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忌祓の守人~元ダメ人間の異界転生譚~  作者: 中野 元創
第三章:暗中の白、浄化の光
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第九話:修行

 見えてきたのは、剣を振る者、走る者、腕立てや腹筋のような、筋力強化を行う者、名称は知らないが、武術、拳法とでも呼ぶべきものを習っている者等が大勢いる。ほとんどは男性だったが、女性も交じっている。年齢は、カルスと同じくらいから、三十代ほどまで。見た目だけの話だが、そこまで間違ってはいない筈だ。

 教える側は、族長を含めて、高年齢の人たち。実際の所、族長だってそこまでの年齢ではない…恐らく五十代中頃という程度なのだろうが、威厳を感じる分、年齢差も大きく感じる。

 カルスは、薄着になって走っている。吐く息は白く、見ているだけでも寒そうだが…そういうふうには感じないのだ。俺も何度も経験しているが、全力を出して数十分走っていると、体温はすさまじく上昇する。

 この修行の辛い所は、終わるまで一切の休憩が無いという所だ。日本でも、野球の名門校なんかではそんなスパルタな練習をしているという話も聞く。そりゃあ、強くはなるだろう。メキメキと、なんて表現をしたっていい。

 だが、本人たちにとっては、


「んぐッ!んぐッ!ンォォォアアアアア!」

「少しだけ!休憩お願いしまうッ!うッ!うッあ!」

「まだ動けるだろうお前達!二十も歳の離れた私たちに良いようにされてて、恥ずかしくはないのか!」

「もっと早く往復するんだ!そんなものでは筋肉は付かん!」

「オァァァァァァッ!!」


 地獄だ。

 基本的に温厚・物静か、という表現が合うこの村の大人たちも、何を思ってか修行中は声を張り上げる。容赦のなさは筋金入り、休憩を求めようが求めまいが必ず修行は続行される。何故か話し方は変わらず丁寧なままだが…当然、何の慰めにもならない。

 思えば、師匠が一度たりとここに表れないのは、この空気が苦手というのが一番大きいかもしれない。…しめやかに晩餐を行う場所と同じだとは、とても思えないのだ。いつも暗く、風景が変わらないこの村だからこそ、尚の事。

 族長は、武術を教えている。武器を扱うのではなく、体一つで行っている事を考えれば、拳法と表現するべきかもしれない。柔道着のような物は特にないらしいので、皆、普段着のままだ…。敗れた服を直すのだって一苦労だろうに、全くもって容赦がない―――こういう所に族長の、壁の外へと出るまでの時間はそうないのだと考えている心が感じられる―――。

 六人ほどの二十台くらいの男性が族長に今相手をしてもらっているようだが、やはり実力差は凄まじい。一対六で、ようやく拮抗している、と言った感じだ。

 他にも、以前お世話になった初老の男性は、長い棒のような物を使って戦う術を教えているようだ、棒術?杖術…そんな名前だったと思うが、まあ、はっきりした事は言えない。ただ、その動きは、昔見たカンフー映画の主役のそれと同じ、いやそれ以上にキレがあり、卓越した技術からなるものである事は簡単に分かる。

 剣術を教える方、筋力増強を進める方…一体何処に潜んでいたのだろうと思う程度には、皆この村の人の平均と比べれば随分と筋骨隆々だ。

 毎日熱心に参加している一部の村人たちも、どんどん筋肉がついて行っている…もともとこの村では、狩りの時ですら筋力はいらない。重労働になりそうな事なんて建築くらいだろうけど、俺がこの村に来た時点で、綺麗なままの空き家が有ったくらいなのだから、結局それもほとんど行われることなく…つまり筋力不足になって当然だったのだ。それがここまでの修行を、倒れそうになりながらだが耐えられるようになったのだから、その成長ぶりは恐ろしい。

 さて、何時までも突っ立って観察している訳にもいかない。服を一枚脱いで、薄着になりながら教官―――修行参加中は、教える側に回った人の事をそう呼ぶ―――に、走り込みに参加すると伝えて、走るコースの、進行方向としてはほとんど一週に近い差に居るに居るカルスに追いつこうと全力で走る。


