に住んでいた町と同じなので、恐らく同じ大陸だとは思われるんですけど」


 夕暮れ、俺は族長たちと今後の行動について話し合っていた。

 実際の所、すぐ側認知があるなんて言うのは楽観的を通り越して馬鹿げた妄想の類。周りに人の気配が感じられないことは想像通りだった。

 ちなみに、俺がここを大陸だと判断した理由は、かなり遠くに山が見えたから。逆に言えばそれだけで、地球で言う中華人民共和国辺りから日本の南海岸へ流れ着いたという可能性もあるのだが、…まあ、そういうふうに考えたくはなかったというのが事実だ。ポジティブシンキングは大事なのである。


「まあ、海を意識の無いままに流されてきたわけだからな…。森を抜けて人里を探すしかないか」

「とりあえず、川沿いに進むことにしましょう。…随分と太くなりましたし」

「…確かに。川の上流に町が有る可能性は十分ありますよね」


 瘴気の壁が取り払われた後、川はその流域を数倍、見方によっては十倍ほどに太くした。瘴気の壁により、大半はその周りを流れていたという事であろう。実際、俺が土で作った壁の周りにも川は流れていて、一種のお濠となっている。壁と相まって、忌種がここへと侵入するのは相当厳しい筈。

 先ず夕食を済ませ、就寝。一応数人、交代で見張りをするということに決まった。

 明日の朝、朝食をとる前に俺が村から食品を持ってきて、そして浄化実験を行うという算段だ。

 が。


「川の流れはまだ完全に想像できませんし、今のうちに取ってきましょうか?魔力も十分あります」

「そうか?…なら頼む」

「はい」


 族長たちに声をかけて『飛翔』で村に向かう。もう魔力は四割ほどあるので、そう簡単に尽きたりはしない。というよりもあんな無茶苦茶な使い方をしなければ、基本的に尽きないのだ。

 村のそばまで行けば、すぐ近くまで水が来ている事が分かった。ここに落ちた瘴気は勝手に流れるだろうと考えて自然の水路として使った事が幸いというべきか、無軌道な氾濫をおこすことは無かったが。

 押し流されたかどうかはともかく、明日の朝には水浸しになっているだろう。早めに来ておいて良かった。

 夕暮れ時とは言え、今までよりはずっと明るい。光源が豊富な今だからこそわかるのだが、今まで食べてきた食べ物、特に植物は、随分と奇抜な色をしていた。日光も数十年差さない壁の中で育ったという時点で、予想もつかないような特徴を備えているのだろうが…少し怖い色彩だ。毒がありそう。

 しかし健康被害は無いようなので、それも採取。別の食べ物も持って行く。

 ついでとばかりに海の方まで行けば、見事に紅い池が出来ている。

 海洋汚染は気になるよな…。ほとんどはここに残っているが、壁の南端部分を構成していた瘴気は海の外へと流れたのだから。人里が近くに無さそうな事がこの場合朗報だったともいえる。

 人が住んでいそうな島は無い。正確には、ほとんど水平線と同じような距離に大きな島があるようにも見えたが、あそこまで船を漕いで行くような事は出来ない。


「帰るか」


 食物を抱えたまま戻る。現状の安全地帯の少し外で下りて、族長たちに合図を送る。

 するとラスティアさんがこちらへと手招きをしてきた。


「村に有った食べ物、よね?一つづつ、持ってきて」

「分かった。じゃあまずこれから」


 俺は果物を一つ選び、瘴気が溜まっていない地面へとそれ以外を置き、持って行く。


「…瘴気は含まれてない」

「え?ああ、これ生えてる木から取ったから」

「他の」


 という訳で、誰かが持って行き忘れたらしく地下室に放置されていた酢漬けを持ってくる。何度も晩餐で食べたものであるが、ふたが開き、瘴気も流れ込んでいた。

 これを近づけると、ラスティアさんは浄化の力を放った。


「…ちょっと難しい。もともとの漬け汁と、混ざってて、浄化の力が、奥まで届いてない様な感じが、する」

「じゃあやっぱり、これからの食糧は移動しながら現地調達か。最終的にはそうなってただろうけど、余裕があればよかったのにな」

「うん。お父さんたちに報告、してくる」


 そう言うとラスティアさんは、族長たちの元へと歩いて行った。

 とりあえず、間違えて誰かが食べてもいけないので、持ってきた食べ物を森の奥へと返しておくことにする。


◇◇◇


 一夜開けて。

 村人の皆が、壁の外を見たがるようになった。

 それはともかく、今の所の脱出作戦は二つ。いきなり村人総出で移動したって危険すぎるので、まず俺や戦闘能力の高い者たちでこの周りにいる忌種を出来る限り倒す。その間に食料も取ってきて、数日間を過ごす。

 ある程度忌種の脅威を減らした所で、再び壁を崩し、川沿いに北上して行く、というのが手だ。

 もう一つの案も、忌種を倒しながら数日間を過ごすということは同じ。違うのは進行方向だ。

 海沿いに進んで、港街を探すという事。

 最初は川沿いに進むと言う事が有力な案だったのだが、晩餐の後に開かれた会議からはこちらが有力視されつつある。『川沿いに進んだ先に有るのは山で、そこまでずっと森の中なのではないか?』という意見が有ったからだ。

