表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第三章:暗中の白、浄化の光
74/283

第十話:壁の解析

 朝食を食べ終わり、狩り…ではなく、今日は早速師匠から呼ばれので、村の外、狩りで向かう方向とは逆の、海から離れていく方へと進む。

 族長から依然聞いたのだが、ドーム型になっているこの壁は、その中心点を村から少し話した所にある。海から見れば遠く、川の上流へと向かう道のりだ。…川の流れは真っ直ぐでは無いので、川に沿って歩いている訳ではないのだが。

 海よりも近いとはいえ、本当に広い範囲を、壁によって囲まれてしまっているんだな、と思う。これをやった人物が、村人たちに対して確実に一網打尽にしようとしていただろう事が強く伝わってくる。


「でもどうして、ドームの中心に行こうとしているんですか?師匠」

「どおむ…?壁」

「あ、はい」


 英語を使った所で、上手く翻訳されると思っていたのだが…結局そんな事は無かった。出来る限り気をつけよう。きょとんとされるのも悲しい。


「壁の中心に行っても、まだ一番上まで届く訳じゃあないですよね?」

「そう。でも、最初にしなければいけない事が、有る」

「最初にしなければいけない事…」


 魔方陣を壊すにあたって必要な事は…って、そうか、簡単な事だ。


「魔方陣そのものが何処にあるのか、どんな形なのかを調べる…って事でいいんですか?」

「正解。そもそも、起点となる部分を壊す事が出来れば、それが一番効率もいい。…何であれば、私たちの力ですら、破壊する事が出来る」

「確かに、空さえ飛べれば、出来るわけですよね…」


 結局、魔術の威力の大小なんて関係ないのだ。むしろテクニック、技量の世界。こうなると、断然師匠やナルク夫妻の方が上だ。ただ、


「結局、瘴気…だったっけ?あれのせいで、私たちは、近寄れないけれど」

「あ…」

「タクミに、頑張ってもらうしかないから、修行もする」

「はい、勿論」


 そう言ってから数歩先で、師匠は立ち止まり、上を見上げる。

 つまり、此処こそが。


「着いた。…壁の、中心。天蓋の、真下」

「ここが…」


 言われて、見上げてみても、俺の目には他と同じ、何も変わらない黒しか映らない。瘴気の紅色すらわからないのは、そもそも日光が届いていないからなのか。外からここを隠す魔術が、SFなんかで見られる光学迷彩、と言われるような物なら、そう言う事もあるかもしれない。

 師匠は、見上げたままの体勢で、


「『探査:魔方陣』」


 と、起句を呟き、そしてそのままの体勢で、視線のみを右へ、左へと動かす。

 それが五秒ほど続くと、


「タクミ、そのあたりに、何かを書き写すのに便利なもの、出来るだけ大きな物は、ない?」

「え、書き写すもの、ですか?」

「言い方が、悪かった。筆はいらない。何か、用意して」


 という事は、紙…なんてある筈もないし、この場で言うのなら木、だろうか?それだって、いくらなんでも無茶苦茶だ。

 もっといい物………。もったいない気もするけれど、有ると言えば、有るか。

 師匠の視界の端に映るように、俺が持つそれを見せる。


「これなんて、どうでしょうか…?」


 師匠からの返答は、一際大きなため息。

 いや、俺だって分かっていたのだ。師匠がそんな要求をするわけがないと。もしそれしかないのであれば、予備を持って来させようとする筈だと。

 咄嗟に脱いだ服(・・・・・・・・)を再度着直し、考える、師匠がこちらを見ないのは、集中しているからだろう。先程の魔術の起句で、一体師匠が何を見ているのか、ということも分かりすぎるほどに分かったから。

 となれば、もっと別の物…。良く考えたら、筆で書いたりするとは言い切れない訳だから、別の物でもいいのではないだろうか。

 …だったら、気を使うか。落ち葉には流石に無理だろうし、何より小さいから。


「『風刃』」


 俺のもとから飛ばすのではなく、木の幹を削り取るように、真上から、ふと目の枝を落としながら、一本の木が半分にわれる。


「師匠、木の表面でも大丈夫ですか?」


 と、俺が聞くと、師匠は、俺から見える右側の目を、パチパチと二回、ウインクさせた。そして、右腕を、俺が『風刃』で川も幹も削ぎ落した木に向けると、


「『転写:探査』」


 と、起句を唱える。すると、ほんの一瞬、師匠が顔をしかめ、その瞬間、師匠の手が向けられた木の幹に、うっすらと、焦げ付いたような跡が、蜘蛛の巣のように広がって行った。

