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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第三章:暗中の白、浄化の光
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第十六話:族長の求めるもの

 四人で族長の目の前に残って、次の言葉を待つ。もう他の参加者は全員帰った。何というか、呆れたような視線でこちらを見て行く人が何人かいて精神的にきつい物が有った。

 しかし、実際のところどうなんだろうか?族長は、俺たち四人の現状を分かって待機させているんだろうし、詳しい説明も期待できると考えていいだろうか?

 そう考えていると、族長がゆっくりと口を開く。


「…お前たちも、良く頑張った」


 そこから出たものは、俺達を称賛する言葉。だが、単純にそうと受け止めてはいけないのだろう。あっさりと終わる話であれば、全員が帰ってからこれまでの時間を開ける必要は無かった筈だから。


「だが、少し行きすぎたんだ。…あれは、積極的にのめり込んでいってほしいものではない」

あれ(・・)、ですか?」


 族長に聞き返したのはグベルドさん。参加者側としては最高齢だと思われ、外見年齢は二十代後半から三十代前半と言った所。族長とも、二十と少ししか年の差は無いであろう。


「今日の修行の後半、目隠しを外されていた三人には分かっているのではないか?自分たちと、カルスやシェイフの動きと、自分たちのそれとの違いが」

「…はい」

「確かに、見るだけで分かりましたよ」

「動きが最低限で、俺たちの激しすぎる動きとは違う…」

「…そうだったんですか」


 最後に一言添えたのはフィィツさん。族長から僅かばかりの手加減をされた彼女ではあるが、修行が終わり、族長による招集を掛けられた時もまだ、意識は回復していなかった。

 少し前に回復、状況を説明されてこうしてこの場に残っている。

 俺たちが大凡全ての事を把握したと判断したのだろう、族長が説明を続ける。


「私が君たちに教えたかった事は、如何にして危険から身を守るか、ということだ。それは分かってくれていたと思う」


 それはまあ、そうだろう。そもそも普段の修行内容からして、その八割ほどは族長の攻撃を避け続けると言うものだったから。


「そしてそれは、カルスやシェイフのような動きを指す。本来、つまり、光も音もある状況において、あの動きが元からできていたと言うのなら、一対一で逃げ切ることすら可能だろう」

「一対一で、逃げ切る…?」


 …戦いが始まった段階で、今回の場合格闘なり武器なりの接近戦。その状態で、相手の攻撃を避けるだけでどこか安全な場所まで逃げ切る技術…うわ、どうやったらそんな事が可能なんだか想像もつかない。相手の疲労を待つのだろうか。


「ああ、そうだ。だが、君たち四人のそれは違う。カルスたちのそれは生きるため、常に安全を求め続ける為の、消極的な『本能』だとすれば、君たち四人が目覚めてしまったのは、むしろ相手を狩ることによって安全を確保する非常に好戦的で積極的な『本能』だ。…私は、自分から君たちが争いに飛び込んでいくことを望んではいない」

「…族長、しかし、外では戦わなければいけない時というものも、待っているのではないのですか?私は、その時に臆したくは無い。…戦いの為の『本能』が私の中にあるのなら、私はそれと共に有りたい」


 そう答えたのは少し呆然としていたままだった筈のフィィツさん。

 俺としては、彼女の言い分に賛成だ。そりゃぁ、村の人たちみんなが好戦的な考え方に染まっていく、って言うのは俺もちょっと拒否感はあるけど、外は危険が多い。忌種に襲われれば、殺すまでずっと追いかけられ続けるのだろうし、人と争いになると言うことだってあるだろう。…そうなってしまえば、本当に恐ろしいのはそっちだ。そう簡単に嫌悪感は消えないだろうし、何より狡猾。一人一人が生き延びるための技術を持っていようと、抗えない時は生まれる。

 しかし、族長の言っている事が分からない訳ではない。いや、完全に真意を理解できているとは言わないが、この村の人々が好戦的になるのが嫌なのだろう。俺が先程考えていた事と似ているが、この場合もっと具体的に、外に出た時、何かいさかいが有るたびに暴力が第一の選択になると言う状況を恐れているのだと思う。