 成程、その通りだ。

 海沿いにも森はあるだろうが、ここが明確にどこかの国の領土だと言うのであれば港街を作らないわけがないからだ。

 …ただやっぱり、いきなり大勢の人と出会うのは危険な気がするんだよなぁ。

 そんな事を考えつつ、俺は村の男の子を肩車しながら『飛翔』で壁の外を見せてあげている。


「うわぁ…!」


 子どもたち特有の純粋な感動、だと思っていたが実は老若男女こんな反応だ。見渡す限り大地と海が続いている光景なんて見た事が無かったのだろう。

 キラキラと瞳を輝かせる男の子をゆっくり下ろしながら、俺は悩む。

 完全に安全な脱出方法というものが無いのが問題なのだ。せめて、どちらに人里が有るかが分かればいいものを。

 と、男の子が俺の方を手のひらで叩く。子どもは遠慮が無いから、少し痛い。


「ど、どうしたの?」

「うしろ!うごいてる!」

「え?」


 まさか忌種か!?そう思いつつ振り向けば、白い羽をした鳥が数羽とんでいた。どこかカモメにも似ている。ああ、壁の中にはこんな鳥、いなかっただろうな。


「鳥だねああやって空を飛ぶんだよ」

「そっちじゃなくて、もっとおくー」


 奥?

 焦点を奥へとずらす。先ほどとは反対側を見ているので、俺の視線の先に有るのは海なのだが。


「あ」

「あったでしょー?」


 船だ。しかも、そこまで大きくは無い。恐らく俺が以前乗った、ロルナンの漁船と同じ程度。

 …なら、そこまで遠くには行かないのではないのか?

 今は朝。しかし既に陽四刻、午前十時ごろだ。漁に出たのか変えるのかははっきりしない時間帯だが…こうやって観察すれば、町がどちらに有るのかを確かめることも可能かもしれない。


「ありがと。君のお陰で皆助かった」

「え?ありがとー」


 無邪気だなぁ。


◇◇◇


 忌種を狩りつつ飯を食べ、時には浄化を試し…。

 成功と失敗、どちらも繰り返し、しかし被害は無く数日を過ごした。

 少しずつ生活圏を川の上流近くに近づけて行き、偶に現れる忌種を討伐する。俺も皆も実践に慣れていなかったり、久しぶりだったりで何度か危ない目に有ったものの、こちらがずっと大勢なので誰かが怪我をしたりすることも無かった。

 船が出発しているのは、ここから少し東だ、という事が分かった。早暁の海を西へと向かう船の姿が、毎日見受けられるからだ。


「出発の準備は整ったか?」

「はい、皆も既に」


 今日はまさに出発の日。全員、数少ない荷物はまとめ終えている。


「それでは行くぞ。目指すは東、そこに有る港町だ」

「応!」

「はい!」



 族長の声に号令に皆で答え、一歩を踏み出す。その時、俺の鼻先に雫が一滴、落ちた。

 見上げても、空には雲一つない。しかしその間にも、ぽつぽつと雫は増える。雨だ。


「晴れているのに、雨…?あ」

「な、なんだこれ、空から水が!」

「何なのよ、もう!」

「タクミ、これは?」

「かからないように隠れた方が良い?」


 その状態に差はあれど、皆ある程度パニック状態であった。そうでないのは俺と、族長とニールンさんとフィディさんくらいか?


「これは、狐の嫁入りって呼ばれてて」

「祝福だ!我等が壁の呪縛から逃れた事を、神が祝っておられる!」


 俺が近くに居たカルスとラスティアさんに説明しようとした所で、族長が声を張り上げる。

 ニールンさん以外、俺を含めて全員が一瞬唖然としたが、次の瞬間歓声に変わった。

 俺は俺で、成程と思っていた。族長としては皆の不安をなくすことと、浄化の力が神の力だと言う事を皆に信じさせることが出来るという点で一石二鳥だったわけだ。

 こういう考えは俺にはできていない。経験か才能か、どちらにしろ尊敬してしまうな。

 落ち着きを取り戻すまで数分。乱れた列を組み直し戦える人が外側を囲む形で進む。このあたりには忌種はいない筈だが、瘴気を目指して集まってくるという習性を鑑みるに、何時までもここに留まるわけにはいかない、いやむしろ、早く移動しなければいけない。

 だから移動も速い。子どもの足だとすぐに疲れてしまいそうなので、肩車したりおぶったり、もう荷物扱いで運び続ける。

 なお、その途中で食料を見つけたら意地でも確保する。食料はいくらあっても安心はできない。

 問題があるとすれば、皆の知識がそこに生えている物の安全性を証明できない、ということか。俺だって自然に生えている物となると、かなり厳しい。

 季節が変わるには十分な時間を過ごしたから、ロルナンで見た果物を探したり、というのも厳しいだろう。実際、川の水が凍っていたあのころと比べて今は随分暖かい。

 だがまあ、比較的常識として考えるに、植物以外であれば見た目や色が派手なものは避けるべきだろう。毒を持っている事をアピ-ルしているのだと、よく言う。

 ともあれそれを鉄則として進む。昼食をとるまでの間に忌種には二度出会って、一人が軽いけがを負った。だが、浄化の力を広げることで少し動きが弱まるようにも見えた。

 一日が終わるころには、随分と先まで進む事が出来た。出発した時に見えた小島が、今は見えないほど遠くまで来たのだから。このまま、重大な被害無く町まで到達出来ればいいのだが…。


