第十四話:本格化する修行
今日も清々しい目覚めだ。外は暗いが。
朝食も終えて、狩猟も終わった。俺の班はあまり良くなかったが、もう一つの班はそれを埋めて余りあるほどに大猟だった。
今日も『飛翔』の魔術の修行を行う…のだが、師匠から『今のまま続けても、意味がない』と言われてしまったので、一時的に族長の所に体術の指導をつけてもらっている。
今日のうち、というよりも、数時間のうちに俺に対して、画期的な修行方法を考えてくれるらしいので、それに関しても凄く期待が有るのだが…それよりもまずは、目の前に差し迫った危険に対処しなければいけない。
振るわれた右腕を、身体を一昔前の有名SF映画のワンシーンのように背中を反らすことによって回避。立て続けに放たれる右足での蹴りを、半ば無理やり、不安定な姿勢から宙返りすることでどうにか避ける。
一メートルほどの間合いを取って、軽く回転などの動きを交えながら俺に攻撃を加えて来た男―――体術教官である族長に対して、視線を向ける。
「随分と余裕じゃあないか?手を抜いているからと言って、考え事ができるほど甘い力加減にしたつもりもなかったが、…段階を引き上げるとするか」
「い、今のはかなりギリギリだったので、もう少しこのままでお願いしたいんですけど…?」
手加減を願い出てみるも、族長のニコニコとした表情には、そんな選択肢が存在していない事が有りありと示されているように思える。
まあ、修行中にそれ以外の事を考えている訳にはいかないよな。そう思い、もう一度集中し直す。
今の族長は、全然本気を出していない。少なくとも、それが俺の目から分かる程度には。
殴る、蹴る、というよりは、どちらかというと振っていると表現する方が正しい様な威力の攻撃…攻撃とも言えない程度の事しかしていないのだから、当然だ。
但し、こちらも行動に制限は掛けられている。つまりは、対処方法だ。族長に触れる事は厳禁なので、け止めるのではなく避けなければいけない。また、一度の族長の攻撃に対し二歩以上動くことはできない。つまりは、片足だけを動かすか、もしくは跳躍、しゃがみ込むなどして避け続けろと言う事。
最後に、族長が最初に立っている位地を中心にした半径二メートルの円から出てはいけないと言う制限を加えられている訳だ。
肉体的な疲労よりは、精神的な物の方が多い。常に頭を使い続けて、そして、族長の動きが連続五回を越えると、ほぼ確実に何らかの制限を超えた事をしてしまい、俺の負けとなる。ちなみにその場合、体育会系のノリにも近い物が発生しているのか、罰ゲームのような物として、村の周りを三周走ることになる。
まあ、罰ゲームが比較的軽めなのは、それ以降もしっかり修行を続けさせる為だろう―――ちなみに今日は三回走った。何というか、師匠が助けてくれるのを待ち焦がれていると言ってもいい。
そして、族長が一歩こちらへと踏み込んでくる。今までの、素早いながらも一つ一つの行動の度に勢いを消していたものとは違い、体重移動も伴って、着々と俺の動きを封じていく方向に動いているのがわかる。
族長の前進に対して、斜めに横切ろうと動いた俺の視界の端に、動きに気を配っていなければ気がつけなかったであろう、族長が後ろ回し蹴りを放とうとする前兆が見えた。
速さからして、一度見せてもらった演舞の時ほどのものではなく…しかし先程よりずっと、攻撃と表すべきものになっている。直撃した場合、痛いだけでなく、有る程度怪我も負うだろうと思う程度には。
体勢を低くし、背中すれすれに通り過ぎる族長の右足に冷や汗をかきつつも、再度族長を中心に回り込むように動く。というか、選択肢は基本的にそれだけだ。