 確かにさっき俺が感じたあの『本能』は、前提として族長の攻撃を避けると考えていたから良かったものの、そうでなければ族長に攻撃していたっておかしくなかった衝動だった。―――一体何のために背後をとったり、攻撃を避けながら近づいていたのか、ということである。

 そう考えれば、なるほど、確かに危険だ。しかも、こちらは四人、あちらは二人、という単純計算から考えて、放っておけばこちらが完全に多数派になってしまうだろう。それを思えば、族長からの『本能』に対する危険視にも納得せざるを得ない。


「…村の内部において、それが少数で有れば問題は無い。皆が村を裏切るなんてもとから考えてはいないし、そもそもとして、戦いの時は必ず訪れる。それは確かだ。その為には戦力が必要だし、自ら攻め込むことすらできないでいては意味なんてないだろう」

「では…」

「…一度『本能』に目覚めれば、それを逆へと向けることは難しい。特にタクミ、お前は一度、あちらへと向かっていたと言うのに…」

「へ?俺が、ですか?」


 そう言われて思い出すのは、一度族長から肩を叩かれた時の事。…確かに、比較的自然と身体は動いていたけれど、あれを追求するべきだったのか…。


「まあ、今さら遅い。…そもそもこれも、一種の私の愚痴みたいな物だよ。悪かったな、年寄りの長話に付き合わせて」

「い、いえいえ。全然嫌な話じゃあ無かったです。…でも、何だかすみません。結局変な事になってしまって」

「そういうしみったれた事を言うものじゃない。よし、皆帰るぞ。…昼食に間に合うかは、怪しいな」


 それを聞いた途端フィィツさんが走って村へと帰ったんだが、あんなに食欲旺盛な人だとは知らなかったのでとても驚いた。

 自然と全員歩みを速めていく。どうやら、食事にはあり付けそうだ。


◇◇◇


 カルスも師匠も既に食事を終えていたらしく、久しぶりに一人で食事をとった。一人で食べる事の方が少ない、という状況に喜びを感じながら食器を洗いに川へと向かうと、そこで師匠に遭遇する。…いや、師匠は俺を待ち構えていた様だ。間違いない。だって俺の顔を見た時、うっすらと笑ったから。

 何か良い考えでも浮かんだのだろうか…?とりあえず、師匠へ修行の終了を伝えに行く。当然師匠もそんな事は分かっているだろうが、いきなり本題というのにも芸がないだろう。


「師匠、とりあえず今日の修行は終わりました。師匠は、食器の片付けの帰りですか?」


 それが分かったのは、足元に置いたままの御膳だ。地面に置いてもいいのか?とも思うが、湿っている訳でも無いので汚れる事は無いだろう。


「うん。ところでタクミ、これから時間ある?」

「あ、はい。今日は狩りに参加しない事になっているそうなので、これからは特に何もありません」

「だったら、来てほしい」

「…?わかりました。今すぐですか?出来れば、食器を洗っておきたいんですが」

「そのくらいの時間は、待つ。私は、村の方で待っているから」


 師匠はそういって、足元からお膳を拾い上げて村の方へと歩いて行く。俺は川の方へと急ぎ足で向かった。

 急ぎ過ぎて食器を落としそうになりながらもどうにか洗い終えて、いつもより五分は時間を短縮して村へと戻る。すると、先程と同じように師匠が待ち構えていた。

 食器を片づけて、師匠と向き合う。


「タクミ、以前言っていた、中心以外の魔方陣の基部へと干渉する事が許された。…きょう、一度目の実験を行う。異論は、ない?」


 師匠は俺に対して問いかけてきているが、当然、俺からの答えなどは分かりきっているのだろう。俺だって、それ以外の答えなんて思い浮かびもしない。


「有りません。…行きましょう、師匠」


 俺がそう返すと、師匠はうっすらと微笑んで、村の外へと歩き出す。

 その表情を見ていると、知らず知らずに俺も嬉しくなっている。いや、脱出に対して新たな一歩を踏み出す事が出来たからだろうか?