 いや、これこそがこの壁を造り上げている魔方陣なのだろう。その精巧さは、冷却の魔方陣とは比べ物にならない。

 あれは、一本の線は基本的に直線だったが、これは途中で折れ曲がり、円を描き、他の戦とも複雑に交差し、起点が何処なのかすらはっきりしない様な回路も存在している。見ただけで分かる精緻さだ。


「………ふう」

「師匠、大丈夫でしたか?」

「なんとか。でも、もっと早く用意してくれれば、苦労する事も、なかったのに」

「す、すいませんでした」

「冗談。もともと、用意しておけばよかっただけの、話だから」


 師匠の表情は分かりづらい…!いや、それすら狙ってやられた可能性もあるか。正直、第一印象だけだとこの村の人々は皆『儚い』と言ったふうだが、それは信用してはいけないのだ。もっと個性にあふれてて、そしてだいたい皆楽しい事が好きだったりする。騒いだりしないから、それも分かり肉…じゃなくて!


「これが、壁を作っている魔方陣…って事でいいんですか?」

「うん。…凄く複雑。どうやって作り上げたのか、全く分からない」

「そうですよね。冷却の魔方陣の、何倍複雑なんでしょうか」

「比べる事が、間違いかもしれない」

「………本当に、そうかもしれないんですよね」


 もう一度、魔方陣を眺めてみる。

 中心に起点が有るのは同じだ。それはきっと、そのまま壁の中心という意味になるのだろう。

 だがしかし、起点が一か所だけでは無い。少なくとも二か所。回路は外…ドームの外延部にも伸びて行っているので、実際の所まだあるのかもしれない。

 相当に小さく、圧縮されて転写されているようだが。それでも、一番長い、木の幹と同じ向きの回路の先端すら見えていない。


「とりあえず、夫妻に見せてみる。何も分からない、という事は無い筈」

「分かりました。じゃあ、切り離しますね」


 風刃を、今度は転写された層を剥ぎ取るように放つ。当然、成功。今までよりも出力の上がった魔術も、きっちりとコントロールできるようになってきた。

 それを右腕で抱えて、師匠と共に村へと帰る。だが、ふと気がつく。何故か師匠の足取りが、次第に遅くなって行く事に。


「………外は、どんな所?」


 何か異常でもあったのかと心配になった俺に、師匠がそんな事を聞いてきた。


「え?」

「外」


 動揺した俺に、誤魔化させはしないとばかりに師匠が追求を激しくする。

 だが、追及されるまでもない。師匠に隠す必要など、一切ないのだから


「そう…ですね。この壁で囲まれた所の、何倍も、何十倍も、何百倍も広い場所です」


 だが、放すにしろ、一体何を聞かせて欲しいのかがわからないと難しい。それを知るためにも、先ずは、族長から聞かされていそうな事を伝えてみる。

 やはり、師匠は不機嫌そうになった。『そんな事は、知っている』と言いたいのだろう事が、表情にありありとあらわれている。


「もっと、具体的に。タクミの経験談からでもいいから」


 随分と積極的だ、と、そう感じた。


「そう、ですね…。村じゃあなくて、町や、国が有って、いろいろな人が暮らしています。危ない事も、楽しい事も、たくさん有ります」

「そうだとは、思う」

「危ない生き物に襲われる事も有りますし、それで肝を冷やしたり、怪我を折ったり、…死ぬ人だっています」

「お父さんから、何となく、聞いている」

「色々な人と騒いで、美味しい料理を食べて、お酒を飲んで、倒れて」

「…それは楽しいの?」

「まあ、もしかしたら危険でもあるかもしれませんけど…」


 いかん。外での生活が二週間くらいしかないせいか、あまり話す事が無いぞ?