「え、ちょっとタクミ、いきなり飛ばし過ぎ!」

「こうやってすぐに追い付けば、負荷も大きく掛かるでしょ!」


 カルスの声にこちらの思惑を返し、走り出したばかりであり余っている体力を使って大幅に加速。三人の男性を抜いて、カルスへ追いすがるように走り続ける。

 感覚よりもずっと広い広場を、おおよそ二周。途中でカルスが加速した事によって距離を詰める時間が遅れたが、どうにか追いつく事が出来た。


「…いくらなんでも、無理しすぎだし、無理させないでくれ」

「加速したのはカルスの方でしょ?さっきの速度のままなら、一周半でおいつけていた筈なのに」

「そりゃあそうだけど…。あ、タクミも僕と同じ数走りきってよ?自分一人だけ余裕な顔してる、みたいなのはいくらなんでもずるいから」

「分かった。今まで何週走った?」

「これでちょうど、二十周!」

「………結構行ったね」


 感覚で言えば、このコース…広場を半周して、そのまま外側にそれて、川の近くまで行き折り返す、というこの流れは、六、七百メートルと言ったところか。

 それを二十周という事は…十三キロ?それでスパートをかけたりする気力が有るのだから、カルスも本当に筋力がついた。

 というか、ほとんど間違いなく、地球とアイゼルの住民では基礎的な身体能力が違うのだろう。いくらなんでも、余り運動していなかった人間がこの短期間で十キロ以上を全力で走れるなんて事は無い筈。というか、十キロも全力で走れるような人が居ないだろう。

 実際のところ、スパートをかけたのだから全力とは言い難かったのかもしれないが…。と、俺が考えた時、教官が、コースの外から横に並ぶように走ってきて、


「おいカルス!お前まだ余力あんだろ!あと五周な!」


 と、突然言って、コースを逆に回り始めた。教官は、さぼっている人がいないかどうかを見回っているのだ。

 …さて。


「大丈夫?カルス」

「………もう終わるつもりだったのに」

「………よし行こう」

「外道なの?」


 精神攻撃のような教官の言葉を受け、一気に疲労困憊、と行った体になったカルスに、敢えて更なる攻勢に出てみる。

 一瞬、げんなりとした表情を浮かべたカルス。しかし次の瞬間には走る速度をわずかに上げ、瞳に力強い光をたたえて前を見据える。

 なんだかんだで負けん気が強い男なのだ、カルスは。これだけの疲労を重ねたうえで、俺よりも早く走ろうとしている。

 後五周走れるのか、と言えば…流石に怪しいだろうが。俺も、カルスと並走して行く。

 流石に、もう口を開く余裕は無いらしい。


◇◇◇


 走り始めて四十分後。


「うああ…。疲れた」


 なんだかんだでたまった疲労に、耐えられず地面へと膝をつく。


「…タクミ、なんだかんだで余裕じゃない?僕は、三十分くらいは休んだから、まだ大丈夫だけど…」


 あの後、およそ十分ほどで五周を走り終えたカルスは、走り終えた直後は地面に倒れていたものの、今は立ち上がっている。体力の回復する速さも、他の村人と比べてもずば抜けているような気がする。

 膝をつく体勢から回転し、腰を地面へとつけて足をのばし…力が抜けて、倒れる。

 見上げた先のカルスに、こちらも、


「余裕、と言えるような物はもう、ないよ。ギリギリ。…他の修行は、正直言ってもう、したくない」

「さすがに、族長たちもそこまでの無理はさせないと思うけど…」

「まあ、身体を壊したら、意味が無いからね。…それにしたって、やっぱり厳しすぎるな」

「はは…。でもタクミ、修行を始めた頃ってタクミが一番体力が有ったように思えたけど、だんだん皆追いついてきたよね」

「才能とか、素養とか、そう言う物は皆の方が多いんじゃないかな…?多分だけど。俺ももともと、そこまで優れてるってわけじゃあない筈だし」


 今はへばってしまっているが、全力を出した場合の足の速さもまた伸びた気はする。それこそ、ロルナンで、エリクスさんとレイリと一緒に薬草の群生地に行った時よりもずっと。

