閑話五:開戦の兆し
投稿が遅れてしまって、本当に申し訳ありませんでした。…今日からは春休みなので。ペースは上げられると思います。
『報告、十二の月二十五日、帝国側より王国へ、近年の小競り合いの域より逸脱する派兵を確認。侵攻先各領主率いる騎士団、魔術士団の配備、可能ではあるが遅きに失する可能性大、至急王都、また、王国内部領より派兵求む
セイデク市・クベル村領主ウォルクス男爵配下、べルトーブ・セグク』
『返答、援軍派兵、承る。しかし、帝国側の陽動の可能性も存在する現状、余りの大軍の派兵は不可能。王都近辺、及び西方諸侯からの派兵は確保済みだが、恐らくそちらの戦力には下回る事だろう。
これが本格的な開戦の幕開けとならん事を願っているが、場合によっては、こちらからの本格的な派兵・出兵、及び、聖教国との同盟関係を利用、二国による共同戦略を展開する事まで、協議を進めさせて頂く。
十二の月二十八日 アドリサィ・スィニヤィル侯爵』
『―――緊急の連絡を受けてすぐ、手紙もしたためた、自分が持てる、全てのコネも使って派兵の許可も取り付けたが…場合によっては、手遅れかもしれんな』
徹夜明けの目には、いささか厳しい日差しだ。現実逃避的に、窓の外を見ながらそんな事を考えた男は、再び気を引き締め、迫る危機に思考を巡らす。
スィニヤィル侯爵邸、王都貴族街に存在する屋敷の一つで、その主は一つため息をついた。
王国の危機かもしれない。いや、後手に回れば間違いなくそうなるのだろう状況の前に、しかし彼は効果的に動けない。
それは何故か、と問うのなら、きっとこの町に住む大人は、口をそろえてこういうのだろう…貴族たちによって行われる政治の腐敗が原因だ、と。
彼もまた、それを知って、しかし、加担しないと言うこと以上には何もできなかった人物の一人だ。彼より位の高い貴族までがそれに手を貸している。当然、歯向かおうものなら領地を持たない法衣貴族である以上は、一瞬で御家取りつぶし…それどころか、一家そろって不可解な死を遂げる可能性だってあり得る。
それに気がついてしまった彼は、もう動けない。
貴族としては善良で有る彼は、善良であるが故に、そうでない者たちから狙われた場合に頼る者・逃げる場所など一つも無い。いや、本当は有ったのだが…それらもいつの間にか潰された。
領地を持たない法衣貴族であるが故に、彼が動かせる人間は、やはり少ない。いっそのこと、成り上がりであれば、ここまでの窮地には追いこまれていなかったのだろうが、そもそも彼の家は長く王国官僚として勤めあげてきた家柄である。外へ伸びる人脈は、薄く細いものになっていた。
彼からすれば、もともと今更なのだ。これまでの、先代、先々代、それより前からして、一歳黒い部分との繋がりを持とうとしては来なかったのだから、むしろ、ここまで家が保たれた事が幸運だったと思えるほどだ。
しかし、それでも彼は行動を止める事は無かった。伸ばせる限りに手を伸ばし、王国に迫る危機を取り除こうとしている。
それは何故か…その質問には、彼は即座に、迷いなく『妻と息子の為』と言い切るだろう。
王国への忠誠心が無いわけではないのだ。むしろその大きさは、他の腐敗していない貴族と比べても上回る。
だが、それ以上に家族を愛している。
だからこそ、王国内においての貴族という立場を捨てて、二人につらい暮らしをさせたくないと思い、行動するのだ。
ちなみに彼の中では、先祖―――初代の生まれがクィルサド聖教国だと言う事を利用して、場合によっては『亡命してしまおう』というふうに考える程には、現状を切羽詰まっている物だと認識している。
椅子から立ち上がったアドリサィは、しかしそこで、屋敷内の空気が僅かにおかしい―――具体的には、妙に静かだ、と感じた。
『…この時間なら、召使たちが食事も作り終えて、私を呼びに来る筈だ…。遅れているとしても、炊事の音も聞こえない』
それに、妻と息子の声も…とまで意識してしまうと冷静な行動ができなくなると深層心理が判断したのか、廊下へと続く扉をゆっくりと、音をたてないように開けるアドリサィ。
その耳に、『お静かに』という声が、扉という一枚の板越しに聞こえた。
「…其方は?まさか、暗殺者か何かですかね」
「いえいえ。一応、王国に所属してますよ。正式に、とまでは言い難い所が…そんな事まで話す必要ないですね、ええ」
「…何が言いたいんだね君は」
たった一枚の板越しに話す相手の、しかし、最初の推測で有る暗殺者というものとは離れ過ぎている態度に、流石に動揺を隠しきれなくなったアドリサィ。彼も、普段貴族達との間で権謀術数を巡らせている際には、思いを態度に表すような単純な失敗をおかすような事は無いのだが、状況が特異すぎた。
「ああ、本題に入れ、という事ですね。分かっています」
だが、相手の方はそれを気にした様子もない。どころか、そもそもアドリサィの事を気遣っているのかどうかすら怪しい所だった。
彼が今一番知りたい事は、家族の身の安全だ。それ自体は、彼自身が暗殺者では無いと言ったことによりある程度緩和されてもいたが、しかしまだ安心で気はしない。
