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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第三章:暗中の白、浄化の光
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閑話四:動機不純

「フッ!タッ!ラァ!」


 視認することすら難しい、腕と足による打撃が、無数に打ち出される。


「遅い!無駄が多い!狙いがッ!甘い!」


 だが、それを受け止める男の動きは更に一線を画していた。呼吸一つ荒げず、それどころか、足も動かさず体捌きと腕のみで、全ての打撃を受け流し、受け止め、その威力を失わせていく。


「うぐッ!」


 脇腹に猛烈な回し蹴りを食らって、草原の上を何メートルも転がって行く少女。

 回し蹴りを放った側の男は、にやりと笑って、少女の方へと近づいて行く。


「結構動けるようになったが、まだまだだよな。…これじゃ、王都の方に越すのもまだ早いか」

「くっ…そ。早すぎなのは兄貴の方だろ!ちょいちょい消えやがって!」

「そりゃーあれだ…。動体視力っつうのが足りてねえんだな、レイリ」


 雷然の修行開始から三か月が経過。二か月時点よりも圧倒的に雷然を使いこなすようになったレイリだが、未だにエリクスには追いつけていなかった。

 とはいえ、その成長速度は恐るべきものである。


「なんだかんだで、俺が雷然を使えるようになるまでには年単位で時間が必要だった。その差を数カ月で埋めてきてんだから、実際の所落ち込む必要はねぇけど…満足はできねえだろ?」

「当然だ。さっさと使いこなして、もっと強い忌種も狩れるようになって、強くなる」

「そうなりゃ、タクミも探しに行ける、ってか?」


 言ってからエリクスは、『あ、ちょっとひでえ言い方したかも』と思ったが、特に気にはしなかった。

 いや、気にしなかったというより、彼を見つめるレイリの視線が、思っていたものと全然違っていた事で、気にする余裕がなくなったと言うべきか。

 ほんの一月前まで、もっと慌てて、初々しくも可愛らしい反応を変えしていた筈の彼の妹が、今はのんきに『うーん』なんて言っているのだから、当然と言うものだ。


「ちょ、ちょっと待てレイリ!どうした、なんかこう…思ってた反応と違うぞお前」

「あー…いや、ほら、アタシとタクミって、コンビなわけじゃん?」


 エリクスは困惑しながらも、どうにか『お、おう…』と返す。彼にしては珍しく、妹の行動に動揺させられていた証拠だ。


「で、その片割れのアタシは、こうして兄貴に修行相手になってもらってる訳だ」

「…ああ。で?何が言いたいんだ?」

「だったら多分、タクミも修行してんじゃねえかな、と」

「…いや、それは無いだろ、お前」


 エリクスは考える。いくらコンビ、そしてかなり気が合っていたとはいえ、こんな状況で同じことを行っている筈が無い、と。生きていたとして、誰かに保護されたりしている可能性は低い。自給自足の無人島生活なんて行っていた場合は、流石に修行なんてする暇は無い筈だ。せいぜい生命力と生存能力が鍛えられるだけだ、と。

 だが同時に、妹のコンビで有るタクミ・サイトウが、そもそも最初、海の上に浮いていた所を港湾町の漁船に保護されていたのだと言う事を、思い出した。

 口で否定しながらも、そんな事もあるかもしれないと思ってしまうと、謎の信憑性(しんぴょうせい)すら生まれてきたような気がして、エリクスは少し怖くなった。

 そんな事は気にせず、レイリは話を続ける。


「で、アタシがタクミを探し出せるくらい強くなった時って、タクミ自身が自分で戻ってくる時なんじゃねえか?って思ったら、なんか焦る事もないかもな、と」

「…いや、お前それは」

「行き違いになるかもしれねえしさぁ」


 エリクスは思う。これは少しまずい。

 もともと、タクミ捜索を餌にしてこの修行をさせていた面もあるのだ。強くなる事が好きな妹の事だ、だからと言って修行を止めるなんて事もないだろうが、やる気が少し減退することは間違いないとも言える。

 だがそちらはまだいい。最も問題なのは、『行き違い』という言葉が出てしまった事だ。

 正直言って、エリクスの計画通りに行った場合それは確実に起こるのだ。なぜなら、エリクスは今すぐにでも王都かその近くに住居を移したいと考えているから。

 だが妹がそれに気がつくとその事情は少し変わる。最速でのタクミとの再会を望むであろう妹は、ここから離れることを嫌う筈。

 ―――レイリはもうすぐ成人。一人立ちするべき年齢だと彼は考えているが、しかしそれを不安と感じてしまう当たり、まだエリクスも妹離れが出来ていない面がある。

 唯一の肉親である事を考えれば、通常の反応ともいえるものではあったが。


「…いや、待てレイリ。お前も言ったが、タクミは、お前のコンビなんだぞ?それをしっかり考えてみろよ」


 だが、ここで諦めるわけにはいかない。妹の為にも、そして、自分自身の為にも。


「…どういう意味だ?アタシとしては、間違った事は言ってねえつもりだが」

「タクミの事も考えてみろよ。もしお前の言う通り、どっかで修行してたとして、…寂しがっているんじゃないのか?コンビで有るお前と、もう二度と会えないんじゃないのか、って」

