第二十話:違和感
「………ふうん」
あ、手応え無い。
いやしかし、ここで焦れば余計に信憑性が下がってしまうと言うものだろう。
説明しなければいけないことはしつくしただろうか?…強いて言うなら、瘴気に打ち勝つ方法だろうか?
俺も理解できてるとは言い難いのだが、さて、どう説明すればいいのか。
「さて、まだまだ疑問も多い事でしょう。質問は受け付けますが…今はもう一つ」
冷静に対応するつもりが、しゃべり方がおかしくなっている事に気がついた。…ボロが出始めている。嘘をついている訳でもないのになんていうことだ。
だがまあ、それはそれで良いだろう。難易度は上がったが、しかし俺が話術で圧倒すれば…。
無理そうだな。
「皆さんの体は瘴気によって傷ついてしまう、という話でしたね?それは事実でもあるのです」
「…だろうね。族長の体には薄れたけれど傷が有るし」
そう言ったのはフィディさん。族長自身も瘴気の壁へと振れていたことに少し驚いたのだが、よく考えればあれほど外へ出たがっている人が挑戦していない筈も無いと思い、納得する。
「しかし、先ほど言った通り、皆さんには瘴気に打ち勝ち祓い清める力が有るのです。その力を振るうために必要な事は、即ち自らが神の…子孫であるという自覚を持つ事、そして、だからこそその力を使えるのだと信じる事なのです!」
駄目だ。確実に駄目だ。手応え皆無、胡散臭い物を見られているようにしか感じない!
…自分の話術の低さに絶望した。もしこれで『信じる』と言われたとしたら、それはどう考えても慰められているのだろう。
「………なるほどね」
フィディさんがこちらから目を反らしながらそんな事を言う。納得なんてしてないじゃないですかその反応。
辺りを見回して、しかし誰ひとりとして視線が交錯しないという事実が恐ろしい。
というか、今皆の頭の中で俺は『瘴気によっておかしくなった』くらいの扱いになっているんだろうな。
だがどうする?焦りすぎたのは事実だが、どうにか信じてもらわなければいけないのに。
しかし、良く考えたら神からお告げを貰えるとか、そう簡単に信じてもらえる筈がない…のか?皆にとって、神ってどのくらい現実に即した存在なんだろうか?
例えば、地球に住んでいてこんな言動の奴を見かければ、『ああ、新興宗教』って思っていた事だろうし…実際に認識がその程度であれば、俺もそんな風に見られている訳だが、さて。
「タクミ…!」
声を聞きそちらへと視線を向ければ、何故か悔しそうに視線を斜め下に送り、拳を握りしめ震えるカルスの姿が。
…悲しんでくれているのかもしれないのだが、俺は正気なのだ。
だがしかし、実際どうすればいいのか。自分の事を正気だと言うやつは大概正気に見えなくなる物だし。
とりあえず脱出に重点を置くか?…いや、瘴気を消す力を蘇らせることができれば、壁を壊す必要すら無くなるかもしれない。
やはり信じてもらわなければならないが…認識を確かめるか。
「…えっと、まず、俺の話の何処が信じられなかったですかね」
「…何処が、というより、ほとんどだ」
フィディさんの返答は、まあ、想像通りだ。そう簡単には信じてもらえないのは当然なのだ。
「女神アリュ―シャ、というのは聞いたこともある。ようは、壁の外の宗教において祀られている神の、その眷族とでも言うべき女神なのだろう?…確か、聖十神教か」
「…そうなんですか」
「ん?」
知らなかった。アリュ―シャ様に上司が居る、といった内容の話は以前聞いた事が有ったような気もするが…となると、ロルナンにもあった聖十神教会にも出向いた方が良かったかな?お布施は恐ろしいが、得難い情報を得られていたのかもしれない。
…というか、上司というのはその聖十神の方なのだろうか。神話なんて、ゲームなんかで見る内容以外知りはしないが、その部下というとかなり偉い方だったのでは?
まあ、神様だと言う時点で考えるまでも無く偉いのだろうが。
それはともかく、アリュ―シャ様の存在自体は信じてもらえる…んだよな?