 しかし、カルスなど一部の村人は、このひと月くらいの期間で一気に、あの頃の俺と同じか少し遅い、というくらいにまで成長した。俺の場合は、アリュ―シャ様から直接身体能力を強化されてもいるのだから、その才能はまさに、恐るべしと言った所だ。

 呼吸が整ってきたので上体を起こし、


「でも、ちょっと時間は早いし…どうするこれから?」


 と、問いかける。


「そうだね…。じゃあ、武術の修行でも見に行く?」

「それもいいかもね。武器の修行は、まだ構えとかばかりで、見ているだけだと流石につまらないし」


 そう決めて、立ちあがり、族長の方へと歩いて行く。

 どうやらあちらも小休止のようで、六人の若い男性が倒れ込み、族長も丸太に腰かけていた。


「む、カルスとタクミか。…参加するか?」

「あ、いえ、休憩がてら、どんな修行をしているのかを見させて頂こうかと思いまして」

「やっぱり、こっちの修行は厳しいみたいですね。俺たちももう、へとへとで」


 こんな風に言っておけば、まあ、強制参加という事は無いだろうと、予防線のような物をカルスと一緒に張った―――つもりだった。

 ガシッ、と、両足に謎の感触。カルスの方を見れば、彼も俺の方を見ている。


「行かせん…行かせん!」

「こうなれば道連れだ若人よ…!」

「立って歩けているのだ、当然、まだまだ余裕だろう…?」

「高みの見物などは、決して許さんとも…!」


 一種のホラーだ。先程まで倒れ伏し、一言も発していなかった村の男たちが、俺たち二人の足を掴んで、瞳にギラついた光をともしているのだから。一瞬、カルスのそれと比べてしまいそうになったが、いくらなんでも失礼という物…そう言った場合、彼らに失礼かもしれないが、この状況ではやはりそう言うふうに考えてしまう。

 もう分かっている。逃げられない。諦めたのではなく、現実を受け入れたのだ。

 族長が立ち上がり、こちらへ笑いかけながら、手招きしてくる。

 ―――――――――ここから、一時間の記憶が無い。

 気がつけば、茣蓙の上に倒れる男が七人…自分も入れて、八人。全身が痛い。うっすらとアザもある。

 だが、これでも回復能力が働いた結果なのだろう。俺以外、カルスを含む七人は、苦悶の声を上げ、のたうちまわり、そのせいで再び痛みを感じ…という負のスパイラルに追い込まれてしまっているのが見ているだけで分かる。

 族長の腕が見えなくなって、その瞬間カルスが吹き飛んで、それに驚いた瞬間、衝撃と共に視線が何故か一気に上に行って…。

 頭痛がするので、詳しい事は思いださない事にした。ちなみに、俺たち以外の六人は、体力が限界をもともと超えてしまっていたのだろう、かなり早期に気絶していたように思う。


「…よし」


 上体を起こして、辺りを見回す。自分たちが寝かされていた茣蓙以外も既に敷かれているようで、それどころか、食事の準備も始まっていた。

 一時間くらいだった、とも思っていたが…気絶していたのだろうか?二時間くらいは経っているような気がする。


「カルス、大丈夫?…アザが」


 近くに倒れて居たカルスを起こすと、右の二の腕に恋あざができているのが見えた。恐らくは、服で見えない胴体の方にも有るだろう。ここまで痛い思いをしても全く修行を止めようとしないのだから、なんだかんだでこの村の人たちはみんな凄い。


「かなり痛いけど…まあ、なんとかなるよ。…もう夕食か、今日も、長かったような、短かったような」

「一つ一つには時間をかけてないけど、やった事は多かったしね…ってカルスは、何時間も修行してたのか」

「もうくたくただ。ここから家まで帰るのも辛いくらいだよ」

「…送って行ってやろうか?」

「有りがたいけど、タクミもボロボロ…にしては元気あるな、何で?」

「…まあ、回復能力が高めなんだよ。疲れも結構、あっさりとれる」

「ずる…」

「………うん」


 なんて事を話しているうちに、食事が茣蓙の端から並べ始められた。もともとの席に移動するべきだろう。そう思い、カルスと共に立ち上がり、今食事が配られている方向とは逆へと歩く。