 ………今日の実験が成功すれば、脱出の方法自体は完成する。半液体状の瘴気の対策さえ完了すれば、後は族長の意思一つで壁の破壊を実行可能という段階になる。

 意地でも今日の実験は成功させてやる。『飛翔』も使いこなし、魔方陣を破壊するのだ。

 その意思を固めて、少し、歩みを速めた。

 村から二十分ほど歩いて、海にも近い方向、もう少しで基部の下に着く。

 以前渡された木板の内容は、何度も食い入るように見つけた結果かなり強く記憶に刻み込まれている。ほとんど間違いないだろう。

 師匠が立ち止まって、こちらへ振り返ってきたので確定だ。


「私も見ているから、やってみて」

「早速、ですね…!って、師匠は大丈夫じゃないですよね?真下に居たら流石に」


 基部を破壊すると、その周りの瘴気は下へと落ちる筈だ。大猟とは言わないが、危険が有る以上離れておくべきだと思う。それとも師匠には、何か手立てが有るのだろうか?


「…忘れてた」


 師匠は僅かに頬を赤らめ、森の方へとゆっくり歩いて行く。

 弟子に自らの失敗を見られてしまった事が恥ずかしかった、という事だろうか?だが俺としては、師匠も壁からの脱出に対して期待を重ねているという事実に共感、幸せだ。


「それでは行きます、師匠」

「分かった。案内は、私が行う」

「はい、お願いします。『飛翔』」


 自分で考えていたよりずっとあっさりその起句を唱えて、身体の浮遊を自覚する。

 何処へ飛ぼうか、なんてまだはっきり意識はしていなかった筈なのに、そのまま、一切違和感の無いままに身体は空へと昇っていく。


「タ、タクミ、少し行きすぎ!…そう、ゆっくり、…そこ」


 師匠の指示すら、どこか遠く感じる。

 なんとなく、上手くいっているような気がするが、ほとんど無意識で動いているような物だな、これは。

 …感覚によって思考を鈍らせてしまった。最早強くイメージすることなく飛べるのなら、それ以外の事へと意識を集中させるべきだろう。

 すなわち、師匠の指示と、基部に対する干渉。今考える事はこの二つだけだ。


「…師匠、もう始めても大丈夫ですか!」

「大丈夫、距離はとったから!」


 その声は、確かに先程よりも離れた所から聞こえてきた。流石にこの距離なら特に問題は無いはずと考え、次の指示を待つ。


「まず、基部の間所を、正確に意識して!そのあと、一本一本の回路へと意識を回、すの!」

「分かりました!師匠、もう少し声を落としても大丈夫です!喉が…」


 師匠がここまでの大声を張り上げる所などそう聞いた事は無い。それは普段から、また、今までだってそうだろう。現に今、最後まで大声では喋りきれず、咳き込んでしまっていた。


「き、聞こえている?」


 ほんの少し聞きづらいが、問題なく全ての発音が聞き取れる。


「はい。その声でちょうどいいと思います」

「分かった。…じゃあ、始めて」

「はい。…行きます」


 基点が何処にあるのかを探知して行く。壁の内側というのは、冷却の魔方陣で言うと、基点となる金属片が刺さった面の裏に当たる。故に、単純な目視は勿論、それ以外の方法でも一瞬で何処に基部が有るのかを見抜くことは難しい。

 だが、魔方陣そのものは決まった場所に魔力を流すことで動いている物であり、魔力を見る事が出来れば、その流れが多く集まる基部だって見つける事が可能だ。

 瘴気とは違って、慣れてきた今は集中する程度で魔力の流れも見る事ができるようになった。だから、今も見つけられる。

 俺の無意識は師匠の指示を正確に聞いていたらしく、起点はちょうど目の前に会った。実際の場所と木板に書かれた回路図を完全に脳内で同期させている気がする師匠は本当に凄いな、と思いつつ、そこから伸びていく回路を一本一本認識して行く。

 今回魔力の流れを回路から外すのは、この基部から海側へ、つまり、端へと延びていく回路だけだ。中心方向へと延びる回路にまで干渉すれば、瘴気の落ちる範囲は拡大、現状では対策のしようがないので危険だから、つまりはそういう単純な話だ。

 脳内で回路を描いてみれば、小さな雲から雷が幾十も降り注いでいるようにも見える。基点以外でも回路は交差している。少し強い干渉で無いと、魔力の流れを乱すことは難しそうだ。