「充分に偉大であり、また、多くの神が生きるとされている事からしてその内の一柱が人の世に下りたとしてもそこまでの違和感は無いが、…それが私たちと言われても、正直信じられないな」
人間、そんなものだろう。例えば、昔の武将の子孫だという人物が居るとする。それがテレビにも出演するような有名人であれば、疑うことも無く納得するだろう。
だがしかし、それが自分や、今までそんな話を聞いたことも無い身近な相手だったとしたら?家系図などの証拠を見せられた所で簡単に納得することはできないだろう。
その上、こちらとしてはまだ客観的な証拠を何も提供できてはいない。…そもそもアリュ―シャ様から直接何かをする事が出来ない以上は、俺が話す内容しかない。妄言だと断じられた時点で終わりなのだから、もう少し考えて話すべきだった。どうして行動する前に考える癖が付けることを忘れるのか。
…とにかく、一つ一つ疑問に答えていくしかない。まだ、フィディさんは信じてくれようともしているのだから。
「証拠…と思っていただけるかは分かりませんが、まず第一に、その魂光です」
「…これか。確かに外では、普通に存在するものではないらしいな」
「それは、魂とまで密接に結びついている神の力が、しかし使用されることなく溜まり続けた結果だと。…許容量を越えて外へと漏れ出しているんです。悪影響は無いらしいですが」
神の力、なんて言葉を使った時、いよいよもって簡単には信じてもらえないだろうと思った。実際に神に出会ったことのない人からすれば胡散臭いことこの上ないだろう?しかも俺自身、アリュ―シャ様の受け売りで話しているから、確信はあっても実感は無いと言う、人に何かを信じさせるにはあまり向いていない状態だ。
「なるほど。ならば次、瘴気に打ち勝つ、という力については?」
上手く説明するための言葉を考えながら、少し意識を周りへと向けてみる。
どうやら、カルス、師匠、ミイスさんの三人は、とりあえず俺とフィディさんに会話を続けさせるということにしたらしい。
「少し長い話になりますし、受け売りの言葉ですが…女神さま曰く、『瘴気に侵され人を襲う忌種を倒し、その瘴気を浄化することが必要と判断した、まさにそれを得意とする女神は地上に下り…しかし、人と同程度の力しか持てませんでした』」
「ふむ…?」
―――そして、一人の力での浄化は不可能と考えた女神は、子孫を増やし、世界中の瘴気を浄化しようとした…とまで伝えたが、証拠としては弱いか。特に、皆がその子孫なのだと言う情報を足す為に。
ならば、そこにさらなる情報を足すのだ。
「しかし、それを恐れたのは、アリュ―シャ様達と敵対する神々です」
「「…え?」」
辺りからも疑問の声がする。何故だ?…少し唐突か。だが、疑問を持ったのなら集中力が増している筈。なかなかに信憑性の強くなる話だから、どうにか巻き返すこともできるのではないか?
「人からの信仰を力とする神にとって、人類の減少はそのままに危機です。だからこそ、相手の神が存在している世界に対して最大限の嫌がらせ…例えば、忌種を増やしたり、なんて真似を行います。
しかしそこで、瘴気を消すことのできる皆さんの存在を知ってしまったのです。彼等の目的を達成するために、皆さんの事を瘴気の壁で閉じ込め、外へと出る事が出来ないようにしたので…」
あれ?
………いや、やっぱりおかしいよな、これ。自分で口に出して気が付いたけれど…。
何で、瘴気を消す力を持つ人々を、瘴気の壁で閉じ込めたんだ?
よく考えよう。その時点で瘴気を祓う力を失っていた場合を考えれば…、閉じ込める理由が少し少なくなるけれど、もし力が戻った時の為に、ということが有力か?
いや、違うな。結局力が戻ってきたとすれば壁はあっさりと破壊されてしまう訳で、瘴気で作る筈がないことにかわりは無い。
でも、力が有る内であればそれはなおさらで…。
アリュ―シャ様との密度の濃い会話を思い出す。
確か、瘴気に干渉する力が強いから、祓おうと思わず触れることで悪影響だけを受けてしまう、だったか…?
それを再度条件に入れて考え直せば…力の使い方を忘れた後、瘴気の壁で囲み、それに対して恐怖を持たせることで瘴気に打ち勝つ力が有るという発想そのものを奪った?
だが、それはそれで変だ。単純に、何故力の使い方を忘れてしまったのかという疑問が有るから。
だってそうだろう?瘴気を祓うことを目的として地上に下りたと言うアリュ―シャ様が語る女神さまは、|その目的から外れることなく《・・・・・・・・・・・・・》、達成するためにこそ子孫を作り、自分と同じ事が出来る人を増やしたと言うことで正しい筈だし。
だと言うのに、なぜ誰もその方法を知らないなんて異常事態が起こると言うのか。黙っておく理由なんてどこにもない筈だ。
何時までだって語り継がれていておかしくない筈だと言うのに、それを知っている人は誰もいない。
そう言えば、瘴気その物についての知識がなかったんだよな。族長も含めて。
…答えは出そうにない。
しかし、もう一つ可能性が有ると言えば、有るのか?