「…いや、そんな事ないだろ。なんだかんだもう三カ月以上経ってんだぜ?アタシ達と過ごした時間よりも、そっちでの生活の方が長いくらいじゃねえか」

「分かってねえなぁ…。良いか?ここに来るまで、タクミは碌に仕事をした事が無い様子だったって話を聞いたろ?」

「確かに、そんな事ミディが言ってたけど」

「でもあいつは、物事を投げ出すような性格はしてなかったように見える。という事は、だ。…あいつの人生の起点に、ロルナンは、更に言えば俺たちは絡んでくる」

「………確かにそうかもしれないけど、それの何が関係有るんだよ」


 エリクスは、妹の態度に、単純な素っ気なさでは無い、不貞腐れたような物を感じ取った。

 それは、どこか不安を押し殺した結果のようにも見えて…。

 結果的に彼の中で、レイリにとっては不本意であろう推測が生まれていく。

 但し、それが間違っているとは限らない。

 ほんの少し口元を笑みの形にし、エリクスは再び口を開いた。


「なら、タクミがこっちに戻ってくるのを待つより、こっちから迎えに言った方がいいだろ」

「タクミだって、そんなに子供みたいな性格してないだろ。偶に子どもっぽい所あるけど」

「それはどうでもいいんだが…一回タクミの立場で考えてみろ。修行を積んで、少しずつ強くなって、さて、ロルナンに帰ろう…そう思った旅の途中、何かに襲われ、危機に陥る!」

「何かってなんだよ」

「上位忌種のヤベエ奴とか、戦争地帯に入っちまったりとか、じゃなけりゃ、大規模な盗賊団に狙われたとか、何でもいい」

「…それで?そんな状況になったら、多少強くなったくらいじゃどうしようもない時もあるだろ」

「そうだな。タクミには、修行した所で、何でもかんでも状況をひっくりかえせるような力は付かないかもな。―――だが」


 ここまで語った時点で、レイリの側も何かを感じ取った様な表情を浮かべた。会話の流れでその先を推測できるくらいには、頭もよくなったか…エリクスは、タクミとの接触は良い方向に働いたと考えた。本人の頭がどう(・・)なのかは結局分からなかったが、一度考えてから行動する、という癖は付いたようだから。

 そして、レイリが口を開く。


「…雷然なら、それができるって言いたいのか?でも、だからどうするっつうんだよ」

「そう。雷然ならそれができる。そして、雷然をきちんと使いこなせるようになったお前がタクミを探しに行くんだ。するとどうなる?」

「…どうなる?って、まさか兄貴」


 訝しげな視線を向けるレイリを無視して、芝居がかった声で話を始めるエリクス。


「忌種に襲われて絶体絶命のタクミ、すわ身元不明の死体になるかと恐怖したその瞬間!そこに、太陽を背景に彼方から金色の何かが現れ、忌種を一撃で仕留める!

 『あ、貴方は一体…?』そんな風に見上げてくるタクミに、お前はこう言うんだ。『なんだよ、コンビの顔まで忘れちまったのか?タクミ』…ってな」

「………………兄貴?」


 レイリから瘴気を疑うかのような声を掛けられた気がしたエリクスだが、そんなことに構ってはいられないと話を続ける。


「『…その声、その金髪、まさか、レイリなのか!?』驚くタクミに、お前は重ねて、『ハハ、久しぶりだな、タクミ。…迎えに来たぜ?』なんて、ちょっと気障な風に言うんだよ。

 そんなお前に、タクミは不意にトキメキを」

「フン!」

「ウグッ!」


 それは、3ヶ月半ほどの修業期間において初めての、レイリからエリクスに対する痛打だった。

 当然、エリクスは困惑する。『何故だ?俺は妹に、的確な助言をしていただけの筈…』と。

 だが、傍目から見ればおかしいのはエリクスであった。当然だ。


「…兄貴が言いたい事は分かった。ちょっとふざけ過ぎだが、そんなふうになる可能性が無いわけじゃねえ。…あり得ねえとは思うけどな」


 そう言いながらも、レイリの口元はほんの少し…にやけている、と言っていい物になっていた。満更でもなさそうなその表情に、恋心が皆無だったという事は無いのだろうとエリクスは判断する。今まで年の近い男と碌に巡り合っていなかったのだから、多少なりと靡くはずだとは思っていたので、計算通りと踏んでいた。

