第二十四話:晩餐まで
さて、圧倒的突貫工事が終わって、二人の元へと帰った訳だが。
「どうする?この後」
「思ったより、早く、作業が終わった…三刻かかってないなんて、想像できない」
「報告に行くにしたって、そのあとやる事がないしなぁ…」
とはいえ、ここに残ってもやることは無い。一度戻ってフィディさんへ報告することに決まった。
村の方へと戻る時、途中で坂から平たんな道へと戻ったことに気が付く。何というか、本当に大それたことをしてしまったのだな、と思う。
重機でも使って何日も、もしかしたら何週間とかけてやるべきことを、たった二時間と少しでやてしまったことに、まだはっきりとした現実感を持てていなかったのだが、これで大分脳内の整理も付いたような感覚がある。
ふりかえり、後ろ向きに歩きながら何となしに呟く。
「やっちゃったな…」
何本かの木は根元から倒れ、また、一部は加工され水路の構造の一部ともなっている。俺が大雑把な魔術で壁をいじっている間に、ラスティアさんは細かく作っていた様だ。それでも割り当て面積は変わらないんだから、…やっぱり師匠だな。
「なれない様な力の使い方をすれば、そんな風に感じる。少しずつ慣れれば良い」
そんな風にラスティアさんは俺に言うけれど、
「これ、慣れても大丈夫かな…?いざという時に取れる選択肢は増える気もするけど、やらなくて良い被害を出しそうな規模の大きさになったと思う」
「足りないよりは、余っている方がいい…なんて言ったら、正確が悪く思われるかもしれないけどさ、実際、タクミの選べる選択肢が多いに越したことは無いでしょ?外は危険だっていうなら、なおさらに」
更にカルスからもそう言われて、そんなものか、とも納得する。とりあえず友人二人の意見として、問題ないらしい。
まあ、危険に陥った時なんかは、多分自分の命を最優先にするだろうしな、俺。結局は悩んでもせんなき事、というやつなのかもしれない。
そんな事を話しているうちに、村の中に入っていた。そこからは僅かに駆け足で、夫妻の家へ。
ラスティアさんが扉を叩けば、いつものようにミィスさんが顔をのぞかせる。
「あれ、三人とも、もう帰って来たの?まだ三刻も経ってないのに」
「もう、終わった」
「え?」
そりゃあ反応は疑問が最初に来る。俺だって最初はこんなに早く終わるなんて思っていなかった。せいぜい準備を終えるくらいだと思っていたのに…まさかここまでできるとは。
「入れて、ください。フィディさんと、話を」
「あ、う、うん。フィディ、終わったって!」
ミィスさんは家の中へと声をかけながら扉を開く。その途中、奥の方から『は!?』という声が聞こえたが、フィディさんらしくない声だと思う程度で、そんな声が出ることに対する驚きは何らなかった。
「ちょ、ちょっと待って、…終わったって、どういう」
開かれた扉の先から、フィディさんがこちらへと急いで来た。そのまま咳こみながら事情を訊く。
「終わったと言っても、海辺から、村より少し離れた所まで」
「海側に瘴気を溜めこむための穴と、壁崩壊時の海水侵入を防ぐ土壁の設置、その穴に瘴気を流し込む為の水路の設置まで完成してます」
目線で、続きを言うようにラスティアさんが伝えてきたので、俺の口から愛用を説明する。言葉にすればまた、凄い事をしたという思いもわきあがってきたが…しかし同時に、まだまだやることも多いということに気が付く。村側に用水路を掘ることは、高低差の設置まで考えれば相当に手間だろう。一日で終わらないのは間違いない。…それでも二日あれば、と考えられる事が既に十分凄まじいが。
俺の言葉を聞いたカルスさんは、やはり動揺した様子で、しかし、一度深呼吸をして、
「…三人そろって報告に来たんだから、そうなんだろうな」
と、冷静に答えを返してくれた。大人の風格、というべきか。数時間前の良い意味で目を覆いたくなるような状態とは違う。
「それで、どうする?晩餐で族長から浄化の力について話があるとして、それ以降も流石に猶予はとるぞ?この調子じゃあと二日で脱出までこぎつけられてしまいそうだしな」
「四日間ほどは修行の時間に。それでも、制限の七日のうち五日で脱出できたことになる―――問題は、ないですか?」
「ああ。そうだな。…脱出か」
「はい。脱出です」