何らかの理由で力を失った子孫たちを保護するために保護した、とか、あるいは、遺伝子の拡散を恐れ
「タクミ君?黙りこくってどうかしたのかい?」
「ッ!うぇ!?」
しまった!思考に没頭しすぎて会話を忘れた。
くっそ、自分の中で全然議論に決着がついてないぞ?
「い、いえ、ちょっと女神さまからのお話について考えてしまいまして!すいません」
「そうか。それで、どうして敵の神は私たちを瘴気の壁で囲んだのかな?」
あ、もしかして同じ所に違和感を感じてらっしゃるんですかね?
「あー…。瘴気を祓う力を失い、その方法を知らなくなった皆さんは、しかし、その身体に瘴気に対して強く干渉する力が残されていまして。ただ、祓うと言う方向に作用しないことで、皆さんの身体が傷ついてしまったそうです…よ?」
『あー』とか口をついてしまっている時点で信憑性が霧散してしまったような気がする。
というか、少し前から部屋の空気が弛緩してしまっていると言うか…真面目な話と思われていない様な。
「そうかそうか。うん。………タクミ君がこのベッドに横になってくれ」
「いや、頭をやられている訳じゃあないんですって」
まだ少し辛そうな人にベッドからどいてもらうわけにはいかないし、それ以前に何の問題も無いのだ。
「え、っと。…あの、今どのくらい信じてくれているのか、割合で教えてもらうことってできますか?」
「難しい事を言うね」
「…難しいですか」
「あ、いやそういうことじゃないんだけどね?三、あ、四割で」
温情の一割追加も虚しく、半分以上虚偽として扱われているのが現状ということか…。
「どうすれば信じてもらえますかね」
「え、ど直球?」
斜め後ろからカルスの困惑が聞こえたが、正直気にしていられない。というか、これは本音なんだよ。
フィディさんはベッドへ腰かけながら、顎に手を当てて少し考える。
「たとえば、だけどね?タクミ君の言うアリュ―シャ様の声が直接聞けたりしたら、簡単に信じることもできる。ただまあ、それは難しいんだろう?タクミ君事態、いつでも会えると言う訳ではないんだろうし」
「あ、はい。…ここ数カ月は一度もお会いしたことはありませんでした」
「…これで、少なくともタクミ君がアリュ―シャ様の声だけではなく、姿までは認識しているっていうことが確認できたわけだ」
「………うわ!」
え、ええ!?うわ頭良いフィディさん!
というか、あっさりと情報を抜き取られてしまったような。…この場合は良いんだよな。信じてもらうことが必要だったんだから、フィディさん本人が信じられるような情報だったらそれでいいのか。
「おお…!」
「あなた…」
「え?なに?どういうこと?」
辺りから、師匠の感嘆、ミィスさんの呆れ声、カルスの再びの困惑が聞こえてきた。
「それが分かった以上、アリュ―シャ様、というのが何らかの魔術によって生み出された幻覚だったりしない限りはほとんどタクミ君の言葉が真実ということにもなるわけだ。
残りの不安要素はその女神さま自身が全ての事態を把握している訳ではないと言うこと。情報を渡す際に、知っている事は全て渡したのだろうし、それでも足りていないと言うのなら、知られていないこともあるのだろう。
―――やれやれ、私たちが神の子孫、ね」
「―――信じてくれるんですよね?」
「ああ、可及的速やかに実証実験…と行きたい所だが、どうする?」
「はい!…といっても、こればっかりは俺にはどうにもできませんよ?」
俺が神の子孫という訳ではないのだから当然だ。危険のある事件をしてもらうことになる訳だが、…誰に行ってもらうべきなのか。
そんな風に考えながらフィディさんに視線を向けると、その表情から特に悩んでいる様子を感じられないことに気が付く。
「まあ、通すべきスジって物が有るからね。さっきは危険な実験にタクミ君を突き合わせてしまった訳だし、次は僕の番だろう」
「…え!?いや、それは流石に!」
「『流石に』、最初から壁に突入したりはしないよ。まずは、近づく際の不快感や痛みの軽減ができるかどうかから確かめるさ」
「でもフィディさんは体が弱いですし…万が一が有った時、危険度は跳ね上がります。肉体的に頑健な人を選ぶべきだと俺は考えるんですけど…?」
そこで真っ先に思い浮かぶのは…族長か。