「私は、ここから出る事に、全面的に賛成している…わけじゃない」

「え…?」


 それは、どういう事だろうか?


「危険な事が多いのなら、何も起きないここに居た方がずっといい。タクミも、カルスも、皆あんなに毎日ボロボロになってまで、修行する必要だってない」

「それは…」

「タクミが、帰りたいって気持ちは、分かる。でも、…私は」


 なんとなく、師匠に対して共感の気持ちを抱いてしまった俺は、きっと失礼なやつなのだろう。たとえ結果が似ていたとしたって、師匠のそれと俺のそれでは、浮かび上がってきた気持ちというものに違いが有りすぎるのだから。

 ………それでも、


「………頑張っても報われない事が有ったり、それでも、諦めたりしちゃあいけなかったり」

「当然」

「…」


 今の師匠の一言は、正直言って、とても心に突き刺さった。俺が悪いのは分かっているが、やはり人から言われると、きついものが有る。

 だが、そんな弱い心がいけないのだと、わざと歯を食いしばって、師匠には気づかれない様に話を続ける。


「俺は昔、駄目な奴でした。何もせず家でゴロゴロしてばかり、親にも迷惑をかけて、それで、結局何もすることはできず、流されて来たんです」

「…ここに?」

「いえ、ここに流されてくる前に…住んでいた場所に」

「…」

「どうにか、変わろうと思ったんです。それは、今でも変わりませんけど。でも、諦めたくないし、諦めないと決めたんです」

「…お父さんは、」


 師匠が何かを話そうとしているので、俺は聞き手に徹する。


「私達に、…村の皆、特に、まだお父さん達から見たら若い人に、外へ出ていってほしいみたいだった」

「うん」

「もちろん、それは、厄介払いとか、そんな、酷い理由じゃないのは、分かってる。…多分、お父さんは、自分しか知らない外の世界を、皆に見せたいんだと思うから」


 それは、族長自身も言っていた事と同じである。更に言うのなら、それは、外で暮らしていた村人たちから受け継いだ思いでもあり、族長が絶対にその思いを曲げないと言うことか。


「でも…みんなが、それを望んでいる訳じゃない」

「…ッ」


 盲点、少なくとも俺にとっては、そう呼ぶに相応しい内容が、師匠の口から告げられた。


「きっと、ここに留まって、皆とゆっくり暮らして行きたい人だっている。皆、お父さんの事はしたっているから、今の修行だって参加しているけど、外に出ようとしている事、そして、その危険性を知らされたら、忌避感を抱く人は、絶対に、出る」

「それは…」


 その通り、なのだろうとも思う。今行われている修行が、少し前から突発的に始まった、という感覚は否めないし、そのときだって『外に出るから』『危険だから』等の理由が明確にされる事は無かった。

 忌種や、良い方は悪いが、この村の常識が通じない他の人間が跋扈する、危険に溢れた外の世界で暮らすことを嫌う人はいるだろう。この村の住民は、そもそも傷つけると言う方向で力を振るう事には慣れていないのだ。…喧嘩すら見た事が無い。元来落ち着いた性格である事に関しては疑うことはできず、だからこそ、『有る程度簡単に戦う仕事につけてしまう』ような危険な場所で暮らすことに、忌避感を感じない筈は無いのだ。

 そもそも、俺たちがやろうとしているのは、正確には壁からの脱出では無く壁の破壊。それを成せば、この閉ざされた、しかし安全な世界は、無くなってしまう。

 だから、師匠の言う事は、正しい事だ。事実のみを告げていて、俺や族長が望むことで悲しみを抱く人が生まれる事を伝えてきている。

 …実際のところ、師匠自身は壁の破壊に対して、そこまで反対では無いのではないか、と感じ始めた俺が居る。自分そのものを例として挙げることで、話に重みを持たせるような思惑が有ったのではないかと。だが、それとは関係なく師匠の話は大事なものだ。