ラスティアさんとフィディさんが語り合う中、俺とカルスは一歩離れてその光景を見ていた。
「何というかさ、あっけないね、いろいろと」
「確かに、最近の話の進行速度は異常だな。俺の少ない経験からしても、何かの大詰めを迎えようとする時は基本的に問題に襲われて、その対処でてんやわんやしてしまうんだが…問題が生まれる前に息の根を止められているような」
「タクミから見てもそうなんでしょ?僕なんて、十数年壁の中の事しか知らなかったのに、タクミが来て数カ月で凄い変わりようだ。もう数日で外の世界に皆で出る、なんて話になってるんだからね」
「確かに、…そういうものか」
カルスだけではない。この村に住む人々は、族長以外人生の全てを壁の中で過ごしてきたのだ。生活の変化に恐怖だって抱いているだろう。表面化していなかったり、それ以上に族長に対して信頼を抱いていたりするだけで。
「凄いものよ。てんてこ舞いだわ」
カルスの横からミィスさんも話に参加してきた。そう言えば、ミィスさん自身の意見というのは余り聞いた事がなかったような気がする。
「魔術の修行は、まあ、私からはほとんどつけていなかったけれど。それでも成長速度が凄まじいのは見ていてわかるわ。壁を壊すって言うのも、夢物語じゃない…どころか、一年もかからないのね、って。
まあ、三カ月と少しとは思いもしなかったけれど。
…あの子が師匠と呼ばれたく無くなったのも、そのあたりに理由の一端は、有るわよ?」
最後の言葉だけ、俺とカルスの二人だけに聞こえるような声量で言ったミィスさんは、そのまま離れていく。結局は、彼女自身がそこまで反対していないであろうことを想像する事しか出来なかった訳だが…師匠の心情をこんな事で知ることになるとは。
「…それはなぁ」
「タクミ?」
何というか、少し情けないよな。特に、自分で『そういう力』を望んでしまった事が。
今更手放す気にはなれない。出来るのかは分からないけれど、多分出来ると伝えられたってしない。そこまで自分の力をうぬぼれてはいない。これが有ったって、俺は死にそうな目には合っているのだ。力がないという事が、既に恐ろしいと感じるようになってしまっている。
「いや、何でもないよ。…晩餐はどうなるかな」
「さすがに驚く人が多いと思うけどね。それとも、神の子孫だってことは言わないのかな?いくらなんでも、皆を信じさせるのは難しそうだし」
「ああ、そうかもな」
開き直ると言う訳でもないつもりだが、もう考えないようにしようと思っている。今更手放せないと決めたのなら、考えることに意味なんて…ないから。
ただ、元の才能じゃあないということで誰かを悲しませたり、嫌がられたりするのは嫌だ。その人がもともと抱えなくても良かった痛みだろうに、と、そういうふうに思う。
「まあ、今日の所はゆっくりして行ってよ。晩餐まで少しあるけど、行く所も無いでしょ?」
沈んだ思考を急浮上させて、フィディさんの言葉に頷きを返す。まさに渡りに船というやつだ。
「ご厚意に甘えて、ちょっと休憩させてもらいます」
「今更かしこまる必要もないよ…まあ良いか。じゃあ、一、二刻程は話していようか」
『よって!村人全員に浄化の力の習得を義務とする!罰則は無いが、修行の最優先対象として取り組むように!』
昨晩の晩餐、それが一段落してから族長の放った言葉がこれだ。
それに対する村人の反応はさまざまだったが、しかし反対意見は出ない。その代わりに、多くの疑問は湧き出る。
その半分は、カルスとラスティアさんによる浄化の力の実演で収まった。瘴気その物を浄化した訳ではないが、堂々と前に立って宣言したのなら、十分に信用に値する情報だったのだろう。
そしてもう一つは、何故そんな力があるのか、何故今まで知られなかったのか、反対に、何故それに気が付けたのか…。
最初は神についての話をしなかったのが、この解決のために俺も参加することになった。
こちらは完全に信じてもらうことはできなかったようなのだが…まあ、及第点という所で、力その物は理解してくれた。これは、カルスの教官など数人が、浄化の力に近いものを引き出せていたからという事が大きかったが。
朝食を済ませた今、二人は浄化の力についての講習に向かった。俺は俺で、昨日以降の水路政策に向かうべきだったが…昨日も一人での作業だったというのに、何だか少し心細い。