 ―――これが終わったら、大きな力を回路へ掛けられるようになるべきだろうな、本番の為に。

 そんな事を考えている俺自身に気の緩みを感じ、再度気を引き締めて、脳内のイメージが完璧と言える精度に近づいたことを確認する。


「師匠、準備完了です」

「いいよ」


 あっさりと許可も出たので、イメージが揺らがないようにすぐさま実行。

 魔力で押し流すのではなく、魔方陣を流れる魔力が、その流れから外れ、回路から剥離されていく様を強力にイメージ、魔力を使って、その事象を現実にする!


「『剥離:魔力』!」


 起句を唱えて、観察する。暗くても、魔力の流れは感じ取れるから、少し遠い、海の中へと壁が消えていく場所まで確認は出来た。

 そこを流れていた魔力が、少し遠くへ、まるで伸びたかのように一度揺れる。この基点から延びる回路の先は、皆そんな風に揺れている。

 それが、まるで植物から繊維を剥がすかのように、少しずつ流れを上方へと変えて、壁の外、日差しの溢れているであろう海上へと、何に動かされることなく広がっていくのがわかる。

 この基点から海までの間で、剥離された部分が三分の一を超えた頃、波が不規則に、そして、少し強く砂浜に打ち付ける音が聞こえてきた。瘴気が高所から落ちた事が原因で不規則になったのだろうが、強く、というのは…壁の瘴気が一時的に無くなることで、波が勢いをそのままに押し寄せてきたという事だろうか?

 だが、恐らくすぐに瘴気の壁は修復を始める。魔方陣の回路は複雑に入り乱れているから、他の起点の回路も、ほんの少しだけこちらまで延びている。それが、最低限の修復を済ませようとする事だろう。そうでなければこれだけで脱出は可能だと言うのに。


「―――ああ」


 それでも、見えるものはあった。


「太陽の、光だ…」


 ここで暮らし始めて数か月の俺の瞳にも辛いこの光、今まで一度も見た事が無いのであろう村の皆は、きっととてつもなく驚いている事だろう。何かあった時に即座の対処ができるよう、皆が起きているうちに今回の実験を行ったことが裏目に出たのかも知れないが、それでも、値千金の価値が有ると言っていい筈だ。

 あの光こそ、これから暮らす外の世界に満ちる光。壁に包まれているうちは、一生知る事の出来ない光だ。

 最初は、海に反射した光、それは、壁の亀裂が上へと向かっていくにつれて直射日光へと変わっていく。

 それを浴びた時、凄まじい程の懐かしさが俺の全身を襲い、一瞬使用中の魔術二つの事を忘れてしまいそうにすらなってしまった。

 ………まだ戻れない。壁をすべて破壊して、村の皆と一緒に脱出する事が出来るようになるまでは。

 瘴気は少しずつ穴をふさぎ、『飛翔』している俺の目にも、もう海の青は一欠片も見えはしない。

 だが、外の世界への帰還願望はよりその力強さを増した。これはきっと、俺の力になってくれるだろう。

 そう思い、もう一度太陽を見ようと視線を上げれば、瘴気が俺の身体へと落ちてきている所だった。


「ッ!」


 師匠たちほど体に影響も無いだろうが、俺だってあれを被るのは御免被りたい。数メートルほど下がり、瘴気を避ける。

 気が付けば、もう『剥離:魔力』の効果も終わり、後はゆっくりと瘴気が壁の隙間を埋めていくだけだった。

 ゆっくりと、地面へ降りる。


「…タクミ、さっきのは?」


 振り向けば師匠が、少し苦しそうな顔をして立っていた。


「師匠!?瘴気に近づくのは危ないです!もう少し下がりましょう!」

「わ、わかった。…さっきの、強すぎる光は?」


 太陽の光への興味が瘴気の苦しみに打ち勝ったということなのか、それは嬉しいが、冗談抜きで身体に悪すぎる。『飛翔』で少しの加速を再度得ながら、師匠を村の近くまで運んで行った。

 と言う訳で、脱出までの時間も、 もうあまりありません。

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