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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第三章:暗中の白、浄化の光
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閑話三:聖教国の新興商会

「…やれば、出来るものなんだな…。いや、僕がこういう時に油断してはいけないよな。気を引き締めないと…いや、やっぱり上手くいきすぎてる。恐っ」

「どうしましたか会長?ここは、皆を激励する言葉をお願いします。成功したとはいえ、私たちはまたまだ商会としては弱小の域を出ないのですから」

「あ、ああ。そうだな。…皆!今まで頑張って来てくれてありがとう。この勢いをつなげていくために、これからもがんばって行こう!」

「「「「「お―…」」」」」

「あれ?」

「会長も含めて全従業員十二名の商会の現実、ですかね。むしろ、船や馬車を手に入れられたのが奇跡だったのかもしれません」

「…そう言う事を言うなよローヴキィ。僕なんかの商会にこんなに人が集まって、そのうえなかなか順調に動いているなんて事、そもそも奇跡なんだから」

「そのような事は…。最初はどうだか分りませんが、今は皆、会長のもとで働く事を喜んでいる筈です」

「そうなら、良いんだけどね…」


 町の端、どこか懐かしい味のする料理が人気のこじんまりとした食事処を貸し切って、宴会を開く。…発足してから数カ月、といった程度のこの商会では辛い費用がかかっているのだが、それを知らない筈のない部下達の気分があまり盛り上がっていない事に落ち込んでいるこの男、リィヴ・ハルジィル。

 数ヶ月前クィルサド聖教国に船で渡って来た彼は、自分で商会を立ち上げることを決めた。

 当然それは、並大抵の事ではない。出立の時に渡された金は、食に就くまでの間暮らして行くためだけに使うのならあり余るほどに有ったが、商会を自分で立ち上げられるような額では到底なかったのだから、更に難度は上がっている。

 慣れない重労働を、身体に鞭を打って行い、どうにか貯金を殖やして行く日々…だが、それも一月ほどで終わった。

 砦の建設工事にかかわっていた際、同僚たちに自分の目的を話していたのだ。笑う者、応援してくれる者、蔑む者、冗談交じりに、就職を希望する者もいた。

 だが、そんな光景を遠くから見ていた人が、一人。


『それが本気の言葉なら、御融資しましょうか?』


 背後からそんな声を掛けられた時は、すわ高利貸かと身構えてしまうものだろう…少女の、柔らかい声でなければ。

 冷静に考えれば、契約書を読むまで、更に警戒するなら、実際に取り立てに来るまで、全くもって信用はならないのだ。自分から信用できる貸し手を探した訳ではない以上、罠だと考える方が良かった。

 だがしかし、その時の彼は端的に表現して疲れていた。肉体的には勿論、人に接する態度を柔らかくする…一種の精神矯正を行っていた事だって含まれる。

 だから、少女の誘いにあっさりと乗ってしまった。幸運だったのは、少女の側には悪意が存在していなかったことか。そうでなければ、今頃自分はこの世にいなかったのだろう…と、彼は今でも考える。

 そこからはとんとん拍子に、彼女に連れられ大きな屋敷―――聖教国でも最大手に近い融資業社、その元締めの住む屋敷へと連れられ、強面に囲まれながら、恐怖で書類にハンコを押す事となる。

 人生の終わりとやらを見た気分になっていた彼だが、実際契約書を読んでみれば、悪質さなどかけらもない…むしろ良心的と言っていい内容になっていたことに驚かされる。あれだけの『おもてなし』を受けたのだから、少ない汁を残さず吸い取られるものとばかり身構えていた彼にとって、非常に僥倖であった。

 その一連の流れを知っていた工事仲間―――雇ってくれと言っていた男―――を、本当に雇用し、どこか故郷にも似た港町に開業しようとして、気がつく。

『いくらなんでも、従業員が足りなすぎる』

 そんな単純な事も、必死に暮らしているうちに忘れてしまっていたらしい。自分を入れて二人だけの従業員、実績皆無の新米商会―――そんなもの、どこの誰が信用すると言うのだろうか。

 実績はまだ作れない。となれば、求めるべきは働き手。だが、その辺で適当な人材など雇ってしまえば裏切られる可能性は高い。小さな商会、いや、商会とも言えない様な物などつぶした所で誰も困らない、と考える輩がいないとは言えなかった。

 しかし彼自身は元王国民。伝手など皆無。たった一人の部下だって、店を開いた場所と地元は離れている。

 折角先が見えてきたと思った所で、足元に道が無かった事に気がついた彼は、藁にも縋る気持ちで再び彼女の元へ…パコールノスチ家へと向かった。

 それは、単純な金のやり取りでは無い。後ろ暗い所だって大いにある。

 ―――人材を、融資する。貸し与える。少なくとも、こちらに渡された時点で、彼ら彼女らに対して、保護する責任は生まれる。

 人身売買、奴隷、なんていうものではなかったが…普通よりずっと強制力の強い状況だった事は間違いない。

 商会に訪れたのは男女五人ずつの集団。それが、パコールノスチ家から訪れた人材だと言う事ははっきりしていた。

 そもそも、パコールノスチ家だって、何も安心できない相手に貴重な人材を融資することなんてなかった。だが、それでもその一歩に踏み切ったのには、やはりそれ相応の理由があり、