回し蹴りの勢いを使って、既に俺を正面に見据えているらしき族長は、…当然と言うか、追うのではなく、俺の進行方向へ待ち伏せするように片足を伸ばす。俺は、例え攻撃では無かろうと族長に触れてはいけないので、こんな一つの動きでも充分に気をつけるべきだし、そして何より、族長がそれだけで終わらせる筈がない。
しかし、俺が近づいても、それ以上の動きを族長は見せない。
ここにきて俺は、自分の失態を悟る。意味もなく、勢いに乗って動き回るのがいけなかった。族長の出した足は、ただそれだけで俺に対する環菜として機能していたのだ。つまり俺が、『族長ならここから更に、もう一段階攻撃する』という認識を持っていると族長は看破していて、それに気をとられた俺の対応が遅れる、と考えていたのだ。そしてそれは、正解である。
足が出て来た時点で、動きを止めておけばよかったのだ。そうすれば、少なくとも一時的な仕切り直しにまで持ち込めた筈だったと言うのに。
今の勢いで止まれば、どうあがこうと今の動きの反動で身体は硬直し、そして、そこを族長に狙われる。その場合逃れることなどは出来ないので、どうにかあの足を避けなければいけない。
飛び越えた先には族長が待ち構えている。つまり、このままではいけない。とはいえ、立ち止まれないのは分かっているのだから…勢いを殺さずターン。
そう選択し、実行したその時には既に、族長は動き出している。動きそのものより、判断力、思考力の活用度が先程より増しているということかもしれない。つまり、俺をより追い詰める方向へ力を多く振るっているということだ。
具体的に表せば、俺とは逆向きにターンし、裏拳を放ってきている。俺も一歩を踏み出したばかりで、正直言ってかなり厳しい。
なりふり構わず倒れ込むように避けて、ギリギリで受け身を取り、その拳が横切るのを視線で追って、―――まだそれだけの余裕が有ると思われかねない―――急いで体勢を立て直そうとするが、
「これで終わり、だな」
「え」
裏拳を放って、再び俺に対して正対した族長が、無造作に左足で、立ち上がるために力を込めていた俺の両足を祓おうとしているのが見えた。
先ほどとは違い、立ち上がろうとしているので無理やりだろうが何だろうが跳躍することは不可能。かといって、体勢を立て直すには時間がかかりすぎ…いや、あえて倒れるか!?
「判断が遅い」
「うおッ!」
逆立ちに近い形で避けようと思ったが、対応も判断も遅れに遅れ、力のこもった足を見事に払われた。バタッ!という音と共に、地面に推された右ひじから胴体に痛みが走り、苦悶の声が漏れる。
俺の顔を見つめる族長は、少し苦々しそうに、
「肉体的な問題は、余り無いんだがな…。問題は、一つ一つの行動の度に考えている事か」
「…と、言うと?どのような問題でしょうか、教官」
修行中は族長だろうが誰だろうが教官と呼ぶことになる。
さて、俺としても、考えてから身体を動かしている事に対して少しくらいの自覚はあるが、それが問題?俺としては、無茶苦茶にならない様に理性で身体の動きを管理する、なかなか良い考えだと思っていたのだが。
まあ、族長にとってそれは大きな間違いなのだろう。キッチリと聞いて実行しないと、後で困るのは俺なんだよな、主に実戦で。
「どのようなも何も、そのままだよ。私は今、本気で攻撃していたわけではないのは分かっているだろう?そして一度たりとも、逃げ道をなくすような事はしなかった。…だと言うのに、たった四手」
「それは、確かにまずいですね」
「冷静に言っている場合かね?…タクミ君でもまだマシな方、というのがまた、悲しい事だよ」
…確かに俺以外で、明確に攻撃といえる物を受けているのは、一人、二人といった所だったように思う。合計人数として十五人程が族長に教わっている人数なので、…これでもマシな方ということになるのだろう。