「それでも、やらなければいけないと言う義務は、私にはわからない。…タクミが帰りたい、って理由は分かるけれど」


 ――――――――俺が、伝えるべき事では無いのかもしれないけれど。


「族長は―――師匠の、お父さんはさ」

「…何?」

「義務にする為に、動いている訳じゃないんですよ。………俺だって、一度聞いただけなんですけど」

「…どういう事?」


 師匠に、俺が知った僅かな事から、推測した族長の事を伝える。きっと、娘として暮らしてきた師匠からしたらとても拙い程度の事しか、俺は族長について知らない。だが、それでも、言葉にしたのだ。

 確かに、俺だって、あの言葉を聞いていなければ、単純な義務感だけで動いているって思っただろう。いや、族長は確かに、いろいろな人の思いを受け継いで、それを義務として動いているのだろう。だから、師匠の見立ては実際正しくもある。

 しかし、族長は『誰かが願ったから』壁を壊そうと、外で暮らそうとしているのではない。もしそんな義務感から来るものであれば、俺がここに来るまでだって、修行なども行っていた筈だ。

 だが、この一連の流れの引き金を引いたのは、海辺に流れ着いた、外の人間である俺だと言う事は目に見えている。それは逆説的に、手掛かりが無ければ外には出ない、とも思っていたと言う事を示す。狩りの仕方が変わったのも、修行が始まった事も、こうやって、魔術で壁を解析しようとする事だって、俺がここに流れ着いてから。

 それはつまり、族長が選択を自分で行っている事の証拠に他ならない。

 他でも無い族長自身が、外へ出ると、決めているから。外を知らない人たちに、外の世界を見せたいから。そんな思いは、きっと、村人たちに義務を背負わせようとしている物ではない。

 …そんなふうに思う族長が、村人を本気で悲しませる筈がない。

 ―――上手く伝わった、という気はしなかった。俺の中では一本筋の通った意見だった筈が、言葉にして行くうちに少しずつ揺らいで行くような、支離滅裂になってしまったような、そんな感覚が大きく有ったから。

 だが、それでも伝えたかった。

 そして、


「…ふう、ん」

「…師匠?」


 師匠の表情からは、先程までの冷たい物は消えていた。完全に納得してくれたのかどうかは分からなかったが、少なくとも、追及を突きつけることはやめてくれるらしい。…正直なところ、助かった。俺の不用意な発言がこれ以上増えれば、族長に対していらぬ風評被害が巻き起こる可能性すらあったから。


「帰ろう」

「…え」


 また唐突な。いや、もしかして納得なんて欠片もしていない?もしこれから族長と言い争いになったりしたら………。

 まずい、とは思うが、しかし止められない。正直言って、俺から言える事なんてもともとそこまで多くは無かった。それも全て言い尽くしたのだ。それでも師匠の心を動かせなかったのならば…どうする事も出来ない。族長の選択を待つしかないのだ。

 こうしている間にも、師匠は着々と森の中を村へと歩いて行く。止まる気もないだろう。

 となれば、また随分とずるい逃げ口上となってしまうし、俺が言えた事でも無いが―――親子の問題だろう。




 弟子を無理やり帰らせて、自分の家へと急ぐ。

 正直な所、私は、お父さんの言う事が間違いだとは、思っていない。タクミは、勘違いしていたようだけど、お父さんが、自分の意志だけで、無理やり事を進めるような人じゃないのは、知っている。………何年一緒に暮らしていると思っているのか。

 ただ、話はしなければいけない、と思わされた。タクミの意思とは、きっと反対だろうけど…お父さんが、タクミという『外』の存在に出会って、気を(せいて)いているのは、間違いないと、さっきのタクミの言い方で、気がついた。

 だから、聞き出す。

 ―――そんなふうに思っていたのに、お父さんはまだ、グベルドさんやマォクさん、それにカルスに修行をつけている途中。まだ当分は、終わらないのだろう。…昼食までは、待たないと。

 ただ、こうやってみると、この修行も、随分と焦って行われているのが、分かる。タクミから聞いた『忌種』という物を、脅威に思っているからなのか…それとも、村の文化と交わらない、多数の人々の事を、危険視しているから、なのか。

 いくらなんでも、無理をさせすぎでしょうと思う。ただ、効果は大きいみたいだし、止めるほどでは、ないかな?とも。

 ―――暇。タクミを帰したのは、早計だったかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