だがそれでも、一侯爵だと言う自分の立場から、どうにか話を続けようとしているのだ。
「それで?こんな早い時間に、許可なく貴族の家に上がり込んで、一体何の話がしたいんだ?」
「戦争に関しての話ですよ」
単純な一言。それが何を指しているのかも分かりすぎるほどに分かる。だからこそアドリサィは、
「なぜその事について私の所に聞きにくる必要が有る?戦争についての情報をえたのなら、私と同じか、それ以上の情報を、君か、君の上司は持っている筈だがね」
「…まあ、確かにそうですね。ですが、少し、誤解を成されているようで」
「何?」
壁の向こうの男の事を、王国内部、恐らく軍部に属する部署から派遣されてきた密偵か何かだろうと考えていたアドリサィは、自分の発言がほとんど正解だろうと考えていたが、しかし、彼の言葉から推測するに、情報を渡すのはむしろ、男の方らしく。
「今回の開戦、帝国側はなかなかに本気です。流石に、一度で王国の全てを占領するとまでは考えていないでしょうが…回復不可能なほどに、私たちの領土を切り崩し、政治、経済を全て滅茶苦茶にする程度の意気込みなのでしょう」
「…まずいな。そうなってくると、今の貴族たちは及び腰になって、最悪帝国側に寝返る事まで考えだしかねん。…無駄だと言うのに」
「無駄に自分たちの立場ばかりを気にする癖に、こういう時に寝返るようでは、本当にどうしようもない…」
「…ああ」
「…すみませんでした。少々口が過ぎますね。…侯爵の懸念する事態にはならないですよ。私が手を回しておきました」
この言葉を聞いて、いよいよアドリサィの脳内は混乱の極みに至った。何処の密偵が、貴族たちに多くの振りも与える内容を承諾させられると言うのか。しかも、わずか数日で。
「…何を言っている?いや、そもそも君は、一体…?」
「特殊技能持ち…そう言う事です」
その言葉を聞いて彼が思い出したのは、貴族たちの間で囁かれていたとある噂―――年若い、精神感応・操作の特殊技能持ちが居る、という話だった。
「………やれやれ。もしかして、私にも何か、暗示でも書けるつもりかい?」
「ええ。簡単に言うのなら、『王国の勝利を諦めない』といった内容ですね。…安心して下さい。勝つための方策は、既に存在しています」
「…良いだろう。だが、家族の安全は最大限に保証してくれ。私としても、家族さえ守り抜ければ王国の勝利に貢献することに否や等は無いのだから」
そう彼が言った途端、扉は更に開かれる。
アドリサィの視線の先には黒衣の男性が立っている。その顔を見上げ、その黒い瞳と目が有った、そう、彼は感じた。
そこで意識が、断絶する。
倒れ伏したアドリサィに背を向けて、一目散に王国の密偵と思われる男は走る。
彼だって、何時までも貴族の屋敷にいようとは思わない。一秒長く留まれば、それだけ、貴族街を見回る衛兵たちに見つかる可能性は上がるからだ。屋敷そのものの異常に気がつかれれば、その危険性は際限なく上昇して行く。
本来の制限時間で有った五分を大幅に超過し、十分で全ての作業を終わらせた彼は、屋敷の中から一枚、貴族街を歩いていてもおかしくは無いと思われるだろう服を選び、自らの黒衣の上には羽織る。
そして、ゆったりと、何もおかしなことは無いと態度で表すように、町へと繰り出した。
「…新婚にこんな危険な仕事をさせるとは。王国も帝国も、上層部には罰が当たってしまえば良い」
そんな、不穏なつぶやきを残しながら。
◇◇◇
何故か廊下に倒れていた少年は、意識を取り戻し、屋敷を歩き回るうちに、自らの乳までもが倒れている事に気がつく。
「お父様!ご無事ですか!」
倒れる父に駆けより、呼びかける。
すると、数秒で反応が帰ってきた。
「ぐ…。大丈、夫だ」
「ですが…!いえ、それだけではありません!私も、給仕たちも倒れていたのです!母上がどうなっているかも…!」
「そうか、ならば皆を先に、助けに行くとしよう」
「は、はい。見つけた給仕たちは、今は広間の方に、どうにか連れて行きました」
「分かった。行くぞ。…その後もやらなければいけない事は多い。忙しくなると、お前からも伝えておけ」
アドリサィは息子に肩を貸され、歩き出した。
その瞳には、今までとは違う強い光が宿っていた。
…卓克のいない所で世界情勢は動き続けます。主人公って言ったって、一般人ですからね。仕方ないですね。
きちんと成長(精神も含めて)するまでは、そういう事に介入するチャンスも余り与えたくはないのです。
更に言えば、あっさり強くなりすぎるのもどうかな、と思ったりした事もこれに拍車をかけます。
ただ、この小説のタグに『チート』を入れているんですけど、なろうにおけるチートの定義とは少し離れているような気もしてきました。私の場合、例えば、『術理掌握』なんかは、他人と比べると圧倒的に少ない努力で技術を身につけられるわけです。それはつまり、『ずるい』のではないかと思って、このタグを付けたんですけど…。
ご意見をお聞かせ願えれば、幸いです。