まあ、やることは変わらないのだからと考えを改めて、村の外へ向かう道を通る。
その途中で広場の方を見れば、カルスとラスティアさんの光がよく見えた。暗い中では、二人ともよく目立つ。
心細くなればあれを見つめることにしよう、なんて冗談めかしながら女々しい事を考え、外へと出る。
さて…水路に続く様に土地を掘り、それ以外の所へ土を盛る、単純作業の始まりだ。
◇◇◇
「…ああもう、全然終わらない」
あれから四刻。どうにかむらの近くまで到達した所で、昼食の時間となりかえってきた俺は、ため息交じりに二人に対してそんな事を言っていた。
「そう?私は、そこまで難しくなかった」
「僕にはよく分からないな…でも、昨日よりは長い時間だよね?」
「村の手前までしか進めてない」
妙に進行が遅かったのだ。水路を掘っても掘っても、土を持っても持っても、遅々として作業が進まない。昨日とその量は変わらない筈なのに、だ。
「面積が、大きいから」
「…あ、なるほど」
「どういう事?」
「えーっと…俺の方が水路を伸ばす時に移動させなけりゃいけない土の量が多いって事」
円の中心に近づけば、その外周部を結ぶ弦が長くなるのは必然。土の運搬量も増えると言う訳だ。
カルスに対して説明しながら、少し辛い作業になったことに気が付く。昨日はまだ、初めての魔術を使ったことや、大規模に土地の形を変えることに対して何らかの興奮を無意識のうちに得ていたのかもしれないが、今となってはその熱も冷めていて、何とも言えない疲労感だけが積もっていく。
ああ、少し話題を変えよう。気が重くなりそうだ。
「浄化の力の方はどうだった?」
「うーん…まだ完璧に使える人はいないかな。でも教官達は力を動かすことはできてた」
「力を使えなかった人で、少しでも動かせるようになった人は、数人」
「…じゃあやっぱり、二人の才能って凄いんだ」
カルスの教官なら、同じようにあっさりと習得してしまうのではないかと思っていたのだが、そこまで簡単な話では無かったらしい。
「ただ…お母さんは、もしかしたらかなり使いこなせてるかも」
「え?」
「あー…。そんな感じしたよね」
カルスとラスティアさんは納得しているようだが、俺としてはその現場を見ていない訳だから少しわからない。お母さん―――ニールンさんは、フィディさんの姉。族長の血筋としての才能とは関係ないと思うが…いや、不思議な人だもんなぁ。
「修行が始まってすぐ、僕たちが一度浄化の力を見せたんだ。そしたら、少し離れた所で同じような光が見えて、…何喰わぬ顔してニールンさんが歩いてきた」
「正直なところ、お母さんは、嘘が苦手だから」
「じゃあ、使えるんだ。何で隠してるんだろう」
「何で使えるかもわからないから、人に教えるのが面倒だったんだと思う」
「あ、そういうこともできる人だったんだ、ニールンさん」
「場合によっては、躊躇しない」
「意外だ」
もっと直接的な人だとばかり思っていたのだが。
「…さて、作業の続きに取り掛かろうかな」
「あー、そうだね。僕たちもそろそろ、続きに取り掛からないと」
「今日中に一人は、私たちと同じ段階まで、力を引き出してほしいけど…高望みかな?」
「そればっかりは、何とも言えないなぁ」
ともあれ、ゆっくりと昼食をとったので、後は食器を洗って作業を再開するだけだ。
二人と別れて、森へと戻る。気の遠くなるような作業だが、しかし、ここはポジティブに考えるべきだろう。
―――よし、これを早く済ませれば済ませるほど外へ出るまでの時間が短くなるぞ!さあ頑張ろう!
…あんまり効果ないな、これ。
「『加工:土砂:整形』」
微妙な落胆を押しつぶす用に起句を唱えたが、微妙に単純作業で追われないのが今日の、というより、陸側の難しさだ。
土だけを動かすと、木の根が固定されなくなり、そして倒れる。それはほとんどの場合水路を塞ぐので、その前の段階で木に対して別の魔術を使わないといけないのだ。
並行作業が出来ないとまでは言わないものの、似た魔術を組み合わせるのは少し、イメージ力に頼らなければならない所もあり、少し難しい。土の移動先、木の移動先、それぞれの形状…考えることは飛躍的に増える。
「でもま、気を抜いてはいられないよな」
―――そんな風に言ってから、二刻程も経過しただろうか?