『お久しぶりです。接客員二名、会計一名、交渉役一名、在庫管理役二名、遠方取引三名、秘書一名、到着しました』

 何より大きかった理由は、きっと彼に声をかけた少女が、パコールノスチ家直系、その特殊性を濃く継いだ人物であった事なのだろう。

 そして、リィヴ・ハルジィル率いるリィヴ商会は、遂に活動を開始した…。

 それが二月前。聖教国に来てから半月で商会を開けたと言う奇跡のような出来事も、今となっては遠い昔のようであった。

 最低限にも過ぎる人員、一日四十八時間あれば良いのに、と思うような労働量、ひしめく数多の商会から目をつけられないよう細々と、しかし確実に成長していくことを目指して行った結果が、船と馬車、そして顧客だ。

 二ヶ月で手に入れなければいけないものではあるが、正直最初は不可能だと思っていたものだ。

 これで、ようやく中継貿易のような事で細々と稼いでいく必要が無くなったのだ―――加工なんてほとんどできない以上、本当に利益は細々としていた―――。

 遂に、自分たちで直接輸入、更に言えば、自分たちの店で物を売る事が出来る。そんなふうに考える彼からは、自分らしくない事をしているという意識は既に消え去っていた。

 勿論難しい事は多いだろうが、これで本来の仕事の方に皆を回せる。借金も大幅に返せる、上手くいけば、店舗の拡大だって…。

 そんなふうに考えていた彼に、声がかけられる。


「なあ会長。ちょっと聞きたい事が有るんだが」

「ん?何だよフォルト」


 彼こそ、砦を共に築きあげた、ここでは最も長い知り合いであるフォルト・プロクルスだ。


「いや、この後の具体的な…業務計画?だっけ?あれは」

「ああ、そうだな…」


 言葉にまとめようとしたリィヴの横で、ローヴキィが口をはさむ。


「遠方へと輸入、輸出の手を伸ばし、更には最近開発の進む近海の島々へも手を伸ばします。むしろ、島側へ行く方が力を込めて行くことになるでしょう。既存の利権が絡む場所より、まだまだ隙間の多い島々の方が、ずっと私たちが介入する機会は増えます」

「なるほどなぁ…何つうか、どんどん発達してんだなってん素直に思うわ。よッし、これからもお仕事がんばりますかね」

「あ…。うん」


 ローヴキィの方が、どう考えても経営には向いているのだと言う事実を知りながら、それでも会長は自分で、それは彼女も変える気が無いと知っているからこそのこの対応。普通なら、もっと不安になって然るべきである。

 そのローヴキィから言われた事を思い出して、リィヴは再び口を開く。


「…皆、少し聞いてくれ」


 その声に、従業員達はきちんと視線を向ける。


「みんなが僕の商会に入って、かれこれ二カ月。これを、『まだ』と取るか『もう』と取るかは分からないけれど、これだけの時間が流れたのは確かだ」


 静かなまま、食事にも手をつけていない従業員達。だがリィヴには、それがこちらを無視する意志からきている物ではないと感じ取れた。


「僕は、皆を信頼する事が出来たと、思う。というか、信じて頼って行かないと、何をすることもできない状況だったんだけどね」

「みんなにはわからないとも思うけど、僕は昔、人を信頼するとか、そんな事は考えられなかった時期が有った。湿っぽくなるから詳しい話はしないけど、今の方がずっといいって、自分で思う」

「それが、皆にとってもそうであると嬉しいって…贅沢な暮らしなんてさせられてない以上、今はまだそんな事は無いかもしれないけど、すぐにでも商会を大きくして、今が一番幸せだって感じられるようにしたい」

「…それを、ただの夢物語にはしたくない。するわけにはいかない。だから、皆にもお願いだ。………これからも、僕と一緒に頑張ってほしい。…そうすればきっと、全て上手くいく筈だから」


 最後の一言にこもった気迫は、決して覚悟のない物が出せるものではなかった。

 その言葉に応じるように、従業員たちが手に持つ酒杯が軽く、掲げられる。

 ―――彼等が黙っていたのは、なにもこの宴会が気に食わないから、ではない。

 むしろかなりのぜいたくな食事、会長が無理をしてくれたのだと理解もできる彼等は、強い感謝の気持ちを抱いていたくらいだ。

 そんな彼らが、口を開かず黙っていた理由は一つ。

 それに気がつかないのは、未だにリィヴ一人だけだった。


「会長」


 見かねたローヴキイが、耳元で囁き掛けてくる。

 いきなりの接触にリィヴは硬直し、しかし耳は人声も聞き洩らさないと決意でもしたのか、その聴力を上げる感覚が有った。


「…乾杯の音頭を取っていただくべきかと」


 だから、その言葉で、別の意味で硬直することになってしまった。

 五秒ほどの、完全な沈黙。

 それを打ち破ったのは、悲鳴交じりのリィヴが発した


「かんぱぁいっ!」


 の一言と、それに続く様に打ち鳴らされた杯の高い音だった。


 どうにか生き残ったリィヴさんのお話です。まだ仕事は残っているのです、彼には。

 それとは別に、私の中で聖教国=ロシアと言う謎の発想が生まれた結果、分かってもらえるかは分かりませんが要素が含まれる感じに。但し文化とかは詳しくないので多分採用されません。

 次が閑話か本編かは分かりません。挟むタイミングを考えながら、と言う感じなので…。


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