【グンド・ヴァイジール】
グンド・ヴァイジールは、自らの村に住む仲間たちの放つ魂光の中心で、手を差し伸べられる。
それは、その傍らに寄り添う妻、ニールンからの頼りがいのある腕であり、目の前の義弟、フィディの物でもあった。
その手を取ろうとした彼は、決してその二本だけが自らにさしのばされた腕では無いのだということを、僅かに遅れながらも気がつくことができた。
自らを中心として作られた光の輪、そこから、自分へと多数の腕が差し出されている。掌をそっと上に向けた、それはまるで落ち込んでばかりの子どもへと微笑みかけながら差し出したようであった。
村の中で六十以上の歳を刻んだ物が自分しかいない現状で、壁の外から現れた新たな仲間や、五十も年が離れた子供からすらその手を伸ばされているということに、普段の彼なら流石に閉口しただろう。そうでなくとも、通常の完成からすればそれは些か以上に異常な光景だった。
だが、今の彼にとってのそれは、何よりの救い―――自分の選択は、祖先から継いできた意志は間違いではなかったという事の証明に他ならなかった。
「手をとれ」
耳元で彼にそっとささやいたのは、妻として数十年を共に過ごした最愛の女性、ニールン・ヴァイジール。
「私でなくてもいい。だが、ここにはお前に最も近づいた三人が要る。―――出来ればその中で選択してもらいたいものだ」
「三人?」
この時彼の脳裏には、二人の事が思い返されていた。つまり、自分が最も先に近くした二人、ニールンとフィディだ。だが彼女は三人だと言う。
「…いや、そうか」
ほんのわずかな思考をはさんで、すぐに彼は結論を出す。それは実際に正しい。
「二人には悪いが…父親として、選ばなければならないものもある」
「族長として、なんて言わなければ問題などないさ…私は、母親としてかな?」
「僕は叔父として、って事になるんだろうね、それは」
そしてグンドは振り返る。光の中を、更に強い光をさらしながら歩く愛娘へと視線を向ける為に。
遂にとらえた彼女の姿に、数か月前までは見えていた筈の迷いは欠片も見当たらなくなっていた。それは彼にとっても幸いなこと。
そうして歩み寄った娘の手を取る。すると、体は自然と浮き上がった。
いや、娘に腕をひかれたのだ。昔は自分たちで引っ張っていた筈の腕を、今度は引かれた。
その事実に成長を感じ、またそれをかみしめつつ、
「この村は、良い村だった。安全で、しかし暇とはならず、何時も楽しく暮らしていた―――だが、それは全て皆のお陰。
だが…それでも、私を代表として相応しいと言ってくれるのならば、私は君たちが見放すまで、この村の、皆の族長であり続けよう。
それで、構わないか?」
その問いに対する答えは簡単。皆は腕を戻し、そして歩き出した。
それは、彼の娘が進む先と同じ。北へ。壁を壊す為に必要な、目的地がある方向へ。
最初に円を抜け、手を引き続けていた彼の娘が、今度はその背に回り、押しだすことで、彼を先頭とした列へと変わっていく。
そのすぐ側へとニールンが。すぐ後方へとフィディとその妻、ミィスがやってきたことにも気がついたままに、彼はほんの少し歩みを速めた。
―――最早逡巡など不要。今この時、確かに心は一つになったのだから。