俺の集中力は既に、限界に近いものとなっていた。
現状、どうにか村までは到達し、村の西側から北方へと向かうように水路を掘り進めているのだが、いやはや、なかなか精神力を削られる状況だ。森が深いということもあるだろう。また、ここ最近の乱獲で動物の姿が減った事もあるかもしれない。
とにかく、この暗い森の中、一人で作業を続けていると、本当にそれが進行しているのかという事が不安になってくるのだ。月明かりだってないのだから、自分が何処に居るのかも定かではない。実際には村の西側、それほど遠くない所に居るのだろうが…長い時間ゆっくりと移動、それも一人でとなると、いろいろと不安もわきあがってくる。
そう言えば、人間は暗闇に対して根源的な恐怖を抱くものだと言う話を聞いた事があるように思う。俺はまさに今、それを実体験している訳だ。
―――本当に心細いな、これ。
早く終わらないだろうか、なんて考えながら作業を進める。
だがその時、僅かに呼吸が苦しくなったことに気が付く。
更には僅かな眩暈、吐き気と心臓の痛さ、体の震えが来て、立っていられなくなり近くの木へともたれかかる。
その時、この村にやってきて数日目の夜にも似たような経験が有った事を思い出した。あの時は、まだ親しくも無かったラスティアさんにも見られていたが、…もっとひどい症状だったと思う。
そしてもう一つ、確かあの時、空になにか、透明に近い靄のような物が浮かんでいたのでは無かっただろうか?今となっては記憶もあやふやだが…そう、あれは多分、壁を貫いて現れ、また壁の外へと抜けて行ったのだ。
それを思い出し、俺は空へと目を向ける。もしかしたらこの胸の傷みはあれと関連したものなのかもしれない、と。だがしかし、俺の視界にはそれは映らない。ならば、あれは俺の体の不調とは全く関係なかったのだろうか?
まあ、全ての事に関連性があると考えることも、また不自然ではある。考えすぎだったということにしよう。
丁度そのころ、体の不調も消えていった。
前回はもっと症状が重かったよな、と思いつつ、再度起句を唱える。今の痛みで集中が途切れてしまったのだ。
今は、午後三時くらいだろうか?ロルナンの時のように陰陽に数字を付ける形で時間を表すことはできない。何時を基準としている物かを忘れてしまった今、もう昔の感覚しか残っていないのだ。
しかし、刻と使うことも多くなったな、俺もこの世界での生活に随分と慣れたらしい…なんて考えて、再び魔術の効果が無くなっている事に気が付く。
集中力が切れている事はもう間違いない。
少し休もうと、今の今までよりかかっていた気へと、今度は座って、背を預けた。
「―――ぅ」
後頭部を木の皮にこすりつけるようにうなだれてしまい、その痛みで目を覚ます。…目を覚ます?
「…寝過ごした、か?いや、判断付かないな」
一度村へと戻るべきだろうか?俺自身、決して気温が高いとは言えない今、外で何の気なしに寝てしまうとは思っていなかったのだが…疲れていた、というのもいいわけにはならない。
まあ、寝ていると事を見つければだれかが起こしてくれるはずだろうし、まだ晩餐までには時間もあるのだろうと考えて、もう少し水路を伸ばそうと魔術を使おうとし、
「タクミ、見つけた。晩餐」
「ちょっと修行が長引いちゃった、ごめんね?」
その水路を通って現れた二人に声を掛けられる。
「あー…俺もあんまり作業が進まなくって」
「確かに。もう少し伸びているかと思ってた」
「やっぱり土の量が違うのかな…タクミ、ちょっとこっち来てみて」
「え?」
カルスがそう言うので、小走りでそちらへ行く。
するとカルスは俺の顔を見つめてきて、何か得心したように頷き…まさか!
咄嗟に顔を背けるが、もう遅い。
「タクミ、何か目、紅くない?」
「…まさか」
「………はい」
意地を張って否定しても意味は無い。
俺は素直に、二人に対して居眠りしてしまったことを明かしたのだった。
卓克は卓克で、能力についてはずるいと感じたりしています。『戦闘昇華』はまだ生き残る為という側面が強いですが、『術理掌握』は本当に、努力と言うものをないがしろにしますから。
その上、それを望んだのは自分だという事実も分かっていますので。