 修行が始まってからしばらくして…というか、一週間くらい前から、修行の結果としてより成長した人が、上座に近い席に座るようになった。

 俺はもともと、上座に近い所に呼ばれていたが、成長度合いという意味でカルスに抜かされ、しかし、今現在教官の立場に就いた人は軒並み上座に座り、もともと村の重鎮として上座に座っていた人はそのまま…といった状態だったので、結果として俺とカルスは、全体を見た場合、上座から四分の一、と言った所に座っている。

 …カルスに肩を貸して、かなりゆっくりと歩いた結果、料理を並べに来た女性たちが次々と俺たちの横を通過、それを何度も往復している。


「カルス、歩いてる?」

「足は動かしてないけど?」

「何だと…?」

「僕も、恨みを抱かないという訳じゃないんだ…!」

「恨むの早いし、恨みだとしたら軽いよ」


 多分、倒れるまで走らせた事と、回復力が強い事に関しての恨みだろう。もしかしたら、族長の所に見学に行こうという提案をした事も含まれているかも知れない。

 まあ、どちらにしろ苦しい訳でもないし…こういう、若いころのノリに戻れる感覚は、実際の所大好きだ。だんだん、見た目と同じ精神年齢まで戻ってきた気もするけれど、そもそも未発達のようなものだったから、悲しくも思わない。

 食事に触れないようにカルスを座らせて、その隣に俺も座る。

 もう殆どの村人が来ていて、先程倒れていた人たちも、もう各々の家族に自分の場所まで連れられて行ったらしい。

 族長も、先程の服から着替えて、戻ってきた。そう言えば、上着を回収していなかった。脱いだ場死を見ると、何もない。僅かに焦ってあたりを見回す俺の方を、カルスがトントンと叩き、


「タクミ、この御膳の下、僕の服が入ってた。タクミもじゃない?」

「え?」


 言われてそこを探れば、確かに布の感触。引きだせば、ロルナンの冒険者ギルドで買った服が現れた。


「…ここまでやってくれたのか。誰だかわからないけれど、感謝を」

「ほんとにそうだね…。今日に限っては、男性陣全員参加、まあ、フィディさんは違うけど。どちらにしろ、これが出来たのは女性陣に身だろうし…躊躇とかなかったんだ」

「まあ、運動する前に上着は脱いでるから、汚くは無いと思うけど…。あれ?でもなんで個人個人の服がわかったんだろう?」

「もしかしたら、それぞれの知り合いが運んでたのかもね」


 なにはともあれ、晩餐は始まる。

 いつものように湯のみの中の液体を飲み干そうとし、それがした先に触れた瞬間、驚いた。その驚きを大きく表す事は無く、淡々と飲み干しはしたのだが…今日のこれは、完全に酒だった。今まで、偶に酒精が混じっているような、植物を発酵させて作ったと思しき者はあった。だが、これははっきりと、アルコールが発生した時特有の舌触り。

 まあ、そこまで大きなものではないから、大丈夫だろう。酒だと分かるほどとはいえ、アルコールの濃度は、むしろ低い物の筈だし。…子どもだって、けろりとしているのだから大丈夫。


「うぁぁ…」

「カルス?」


 謎の呻き声を漏らして肩をぶつけてきたカルスの顔は、紅く染まっていて。今の一杯だけで酔ってしまったことを如実に示している。

 …酒に弱いとは。友の新たな一面を知ったと喜ぶべきか、あまりな耐性の低さに呆れるべきか。

 これで、俺が家まで運ぶことは半ば決定だろう…そう思って余所へと視線を向けると、師匠が上座近くでフラフラとし、それを族長の奥さんに支えられている姿が見えた。

 まさか俺がこの村で最も親しいであろう二人が共に酒に弱いとは…。と思い、すぐに、俺自身が酒に弱い方だという事を思い出す。実際俺も、これを一気に三杯程飲めば、彼等と同じように意識がもうろうとしてしまうだろう。結局その程度の差だ。