 そんな、分かりやすい妹の事が、エリクスはなんだかんだで好ましく思っている。

 だがしかし、レイリの言葉はまだ続く。


「だけどさ兄貴…。あれ、兄貴の願望だろ」

「…何?」


 予想もしていなかった言葉に、一瞬呆然としたエリクス。しかし、結局その言葉の意味がわからず、問いただす。


「どういう意味だレイリ。まさか俺が、タクミを格好良く助けて、惚れられたがっているとでも言いたいのか…!?」

「んなわけないだろ!…頭に何か湧いてんのかよ兄貴?確かに暖かくなってきたけどさ。…アタシが言いてえのは、兄貴の願望…つまり、アタシを兄貴に、タクミをシュリ―フィアさんに置き換えたような状況を望んでんじゃねえのか、って言ってんだよ」

「………………………!」


 今度は愕然とするエリクス。レイリの言葉を聞いて、それを否定するどころか、まともな反応すら碌に返す事が出来ず、スッ、と、胸の奥に収まったような感覚まで得てしまった事が、彼から冷静な思考を奪った。


「アタシも、そりゃあいい話だとは思うけど…いくらなんでも、都合いい事考えすぎだろ?というか、あんなにすらすら言葉が出てきたのは、似たような事ずっと考えてたからなんじゃねえのかって…兄貴?」

「………?ど、どどどどどしたレイリ?」

「………今日は帰ろう、な?兄貴」

「…そうだな、ちょっと、風が冷たい」


 十二の月二十九日。少しずつ温かみを増してきたロルナンは、今日も遮るものの無い日光で照らされていた。


◇◇◇


「王都で会議?」

「はい。ガードン伯爵家にも、数ヶ月前、立て続けに起こった問題についての説明を、王都で行うようにと」

「そうか…フフ、民衆の悲しみを、その町の代表として諸侯らに伝える事も、高貴であり慈愛で溢れる私の職務か…」

「余り、領地の弱みを握られるような事にはなりませぬよう。伯爵さまは、純粋な方で会いますが故に、邪な謀略は最も警戒するべきものでございますぞ」


 傅く老齢の、しかし衰えを一切窺わせることのない洗練された佇まいの執事と、一見質素な、しかし、目を凝らせばわかる重厚な高級感を発する椅子に腰かけた、やはり、こちらも高級と分かるドレスを着、豪奢な金の長髪を背後へと流す女性が広い部屋の中で言葉を交わす。


「ああ、そのような事をせねば生きていけぬとは、哀れ…」

「不敬とみなされる事も、また危険ではありますぞ」

「同じ貴族であると言うのに、不敬も何もないだろうがな…ところで、お前も、私の執事だと言う事を忘れている時が有るのではないか?」

「忠誠心からの物で有ります故、平にご容赦を」

「無論、偉大にして寛大である私が、そんな事で怒りを覚える筈もない。…さて、王都に向かう準備をしなければいかんな。馬車や、あちらでの段取りに関しては、頼むぞ」

「御意で御座います」


 立ち上がり、一度深く礼をした執事は部屋の外へ出ようと、歩みを速め…背後からの主の声に、再び振り向く。


「何でしょうか」

「いや…あの二人は、どうしている?」

「…失礼ですが、あの二人(・・・・)とは、一体何方の事を指している物でしょうか?」


 執事がそう問いかけると、女性は…ロルナン、ヒゼキヤを含む王国南方に領地を持つウェリーザ=ロッド=ガードン伯爵は、頭を振って、


「いや、何でもない。時間をとらせた」


 と言って、執事を送り出した。

 部屋の扉に手を掛けた執事は、去り際に一言。


「…あとひと月、その間は確実に、この町に留まっている筈でしょう。当然、今回の会議で送れる事などはありません」


 その言葉を聞いたウェリーザは、喜色満面に、しかし、それとは裏腹に感情を抑えた声音で、


「…そうか、御苦労」


 とだけ、返した。


「…滅相も御座いません」


 執事は今度こそ、部屋の外へ出て、扉をゆっくりと閉じた。


「………久しぶりに、言葉を交わしたくなったな…」


 そう言って見上げた彼女の視線の先には、目を傷めそうなほどに眩しく光る太陽が。

 …雪は完全に溶け、川の水が凍る事など遠い昔となった。

 春はもう、すぐそこまで来ている。

 何かを振り切るかのように立ちあがったウェリーザは、腰に手を当て、


「さて、民衆から崇められるように、今日も仕事に励むとするか!」


 そう言って、机の上の書類を睨みつけた。


 …さて、伏線と言えるものか…。

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