だがしかし、俺が気絶させられる前の会話が胸に引っ掛かる。
「そう言えば、族長に何かあったんですか?なんだかあの時、妙に必死そうだったような気が」
「ッ!」
俺がそう言えば、これまでほとんど湯らがなかったフィディさんの気配が僅かに揺らぐ。これは動揺から来るものだろうと言う予想をし、ならばなぜ隠しきれないほどのそれを得るのかと追求しようとし、
「タクミ」
背後からの師匠の声と、肩に掛けられた腕で止められる。その声は僅かに震えていて、こちらの思考など続けては居られなかった。振りかえり、顔を見ようとするも、俯いている事とほとんど間後ろに移動していたことにより全く分からない。
だが、思っていたよりも重要な問題が有るのだと言うことは分かった。…話せないと言うのなら聞くべきではないか。もし師匠にとっての家族関係が問題だと言うのなら、より一層口出しするべきではないだろう。
「フィディさん、ちょっといいですか?」
そう言ったのはカルス。立ちあがったまま一歩こちらへと近づき、そして言葉を続ける。
「その実験、僕にやらせてください」
「え?」
「カルス?」
何故に?ああいや、カルスの方がフィディさんより体は強いし、どちらかと言えば適任ではあると思うが…頑健さという意味でならもっと上の人は何人かいるのだが。
「僕の方がフィディさんより適任だと思うし」
それは俺も思ったことだが、しかしその決心をつけるには条件が少し少ない気もする。…それが何を考えるまでも無く行われたのだとすれば、俺の目指す姿と同じなのだと言うことにも気がついたが。
「それに、さっきは考えのあっての行動に対して、結構怒っちゃったので。一種の罪滅ぼしだと言う事にしてください」
「いや、結構なんて言うべき物じゃあ無かっただろう?怒っている事が分かると言う程度で、理性は保てていたのに」
「…まあ、いろいろと思う所もありまして。フィディさんの言う所も、違う意味で関係してもいるんですよ。心境は複雑です」
「で、でもカルス…」
「はいはい、タクミは変な所で落ち込まないの。というか、ちょっと考えてみて?もしフィディさん以外から選ぶことにしたとして、この場にいない人に対してはもう一度説明する手順が要るんだよ?」
「…タクミだけでは、説明できない。会話という言葉から、実証することも、タクミ自信がそれを認識した今、もう自然な形には、ならない。
選択肢は、ここに居る四人だけ。フィディさんを除外したら、三人」
そう言葉を継いだのは師匠。その表情からは、先程の感情の揺れを読み取ることはできない。
「…確かにそうですね。全然、そこまで考えが追いついていなかったです」
「で、タクミもそう思っていると思うけど、こうなるともう、一択みたいなものでしょ?」
―――なるほど、そういうことか。
「女性に危険なまねはさせられない、って事?カルスはそういうこと出来るタイプか」
「タイプ…?まあ、つまりそういうことだね。あんまり言葉に表されたくないけど」
格好良いじゃないか。知らなかった一面だが、いやはや、そう言う事をしれっとやってのけるんだね、カルスは。
「…正直、私の方が、体以外の、力を使うことには、慣れているんだけど」
そう言うのは師匠。なるほど、それもそうだ―――が。
「師匠。…男って、そういうものなんですよ」
「もう関係ないからね。思った時に挑戦するだけだよ」
カルスと二人でそう反論する。実際の所理論なんて成り立っていないが、少なくともこの時、カルスとは強く繋がったような感覚を得ていた。
…あ、良く考えると、
「もしかして、フィディさんもそういう考えだったんですか?」
「い、いや、そこまで考えてはいなかったんだけど…」
「無意識ですか」
「これはまた」
「あれ?これはどういう状況なのかな?…というか、もっとまじめに話している筈だったのに」
確かに、何時の間にやら真面目な空気などは霧散しきっており、完全に日常の空気に支配されていた。
「はい、一段落した所で、皆で一休みしましょう」
ミィスさんが砂糖水まで持ってきたので、もう元の空気に戻ることは無いだろう。
元々瘴気の消し方を忘れていたのなら瘴気で囲む必要はなく、消せると言うのなら瘴気で囲むような愚は犯しません、と。
…ここが長くなる事を予想していなかった。