 カルスは時折意識を覚醒させて、少しずつ食事をとる。彼の食事が、残り半分ほどとなった時には、もう皆…師匠以外は皆、後一口という程度まで食事を終えていた。


◇◇◇


 食事をどうにか終えたカルスと共に、汗で汚れた身体を、冷えた川の水で凍えそうになりながらも清め終わった。


「今度こそ、ちゃんと自分で歩いてよ?カルス」

「わ、わぁってるよ…ぅ」


 本当に意識が薄れてきているようだ。またも肩を貸し、カルスの家が有る方へと歩いて行く。

 俺の家ほどではないが、村の中心部からは少し外れた所にカルスの家はある。ちなみに、これは何らかの階級差から来る分け方などではなく、単純にランダムな配置の問題で、そこから子孫に受け継がれてきたというものらしい…と言ってもまだ、カルスの年代くらいが三代目、もうすぐ四代目が生まれる、と言った程度であるらしいが。

 肩にかかる重さに、何時かの、レイリに肩を貸して夜の街を歩いた記憶が呼び起こされる。

 あの時も、家に送って行くという行動そのものは同じ…いや、あの日からは、ある意味で俺の家でもあったのか。そう考えると、今の環境が少し、寂しくも感じる。どうしようもなく、今の家では俺は一人だから。

 それから五分も歩かない内に、カルスの家が見えてきた。

 明かりは灯っていない。


「カルス、ついたよ?」

「…うー。鍵ぃ。開けてくれぇ」

「分かった分かった」


 カルスの家の鍵は、彼の家の壺の下だ。なんだか主婦のような隠し方だと思う。

 壺をそっとどかして、鍵を取り出し、鍵を開ける。こんな作業も、肩に人一人の体重を受けながらだと少し難しい。

 誰もいない(・・・・・)家の中へ入って、カルスを座らせ、布団を敷き、再度そこへ運んで、寝かせる。家にまで入ったのは初めてだが、今のカルスの意識がもうろうとしている以上、布団を敷く事が出来るのは必然的に俺だけとなってしまう。


「よし、もう寝ろよカルス…カルス?」


 布団にくるまれたカルスの、その身体から魂光が発せられていない。その光景は、何だか…死んでしまったかのようで。


「ちょ、ちょっとカルス!?起き、死ぬな!」

「…うぐぅぅぅ」


 ん?生きている…というか、よく考えたら前から息が有った気もする。見た姿に現れた異常が大きすぎて、かなり動揺してしまった。…酒飲みに対する対処回数が、どうにも増えた。

 だが、そんな事よりも、


「な、何するんだよタクミ…。折角眠りにつけたのに」

「いや、ごめん…。魂光が見えなくなったから、死んだのかと」

「そ、そんなわけないじゃん…。あれは、眠ったり気絶してる間引っ込んでるものなんだって」

「そ、そうだったんだ…。知らなかった。ごめん」

「まあ、良いけど…。タクミも早く帰って寝なよ。なんだかんだで、今日も遅いと思うし」

「あ、ああ、そうだね」


 俺としても、日光で時間を測る事が出来ない以上、生活リズムを崩す訳にはいかない。


「じゃあ、帰るよ。また明日、カルス」

「うん。また明日、タクミ…」


 起こしてしまったばかりだが、既に眠りに落ちる寸前と言った状態であろうカルスの姿を見ながら、扉を閉めて、家へと向かう。カルスの家からだと、方向的にもそこまで遠くは無いので、随分と早く到着する。

 布団を敷いて、そこに入って行く。拭き取りはしたが、川の水で身体を直接吹いたせいだろう。まだ寒い。そもそも季節は冬の筈なので、当然だ。

 今日もまた、一日が終わる。明日も明後日も、同じような日々だろう。

 ―――だが、それをいつまでも続ける気は無い。壁を壊して、この村の人たちと一緒に、外へと出る。

 この二ヶ月間変わらない誓いを、もう一度頭の中で繰り返す。

 明日も、きっと、また一つ成長するのだ。


 族長が村人に修業をさせているのは、壁の外に出る事が近いことを見越して、です。基本的に危険や争いと無縁なこの村の住人たちが、少しでもそんなものにあらがえる力を持つように…という思いからの行動です。


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