◇◇◇


 とある森の近くを一台の馬車が走る。荷台には大量に荷物が積んであり、それを引く馬も屈強に見える。


「会長、森から大勢の人が。…あんな軽装で、年齢性別問わずとは。怪しいので、一度止まって様子を見るか逃げるかした方が良いかもしれません」

「何?…本当だな。とりあえずここで止めよう。もしかしたらどこかから逃げてきたのかもしれない」

「だとしても、助ける必要は無いのでは?取引に遅れるかもしれませんよ?」

「不測の事態が起こったとして、それでも充分な余裕を持って間に合うように時間を設定したのは君だろう?僕個人としても見捨てたくは無いし、…そうだな、未来のお得意様かもしれないよ?」

「…分かりました。ただ、何かあったらすぐに逃げますよ?」

「ああ、そうだね」


 馬車を止めさせた男は思う。忌種も多く生息すると言われる森の中から軽装で現れた、という事が既に彼等の実力はある程度補償している。彼等が盗賊のような格好であれば、すぐに逃げたのだが。


(それにしては、ここから見る限りでも老若男女が混じり合い過ぎだ。外側に居る男たちは武器を持っているし、彼等にさらわれているとも考えられるけど、それにしてはおびえた様子が無い。何より、集団誘拐をしておいてのこのこ道を歩く訳が無い、と)


 そう結論付けた男は、しかし彼に注意を促した女性の評価を上げる。最も、それは既に上がりきっているようなものだった。


(僕の注意が甘いのは事実なんだもんな。彼女がしっかり注意をしてくれているうちに、しっかり矯正しないと)


 そんな風に考えながら馬車の中で、進行方向に現れた異様な(・・・)集団を見る。

 その集団は、全員が何処か白い光を纏っているように見えたのだ。日光が強くてそんな風に錯覚しているのか、それとも本当に光っているのか。


「さて、どうする…?」

「会長ー、俺が言って話聞いてきましょうか?」


 会長と呼ばれた男は、背後から部下にして友人が声を掛けてきたことに気が付き、声を返す。


「いや、大丈夫だよフォルト。絶対に関わらなければいけないってわけじゃないからね」

「そっすか。じゃ、待機してますよ」

「フォルト、会長にはきちんと敬語で接するように」

「へいへい、パコールノスチ嬢は真面目ですね」

「あ、あはは…」


 部下二人の―――それも自分と最も近しい二人の―――相性が悪いことに冷や汗をかきつつ、先程の集団へと再び視線を向けた会長は、こちらへと人が一人、走ってくることに気がついた。

 その男は白い光を放っているように見えないので、彼以外は実際に発光しているらしい事に気が付き、少し不安感を得る。とはいえ、馬車へと走ってくるものは手に何も持っていない。杖も持っていないというのなら魔術士だとしてもなんとか、護衛の冒険者が対処してくれるだろう。

 そう思い、準備だけはするように冒険者へと声を掛けさせる。


「さて、一体誰だ…ん?」


 先程より大分近づいた男の姿に、謎の既視感を思える会長。

 黒い髪、安物で、ありふれた服。だがありふれているからこそ、いちいち既視感を感じたりすることも無い筈なのだ。

 何か記憶に引っ掛かるものがある。人生を左右するような重大な人物ではなく、しかし印象としては強く覚えているような…。

 そう考える間にも、男はぐんぐんと近づく。相当に足は速い様で、冒険者には先に前へ出てもらう方がいいと判断。指示を出した。

 冒険者が剣を抜いて構えるのを見て、男は速度を落として、両手を掲げゆっくり歩いてきた。奇怪な行動であるが、敵意は無いのだろうと会長は判断する。


「あのー、すみません!ここから一番近い町が何処に有るか、教えてもらえませんか!」


 馬車のすぐそこ、冒険者が一、二歩ほど走ればすぐにでも切りかかれる距離まで近づいた男は、会長へそんな問いを投げかけた。

 その問いを、正確にはその声を聞いた途端、会長の脳内でとある男の名前と顔が蘇ってきた。数カ月にわたる苦労で、最近はほとんど忘れていた故郷、そこを立つ少し前に出会った男の名を。


「でも…まさかな」


 会長はそっと顔を外に出す。そこではっきりと男の顔を見て、今度こそ驚きのままに声を上げる。


「―――タクミか!?何でこんな所に居るんだ!」

「え!?…うわ、リィヴさんですか!?」


 数カ月ぶりに見たその顔は、少したくましく、少し疲れているように見えた。


 第四章の前にいくつか閑話を挟みます。

 なので、四章開始はGW終了後頃です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