いやしかし、言葉としてあらわされることで危機感は感じた。つまり今の俺は、本気ではない攻撃すら三回しか回避できないと言う事だ。実践なら、先程のあれよりずっと強く速い、命を奪う事を目的とするものが何度も何度も繰り出されるのだ。このままでは、一分だって生き残る事は出来まい。
「どうすれば、改善できるでしょうか…?」
「そうだな…。本能的に身体が動いてくれれば、文句など何もないのだが」
「本、能…?」
「分からない奴には難しいんだ。教えて伝わる物でもないし、どうするべきか…いや、良いかもしれないな」
族長の脳内で、何かひらめきが有った事だけは窺い知ることもできるが、それ以外は全く分からない。いやしかし、本能か。ちょっと難しい話だよな…。
確かに、本能として相手の攻撃を避ける事が出来ると言うのなら、それ以上はもはや望むべくもないだろう。それはきっと、生存という点において最上のものであるだろうから。生存本能という言葉が有る程度には、間違いない。
だがそれを、戦いの中常に発揮させると言うのも難しい話だとは思う。族長のひらめきが、それを覆すような物で有ればいいと思うけれど、さてどうだろうか。
そんな事を考えているうちに、族長は思考の海から脱出、こちらへと視線を向け、口を開く。
「よしタクミ君、今日はもう良いから、明日また来い」
「え?あ、はい教官!」
「おお、ちょうどいい事に、娘が迎えに来たようだしな」
そう言われて振り向けば、族長の家の方から師匠が歩いてくるのが見えた。
「タクミ、思いついた」
「は、はい!今行きます!それでは教官、また明日」
「ああ、それではな」
教官に背を向け、師匠へと歩きながら、ふと思う。人へ物を教える才能が、この親子にはあるのではないのか、と。
何故そんな事を思ったのかといえば、今の師匠と族長の顔に、普段のそれとは違う面影が感じられたから、だ。もしかしたら、考えついた内容は似たような物なのかもしれない。
俺が族長に挨拶をした時点で着々と村の外へと歩みを進めていた師匠を追いかけ、少し気が早いかもしれないと思いながらも、抑えきれない興味からつい、質問してしまう。
「師匠、一体どんな修行方法を思いついたんですか?」
「今までとは、違って、少し、厳しい方法。でも、これができるなら、間違いないって私は、思う」
「少し厳しい、ですか…?」
とはいえ、少なくとも『飛翔』の魔術に関しては師匠は放任主義…というよりも、それを人に伝えるのが難しいという理由で、俺にまかせっきりだった筈だ。俺もまた、教えを請う相手が居ない事から重点的に繰り返し使用して、まあ、少しの進展も有ったばかりだったけど…それでは足りないと言う事だろう。
そしてそれは同時に、師匠の伝える特訓方法が俺の今までのそれとは段違いの効率を持っているだろう事も伝えている。
正直興味津々だ。だって、空を飛ぶための修行だぞ?俺だって少しは飛べるようになってきたが、もうそのフレーズだけで興奮してくるだろう。三十路の男が何を言っているのかと思うかもしれないが、こういうことに歳は関係ない。何時だってそれが興味の対象で有れば、何処までも興味もわき出て、興奮してくる。
まあ、それが態度に出ているのか?と問われれば、実際はそんなことないだろう。誰かと会話していない時、俺の表情はそこまで動いていないと思う。無表情という事はなく、どんな感情を持っているか、という程度ならわかるだろうが―――会話中はそもそも考えている事まで察知される。多分人との会話に慣れていないからで、そうでない時は普通の人と同じくらいの筈。つまり読まれない、読まれない筈なのだ。
だがまあ、師匠にはお見通しなのだろうな。内心で無駄に取り繕っている間に、俺を見て微笑んだから。
俺が喜んだ事で師匠も喜んだ、そう考えれば幸せな物だが、さて、弟子に新たな修行方法を教えようとしている時に浮かべる微笑みというのは、そこまで自然に出るものだったか?
…邪推に意味は無い。そもそも、師匠の足取りは村を出て、今まで狩りでも向かった事のない方向へと少しずつ加速している。魔術に頼らなければならなくなる前に、きちんと着いて行った方が良いだろう。
その後十五分ほど歩いた所で、師匠が立ち止まる。村よりほんの少し北に壁の中心点が有る、という認識が正しければ、北東方面で、比較的壁にも近づいた場所ということか。勿論、事故で壁にぶつかるような場所でも、師匠が苦しさを感じるような場所でも無い。
「タクミは、そこで立ってて」
「了解です」
俺がそう答え、実際に立ち止まると、師匠は右手をその視線の先、鬱蒼と草木生い茂る方へと手を伸ばし、
「『加工:木槍:分割』」
と、起句を唱える。
その、以前聞いたものよりいささか物騒な内容に驚きを覚えた途端、木々がその形を変え始める。
具体的に表すのならば、表皮が長く裂け、地面に落ち、そして残った木の幹がねじれながら槍の様に、根元のみを一つとしたまま四つに分かれ、そして四方へと伸びた。
先に落ちた皮は立ち上がり、脆さを感じさせつつも、確かに槍の形状として空を突く。
草や葉は落ち、そして小枝も、かなり判別をつけ辛くはあったが地面で横たわっているようだ。
一定以上の太さ、または大きさを持つものを槍に変える魔術、といった所だろうか?一つ一つの大きさは、俺が師匠に魔術の正しい方法を習う前の『水槍』と同程度。動いてはいないが、例えば、落とし穴の下にこれが有れば即死は確定だろうと、そう思わせる光景である。
さて、問題は。
「師匠、一体これでどんな訓練を行う気なんですか…!?」
「とりあえず、木の上まで飛んで」
どうやら師匠としては、先に説明をする気は無いという事らしい。正直言って相当に不安だが、怯えていたってどうにもならないだろう。意を決し、『飛翔』する。
九メートルほど上昇し、下を見ると…心臓に悪い光景が広がる。しかも師匠は、ここまで俺が飛ぶまでの間にもう一度木の槍を生み出していたらしく、ちょうど二倍の面積において、木々が槍へと変化している。
一体何をする気なのか。新たな修行方法であるが故に、師匠の力の入れようは半端ではないのも分かるが、もしもこれを下から射出、それを空中の俺が避ける、なんて内容を伝えられたら、流石に断ろう。死の未来しか見えやしない。
「師、師匠?俺はどうすればいいですか?」
俺の問いかけに対して、沈黙を保つ師匠。一気に胸中で不安が増したが、どちらにしろ話を聞かねば始まらない。
「…もう少し上まで」
「あ、はい」
とりあえず五メートルほど上へ。十四メートルほどの高さともなると、もう純粋に高さそのものが恐怖を誘う。
「こ、このくらいでどうで、しょうか?」
「良い。じゃあそこから」
「はい」
「落ちて」
「…はい?」
聞き間違い…ではないだろう。つまり、ここから落ちる事が修行になる、のか?本当に?無駄に命を散らすだけなのでは?
説明不足だった、というのが実際の所だろうと辺りをつけて師匠の方を見れば、まさに再び口を開く所だったらしく、すぐに声が聞こえてくる。
「『飛翔』を使わずに加速を得て、槍に当たるギリギリで、再度『飛翔』するの。…かすりでもしたら、失敗。もう一回」
「…えーっと、ちなみにそれ、何処に落ちればいいんですか?最初は」
「当然、中心」
そんな気はしていた。…という事は、槍を避けつつその範囲外に出なければいけないわけだよな。
観察すると、木を木槍に変える魔術は、一度の使用で一辺…十メートル以下の正方形を作っているらしい。それを二度。つまり、現在はかなり大きな長方形の木槍エリアが出来上がっている訳だ。
当然、脱出まで短い距離で済む道のりと、長くかかる道のりが有るわけだが、しかし、長い辺の端と端を上下として見た場合の側面は、如何ともしがたいほどに槍の密度が濃い。師匠の事だから、それまで計算に入れて作っているんだろう。
「じゃ、じゃあ行きますよ?」
「どうぞ」
こう、何というか…完全にこちら任せにされると、より恐怖が増すな。例えば、バンジージャンプをするとき、人から推されると分かっていれば覚悟もできるだろうが、自分で飛べと言われれば、何時までもウジウジとしてしまう。
―――ああもう!こんな所で止まっていられるか!
「バ、バンジー!」
「…は?」
書きたい事が増える…!まあ、今は休みなのでどうにか消化できていますので、まだいいんですが。
明日も書きます。




